♤メルルの思い出3. 恐怖(本編22話後)
二人から離れて、先ほどのヨハネス様を思い出す。
やっぱり綺麗な顔だったなぁ……。
ヨハネス様に目を向けすぎてしまっては、ライラ様が不安になる。できるだけ見ないようにはしていたけど、もう離れたから思い出すくらいいいよね。
白桃を広場で一緒に食べないか聞いた時も、どうするかはライラ様に委ねるような雰囲気だった。私と話をしないようにしていたのも、ライラ様を気遣ってのことに違いない。
好きなんだろうなぁ……。
思い出して、にやけてしまう。
恋人って言葉にライラ様が驚いていたってことは、婚約者で恋人未満で、それなのに私の存在を教えるくらいには近い存在だったってことなのかな。
もしかしたら、さっきの恋人発言がきっかけで二人は完全に恋人になるのかも! 私に惹かれないことが証明できて、晴れて二人は両思いに?
あぁ〜、萌えるー!
「今、よろしいですか」
ぽやんぽやんしていた頭が、恐怖で一気に思考停止した。
カムラさんだー……。
「は、はい。なんでしょうか。先ほどは、ありがとうございました」
ちょうど人通りのない区画に差しかかったところだった。二人の護衛は他の人に任せたのかな……。
カムラさんは嘘を見破る。
嘘のない範囲内で、知らないはずのことを言わないようにしなければならない。名前も呼ばないようにしなくては。
「いえ、お二人ともいい思い出ができたことでしょう」
丁寧語……。
さっきの会話をどこかで聞いていたはず。カムラさんのことを、二人を守っている方ではないかと私が指摘した会話を。だからこそ丁寧語を使っている……ただし、それを聞いていたと察していることを知られてはならない。
「……あのタイミングで出て来られたってことは、お二人の護衛さんなのかなって思っていました」
「はい、やはり頭がいいんですね。次からは少なくとも靴は軽く汚しておきますよ」
「――――!」
なんでわざわざ、広場での会話を聞いていたとアピールするのー!
受け答えが難しすぎる……。
誰かを好きになると、とっても純粋でかわいらしいタイプだと知ってはいるものの……好かれていない以上、目の前のカムラさんは得体の知れない化け物だと言っていい。
ゲームよりも若いカムラさん……ゲーム以上にぶっ飛んでいる可能性もある。
「あ……の……私に何か用があるのでしょうか。戻らなくても大丈夫ですか?」
「そろそろ行かないといけないですね。いい思い出をつくっていただいたお礼をお渡ししたいと思いまして」
「白桃だけで十分ですよ。素敵なお二人と知り合えましたし、してもらうばかりでした」
お礼……今日より前に買っておいたのかな。それを私に渡すことではなく、何かを伝えることが目的だったに違いない。
私とヨハネス様が結ばれること。それは、カムラさんにとってよくないことだ。だから私の死亡エンドも、ヨハネス様ルートにしか存在しなかった。婚約者がいるにも関わらず平民にうつつを抜かすこと事態、人によくは思われない。そのうえ、ヒロインであるメルルが二股をかけたりヨハネス様の情報を人に洩らしたりすると殺される。
ライラ様から私のことを伝えられていたとしたら……カムラさんから学園を受験するなと頼まれる可能性は高いのかもしれない。
「もう用意してしまいましたから。どうぞ」
大きな木箱を渡される。
「これは……?」
促されて中を開けると、私が欲しかったものが入っていた。
「え……水彩絵の具ですか、これは……!」
この世界ではまだ広く流通はしていない。
貴族の方は手にしているかもしれないけれど、安価でもない。子学校に一つだけ置いてあり、一度だけ授業で体験させてもらう機会があっただけだ。
「こちらもどうぞ」
まだ流通していない色鉛筆も渡される。
カムラさん!
あなた、最高です!
「あ、あの! ありがとうございます! お名前を伺ってもいいですか?」
「え……ああ、カムラです」
「カムラさん! 嬉しいです、ありがとうございます!」
これで絵を描ける!
この世界、コピックとかないからなぁー。黒鉛に紐を巻いただけの鉛筆やペンだけだと飽きるんだよね。油絵ほど本格的には描きたくないし。上手くはないけど、前世ではキャラの絵を描くのも好きだった。どうせ死ぬなら、同人誌とか作ってみたかったなぁ。
――って、喜んでいる場合じゃない。
私が絵を描くのを好きだと知っているということは、相当私のことも調べ上げられているはず。
「それで……」
ああ……本題がくる……。
「お二人のこと、どう思いました?」
どう……思ったか……。
ヨハネス様に気があると思われてはならない。その中で嘘をつかずに……。
「ライラ様のことが好きになりました」
「……そ、うなんですか?」
「短い時間ではありましたが、安心させてもらってるって感じました。私とは住む世界が違うんでしょうけど……あんなに素敵な方と友人になれたら幸せだなと思いました。実は私、いつか王立学園に入れたらと思って勉強しているんです」
もうそれも、調べられているはずだ。
王立学園の過去の試験問題は図書館にあるけれど、持ち出しはできない。館内でひたすら過去問題をノートに写すしかない。その作業をしていることを知られているはず。
「あなたなら……入れるかもしれませんね」
「あのお二人が高貴な身分だと知りましたし、もしかしたらそこでもう一度会えるかもしれないなんて期待しています。カムラさん、私……合格を目指してもいいですか? ライラ様ともう一度会いたいんです」
「……私に許可をとることではないでしょう。それはあなたの自由です」
「そうですね。決意している最中に声をかけられたので、つい言ってしまいました」
「もう一人……への印象は?」
「綺麗なお方だな、と。とてもお似合いのお二人だと思いました」
「そうですか。では……最後にもう一つ」
まだあるの……早く帰らせて……。
「あなたくらいの年齢の女性にとって……私って怖いです?」
「え……」
「怯えられることがあるんですよね……。あなたも、最初に会った時から怖がっていますよね」
少しだけ気落ちしている様子のカムラさんを見て、つい笑ってしまう。
きっと、ライラ様にも怯えられたんだろうなぁ……ずっと怯えられ続けているのかもしれない。あのゲームをしていれば、そうなるよね。
「背の高い男性は怖く見えてしまうのはありますね。それに……護衛をされる方は、その対象以外の方に容赦がないイメージもあります。私の勝手な想像ですけど」
「なるほど。あなたにも、あの方と似た違和感を持ちますね。……長い夢でも見ました?」
「ゆ……め……」
違和感があるということは、ライラ様は転生者であることを少なくともカムラさんには話されていない。
そっか……私の存在を伝える方法として、夢を選ばれたのだろう。予知夢ってことにしたのかな。今、ここで生きる私たちにとってあそこは夢のようなもの。完全な嘘ではないから、違和感は持たれても見破られはしない。
「そうですね……少し、不思議な夢を見たかもしれません。現実と同じように、可能性は分岐していました。そのうちの一つはあり得ない未来で……私はその未来を目指しません。あの二人の邪魔は何があろうとしません。違う未来もたくさんありました。もしあの夢が本当になるのだとしたら、私はそちらを選びます」
カムラさんの目が細められる。
「それ、は……まぁいいでしょう。おかしな夢を見る人って結構いるんですかね。白桃を落とした理由も分かりましたし、その言葉だけを今は信じておきます。では、そろそろ行きます。あなたなら入れると思いますよ」
カムラさんが踵を返し、いつの間にか消えていた。
怖い……怖かった……。
その姿が見えなくなって、あとから全身が震え始める。
とりあえず殺されなくてよかった……。
受験するなとも言われなくてほっとしたけど……これだけのお土産を渡されたということは、当初は受験しないように警告する予定だったのかもしれない。
学園入学ではなく、美術系の勉強ができる道を強制的に支援しようとでもしたのかな。あえて途中までは私に恐怖を与えるように話をしていた気もする。……靴を汚しておくとわざわざ言ったのも、そのためかもしれない。
私の言葉を聞いて、何かしらの心変わりがあったのかな。
お土産があったということは、ヨハネス様のご意思も絡んでいたのかもしれない。受験を断念させられそうならしろという程度の緩いご意思が……。
元々のメルルの度胸のよさを引き継いでいてよかった。彼女の十歳までの記憶も保持しているからこそ、一体化しているようにも感じる。
最後の入れると思うという言葉は、入学を許されたってことだよね。その言葉までは、受験の断念はさせにくいと判断して、受験日に軽く歩けなくなる程度の怪我でもさせておけばいいかとも思っていた可能性もある。
……まだどうなるかは分からないけど。決定権はヨハネス様にあるはず。好きになればなるほど相手に入れ込むからなぁ……ヨハネス様。
でも……ゲームでは入学することが決まっている以上、私が断念しない限りは入るようになってしまっているはず。この世界に来る前にあのメルルが合格すると言っていたのだから、世界の意志でそうさせられる。
ライラ様のことも違和感があると言っていた。学園に入れても余計なことは言わないようにしよう。いつどこで何を聞かれているか分からない。転生者であることも、私から言うのはやめておこう。
白桃を落とした理由……私があの二人の夢を既に見ていて、ライラという名前を知っていたから勢いよく振り向いたと思ったんだよね……。
違和感もすぐに持たれてしまう。今の会話で学園でも警戒されることを決定づけてしまったようなものだ。危険すぎる。
さて……帰ろうか。
嬉しいお土産はたくさんあるけど、もう疲れた。荷物も多すぎて目眩がする。
一週間くらい子学校……、さぼりたいなぁー。










