20.あれから1年半後
あの時の誕生日パーティーから、約一年半が過ぎた。
私とヨハネスは、相変わらずだ。
ざっくばらんに砕けた話をしたり、たまにタロット占いをしたり、カムラやシーナも交えてボードゲームをしたり。
クラレッドとミーナは、部屋の外の護衛があるので誘えないのが寂しいところだ。
あえて一つ大きな変化があるとすれば、リックとローラントを交えてボードゲームをする時があるくらい。
「これは、アレかアレだよな……よし! 俺はこっちに賭けます!」
「ちょ、リックはっや! あ、ヨハネス様も!」
「お化け蝙蝠じゃなければ、こっちだろ」
「あー……、今回は遅れを取ったわね。なら、私はこれ。たぶん違うでしょうけど」
「違うって分かってて選ぶの、辛いなー。次は僕、一番に選んでみせるよ」
私たちが今遊んでいるボードゲームは、前世で『魔法のコマ』という名前のゲームだ。
コマの蓋が取れて、上下に分かれる。下の部分には丸い円の絵が描かれたタイルを入れることができて、回転しているコマの絵柄を当てるゲームだ。
「皆さん、どの絵柄にするか、選ばれましたね」
カムラがそう言って、コマを止めた。
今回、カムラはサポート役だ。面白そうだからぜひ自分がと頼まれた。
「あー、お化けフクロウだったかー」
「ふふん、判断が早すぎたな。これは僕がいただこう」
コマに入れるタイルとは別に、同じ絵柄が描かれた四角いタイルが目の前に置かれていて、選んだタイルにチップを載せて予想する。
ただし、チップは一枚しか載せられない。早い者勝ちだ。当たった人が、そのタイルをもらえる。
「では、次のタイルを入れてきますね」
にこにこしながらカムラがコマを取り、少し離れたところでタイルを入れ替えてくれる。
本来ならプレイヤーが順番に入れるのが正しいルールだけれど、カムラがやりたがったので任せた。自分が選んだ絵を、どれだどれだと皆が悩んでいる顔を見るのが楽しいのかもしれない。
自分が参加するよりも、にこやかだ。
「はい、持ってきました。いきますよー」
くるくるっとコマを回し、速くなったところで、コマの上部分、つまり蓋をスッと外す。
その途端に回転している絵が見えて、皆が早い者順で当てていく。
「光るドラゴンでいくわ」
「げ! なら光るサソリ!」
「仕方ない、光るホウキにしておくか」
「あー、悩みすぎた。指輪にしておきます……」
ヨハネスも、一人称は僕になっているほどリックにも気を許している。
いい友人ができて、よかったなと心から思う。
「はい、止めますね。さすがライラ様、光るドラゴンです」
「あと二枚で上がりね」
本当はタイルがなくなるまでが勝負だけれど、後半になると簡単になるので五枚取ったら上がりということにしている。
絵柄はあまり覚えていなかったので、似たような色の絵を三枚くらいずつ用意してもらった。枚数も三十枚作ってしまったけれど、多すぎ感がある。たぶん、もっと少なかった。
最初にこのメンバーでゲームをするようになったのは、いつだったか。
いつものお茶会で、シーナとカムラをゲームに誘った時に、今ならリック様がローラント様を訪れていますが呼ばれますか、と提案されたのが始まりだ。
どういう口調で話すか悩んで、ちょっとタジタジするヨハネスと、めちゃくちゃ噛み噛みのリックが可愛いかった。
ゲームが始まってしまえば、やはり男の子。こんな感じだ。
「はい、それでは次いきます」
カムラとシーナもゲームへ誘ったけれど、このメンバーでプレイする時は、四人もいますしと辞退される。
……このゲームの場合は職業柄、回転していても見えてしまっている可能性も十分あるし、仕方ないかな……。
ただ、ゲームに参加する側になると、カムラが少し居心地悪そうにしているのが、気になるのよね。
「一択」
「ヨハネス様、早いー! いや、まだ猫の可能性だって」
「あー、もうこれでいいわ」
「ライラ様、適当すぎじゃないですか」
こんなふうに、リックに突っ込みまでしてもらえるようになった。
いずれ来る学園生活のためにも、いい関係を築けてよかったと嬉しく思うけれど……ちょっとだけヨハネスが面白くない顔をするのよね。
親友だと思っていた友達が、知らないうちに他の子とも仲がいいことに気づいたような気持ちなのかも。
「はい、ヨハネス様が正解ですね」
カムラが、にこにこ。
「やっぱり! 僕もそう思ったんだよ」
「思っても遅かったら、意味がないな」
「ヨハネス様、冷たいよー」
皆で、わいわい。
そんなこんなで、お開きの時間になった。
カムラとシーナがすすす、と片付けてくれる。
さすがにここは、公爵家。カムラにだけ片付けを任せるわけにはいかない。
「ヨハネス様は、やっぱり強いですね」
リックが、にこやかに話しかけると、
「当然だな」
と、ヨハネスも屈託のない笑顔で応じている。
よかったよかった。
なんかえらそーだけど、えらいのだから仕方がない。
「そうだ、ライラ。どこでもいいから、どこか少しの間だけ部屋を貸してくれないか」
「もちろんいいですけど、何をされますの?」
「リックと、二人だけで話をしたい」
「え! 俺ですか!?」
リックも、寝耳に水らしい。
なんだろう。男同士の秘密の話……。
騎士学校あたりの公的な話が、一番に思いつくところ。
それ以外だと、見当もつかない。
前世での息子、拓海が確か、修学旅行のお泊まりで寝る前に、「どんな子が好みー?」のような恋愛話で盛り上がったとか言っていたはず。
プライベートなら、恋愛話……?
もしかしたら、もうメルルに会っていて、平民から見た彼女の言動について聞きたいことがあるのかもしれない。
「ああ、そうだ。そんなに時間は取らせないよ」
「あ、はい。いえ、そこは全然。分かりました」
はー、気になる。
気になるけれど、どうすることもできない。
「シーナ、適当に客間を案内してあげて。終わったら知らせてちょうだい」
「かしこまりました」
もやもやしたまま送り出し、ローラントと一緒にここで待つことにした。
「姉さーん、なんの話だと思うー?」
ローラントが足をぶらぶらさせながら、聞いてくる。
ここも客間の一つだ。さすがにリックまで私室には入れられない。
「知るわけないでしょう」
「あれ、姉さん得意じゃん。なんて言うんだっけ。未来予知?」
「頭を打って意識を失っていた時に、夢の中で学園生活の一部だけを見たのよ。他は知らない」
「なーんだ。もっと先を見たかったら、また意識を失わないといけないの?」
「最悪死ぬわよ、それ」
「だよねー」
ローラントは相変わらずだ。
昔よりは突拍子もないことをしなくなったとはいえ、いつ私の知るローラントになるのだろう。
一応、ローラントとメルルも、その他エンドがあったはず。
友情エンドか、恋人未満友人以上エンドあたりだとは思うけれど、攻略していないから分からない。
ただ、ヨハネスの攻略を見た時に名前が一覧に載っていたので、あるのねと思っただけだ。
ゲームの回想画面の、攻略対象キャラクター以外の埋まっていないスチルやシーン回想が複数あったことからも、そうなんだろうなと思った。
まぁ、弟の恋愛(?)模様なんて知りたくもないし、攻略しなくてよかったのかもしれない。
学園に、「姉さんに手紙を届けに来たんだ」と、ちょくちょく顔を出すイベントに何度か遭遇したくらいだった。
後は……私にダンスを酷評されて落ち込んでいるメルルを慰めるイベントを、一度だけ見たかな。
「気になるねー」
「気にしても仕方ないわよ」
「姉さんも、気になるくせに」
「気にしないように努力しているのだから、察しなさいよ」
「ははっ、姉さんは姉さんだなー」
「どういう意味かしらね」
こんなふうにぐだぐだ待っているうちに二人の話は終わり、お見送りをして、この日は終わった。
まさか、このなんてことのないやりとりが、あの日の、あの出来事につながるとは思わなかった。
――なんの心の準備もないまま、私はその日を迎えた。










