♡ジェラルドの夢2.もう一度
聞き慣れない声がして驚いて振り向くと、サブキャラクターの一人、隣国フィデス王国の第一王子であり王太子の、ジェラルド・オーウェンスが立っていた。
「兄上、いつから聞いていたんだ……」
セオドアが困惑しているものの、それ以上に私が困惑する。
私って、この世界で彼に会ったことないわよね? なんで弟であるセオドアではなくて私をそんなに見て……それになんか視線が熱いような……やや潤んでいるし感動の再会みたいな顔をしているけど、赤の他人よね?
「うーん、セオドアが王太子妃になるのが不安なのかと聞いたあたりからかな」
「ほぼ全部じゃないか、趣味が悪い」
「セオドアが何かに気をとられている時に気付かれない間合いを、僕は兄として熟知しているからね!」
「……本当に趣味が悪い」
会話しながらも、ジェラルドのその不可解な表情にセオドアの顔も訝しげだ。
……さて、話に入りにくいけれど、そろそろ挨拶をしておこうかしら。
「お初にお目にかかります、ライラ・ヴィルヘルムと申します。セオドア様のお兄様、ということは、ジェラルド様ですわね。お会いできて光栄ですわ」
両手でスカートの裾を持ち、腰を落として礼をする。
「……君にとっては初めましてなんだよね。会えて嬉しいのに、寂しくてたまらない。様なんてつけないでよ、ライラちゃん。頼むからさ」
何を言っているのかサッパリだ。やけに馴れ馴れしいし。電波設定なんてあったっけ、この人。サブキャラだったし分からないわね。
「フィデス王国の王太子様に、それは……」
「僕も違う世界から来たんだよ。ここは夢だと思っている。そうだな……さっきの君を真似して、僕も当ててみようかな。そうしたら、少しは僕の話を信じてみようかと思ってもらえるかもしれない」
私のセオドアへの言葉をなぞるようにそう言われる。
え……なに、違う世界ってまさか……。
「今の話には出てこなかった君についてだ。ボードゲームが好きだよね、ライラちゃん。『ブラフ』とか『ファイブアライブ』とかさ」
な!?
この世界にそんなものがあるとは思えないし……まさかまさか……!
「男女の仲を深めるための遊びも知っているよね。『ハァって言うゲーム』とか色々ね。そっか……君にとっての前の世界で、誰かとしていたのかな。ヨハネスやリックと遊んでいたのは聞いていたけど、その前からか。少し妬けるね」
妬けるってなんで!
どうしてリックのことまで知ってるの!
頭が大混乱だわ。
でも、私が転生したというのなら他の人にだって可能性はあるに決まっている。
「つ……つまり、私と同じ地球にいたってこと? 国は日本?」
妬けるとか言ってたし、悪役令嬢ライラを好きな男の子が乙女ゲームの世界に入って元の世界の私のことも知っている? いやいや……おかしすぎるでしょ。
「違うよ。そうか、君は日本って国にいたんだね。いつか……夢が覚めて君に会える日がきたら聞いてみるよ、日本にいたのってね。老後になるのかもしれないけど」
ほんとに何がなんだか……少し頭を落ち着かせたいわ。
「……まるで話が見えないが……」
セオドアが頭に手を当てながら苦悶の表情で私たちに確認をする。
「お前たちは両者とも、ここを現実だと思ってはいないということか。それはどちらも今朝からなのか。昨日私と話した兄上は、いつも通りだったからな」
「そうね……私は事故でおそらく死んで、目覚めたのは今日の早朝よ。あの世に近いのかしらと思っているわ」
「なるほど。さっきまで僕がいた場所でも、ライラちゃんはそう思っていたのかな……」
彼が私の前に立った。
緑がかった銀髪がさらさらと光を浴びて輝いている。抜けるような青い空の下で愛おしそうな瞳で彼が私を見つめる。
そのエメラルドグリーンの瞳に映る私は、ライラ・ヴィルヘルムという十六歳の女の子。私なのに私とは違う女の子のはずで……それなのに少しドキリとする。
「今の君に今朝なったと言うのなら、僕がさっきまでいた世界は『君が死んで目覚めたのが九歳後半だった』という世界だ。おそらくね」
「え……」
「それまでヨハネスの重荷になっていたと君は言っていた。いきなり関係性が変わったのなら、それが原因だろう。その頃からボードゲームで遊び始めたとも聞いていたしね」
「き、九歳……?」
目覚めたら九歳……。
そうなったら、私は何をどうしたのだろう。
「その世界で君たちは恋人同士だったのに婚約を解消していた。理由がやっと分かったよ。婚約の解消は君の希望、ただし本意ではなかった。前の世界の記憶を持っていたからそうしたんだね。ヨハネスは君の希望を叶えたうえで、君を逃さないよう頑張っていたってことかな。ここはただの夢だろうけど、辻褄が合いすぎる。やっぱり女神の気まぐれかもしれないな。一方的に君の事情を盗み聞きしてしまったけど、今度は僕の話を聞いてほしい」
彼が目の前に跪いて、私の手をとった。
その所作は王太子らしく洗練されているのに、私を射抜くような瞳には熱さを感じて――。
「君が好きなんだ、ライラちゃん。君に好きになってもらえるのなら、身分を剥奪されようとどんな処分を受けたって構わない。聞いてくれるかな、僕の……無惨に散ったとびっきり甘くて切ない恋の話をさ」
彼の言葉の意味すら分からないのに、強い意志を感じるその瞳に年甲斐もなく胸が高鳴った。
――彼から目が離せない。
彼が恋をしたという違う世界の私について……知りたくなった。










