16.リックとの出会い
「あー……、酷い夢を見たわ」
束の間の休憩タイムに、優雅に紅茶を庭で給仕してもらいつつ、呟いた。
勉強やら、美しい通る声を出すための発声練習やら、ダンスの練習やら、色々とこなした上での今だ。
シーナの他に、専属でないメイドさんも何人も並んでいる。
こんな時でないと、あまり会話の機会がないものね……。
「夢見が悪かったと、朝、おっしゃっていましたものね。どんな夢だったんですか?」
ミーナが気遣わしげに、聞いてくれる。
「大きくなったヨハネス様が、他の女を口説いている夢よ」
「あら、それは」
くすくすと皆に笑われる。
婚約解消を希望していることは、王宮へ行く前にミーナを通してシーナにも伝えてあった。二人には、婚約解消を提案しているくせに、と思われているのだろう。
最近はちょっと仲よくなってきたから、少しばかり面白くなかったのよね。
なついていた子猫を、いきなり掻っ攫われた気分、なのかな。
改めて、いつかはああなると肝に銘じておかなくては。
ヨハネスとカムラの夢も、興味深かった。あれが本当にあったことかは分からないけれど、なんとなく二人の歴史が垣間見えた気がした。
「はー、紅茶は癒しね……」
ぼやーっとしながら美しく整えられた庭園を見ていると、どこからか笑い声が聞こえてきた。
「あ! 姉さん、こんなところにいたんだ」
あ……あれ?
一緒にいるお連れさん。ちょっと知っている人の面影がありますけど。
「前に話したリックだよ。今日、指南所に最後の挨拶に来てくれたんだ! 今日行ってよかったよ、せっかくだから、連れてきた! 前に父さんが招待状を出そうかと言っていたくらいだし、いいかなと思ってさ」
やっぱりー!!!
「お初にお目にかかります、リック・オスティンと申します!」
赤茶色の短髪は、大きくなった時と変わらない。気さくなお兄さんだったけれど、今の方がもっと元気がいいかも。
「私はライラ・ヴィルヘルム、ローラントの姉ですわ。騎士学校に入学されるそうですわね。今後の活躍にも、期待していますわ」
ちょっと挨拶、硬かったかな。
もう少し、子供らしくした方がよかった?
「あ、は、はい! が、頑張ります!」
はー、可愛い。
ごちゃごちゃ難しいことを言わないあたりが、可愛い。
「ふふっ、年も近いことですし、緊張なさらないで」
「は、はい!」
顔を赤くして、瞳が揺れている。
こーゆーの、慣れていないんだろうなぁ。
「リック、緊張しすぎだよ。ただの僕の姉さんだよ」
ただのって何よ、ただのって……。
「そう言われましても、身分の高い女性に会うことなんてほとんどないし、緊張しますって」
あ、やっぱり、そういう口調なんだ。
高貴な身分の相手に、タメ口は無理よね。
なんか、小四男子が小二男子に気を遣わされているみたいで、あんまりいい図じゃないなー。
……仕方ないけど。
「僕に対する時みたいで、いいんだよ」
「無理ですよー」
うん、でも仲のいい兄弟みたい。
「ほんとに、仲がよろしいのね。ローラントを、これからもよろしくお願いしますわ」
「は、はい」
「それから、一つ予言をしてさしあげます」
「え……、予言ですか?」
「あなたは、騎士学校で卒業試験首席の成績を残し、特待生として王立学園に入ります。私とは同級生になりますわ。その時は、仲よくしてくださいね」
二人とも、ポカーンとした顔を私に向けている。
私は優雅に微笑むと、紅茶を一口飲んだ。
あー……、ぬるくなってしまったか。
「ま、待ってよ。それじゃ、僕だけ除け者じゃないか。ずるいよ、二人だけ同級生なんて」
「二年遅れで入るから、大丈夫よ」
「待てない! 待てない待てない待てない!」
「待てるくらいに、あなたの精神年齢も上がるから、心配いらないわ」
「今の僕の悲しい気持ちは、どうするのさ!」
言い合いをしていると、ぶはっとリックが吹き出した。
「仲、いいんですね」
同じ言葉を返されてしまった。
あはは、と本当に楽しそうに笑う。
うん、やっぱりこれくらいの年齢の子は、こうでなくてはね。
「悪くはないわね。せっかくですから、もう一つだけ予言をしてさしあげるわ」
「なになに、姉さん。そんな力、持っているの?」
「まぁね。リック、あなた、王立学園の教養科目のダンスで、ものすごーく苦労する羽目になりますわよ」
「えっ、そんなのあるんですか。い……いやでも入れるとは限らないし、今は強くならないと……」
「ですわね。入学したら、練習に付き合ってくれる可愛いお嬢さんと友人になることをお勧めしますわ」
学園の片隅で、メルルと練習をするイベントが何回かあったはずだ。
あー……、でも、それはリックルートだ。リックがメルルと上手くいったら、ヨハネスの恋は破れるのか。
それも可哀想だなー……。
「ラ、ライラ様は……」
「今のところ、ヨハネス様の婚約者だから、きっと無理ですわね」
婚約を解消していたとしても、リックとプライベートで踊っているのを誰かに見つかっては、公爵令嬢として問題ありありだ。
「ですよねー……」
そこは、ローラントに聞いていたらしい。
「今のところって何さ、姉さん。すっごく最近仲よくなってきたのに」
「心は変わるもの、移ろいゆくもの。この先、何があるか分かりませんもの。今、私が断言できるのは、リックの明るい未来だけですわ」
「は、はい! 期待に応えられるよう、全力で頑張ります!」
「ええ、倒れない程度にね」
ひらひらと二人に手を振る。
上手くまとめたと思ったのに、ローラントが酷い提案をしてきた。
「そうだ、姉さん。たまにリックが休日に遊びに来たらさ、少しの時間だけでもダンスを教えたらいいじゃないか。一緒に踊るのはまずくても、横で真似してもらったりさ。姉さんも練習になるし、ちょーどいいよ!」
ちょうどよくない!
「え……と、それは……」
ほら、リックも困ってるじゃない。
公爵家の坊やの善意を、断るなんてできないわよね。
「ローラント、彼を困らせないで。リックはこれから騎士学校に入学するのよ、宿舎にも入るわけだし慣れない生活が待っているの。他に目を向けられないほど、鍛練も座学も大変に決まっているわ。お父様も、落ち着いてから招待をと、おっしゃっていたでしょう。今、考えることではないわ」
「そっか。そうだよね、リック、ごめん」
はー……、分かってくれて、よかった。
そもそも友達だからって、ただで習い事みたいなことをさせてあげているという話が漏れたらと考えても、よろしくはない。
子供はほんと、突拍子もないことを言い出すからなぁ。
「い、いえ。でも、ありがとうございます。ダンスは入学することができたら、その時になんとか頑張りますよ。まだ想像もできないですが」
はは、と頭をかいてから、未来への希望があふれるような眼差しで、私を真っ直ぐに見てくれる。
「お気遣いいただいて、ありがとうございます! ライラ様はとても優しくて、なんか、感動しました。同級生になれるよう、頑張りますね!」
「ええ。落ち着いたら、またローラントの相手をしてやってくださいな」
「ちょっと姉さんー、僕を年下扱いしすぎじゃない?」
「年下なのだから、仕方ないじゃない」
やっと、上手く(?)まとまった。
とっとと婚約解消してもらって、ゆるゆる暮らして、いい男性と巡り会えればと思っていたのに、なんだか色々と起こるなぁ。
「人生、山あり谷ありね……」
冷えた紅茶を、ぐいっと飲み干す。
「姉さん、ずっと思っていて言わなかったけど、最近年寄りじみてるよね」
「え、年寄っ……!?」
「ヨハネス様って、そーゆー趣味だったのかな」
「な!?」
「じゃ、リック、今度はあっち行こー!」
こちらに胸に手を当てて礼をしようとするリックをローラントが押しながら、二人が去っていく。
くぅ、子供はこれだから!
えー……、私、年寄りじみているのかしら。
地味にショック。
給仕をしてくれているメイドさん全員からなんのフォローもなく、納得みたいな顔されているんだけど。
そうなの!?
皆、そう思ってたの!?
……心外だわ。
「あーあ。もう一杯、紅茶をちょうだい」
「かしこまりました」
気を取り直して、リックを見習って頑張るか……確実に王立学園に入るために、今から基礎を叩き込まなければならないのは、私も同じ。歴史も地理も語学も何もかも、前世の知識だけでは太刀打ちできない。
小学生みたいなリックも、可愛かったわね。
やたら、頑張る頑張る言っていたし。
子供って、語彙力がないから、頑張るしか言えないのよねー。
……こんなふうに考えているから、年寄りじみているのかな……。
今朝の夢を思い出す。前世の記憶を持つ自分はヨハネスに相応しくないと思いながら、あの光景を見ていた。分かっているわよと心の中で唱えながら、振り払うように首を振った。











