25.アンソニーとの出会い
その後も、存分とお忍びを楽しんだ。
窯で焼き上げたという香ばしいパンを買って食べたり、お香やアロマオイルが売っている店に入ったり。
今は、口の中でパチパチするキャンディを食べながら、広場の片隅のフリーマーケットをぶらぶらしているところだ。
「ほんっと、パチパチするわね」
「ああ、パチパチしすぎて味が分からないな」
パチパチしながら、どんどん小さくなっていく。やっと口の中からなくなったところで、知り合いを見つけてしまった。
フリーマーケットで絵画を売っている彼は、もしかして、もしかしなくても……!
私が固まったのを見て、ヨハネスも私の視線の先を追って、気付いたようだ。
他の誰にも気付かれないような小さな声で「げ」と言ったので、既にこの年齢で苦手だったのだと知る。
アンソニー・スコールズ。
私の誕生日パーティーにも毎年来ている、スコールズ伯爵の息子だ。アンソニー本人も、たまに挨拶のためだけに連れて来られていた。
父親の影響で絵を描くのが好きになり、ゲーム内では王立学園に入るまでの数年開、他国のどこかで修行していた設定があったはず。
学園に入学する頃には、もう有名画家になっていた。
今は、私たちと同じくらいに幼いけれど。
まだ、この国にいたのね。でも、なんでこんなところで絵を売っているのよ……。
隣に、お兄さんを装った護衛はいるようだけど。
メルルよりも濃い、赤に近いピンクの髪。
似たような色の瞳。
目立ちすぎて、ゲーム内より若くてもすぐに分かる。
ここまで派手な人物が、脇役なわけがない。この世界の舞台、「王立学園の秘密の花園」のメイン攻略対象者の一人だ。
若干、言動が変態じみているというか、頭おかしいというか……。
こういう異色キャラを好きな人も一定数いるのだろうけど、私はそういうタイプではなかった。
「あっれー? 偶然。デートですか?」
アンソニーにも、見つかってしまった。
一応、周囲の目は気にして、口調はラフにしているようだ。それでも丁寧語になるのは、店側だから、おかしくはないのかな。
「ああ。まさか、こんなところで会うとはな」
「仲よさそうですね。僕が描いた絵ですよ。いいでしょー? 買いたくなりますよね?」
「上手いけど、別にいい」
「冷たいなー」
……今は、僕って言うんだ。王立学園では、俺だったはず。私的に会うことは、今までなかった。他国の影響で、ヤンチャ系になるのかしら。
「ライラちゃんも、久しぶり。ねぇ、買わない?」
……こういうところなんだよなぁ。
仲を見抜いて、的確に相手の嫌がるような発言をする。いつもはライラ様と呼ぶくせに、お忍びを言い訳に責められないと分かっていて、ヨハネスに当て付けている。
この年齢でもこうなのか。
ヨハネスとリックルート、両方でもそうだった。わざわざ親しげにしてみせて、嫉妬させるイベントのための、噛ませ犬の役割。
「結構よ。あなたらしさが出ていないもの」
まだ、誰でも描けるような動物や風景の絵ばかりだ。色合いは美しく、とてもリアル。
でも……何かが足りない。
ゲームだから、さすがに本物の画家に匹敵するような絵ではなかったけれど、モネやターナーのような印象的な色づかいで、ついスチルに見入ってしまったことを思い出す。
「あれ、僕らしさを語ってくれるなんて、もしかして僕に気があったりするー?」
鬱陶しいわ、変態画家!
……いや、まだ画家じゃないんだった。
「ライラは僕とデート中なんだ。僕のものなんだけどね」
おー、ヨハネス、怒ってる怒ってる。
やはり仲が悪い。
このまま、学園に入学するまでずっと悪いのだろう。
「はいはいっと、分かってますよー。ねぇ、ライラちゃん。僕らしさって、どうしたら出ると思う? ちょっとスランプぎみなんだ」
瞳の奥が笑っていない。これは本当のことなのね。だから修行しに行くのだろう。
私が何も言わなくても、きっともうすぐ外国に行く。私がズバリ予想してしまったら、自分の意思で行くはずの行動が私のアドバイスを受けてに変わってしまう。
それだけは、避けなくては。
――人生の課題は、自ら乗り越えてこそ成長するものだ。
「あなたのしたいようにしていれば、そのうち自分らしさが出るわよ。自分を見つめ直すついでに、自画像でも描いてみたら?」
彼はゲーム内で、メルルの絵を描きたがっていた。彼のルートに入ったら、モデルになってあげるイベントもあったのかもしれない。
まずは、自分を描くことをお勧めしておこう。
「ふーん、なるほど。結構いいアドバイスするんだね、見直したよ」
「それはどーも」
これくらいの年齢の男の子って、意味もなく上から目線よね。
「それじゃ、僕たちはもう行くから」
「次は買ってくださいね~」
ひらひらと手を振る彼に軽く振り返しつつ、その場を離れた。
さすがにまだ、変態発言はなかったわね……。
「ライラ、君って結構、親切だよね」
「褒めてるように聞こえないけど」
「ああ、ぜんっぜん褒めてないよ。ちょっと馴れ馴れしいんだよなー」
「いいじゃない。友達は多いほうが人生楽しめるわよ」
「友達ぃ? あいつがぁ? 勘弁してくれよ、あいつ、いつも僕をモデルに絵を描きたがるんだよ、逃げるのも楽じゃないんだ。なに、仲よくなりたいの? あいつと?」
ヨハネスにまで迫ってたんだ……。綺麗なもの、好きだからなぁ。
……やっぱりそこそこ、会うのね。王太子様と息子の顔を、つないでおきたいと考える貴族は多い。
「いえ、全然。アンソニーは、ちょっとね」
「だよね、君の目は間違っていないよ」
いったいどんな迫り方をしたのよ、アンソニー。
それにしても、少しずつゲームの舞台が始まる前に、メルルの攻略対象者に会うわね。
メインキャラクターの、ヨハネス、カムラ、リック、そしてアンソニー。会っていないのは残り一人だ。
サブキャラクターは、私の弟のローラント。こちらも、会っていないのは残り一人。
どちらにも、その他エンドが用意されている。
メルルがヨハネスを選ぶ可能性は、単純に計算すれば七分の一だけど――。
向こうの方から、二人の人影が近づいてくる。
今日が終わる。
終わってしまう。
「ライラ、今日は今まで生きてきて、一番楽しい日だったかもしれないよ」
「私も、同じ気持ち。本当に楽しかったわ」
――私なら、この人を選ぶ。
「ライラ、好きだよ」
こんなふうに、改めて言われるのは初めてかもしれない。お忍びデートが、よっぽど楽しかったのだろう。
オルゴールを買う前に私が軽く好きだと言ったから、お返しの意味もあるのかもしれない。
……すぐに返せなかったことを、気にしていたのかも。
あなたの言う「好き」が、どんな意味の「好き」なのかは分からないけれど。
――あなたは、さっきの彼女を、比べ物にならないくらいに好きになる。
「私も、大好きよ」
幸せになってほしい人。
メルルの側にいるのが一番幸せなら、私は笑顔であなたの背中を押すわ。
シーナとカムラが、ゆっくりと私たちに向かって歩いてくる。
今日のデートは終わりだ。
心の準備をさせてくれる、最後の時間。
「ヨハン、最高の思い出を、ありがとう」
私よりも、少しだけ背の高いヨハネスの頬に、そっと小さなキスをした。











