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12.はしゃぐヨハネス

「ミーナ、あれを」


 部屋から出て、ミーナからそれを受けとる。

 クラレッドは横にいるけれど、シーナとカムラの姿が見えない。待機室にいるか、長い回廊のどこかで見張りでもしているのだろう。


「それは何? 大きな皿とダイス?」


 布に包まれていたそれを取り出して、机に置く。ヨハネスの言った通り、木製の二十六個のダイスと、周囲に少しずつ段差のある、アリーナのような一つの大きな皿だ。

 ミーナに手配してもらった。


 昔、私の息子、拓海が小さかった頃によく遊んだ、『ストライク』というボードゲームだ。


 全てを忘れて小学生らしく(小学生ではないけれど)遊ぶのに、持ってこいだと思った。


「はい、それだけですわ。ダイスは八つずつ持ち、それとは別に一つ、お皿の中へ入れます」

「ふむ」

「まずは私から。ダイスを一つ投げ入れます。ゾロ目が出れば、それは全て私のもの。あら、違いますね。ダイスはこのままで、もう一度次のダイスを振るか、自分のターンを終わりにするか選びます。ヨハネス様、お次をどうぞ。自分のダイスがなくなれば、負けです。ダイスにぶつけて出目を変えても構いません。中のダイスがなくなった場合は、自分のダイスを全て振り入れます」

「このダイス、【1】がないね。代わりに【×】が彫ってある」

「はい。【×】が出てしまったら、そのダイスは、このゲームから離脱です」

「ダイスの数が少なくなっちゃうんだね」

「その通りです」

「よーし!」


 そう言って、彼は手袋を外してダイスを握った。

 こんなに分かりやすく気合いを入れるヨハネスは、見たことがない。微笑みを絶やさず、付け込まれないよう喜怒哀楽はあまり表に出さないようにするのも、王太子の仕事のうち。


 こんなふうに、わーきゃー言って楽しんでいるヨハネスを見るだけで、嬉しくなって顔が緩む。


 ――子供は、子供らしくなくては。


「よっし、一つゾロ目! このダイス二つを、もらっていいんだよね? 僕の番は終わりでいいよ」

「分かりました。次は私ですわね」


 そう言ってから、はたと気付いた。


 ゲームの説明中、途中からお嬢様言葉を使うのを忘れていたわ……。分かりやすく説明することに、気をとられてしまった。


 まぁ、ヨハネスもにこにこしているし、いいか。気にしては、いなさそうだ。仲良くなってきたし、あまり意識しなくてもいいのかもしれない。


 ……そこそこ適当でいいか、もう。


「せーの!」


 思いっきり、中のダイスにぶつけた。

 ゾロ目どころか、中のダイスが【×】になり、そのダイスは退場だ。


「それ、中に一つしかないんだし、ぶつけて出目を変えない方がいいに決まっているじゃないか」

「ええ、わざとです。思い切りぶつけて、ダイスの目を変えるの楽しいんですもの」

「そーゆー基準!?」

「私、もう一回やっちゃいますね」


 彼は普段、何をしても負けるわけにはいかない。さすがヨハネス様だ、という信頼を積み上げることが、反乱分子を抑えることにもつながる。

 この国をあんな者に任せてはおけないと思われては、お飾りにして権力を握ろうとする人間も増える。


 負けてもいい勝負。

 勝ちだけを目指すのではなく、楽しむことを一番の目的にする、そんな時間を共有できればと思う。


「ライラ、何回やるつもりー?」

「ゾロ目を出すまでは、死にきれませんわ!」


 ――結局、勝負はヨハネスの勝ちに終わった。


「なかなかに楽しいね、これ。シンプルなのに、熱くなるよ」


 やっぱり負けると、悔しいな。


「もうひと勝負します?」


 次はさすがに、確率をしっかり考えて勝負しよう。


「ああ、もう一度やろう」

「実はこのゲーム、最初にダイスを振るのは年長者というルールもありますの。次は、ヨハネス様からどうぞ」

「君だってもうすぐ、僕と同じじゃないか」

「あら、誕生日を覚えてくださっているなんて、嬉しいですわ」

「一応ね。君のところでパーティーもあるし。よし、彼らを呼ぼうか」


 すたすたすたっと、扉へと向かうヨハネス。

 彼ら……彼らって、まさか……。


「じゃっじゃーん! カムラとシーナを呼んだよ。よし、やろうやろう」


 少し経ってから、二人を連れてヨハネスが戻ってきた。


 シーナの名前、覚えていたのね。

 シーナも驚いて目を丸くしている。


 淡い金髪を後ろで留めた可愛らしい顔立ちのシーナは、姉のミーナとまるで双子のようによく似ている。性格としては、常に冷静なミーナに比べて少し幼く、消極的で人見知りな部分がある。

 その反面、決断力があるし、こうと決めたら突っ走る。


 姉に守られながら育ったように見えて、姉の敵を密かに殲滅するタイプの、ミーナと同じく戦えるメイドだ。


「ヨハネス様。まだ、やり方を聞いておりませんよ」


 ものすごくカムラが苦笑している。このヨハネスのはしゃぎようは、なかなか見ないのかもしれない。


「そんなの、聞こえていただろう?」

「扉の前に四人はちょっと。私たちは少し遠くにおりました。分かっておられるでしょうに」

「仕方ないな。ライラ、頼むよ」

「あ、あの、ライラ様、よろしくお願いします」


 うーん、シーナが少し挙動不審だ。

 人見知りの発動と、主人である私や、ヨハネスに万が一にでも勝ってしまったらどうしようという、迷いのせいかな。


「もちろんですわ。でも説明の前に、先にお二人に言っておきますわ」


 ビシッと彼らを、指差した。


「私を……いえ、私たちを、全力で叩き潰しにきなさい。これは、命令よ」


 そう言って、人生で一度くらいしてみたいと思っていた、高笑いをしてみせた。


「あっはは、そうだね、僕もそう命じることにしよう」


 ヨハネスが片眉を少しだけ吊り上げて右手をひらひらとさせると、カムラも手袋を外した。


「でもライラ、自信満々に見えるけど、君さっき僕に惨敗だったよね」

「先ほどは本気ではありませんでしたもの。次は油断しませんわ」

「また君は」


 これぞ小学生、という台詞は言ってて楽しいな。


 シーナとカムラに、なんだか生暖かい目で見られいる。

 ……分かるけどね。彼らは私たちの専属使用人。親目線になるのは、分かるけど。


 でも、私はヨハネスに合わせているだけだから! あなたたちより、前世も入れたら長く生きてるんだからね!


 そんなことを考えながら、もう一度説明をし直した。


「そうそう、カムラ」


 浮かれたような声で、ものすごく爽やかな顔でヨハネスが言った。


「年長者が一番手なんだよ、このゲーム。最初が一番つまらないけど、年長者だから仕方ないよね。そう決まっているんだ。さぁ、いつでも始めて」


 そう言って、じゃらじゃらとダイスを手渡した。

 あーあ、本当に楽しそうだ。


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