14.カムラとの未来
こっわ!
こっわ!
王族につく専属の使用人は、ほとんど天涯孤独だ。
専属使用人となれば、主人の命を奪うことも簡単にできる。先ほど天井裏にいたのなら、ついさっきにだって、私たち二人を殺そうと思えば殺せたはず。
身内を人質に、殺せと誰かに命じられる可能性だってある。
だからこそ、天涯孤独で強い者が好まれる。
ミーナとシーナのように、身内が強くて味方なら問題ない。
男性が妻や子供をもうけた場合は、誰にも知られないように遠い地に住まわせ、ほとんど帰宅しない。女性なら引退することが多い。
このゲーム、平和なんだけど設定はちょっと暗かったのよね……。
天涯孤独である理由は、さまざまだ。
他国から招くケースも多いと聞く。平たくいえば、人身売買だ。奴隷上がりの幼い者を鍛えて、優秀な人材を他国に売る組織もあるらしい。才能がなければ、奴隷のままだ。
引き取った年齢によっては、騎士学校などへ通わせて鍛え上げる。
カムラも、それに近い雰囲気がある。
そんな相手に、あなたは無条件の愛が欲しいんじゃないのって……占いの結果とはいえ、我ながら、酷すぎだ。
「そう……ですか。ライラ様は、この国の母になるかもしれないお方。私まで母のような心で見守りくださるのなら、光栄なことです。私の我儘で占っていただき、ありがとうございました」
百点満点の回答だ。
でも、これでは私が鬼畜すぎる。
「カムラ、あなたに約束するわ」
立ち上がり、彼の手をとった。
「私が将来どうなろうと、あなたの幸せを祈るわ。嬉しい時間、楽しい時間が、少しでもあなたの人生を彩ってくれることを、望み続けます。その時に私が、ここにいてもいなくても」
何も知らない九歳のガキのくせにと、頭にきているかもしれない。
でも、これだけは言いたかった。
このゲームのオープニングで、攻略対象キャラクターの印象的な台詞がポンポンと流れていた。
彼とのエンドは迎えていないけれど、オープニングでの彼の言葉は、こうだ。
『嬉しいって、こんな気持ちなんですね……初めて知りました。責任、とってくれますよね』
私にはあまり感情がない、といった内容の台詞も出てきていたと思う。
この青年にだって、小さな赤ちゃんだった頃がある。心を殺して生きるしかなかったなんて、悲しすぎる。
「……失礼ながら、ライラ様と私との接点はほぼありません。それでも、私の幸せまで願われるのは、なぜでしょうか」
私の言葉を受けて、何を考えているのだろう。
表情に揺らぎもなく、全く分からない。
「ヨハネス様の専属執事見習いだから、ですわ。今まで生きて、その地位にいる。それがどれほどのことか、恵まれた環境で苦労なく生きてきた私には、察することすらできません。でも、これだけは断言できます。あなたもまた、幸せにならなければならない人ですわ」
真剣そうな目が三人分、私に向いているのが分かる。沈黙に耐えかねて、もう少ししゃべることにした。
「あなたは立場上、今、私を罵ることはできないでしょう。だから、私が代わりに罵ってさしあげます。大した人生経験もない小さいメスガキが、知ったような口をきいて、できもしないことを抜かしやがって、ヨハネス様が愛想をつかしたら殺してやる、と思われているだろうことは、承知の上です」
「――――っ」
三人とも、すごい顔になったわね。
そんな、化け物を見るような目で見ないでほしい。
というか……感情隠すのは得意でしょう、使用人なら。なんであなたたちまで、その顔なの。
しばらく沈黙が走り……。
そして、なぜか三人とも笑いだした。
「ふ……っく、……っ、……っはは、すみません、ヨハネス様。笑いが止められません。っ、あっはは」
「いいよ、許す許す。僕も笑いが込み上げてっ……」
「ライラ様、緊張したじゃないですかぁ、ふふっ、あははっ、私にも移っちゃいましたよーっ」
なんで全員笑っているの。
ちょっと意味が分からないわね。
というかカムラ、あなた心から笑えない人だったはずでしょう。
「はーっ、ヨハネス様、ヨハネス様。私、この人が気に入りましたよ。早く結婚しちゃってくださいよ。私、この人にも使われたくなってきました」
「この人って、まったく。こんな楽しそうなカムラ、初めて見たな」
「こんな楽しい気持ちになるの、初めてかもしれません。はは、面白い。面白いですね」
……え。
私、ヒロインとカムラのフラグ、へし折った?
未来にあったかもしれないロマンチック展開、ぶっ壊した?
楽しい気分になるの、ヒロインが初めてじゃなきゃいけないんじゃ……。
「あ、それじゃ、ヨハネス様、今のうちに許可をくれませんか?」
「えー、なんのだよ。ほんと、おかしくなってるね」
「ええ、自覚はありますよ。もしヨハネス様にとって、ライラ様が無価値な存在になって捨てられる時が来ましたら、私にください。もったいないので」
「はぁー? なに、結婚したいの? ライラと」
「いいえ、さっきのカードで言っていたじゃないですか、母性を与える人って。一緒に逃避行して、私のお母さんになってもらいますよ。そうしたら予言通りですよね、さっきの」
そう言って、またカムラが大笑いし始めた。
待って、全然笑えないんだけど。
私の許可なく、選択肢が決まった気がするんだけど。
平たくいえば、ヨハネスの嫁になるか、カムラのお母さん的存在になって駆け落ちの二択?
なんだそれ!
意味が分からない!
私はいったい、どこを目指せば……。
「はー、仕方ないな。ないとは思うけど、万が一僕が捨てたらだからね。僕を振っておきながら二人で駆け落ちするのは、許さないからね」
「ええ、ええ、分かっています。ヨハネス様の手の内にある間は、何もしませんよ」
なんで君たちが、私の行く末を決めているの。……まったく、どいつもこいつも。
さすがに見過ごせず、シーナが腰に手をあてて、怒り始めた。
「お二人とも、肝心のライラ様の意向を聞かれずに、勝手に決めないでください」
「大丈夫です、ヨハネス様に振られたら、必ず私が幸せにしますよ」
「うーん、王都にいるのはそうなると厳しいですし、約束してもらえるのなら……」
「まぁ、幸せが何かは、分からないですけどね」
だから、勝手に決めるなと!
――パンパンパン。
両手を鳴らして、収拾をはかる。
「あーもう。先のことなんて、今考えてどうするのよ」
お前がそれを言うかという顔が、三人分こちらを向く。
……そうよね、分かってる。分かってるけど……。
「今日のところは、帰りましょう」
もう疲れた。
早く帰って、夕飯食べて、お風呂に入りたーい!










