✿リックの恋愛2
彼女が苦しそうに続ける。
「リック様と仲よくなれる話題はないでしょうかと聞いてしまったのです。ライラ様は、私の必死な姿を見て色々と答えてくださいました」
「そ、そうなんだ」
ライラ様とは、きっと知り合いなんだろうな。
「女神様のようにお優しいライラ様は、剣舞部にリック様が入っていることを教えてくれましたわ」
……それは、調べたらすぐに分かるような内容だな。
「それからその……猫がお好きなことも」
猫が好きなことも!?
これは……ライラ様、この子のことを完全に応援しているな。つまり、ライラ様から見て悪い子ではないってことだ。
「ああ、実家で飼っていたんだ。騎士学校に入るのに一番残念だったのは、マロンと離れることだったかもしれないな」
「あら、マロンちゃんとおっしゃるの?」
「ああ」
「可愛い名前。誰がつけたのかお聞きしても?」
涙をハンカチで拭いながら彼女が尋ねる。まだ話したいというのが伝わってくる。
すごく可愛い。
めちゃくちゃ可愛い。
あらためて彼女を見る。淡い金髪に栗色の瞳。おとなしそうな印象ではあるのに、今は俺相手に必死な様子になっているのが申し訳なく感じる。
「あの、答えたくなければ……」
「あ、ごめん。名前をつけたのは俺だよ。君の瞳の色に毛色が似ていた。思い出すな」
……猫の色に似てるなんて失礼だったかな。
「そうなんですね。嬉しいです」
でも、彼女はにこにこしている。
もしかして……、こんなに可愛い女の子が俺の恋人になるかもしれないのか? 俺が断りさえしなければ……え、本当に? 相手は貴族のご令嬢だぞ。
「えっと、これからも君とたまに話していいかな」
「も、もちろんですわ! あ、あの、マロンちゃんを思い出したくなったら、いつでも私に話しかけてください! ま、毎日でも!」
「……俺にとっては君も、雲の上の存在なんだ。身分の高い、俺には手の届かない女性だ」
「そんな……そんなことは……っ」
「でも、君がそうではないと言うのなら、友達から始めてもいいかな」
「…………っ、はい!」
大粒の涙を彼女がこぼす。
「話し方も、これでいいかな」
「もちろんです! メルルさんにもそうされていますでしょう?」
対抗意識かな。どうしてたった二回話しただけで……不思議だ。
「そんなにメルルさんと比べなくてもさ。彼女にも、その……たぶん決めた方がいると思うんだけどな」
「あ、そうですね」
ふふっと彼女が笑う。
「それも知っているんだ?」
「あ、い、いえ。あの、ライラ様にお尋ねしたら、もちろん答えてはいただけなかったのですが、否定もなさらなかったのでそうなのかなと……」
ライラ様との会話が気になるな。ヨハネス様にも確認はしないとな。ライラ様が応援なさっているようだし、大丈夫だろうけど。
「そ、それで、その、もうすぐ教養のダンスの講義が始まるかと思うのですが、やっぱりその、メルルさんの決めた方は選択は――」
そういえば、ずっとメルルさんとペアを組んでいたもんな。この子も講義をとっていた。うーん、本当にヨハネス様とは関係なく、俺のことを?
「後期はペアになる相手を探さなければとプレッシャーに感じていたんだ。俺の相手なんて、皆嫌がるかと思ってさ」
「――――!」
セオドアさんから前期の終わりにぶっきらぼうに聞かれた。
『私もダンスの講義を選択しようと思っている。……相手を探すのに困るのなら、やめるつもりだが』
――と。
そうなる可能性は高いと思っていた。だから俺は「知り合い多いんで大丈夫ですよ」とすぐに返したものの、どうしようかと軽く悩んではいた。
騎士学校で一緒だった仲のいい友人に、ペアになってくれそうな女性をその場で紹介してもらおうかとか、色々だ。
「私とお願いします!」
「ああ、ありがとう」
「それからその、もし……ですが。練習などしたければ、いつでも声をかけてください。えっと、寮の裏でも校舎の裏でもどこでも参りますわ」
「ええ!?」
驚いたあとに、ぶはっと吹き出してしまった。
「あっはは!」
「え、あの、リック様?」
「それも、ライラ様から提案されたんだよね?」
「え、あ、え、ご、ごめんなさいっ。そ、そうなんです……っ」
「あははっ、ごめん、ちょっと止まらないな。ははっ」
「え、リック様。え? え?」
「十歳頃にライラ様に予言されたんだ、俺」
「よ、予言?」
「騎士学校を首席で卒業して特待生で学園に入るってさ」
「な……っ!? ライラ様、すごい……っ」
「それで、その時に言われたんだよ」
あの時の会話を覚えていたのかな。それとも、こうなることまで知っていたのかな。
ライラ様は、やっぱり女神様なのかもしれないな。メルルさんもそう言ってるし、なぜかシルフィさんまでさっきそう言っていた。
「俺が教養科目のダンスで苦労するって。入学したら、練習に付き合ってくれる可愛いお嬢さんと友人になることをお勧めするってさ」
「…………!!!」
驚きで言葉を失っている彼女に、俺は微笑む。ヨハネス様がライラ様に向けるようなあんな顔を、俺も誰かにする日がくるのかななんて思っていたけど――。
「練習に付き合ってくれる可愛いお嬢さんは君だったのかもしれないね、シルフィさん」
俺のために泣いてくれる子。
「はい! どれだけでも!」
抱きしめたくなる衝動を抑えて、俺は誘う。
「もう少し君と話したい。いいかな」
「はい。それも、どれだけでもですわ」
彼女は貴族だ。俺とはきっと価値観も考え方も違う部分はたくさんあるだろう。俺だけが夢中になって、彼女が離れていく可能性も高い。その時に――。
ジェラルド様のことを思い出す。
報われないと知りつつ、ライラ様への好意を隠さなかったジェラルド様。俺はあんなふうに笑って別れられるのだろうか。離れられるのだろうか。
「リック様?」
未来は不確定だ。
でも俺は、君のことを好きになってみたいと思った。
「俺は君のことをほとんど知らない。今度はシルフィさんのことを教えてくれるかな」
夏の陽射しを浴びて輝くその涙は、まるで宝石のようだ。「たくさん泣かせた責任をとらせてほしい」と言いたい気持ちはまだ胸の中にしまっておこう。
俺たちはこの日、友人になった。
いつか恋人に――そして夫婦になる彼女との、始まりだ。










