落下
ちっ……!速すぎるだろ……!
熊の爪による猛攻を木や草を利用して躱していく。しかし、
「オン……!」
爪が頬を掠め、僅かに鮮血が散る。
やられてばっかりで、いられるか!
振り下ろしの隙を突いて脇腹を噛みつき、食いちぎる。
熊は痛みで咆哮をあげ、右前足を高速で振り払う。それをもろに食らい、木に叩きつけられる。
ちっ……肉体のスペックがそもそも違い過ぎる。
いくら肉を食い千切ってもすぐに傷口が塞がるし回復されてしまう。しかも、回復速度が俺よりも遥かに速い。
こんなのじり貧も良いところだ。……まあ、打開策を見つけてない訳ではないが。
食い千切った熊の肉を呑み込む。
魔物の肉は他の動物の肉より魔力が籠っている。なら、それを何度も摂取していけば自然と身体能力の差を埋める事はできるだろう。
事実、回復速度は戦い始めた時よりも上がり、身体能力も向上している。それでもまだ、相手の方が遥かに上だ。
坂になっている場所を背に後ろに跳び、転がりながら坂を下る。回転が止まったところでふらつきながら左側に転がると熊が押し潰すように着地する。
それと同時に飛びかかり、背中の方から首根っこを噛みつく。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
一番深く、強い攻撃に熊は悲鳴をあげて転げ回る。何度も地面と熊に押し潰されながらも口だけは離さない。
お前だって生物だ、呼吸が出来なくなれば死ぬ。
熊は痛みで呼吸を乱しながらより殺気を滾らせながら二足歩行で起き上がる。
一体何を……!?
「ガッ!?」
何が……起きた!?
熊が起き上がると同時にいつの間にか吹き飛ばされ木に叩きつけられていた。口の中には熊の骨と肉があり、口から離すと体の奥から湧きあがる血が口から溢れる。
今ので内臓がイカれたか……!動きには支障が無いとはいえ、これは……!マズい!
何かが来る予感がして真横に転がる。それと同時に叩きつけられた木が真上に吹き飛ばされる。
熊が俺に向けて右前足を振るう。それと同時に見えない何かが地面を抉りながら迫ってくる。
反射的に避けると木が抉りとられ、倒れる。
ちっ……!まだ技を隠し持っていたのかよ……!!
熊が前足を振るうと同時に放たれる地面を抉りとりながら迫る攻撃を勘と前足の動きで予測し身を屈めて回避する。
すかさず飛来する熊を真横に転がり躱すと真上から木が倒れてくる。
無理やり身体を動かして前方に跳んで回避する。
「ガルッ……!」
クソッ……木が後ろ足を掠めて……!
焼けるような痛みに反応が遅れ、熊の体当たりをもろに食らう。衝撃で木々を倒しながら吹き飛ばされ、地面に何度も叩きつけられる。
ぐっ……!無茶苦茶じゃねぇか……!
痛む身体に力を入れ、何とか起き上がる。
力を込めると骨が軋む、傷口からボタボタと血が吹き出る、見える世界は半分血の色で染まっている。
全身に痛いところはない。相手は予測していた以上に怪物だ。……少なくとも、今の俺では真正面から戦っては勝てない。
ならどうするか……逃げるか。
俺は激痛が走る身体に鞭を打ち、全速力で駆け出す。森の中をジグザグに進みながら後ろを向くと「グオオオオオオオオオオッ!」という雄叫びが響いてくる。
ちっ……!やっぱり気がつくよな!相手だって俺を敵として認識してるんだから!
木々が倒れる音が背後から聞こえてくる。それと同時に命の危機が迫ってきているのを肌で感じ取れる。
くそっ……!単純な足の速さじゃ相手の方が遥かに上だ!体当たりで稼いだ距離がどんどん縮まってる。
って……あれは崖か!しかも、数キロの幅があるし、かなり深い。ここは氷河で削られたU字谷かよ。
だが、これは使える。一か八か……というか、死ぬ確率の方が高い。だが、賭けるしかない。
覚悟はもう決めてる。
「グオオオオオオオオオオッ!」
雄叫びと共に森の中から飛び出てくる熊の振り下ろされる爪をギリギリのところで躱す。
熊は速度を殺し切れず崖のギリギリのところで止まる。
今だ!!
熊が反転するよりも速く、俺は身体が持つ全ての力を使い、全速力で熊に突進する。
衝撃で熊はそのまま崖に飛び出す。その熊に残った僅かな力で飛びかかり、喉元に噛みつく。
「グルアッ!?」
お前の頑強さなら落ちても問題ないかもしれない。だが、そこに俺の体重が加わるなら……確実に殺せる。
「グオオオオオオオオオオッ!」
俺の行動に気付いた熊が抵抗して爪で身体を引っ掻き肩に噛みついてくる。
肉が裂ける感覚が、骨が砕ける音が頭に中で焼けるような痛みと共に響いてくる。
だが、知ったことか。もう終わりなんだよ!
「ゴベッ!?」
「がっ!?」
全身の骨に響く衝撃。熊から口が離れ、何度も地面をバウンドし地面倒れる。
体の意識が揺さぶられたような感覚。意識が明滅し、手放しそうになる。
手放すつもりは……!
俺は何とか起き上がり、血を吐きながら熊の方を見る。
俺のクッション代わりとなった熊は全身から血を吹き出させ、絶命していた。
ギリギリだった……偶々崖があったから勝てたが、殆んど運が良かっただけだ。真っ当な戦いだったら決め手が無くて殺られていた。
……これが、魔物か。ははっ、一匹狼な理由が分かる。とんでもない化け物じゃねぇか。
傷口が塞がり、骨が修繕されるのを感じながら歩こうとすると、頭がふらつき、地面に倒れる。
傷はどうにか出来るにしても、血は有限か……それでも、体内から生産されていると思うし、今は肉を食べて栄養を取り戻そう。