22.バレバレ
噴水の近くにあるベンチに三人で座る。
「あ……でも、どうやって食べよう」
メルルが紙袋を持って考えたまま固まっているので、私も手に持っていた紙袋の中から白桃を一つ取り出すと、噴水の水でさっと洗った。
……普通は、衛生的にアウトよね。
でも、ここはゲームの世界だし、大丈夫でしょきっと。
「丸かじりで、いいんじゃない?」
そう言って、ガブリとかぶりつく。
「うん! 甘ぁい、美味しーい!」
もぐもぐと咀嚼する私を、じっと見る二人。
いや、分かるよ、ヨハネスはね。育ちのいい私がって驚くのは、分かる。
なんでメルルまで驚いているのよ。
「食べてるの凝視されるの、恥ずかしいんだけど」
「あ、ごめんなさい」
私がそう言うと、二人とも真似して噴水で洗った。
私のせいで、お腹を壊したらどうしよう。
まぁ、ゲームの舞台に辿り着くまでは、死なないでしょう、誰も。
大丈夫、大丈夫。
それにしても、さっきから全然しゃべらないわね、ヨハネス。ボロが出ないようにしているのかしら。
それとも、やっぱり……。
後で、確認したくないけど、してみるしかないわね。
「本当に美味しい、あなたのお陰ね」
「あ、いえ。私も親切な人と知り合えて嬉しいです」
躊躇しながらそっと口をつけるヨハネスの不自然さに目がいかないよう、メルルに話しかけ続ける。
「ねぇ、名前はなんて言うの? 何歳?」
「あ、メルルです。十一歳です」
「あら、私と一緒じゃない。私はライラよ。よろしくね」
「あ、はい。こちらこそ」
これで、うっかり知らないはずの名前を呼んだり、同級生よね、とか話しかけずに済む。
「あの、お二人は、この辺りに住んでいるんですか?」
やばい質問きたーーー!!!
ヘルプ!
ヘルプ、ヨハネス!
「え、あ、えーと……」
助けろと目でヨハネスに訴えるも、彼まで狼狽えている。
……駄目だ、これ。
「あ、いやー……、うーんと……」
怪しすぎる。
我ながら、ものすごい怪しさだ。
でも、近いと言えばどこかと聞かれるだろうし、遠かったら子供だけでどうしてここまでという話になる。
いやぁ、うーん……どうしよう。
「あ、やっぱりお忍びなんですね」
メルルが、くすくすと笑った。
鈴の音のように、可愛く笑うなぁ。
むしろ、ヨハネスとメルルの思い出として、回想シーンに残しておきたい。
――って、あれ?
今、お忍びって言った?
もしかして、バレバレ!?
「あー……と。根拠は?」
肯定も否定もしにくく、バレた理由を聞いてみる。
「服も靴も、お二人とも新品ですよね。特に靴の真新しさは、とっても分かりやすいですよ。さっき助けていただいた人も、偶然にしてはできすぎです。守ってくれている方なんじゃないですか?」
これは、頭がいいわ。
だから王立学園に行けるのね……。
王立学園の過去の試験問題は、図書館で読むことができる。その開かれた試験で上位五人の中に入れば、申請さえすれば特待生として学費免除となる。平民は、その中に入るか騎士学校の卒業試験で上位三人までに入るかしなければ、入学すらできない。
一応、何かしらのコンクール優勝などの特殊技能がある場合の推薦枠も、あることにはある。その特殊技能を磨くにもお金はいるわけで、平民が学園に入るのは、なかなかに狭き門だ。
仕方がない部分もある。
王太子まで入学する学園だ。暗殺や諜報目的などで、よからぬ人間に入り込まれる可能性があるし、家柄も詳細に調べ上げられる。
だからこそ、貴族は安全性の高いこの学園に入りたがるし、王族は合格することが、ほとんど義務だ。
「さすがね、参ったわ。でも、そんなに丁寧に話さなくてもいいわよ。同い年なんだし」
「いえいえ、そういうわけには」
バイバイするように、謙虚そうに手を振る彼女に、悪い感情は抱かない。
「いいのに。でも、よく靴まで見ているわね」
「あ、うち靴屋さんなので。つい目がいっちゃうんです」
えへへ、と笑う彼女は、やっぱり可愛い。
ヨハネスを頼んだわよとお願いしたくなるくらいには可愛く、でも一緒に歩んだ時間はこっちの方が長いのよと言いたくなるような気持ちもある。
思った以上に、複雑な心境だ。
「そういえば、お二人はどんなご関係なんですか? 一緒になんて、仲がいいんですね」
また、答えにくい質問がきたーーー!!!
さすがに、友人とは私の立場では言いにくい。
いやー、でも婚約者?
それを、平民相手に言っちゃう?
もうそんなの決められちゃうのねって目で見られるのも気分が悪いし。学園で元婚約者って目で見られるのも……。
うん、ヨハネスにこれこそ振ろう。
「どんな関係だって、ほらヨハン。答えてあげて」
完全に全振りだ。
ヨハネスと呼び捨てにはさすがにしにくく、ヨハン、と愛称にしておいた。
「ぐ……」
おー、睨まれた。困ってる、困ってる。
友人や親戚とでも言うのかな。
でも、王立学園に入った時にはバレるわよ?
秘密、とか言って誤魔化すか、素直に婚約者と言うか、どちらかかな。
おそらくヨハネスなら、そこは秘密にさせてほしいとか適当に言って微笑んで終わりだろう。
「こ、こ……」
あれ?
婚約者、きちゃう?
それはそれで、学園では親の事情で婚約は解消したとか言っておけばいいか。
「こ、恋人だ」
な、な、な、な、なんだってーーーー!!!
「わぁ、素敵。恋人同士でデートですか。羨ましいなぁ」
……え、待って、どうしてそうなったの。
何、どーゆーこと。
ど……私はどう反応したら……。
「ああ、そうなんだ」
いやいやいやいや、そうなんだじゃないって、ヨハネス。
どうなってるのー!
婚約者の『こ』を言いかけて、途中で軌道修正したってことかな。
あなた、この子とのフラグ、へし折りにいってるの気付いてる?
「それなら、あまり邪魔するのもよくないですね。私はまだ時間もあるし、買い物の続きをします。もしよかったら、うちの靴屋さんにもいつか来てください。オーダーメイドでも作れますよ」
「へぇ、オーダーメイドはいいわね」
「はい、ぜひ」
そう言って、お店の場所が書かれたカードを私たちに渡すと、ぺこりとお辞儀をした。
「機会があれば、行くわ」
「……僕も機会があれば」
「はい、お待ちしています。でも、ご無理はされないでくださいね」
しっかり……しすぎているわね。
丁寧語も、かなり慣れている。お店の手伝いを日頃からしているのかもしれない。
ゲームでも靴屋ということは出てきたし、他の攻略対象者と最初の出会いはそこだったという話もあった。
でも、いつ頃からどれくらい手伝っていたという情報はなかった。
思った以上に、頑張っているヒロインだったんだなぁ。
白桃の種は、紙袋の中に入っていた紙に包み、噴水で手を洗う。
そうして、彼女とは「またいつか」と言って手を振り合って別れた。
――さて、ヨハネスに、聞きたくないけど確認をしようか。
いつもの彼とは、態度が違いすぎている。










