ボッチとココロ
とある国のとある森の奥。ボッチと呼ばれる化け物がいました。
その体は森の木々よりも高く、どんなものも踏みつぶします。その目は顔いっぱいに一つあり、どんなものも見逃しません。その口は鋭い牙が覗き、どんなものでも噛み砕きます。その体温は――その体温は誰も知りません。なぜなら、誰もボッチに触れたことがないからです。
これはそんな化け物のお話です。
クリスマス・イヴ。
森で一番大きな樹齢1000年を超えるモミの木の前。森の動物たちが楽しそうに笑い合っていました。
クリスマスの前になると毎年、それぞれが作ったリースをこの木に飾ることになっています。
ウサギさんは大好きな花々で飾り付けられたリース。リスさんは大好きな木の実で飾り付けられたリース。
自分が素敵だと思ったもので飾り付けられたそれは見た目も大きさも様々にモミの木を彩っています。
互いの作ったものを褒めながら、みんなとても楽しそうです。
でも、あれ? 楽しそうでない子もいます。遠くの方からその様子を羨ましそうに見ている子。
ああ、ボッチです。
ボッチが大きな体で遠くの方からモミの木を見つめています。その手には星形のこれまた大きなリースがありました。それは青色の花で飾られたリースでした。
ボッチは覚悟を決めたようにモミの木に近付いて行きます。
ドシン! ドシン!
大きな足音が響き、森の動物たちの顔から笑顔が消えました。
「ボッチだ、ボッチが来たよ」
「はやく逃げなきゃ、食べられちゃう」
モミの木の前にたどり着いたボッチは顔いっぱいに笑いながら言いました。
「ぼくのもいっしょにかざっていい?」
しかし、その場所にはもう誰もいませんでした。
ボッチの顔から笑顔が消えます。そうして、しょんぼりと華やかなモミの木を見下ろすとポツリと呟きました。
「ぼくのもいっしょにかざっていい……?」
モミの木は何も答えません。
ボッチは自分のリースを胸にトボトボと帰って行きました。
森の奥の住処へと帰ったボッチはポロリポロリと泣きました。
そこにはリースとおそろいの青い花の花畑が広がっていました。
花をつぶさないようにそっと歩きながらボッチは花びらに涙の雫を降らせます。
「ごめんね、君たちはこんなにきれいなのに」
リースを抱きしめながら呟きます。
「君たちが咲いたのがここじゃなかったら、もっとほめてもらえたのかな」
ボッチの涙で育ったこの花はここにしか咲かないものでした。
ボッチはこの花が大好きで、毎年毎年、自分のリースに使います。しかし、毎年毎年、誰にも見てもらえずリースの花はただ枯れていくのです。
「ぼくがぼくじゃなかったらよかったのに」
モミの木の方を見るとボッチがいなくなったそこにはまた森の動物たちが集まってきていました。
顔いっぱいにあるその目は見たくないものもよく見えます。
ボッチは楽しそうに笑い合う動物たちの姿にそっと目をつぶりました。
その夜のことです。
樹齢1000年のモミの木は悩んでいました。
さて、どうしたものか。
毎年毎年、クリスマスになると森の動物たちは素敵なリースで自分を彩ってくれます。
でも、ボッチだけは毎年毎年、仲間はずれ。
今日だってそうです。
「ぼくのもいっしょにかざっていい……?」
そう言われた時、本当は言いたかったのです。
いいに決まってるじゃないか。
ただ、モミの木はしゃべることが出来ません。
だから、今年もボッチはしょんぼりしながら帰ってしまったのです。
う~ん……。
悩んでいると誰かが話し掛けてきました。
「モミの木さん、こんばんは」
ああ、あなたは――
鈴の音がひとつ響きました。
次の日の朝、ボッチは目覚めました。
ゆっくりと体を起こして、目をこすり、周りを見回してびっくり。
枕元に巨大なプレゼント箱が置いてあったからです。
これは?
不思議に思いながら、何だかちょっとワクワクしながら、赤いリボンをほどきます。
開けてみるとほのかな光がもれます。それはほんのりと光る小さな青色のハート、ココロたちでした。
ボッチはそっとその一つを手に取ります。ひんやりとしていて、大きな傷が入っています。痛々しいその傷をボッチは優しくなでました。
途端、ボッチの中に言葉が流れ込んできました。
『私が私じゃなければ良かったのに』
ボッチはハッとしました。
映像が浮かびます。
それは森に住むリスさんの声でした。
他の子に比べて不器用なその子は何をしても上手くいきません。
クリスマスのリース作りだって、他の子は上手く作れるのに、その子は手が傷だらけになるだけで全然上手く作れません。
クリスマスが終わった後、リースはそれぞれの動物たちのもとに返ってきます。
他の子は自分の宝物にしたり、大事な人にあげるのですが、リスさんはどうしても大切にすることが出来なくて、ただ捨ててしまいます。
ゴミ箱に入ったそれを見ながらその子はいつも思うのです。
『私が私じゃなければ良かったのに』
映像が終わって、ボッチは改めて手の中のココロを見ました。
そうして、また傷を優しく優しくなでました。
心を込めて言葉を贈ります。
「大丈夫、大丈夫、君は君のままでいいんだよ」
ゴミ箱の中に入ったその子のリースはボッチの目にはとても素敵に見えました。他の子のものと比べると見えにくくなるだけで、この子の懸命は確かにそこにあるのです。
だから、どうか、自分を嫌わないで。
青いココロが桃色に変わります。冷たかった温度がほんのりと温かくなり、そのまま手の中から静かに消えてしまいました。
ボッチは箱の中を見ます。
もしかして、この子達は――
ボッチはまた次のココロを手に取りました。
その頃、森の中はおおさわぎ。
朝起きると多くの動物たちのココロがなくなっていたのです。ココロを抜かれた動物たちはぼんやりとどこかを見つめて動かなくなってしまいました。
クリスマスにこんなことになるなんて。
みんな、おおあわてでココロを探して森の中を探し回りました。
色んなところを探し回って、それでも見つかりません。
あたりもすっかり暗くなった頃、みんなの頭の中に一つの考えが浮かびました。
もしかして、ボッチのせいなんじゃないか、と。
その頃、ボッチはひとつひとつ丁寧にココロに言葉を贈っていました。
あるココロは自分の見た目を嫌って、あるココロは自分の環境を嫌って、あるココロは自分の老いを嫌って。
様々な理由で傷を負い、どのココロも「自分が自分じゃなければ」と思っていました。
ボッチはひとつひとつ優しく傷をなで、言葉を贈りました。
「大丈夫、大丈夫、君は君のままでいいんだよ」
その度にココロは桃色に変わり、ほんのりと温かくなって、ボッチの手の中から消えていきました。
最後のココロが無くなった時、辺りはすっかり暗くなり、夜になっていました。
ボッチはひとつ大きく息を吐き、からっぽになったプレゼント箱を見ました。
よかった、みんな返せた。
ほっとしてなんだか嬉しくて、小さく笑ったその時です。
「みんなのココロを返せ!」
そんな言葉を投げつけられてボッチはビクリと体を震わせました。
見るとたくさんの森の動物たちがそれぞれに武器を持って立っていました。
ボッチはおびえながら返します。
「こ、ココロならもう返したよ」
からっぽになったプレゼント箱を見せると動物たちがざわつきます。
「だめだ! もうみんな食べられてしまったんだ!」
「こんなことになるならもっと早くボッチを森から追い出せば良かったんだ!」
「今からでも遅くない! 他の動物のココロも食べられる前にボッチを森から追いだそう!」
誰もボッチの話を聞いてくれません。
みんなが武器を片手にこちらに向かってきます。
ボッチは自分の周りに咲く青い花を思いました。
大切な花が散ってしまう。
ボッチは花を守るように大きな体で花畑におおいかぶさりました。
森の動物たちは抵抗してこないのをいいことにボッチを傷つけます。
森から出ていけ 森から出ていけ 森から出ていけ
痛々しい言葉がボッチに投げつけられます。
痛いよ。やめてよ。ぼく、ココロを食べたりしないよ。
どうして、みんな、ぼくを信じてくれないの?
ぼくがぼくだから……?
ああ、やっぱりそうだ。
ボッチの頭の中に今日何度も聞いた言葉が浮かびます。
ぼくが、ぼくじゃなければよかったのに
「やめて!」
声がして、森の動物たちの動きが止まります。
ボッチはおずおずと顔をあげました。
そこには一匹のリスさんがいました。
「ボッチはココロを食べてなんかいない! 大切にしてくれたの!」
それはあの不器用なリスさんでした。リスさんだけではありません。その後ろにはココロを抜かれていた動物たちがたくさんいました。
攻撃していた動物たちが戸惑う中、みんな、ボッチの元に駆け寄ります。
リスさんがその体に触れながら言います。
「ボッチ、ありがとう。私のココロをなでてくれて」
胸に手をあてて嬉しそうに笑います。
「返ってきた後ね、とってもココロがあたたかかったの。ボッチのおかげよ」
初めて触れられたことに驚きながら、ボッチはおずおずとたずねます。
「みんなはおこってないの?」
リスさんは横に大きく首を振りました。
「あのね、私たちみんな、あなたに言葉を贈りに来たの」
リスさんが後ろを振り返り合図を送ると、みんなで声をそろえて言いました。
『大丈夫、大丈夫、君は君のままでいいんだよ』
ボッチの顔いっぱいの目が揺らぎました。あふれそうになってあわてて体を起こすと両手で目を押さえました。
「ありがとう……」
そう言うのがせいいっぱいでした。
今日、心をこめて何度も何度も贈ったその言葉は本当はボッチが1番言って欲しい言葉でした。
押さえても止まらない涙。
何粒も何粒も上から落ちてきて、言葉を贈った動物たちの体をびしょ濡れにします。
それでもちっとも嫌がらず、みんな、ただボッチを見上げて優しく笑っていました。
それからクリスマスが終わる前に、みんなでモミの木にボッチのリースを飾りに行きました。
ボッチしか届かないモミの木のてっぺん。大きな星形のリースは月明かりの下で輝きます。
ボッチの大好きな青い花と一緒に。
とある国のとある森の奥。ボッチと呼ばれる化け物がいました。
その体は森の木々よりも高く、どんなものも踏みつぶします。その目は顔いっぱいに一つあり、どんなものも見逃しません。その口は鋭い牙が覗き、どんなものでも噛み砕きます。その体温は――その体温はぽかぽかと温かく、森の動物たちは温もりを求めてボッチの体にひっつきにやってきます。
色んな動物にくっつかれて、ボッチはニコニコ嬉しそうに笑っています。
ボッチの涙で育つ青い花はみんなに愛される花になりました。今ではボッチの悲しい涙ではなく、嬉し涙で育っています。
幸せになってもボッチの泣き虫は変わらないみたいですね。
これはそんな化け物のお話です。