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婚約解消を提案したら王太子様に溺愛されました ~お手をどうぞ、僕の君~【書籍化・コミカライズ】  作者: 春風悠里
前編 学園入学前

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10.タロット占い

「それで、どうやって占うの?」


 興味津々のようだ。

 困ったなぁ。


「それなら、ヨハネス様の過去と現在と未来を、ざっくり占ってみましょうか。まずは、混ぜますわ」


 裏向きにして、ぐるぐるとシャッフルをする。三つの山にわけ、また一つに戻すカットをする。


 占う内容、もう少し考えた方がよかったかな……。言ってしまったものは、仕方がない。酷いカードが出ても、適当に口八丁でなんとかしよう。


 上から一枚ずつ取って横に並べ、一枚目を裏返した。


「過去は『審判』の逆位置。逆位置とは逆さまのことです」


 最初から逆位置とは、やりにくい。

 でも過去ならまだ、なんとかなるかな。


「逆さまだと、よくないの? そういえば『恋人』のカードの逆位置だったから、とか前に言っていたよね」


 今、その突っ込みをされると困るわね。

 さらっと流そう。


「よくない意味に、大体はなりますわね。『審判』のカードは、大天使の笛で死者が復活している絵柄。逆位置なら、停滞を意味しますわ。なかなか新たな一歩を踏み出せない、そう思う時が過去にあったのかもしれませんね」


 誰でも、そんなことくらい過去にはあるだろう。こんなものでいいか。


 次に、二枚目のカードを裏返す。正位置でほっとした。


「現在は『正義』の正位置。人の行いを天秤で量り、裁きのために剣を持っている人が描かれています。迷っている時や、戸惑っている時に出やすいカードですわ。でも、その天秤は傾いてはおりません。今のヨハネス様なら、正しい判断ができるということですわ」


 やはり、迷いのない人間なんて、いない。これもまた、誰にでも当てはまる言葉でなんとかなったはず。


 問題は未来だ。崩壊しかけている『塔』なんて出てきたら、目も当てられない。


 だんまりしているヨハネスをよそに、緊張しながら三枚目をめくる。


 うーん、これは……説明力が試されているわね。


「未来は『愚者』の正位置」

「ええっ、愚かな王になるって?」

「いいえ、違いますわ」


 めちゃくちゃ怒ってる……。

 仕方ないじゃない、出ちゃったんだから。


「それは、逆位置の場合です。正位置なので違いますわ」

「ふぅん。それならなんなの?」

「彼の手には薔薇があり、空は黄色。希望にあふれているのです。ただし、彼は犬の警告をよそに崖に向かおうとしています。怖れるよりも前に行動することが必要な時が、いずれ来るということです。希望こそが未来をつくる。そのことを、覚えておいてくださいませ」


 うん、綺麗にまとまったはず。

 カードをシャッフルし直してから山に戻し、しまいこんだ。


 うーん、さすがに二十二枚。ドレスの内ポケットがきついわね。


「なんかさー、抽象的だよね。『恋人』の逆位置は、恋人にはならないよーって、分かりやすいのに」


 そこは、占ってすらいないし、実際の『恋人』の逆位置の意味は、いくつもの選択肢の中で目移りするというような、そっち系だ。


 恋人にはなりませんと言った手前……、修正しにくいわね。


「生きるためのヒントですから、そんなものです」

「つまり、まとめるとさ。過去は停滞している時があって、今は何かに迷っている。で、思い切りが必要になる時があるって?」

「そういうことですわね」

「それ、誰にでも当てはまらない?」


 ――やはり、気付いてしまったか。


「そこは、ヨハネス様の解釈に任せますわ」

「ふーん。まぁ、参考になったよ。いざとなったら、思い切りよくやってみる」

「ええ、何をか分からないですけど、どうぞ思い切り」


 くすくすと笑い合って、どちらからともなく立ち上がる。


「バルコニー、出てみたいな……」


 あ……お嬢様言葉、忘れちゃった。

 思った以上に、私も気を許しているのかもしれない。


「いいよ、おいで」


 気にもしない様子でヨハネスが窓を開けると、気持ちのいい風が吹き込んできた。


 街が見渡せる、さすがの眺望だ。

 心ゆくまで眺めていたら、あっという間に一日が終わりそうなくらいには美しい。


 でも――、ここから見える全てが、彼がいずれ背負うもの。背負う、無数の命だ。


 メルルとしてゲームをプレイした時に、印象深かった彼の言葉がある。


『この国や、民の幸せを考えるのが僕の仕事なら、誰が僕の幸せを考えてくれる? いずれ国王になる男が考えることじゃないって分かっているけど、寂しくてさ』


 そんなことを、言っていた。

 王太子はこうあるべきという人物を演じることに、十六歳の彼は疲れていた。婚約者である私の前で、それらしく振る舞うことも含めてだ。


「東屋までありますのね。すごい……って、あれ?」

「気付いた?」

「飲み物が準備されていますわね……私がバルコニーに出たがる夢でも、見られました?」

「あっはは、そんな能力はないよ、君と違ってね」


 そんな、何か言いたげな顔で見ないでほしいな。


「とても、素敵な色……」

「ああ、果実水だよ」


 小さな東屋の白い机の上には、色とりどりのフルーツが入ったピッチャーが置かれている。すぐ横には、彩り豊かなフルーツの盛り合わせ。

 まるで、宝石のようだ。


 どうぞと促されて椅子に座ると、ヨハネス自ら、グラスに果実水を注いでくれる。


「ヨハネス様に入れていただけるなんて、役得ですわね」

「本当にそう思っている?」

「……どういう意味ですの?」


 彼もまた真向かいに座って、意味ありげな瞳でこちらを見た。


「婚約、解消したいんだろう? ここなら誰にも聞かれない。ライラ、君が具体的にどうしたいのか、教えてくれないか」


 私たちの間に、風が流れていく。

 少しだけ浮かれた頭が、いきなり冷やされた。


 婚約解消は、私が提案したことだ。

 この展開は、望むところのはず。


 ……なのに、彼の私室で楽しくおしゃべりして、東屋の下で二人きり、夢のように美しいフルーツを目の前に、この台詞。


 まだ十歳だ。ときめきがあったわけではない。

 でも……。


 さすが次期国王ね。

 きっと、分かってやっている。

 一つの人生を終わらせてきた私を、翻弄しようとするなんて。


「ええ。私の意向を聞いてくださること、感謝いたしますわ。ただ、お話する前に一つだけ、言わせてくださるかしら」

「なんなりと」


 本当にこの子、十歳なのかしら。


「ヨハネス様のそういうところ、大っっっ好きですわ」


 予期せぬ言葉に驚いている顔を見てスカッとする。今の年齢らしい表情を堪能してから、私は話し始めた。

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