19.ヨハネスとリック
ノックの後に、返事もしていないのにバーンと扉が開く。
「姉さん! ここにいたのー!?」
ローラントの声ー!!!
「あれ? 姉さん? 姉さーん!」
「ロ、ローラント様、お待ちください。ヨハネス様も一緒なんです」
「ええ! 早く言ってよ、もう開けちゃったよ」
「クラレッドさんも、扉の横にいらっしゃったではありませんか」
「あ、そういえばそっか」
騒がしい……。
ヨハネスと顔を見合せ、バルコニーから中に入った。
「ローラント、なにごと?」
「あ、姉さん! ヨハネス様も、お久しぶりです! すみません、お邪魔してしまって」
「あ……いや、それはいい、が……」
私たちの視線が、一人に注がれる。
「あ! あの! 私は、来月から騎士学校に入学いたします、リック・オスティンと申します! こ、このたびは、ライラ様の誕生日パーティーに招かれまして、こ、光栄なことと、存じます!」
あー……、ヨハネスに会って緊張マックスじゃない。顔も赤いし、汗かいてるし。
というか、何?
誕生日パーティーに招いたって?
この服、彼の服ではない上等なものよね。
ローラント、お前は何をしたのよ……。
得意そうにふふんと鼻をならしているけど。
「挨拶だけならいいかと思って、父さんの許可を得て、来てもらったんだよ。迎えの馬車と服と靴も準備したのに全然来ないなと思って見に行ったら、馬車から降りたところで、なんか突っ立っててさー」
シンデレラか!
それはそうよね……こんな雰囲気初めてだろうし、マナーもまだ覚えていないはず。中には入りにくいだろうに。
きっと、門から少し離れたところで、深呼吸でもしていたんじゃないかしら。
「ローラントに振り回されたのね。リック、本当にごめんなさい。でも、来てくれて嬉しいわ。ありがとう」
「い、いえ。誕生日おめでとうございます。今日のドレスも、とても似合っています。本当に綺麗で、驚きました。あ、いえ、いつも綺麗ですけど」
「ふふ、ありがとう」
誕生日だけあって、やたらひらっひら、ふわっふわ、キラッキラしてるしね。
ヨハネスが、ずいっと前に出た。
「私は、王太子のヨハネス・ブラハムだ。今日は私の婚約者、ライラの誕生日パーティーへお越しいただき、ありがとう」
……めちゃくちゃ強調して婚約者って言ったわね。
今は婚約中だし、自分の持ち物みたいな独占欲はあるのかもしれない。しかもあなた、招く側じゃないでしょう。
「は、はい! ヨハネス様にお会いできて、きょ、恐悦至極に存じます!」
びびってるから。
王太子オーラ出しすぎてびびってるから、やめてあげてー。
ヨハネスもさすがに悪いと思ったのか、苦笑しながら言葉を続けた。
「リック・オスティン。確か、騎士学校の特待生を決めるトーナメント戦での優勝者だったか。名前は聞いている。そなたも私も、いずれこの国を担う一翼となろう。共にこの国で歩み、共に励もう」
「は、はい! 名前まで覚えてくださっているなんて、感激です。この命、国のために捧げる覚悟です!」
なんか、感動で涙まで滲んでいるけど……。
――これが、王太子オーラ。
この国のため、この人のために命を捧げたいと思わせる、王太子オーラだ。
そのために、騎士学校への特待生の名前まで覚えているのだとしたら……王太子の仕事、半端ないわね。
私もかつて、この王太子オーラにやられた。
幼かった彼を私の中で神格化して憧れて、婚約者として相応しくあろうとしすぎて、彼にとっての重荷になった。
ライラだけの人生経験では気付くことができなかったのも、無理はないと思わされる。
まだ、そんなに頑張らなくたっていいのよ、と抱きしめたくなるのは、親心なのだろうか。
「でもね、ヨハネス様。姉さんによると、リックは将来、特待生で王立学園に入学するらしいですよ! 姉さんと同級生なら、ヨハネス様とも同級生ですよね。あーあ、僕もあと二年早く生まれたかったなー」
……また、ローラントは余計なことを。
いずれは世話焼きの気遣い上手になるはずなのに、今のローラントは厄介な弟以外の何者でもないわね。
「そう……なのか」
「ええ、そうですわ」
意味ありげに、頷く。
それも予知夢で知ったんですよアピールだ。
「……そうか、それなら私とそなたは将来の学友だ。私は王太子だ。王立学園に入っても、忌憚なく話せる友人をすぐにつくるのは、なかなか難しいだろうと思っている。将来の友人なら、今の友人になってもいいだろう。リック、友人としてこれから、よろしく頼む」
「え、は、は、は、はい!」
ヨハネスの差し出した手に、ものすごーく震えながら握手している。
やっぱり可愛い。
……そっか。今、目の前には、前世で攻略した二人がいるんだ。不思議な感じ。
「友達は、多い方がいいもんね! それではヨハネス様、お邪魔だと思うので、そろそろ僕たちは行きますね」
「ああ」
……嵐のような時間だった。
ゲームでは世話を焼かれていたはずなのに、なんでこんなに弟の世話を焼いているのかしら、私。
「あ、ローラント」
「なに、姉さん」
「夕食は、あなたの部屋にでも二人分用意してもらって、食べなさい」
「えー、広間にあるじゃないか」
「リックのことを考えなさい。あの雰囲気、喉を何も通らないわよ」
「あー、そっか。うん、分かったよ」
これで一安心だ。
リックは、胸に手を置いたまま動きが止まっている。なんだか泣きそうだし、言葉が出ないのかも。
ローラントの後ろについていたメイドに目配せすると、私たちはまた部屋の中に戻った。
「なんか、疲れたわね……」
「まったくだ」
椅子に二人とも腰かけて、息を吐く。
ヨハネスも、フォローする気すらないらしい
「彼は王立学園に入るのか。夢と言われると、信憑性は低いように感じるが」
「私たちの未来以上に、確実です。絶対ですわ」
そうでないと、あのゲームの舞台が成り立たなくなる。
「つまり君は、彼が学園に入ることより可能性が低いと思いながら、僕との未来は暗いとか言ったのか」
あー、そうなっちゃうのか。
しまった、口は災いの元ね。
……いやでも、暗いとは言ってないわよ。
「私に恋はしない、愛することはないと言ったのです。よき友人になる可能性はあります。ただ、心というのは、学業や成績に比べれば、変化しやすいもの。予知夢は見たものの、変わることもあるのかもしれないと、少しばかり思うだけですわ」
「なるほど」
微妙にまだ、王太子モードを引きずっているわね。言葉の使い方が硬い。
「ヨハネス様こそ、リックにあんなことを言うとは、思いませんでしたわ」
「君が言ったんじゃないか。『星』は友人も示すんだろ? 直後にリックが現れた。意味があるのかなと、思うだろう普通」
私のせいだったのか!
「え……、占い、お信じになるんですか?」
「占っといて、酷いな。別に、他の者の言葉なら信じないよ。占った人の直感なんだろう? 君の言葉なら、半分は信じるよ。半分はね」
「それは……意外でしたわ。ありがとうございます」
まさか、半分でも信じているとは。
……あんまり適当に、しゃべれないな。
「それにしても、なんで平民の出の彼と、あんなに仲がよさそうなんだよ」
「……え」
「どうやって知り合った? 僕にあんなこと言っといて、好きな男ができただけでした、とかじゃないよね」
「ち、ちが、それだけは違います!」
――コンコン。
今度はゆったりと、品のいいノックの音が部屋の中に響いた。
天の助けだ!
「どうぞ」
「夕食を、お持ちしました」
ガラガラと食事の載ったワゴンを押してシーナが入ってきて、テーブルの上に配膳される。
「ありがとう」
そして、また部屋から出ていってしまう。
シーナちゃーん、行かないでー。
「さて、時間はある。ゆっくりと聞こうか」
怖い怖い。怖いから。
なんでこんなことに……。
どう育てられれば、こうなるんだろう。
この年齢の男の子が、小生意気でえらそーなことは息子がいたからよく知っているものの、一から私が育て直してみたい気分。
結局この後、リックとの出会いから別れまで、あのわずかな間の会話の全てを話すはめになった。
とりあえず、十歳のヨハネスはかなり面倒くさい男だってことが分かったわ……。











