17.誕生日パーティー
……なんで、誕生日にこんな面倒くさいことをしなければならないの。
大広間でげんなりしながら笑顔で挨拶をしつつ、心の中でため息をついた。
父の挨拶で始まった、私の誕生日パーティー。招待客が次々と私に挨拶をしに来る。
社交の場は、まだ年齢的に私には早い。
挨拶だけ一通り終えたら退場していいことになっているけれど、面倒くさいものは面倒くさい。
「ライラ様、このたびはお誕生日、おめでとうございます。お久しぶりですが、ますます綺麗になられましたな。将来が楽しみです」
さっきから同じような言葉ばっかり聞かされて、うんざりだ。
「あら、スコールズ伯爵、お久しぶりですわ。私の誕生日パーティーにお越しいただき、ありがとうございます。一つ大人に近づき、身の引き締まる思いですわ」
子供らしい受け答えも、難しい。
こんなもんでいいのかな。
「はっはっは。誰もが見惚れるような美しい女性になりますよ。私の慧眼に間違いはない」
「ふふっ、芸術に造詣の深いスコールズ伯爵のお言葉、とても嬉しいですわ」
確か、前の年には誕生日に絵画をプレゼントされたはず。というか、いつも芸術作品だ。プレゼントは全て、大広間に入る前に別室で使用人が受け取っている。後で確認作業が必要ね。
にこにこと応え、終わるとまた次の客が来る。
はー、面倒くさい。
本当に面倒くさい。
何人の招待客と挨拶したのか分からないけれど、やっと一息ついた私は、立食用のテーブルへと移動する。
「お飲み物はいかがですか」
すぐに使用人の一人がグラスを持ってきてくれたので「いただくわ」と手に取って、口に含んだ。
はー、カラカラの喉が、潤される。
オレンジジュースだけど。
そういえば、まだお酒は飲めないのよねー……。十六歳から飲んでいいことにはなっているけれど、学園で寮に入るから、実際に飲むのは卒業後かしら。
「ライラ、挨拶は終わったのか?」
最初に私へ挨拶をして、その後は招待客と話をしていたヨハネスが近づいてきた。
気疲れしない相手と、やっと話せる……。
「ええ、一通りは」
他の招待客もいる手前、夢見るような乙女の笑顔でヨハネスを迎えた。
ん? なんか顔赤くない?
うっかりワインでも飲んだ?
でも、お酒の匂いはしないから、しゃべりすぎて疲れたのかも。今日はたくさん人がいるから、彼も王太子モードだしなぁ。
「そうか。それなら……」
スッと彼は両足を揃えると、手を差し出した。あどけなさの残る綺麗な顔で、彼が微笑む。
「お手をどうぞ、ライラ。私と一曲、踊ってくれませんか」
な!
な!
なんだってーーー!!!
今までで一番、おとぎの国、絵本の世界に入り込んだような気分になった。
金髪碧眼の可愛い男の子に、ダンスを申し込まれるなんて……!!!
……でも、違うわよね?
目の前の王子様は、愛しい婚約者と踊りたいなんて動機で、私を誘ったりはしない。目の奥の、楽しそうな挑戦的な瞳の色が、私を捉える。
「ええ、喜んで」
彼の手に、私の手を重ねる。
ちょうど、曲が次のワルツへと切り替わった。過去、最高の緊張感が私を襲う。
前世でダンスの経験はない。完全にライラだけの技術で、踊らなくてはならない。
ステップを踏みながら、大広間の中央へと踊りながら向かう。
1、2、3……。
1、2、3……。
「いつもと違って、余裕がないな」
至近距離から、ヨハネスが笑いを噛み殺したような声で言う。
こんなに早く、こんな場所で踊るなんて思ってなかったし! 練習しかしたことがないのくらい、分かるでしょ!
文句が、胸の内で膨れ上がる。
「さすがは王太子様、余裕しゃくしゃくですこと。体力の方はどうかしら」
かなり無理して、強がってみせる。
これは、ヨハネスらしい挑戦だ。
遊びの一環。
分かっているけれど、やはり技術は向こうの方が上。かなり悔しい。
「君が望むなら、どれだけでも」
強がっていることを見透かされているのも、悔しい。
会場中の視線が、私たちに釘付けになっているのが分かる。微笑ましい視線が注がれて、絶対にミスはできない、と焦る。
顔には無理して微笑みを張り付かせているけれど、わざとらしいことは目の前のヨハネスにはバレバレのはずだ。きっと頬も紅潮している。
正直、ついていくだけで……精一杯。
「過去、最大に悔しいわ」
そう囁くと、ヨハネスは顔を崩して笑った。
「はは、この曲が終わったら、一緒に出ようか」
「そうね。そうさせて、もらいますわ」
夢のような時間だけれど、実際に踊っている身としては、ヨハネスの足を踏まないよう、足が絡まらないよう、転ばないように気を付けるだけで、胸がドキドキバクバクする。
もっと練習しよう。
次は、絶対に負けない!
もっともっと無意識に軽やかにステップを踏んでみせる!
めらめらと闘志を燃やしながら、曲が終わると私たちは周囲に一礼して、手をつないで大広間を出た。










