三国志演義・宛城の戦い~悪来の楯死(じゅんし)~
はじめに:この台本は故・横山光輝氏、及び、吉川英治氏の著作した三国志や各種
ゲーム等に、作者の想像を加えた台本となっています。その点を許容で
きる方は是非演じてみていただければ幸いです。
なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかって打てな
い)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただいております。何卒
ご了承ください<m(__)m>
なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。
また、金銭の絡まない上演方法でお願いします。
ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、または他の
キャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場合がありますので、
注意してください。
声劇台本:三国志演義・宛城の戦い~悪来の楯死~
作者:霧夜シオン
所要時間:約90分
必要演者数:最大8人
(7:1:0)
(8:0:0)
◎キャスト割り振り例
曹操:
典韋:
曹昂・于禁・張繍軍兵士2:
曹安民・胡車児・張繍軍部将:
夏侯惇・張繍軍兵士1:
賈ク・荀イク・曹操軍部将:
郭嘉・張繍:
鄒夫人・ナレ:
※ナレは、女性演者が兼ねる場合は【鄒夫人】
男性演者が兼ねる場合はセリフ少なく、尚且つナレと台詞が続かない
役の方が良いと思われます。
※これより少なくても一応可能です。その際は演者様同士で割り振って下さい。
あくまでツイキャスコラボでできる最大人数に対応させて書いています。
はじめに:この台本は故・横山光輝氏、及び、吉川英治氏の著作した三国志や各種
ゲーム等に、作者の想像を加えた台本となっています。その点を許容で
きる方は是非演じてみていただければ幸いです。
なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかって打てな
い)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただいております。何卒
ご了承ください<m(__)m>
なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。
また、金銭の絡まない上演方法でお願いします。
ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、または他の
キャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場合がありますので、
注意してください。
●登場人物
曹操・♂:字は孟徳。
漢の相国・曹参の末裔を名乗る。人相見に「治世の能臣、乱世の姦雄」
と評された、兵法、政治、果ては詩にまで名を残す三国志版の覇王。
人材収集癖があり、惚れこむと例え敵でも味方にせずにはおかない
性質。風雲に乗じて漢の皇帝・献帝を擁し、司空の地位に就く。
自分に刃向かう者を朝敵の名のもとに次々とあるいは従わせ、あるい
は滅ぼしていく。四十代。
典韋・♂:字は伝わっていない。
曹操がまだエン州にいた時に、手飼いの部下百人を連れて仕官する。
沛国ショウ郡の出身で、重さ七十斤の鉄の戟を二本両手に持って自在
に操る。曹操から「いにしえの悪来にも劣らぬ者」と評され、以後、
彼のあだ名となる。常に身を盾にして主君曹操を護衛する。
三十後半~四十代。
張繍・♂:字は伝わっていない。
董卓の配下だった張済の甥で、南陽の宛城を中心に、かつての董卓や
李カク、郭シの残党を集めて勢力を拡大しようとしていたが、曹操に
先手を打って攻め寄せられ、参謀の賈クの助言に従って、心ならずも
降伏する。四十代後半。
賈ク・♂:字は文和。
董卓、李カクと次々と主を変えているが、常に一定の地位と評価を得続
ける「権変の謀士」。現在は張繍に仕えており、彼の為に智謀を振る
う。三十後半~四十代。
胡車児・♂:字は伝わっていない。
五百斤の荷物を背負って一日に七百里を駆けるという、異邦人の血を
ひく男。張繍軍の中で武勇第一を誇る。賈クに命じられ、典韋の戟
を盗む。約三十代後半。
※漢代の一斤は現在よりずっと少なく、226.67グラムと推定
されている。
周、漢代の一里は大体400mと言われている。
曹昂・♂:字は子脩。曹操の長男。
非常に優れた人物で、後に異母弟の曹丕が、兄(曹昂)が生きて
いれば自分がこうして皇帝の位につくことは叶わなかっただろう
、と言う程である。二十代。
曹安民・♂:字は伝わっていない。
曹操の甥で、遠征中の曹操の身の回りの世話をしている。
鄒氏の噂を曹操の耳に入れる。約三十代。
鄒氏・♀:名や字は伝わっていない。
絶世の美女と伝えられる。胡弓を弾いていた所を曹操の耳に止ま
り、召しだされる。これが張繍の怒りを買うことになる。
約三十代。張繍の兄嫁。
夏侯惇・♂:字は元譲。名門、夏侯氏の末裔。曹操の旗揚げ時から付き従う。
曹操からの信頼は絶大で、後に剣を帯びたまま、面会時に名を名乗ら
ずとも良いなどの特権を与えられるが、あくまで君臣のけじめを守っ
た人物。
于禁・♂:字は文則。後に魏の五将軍に数えられる。厳格な人物であったと言われ
る。今回はそれが災いして、謀反の噂を立てられることとなる。
荀イク・♂:字は文若。曹操に「貴様は我が張子房である。」と評された、
王者を補佐する才能を持つ優れた人物。
郭嘉・♂:字は奉孝。荀イクと同等、もしくはそれ以上の能力を持つ若き天才。
性格的にも曹操とウマの合う人物。その知略をもって曹操を
補佐している。
曹操軍部将・男女不問:曹操軍各部将の配下として頑張ります。
張繍軍部将・男女不問:今回は勝ち組張繍軍配下の武将です。
張繍軍兵士1・男女不問:賈クのおかげで勝ち確だが、典韋の奮戦のおかげで
不幸な目にあう兵士その1。
張繍軍兵士2・男女不問:賈クのおかげで勝ち確だが、典韋の奮戦のおかげで
不幸な目にあう兵士その2。
ナレーション・♂♀不問:雰囲気を大事に。
※演者数が少ない状態で上演する際は、被らないように兼ね役でお願いします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ナレ:張飛と呂布の確執に端を発した争いに敗れた劉備達は、曹操のいる都・許昌
へ落ちのびた。
曹操は劉備達一族郎党を、客として丁重にもてなした。彼らがあてがわれた
館へ引き上げる後姿を見送っていると、腹心の荀イクが囁いた。
荀イク:さすがに…劉備玄徳は噂通りの人物ですな。
曹操:うむ。黄巾賊討伐以来、幾度となく見てきたが、英雄の一人と言える資質を
持った男だ。
荀イク:彼こそは恐るべき人物でしょう。徐州という地盤を失い、この許昌へ
司空を頼ってきた今こそ好機、将来の邪魔者となる前に除いておくのは
いかがでしょうか?
夏侯惇:確かに。
今のうちに始末しておけば、我が君の大望に大きく近づけますな。
曹操:【唸る】…夏侯惇、そちも同意見か…。
む、郭嘉、良い所へ来た。
ナレ:曹操は荀イクの献策を郭嘉に話して意見を求めようとした。が、彼はその話
を皆まで聞かずに慌てて遮った。
郭嘉:とんでもない事です。劉備がまだ無名であるならとにかく、現在では義に篤
く仁愛あふれる人物として、その名は天下に知られています。
もし劉備を殺したら、世の賢人達は司空の唱えてきた大義も仁政も、嘘と
しか思わなくなるでしょう。
曹操:ふむ…ではそちは反対なのだな?
郭嘉:はい。一人の劉備という脅威を恐れて殺せば、代わりに天下の信望を失い
ます。それは下策というもので、私は絶対に賛成できませぬ。
曹操:……うむ! よくぞ申した! 予もそう思う。逆境にある劉備には
、恩を恵むべきであろう。よいか、荀イク。
荀イク:ははっ。では予州を統治させてはいかがでしょう。
そこで兵馬を養わせ、いずれ呂布を始末する際に…。
曹操:それはよい策だ。よし、早速明日にでも帝へ奏上しよう。
ナレ:次の日、曹操は献帝に奏請し、劉備へ任命の意を伝えるとともに、任地
に赴く際には、兵三千と兵糧一万石を贈った。
曹操:君の前途を祝する予の寸志だ。使ってやってくれ。
…時至らば、君の仇たる呂布を協力して討とうではないか。
ナレ:劉備達は恩を謝し、来るべき我が身の春を待つべく、冬の予州へと発った。
だが、呂布討伐計画の実現しないうちに、意外な方面から早馬が次々と駆け
込んだ。曹操は剣を杖にして立つと、憤怒の表情で叫んだ。
曹操:この都、許昌を窺う賊は何者か!! ッ、何ィ…張繍だと!?
郭嘉:はっ、かつて董卓に仕えていた張済という人物の甥です。宛城を根拠地と
し、李カクや郭シの残党を集め、参謀に賈クを迎えたようです。
曹操:ふむ…外交はどう動いている?
荀イク:荊州の劉表と同盟を結んでいるとの事です。
夏侯惇:ぬう、董卓の残党がまだ残っておるとは…夢よもう一度、とでもいう
つもりか…ふん、煩わしい奴らよ。
荀イク:司空、これは由々しき事態と思われます。いずれこの許昌を狙って動き
出すは明白です。
曹操:うむ、捨ておけんな。
…だが、予が宛城へ軍を進めれば呂布が、あの後門の虎が必ず
この隙に乗じるだろう。劉備を滅ぼした余勢を駆って、
この許昌に攻め寄せられてはたまらん。
郭嘉:エン州の時もそうでしたな。呂布という男はそういう時に限って抜け目なく
動きます。
夏侯惇:確かに…あの時は散々な目に逢いましたからな。
荀イク:司空、その事でしたら、何もお悩みになる事はございませぬ。
曹操:で、あろうか。他の者ならばともかく、呂布だけは油断ならん存在と
思うが。
荀イク:呂布は欲望に目のくらみやすい男でございます。
それゆえこの際、彼の官位を上げてやるのです。
郭嘉:そうですな。更には恩賞も与え、劉備と和睦するように持ちかけるのは
いかがでしょうか?
曹操:なるほど、目先の利益を喰らわすのか。よし、すぐに手を打とう!
ナレ:曹操は直ちに勅使を徐州へ下すと、呂布に平東将軍の称号と十分な
恩賞を与えた。
思わぬ沙汰に感激した呂布は、一も二もなく劉備と和睦を結んだ。勅使の報
告を受けた曹操は、膝を叩いて笑った。
曹操:そうか、それほど喜んでいたのならば、後顧の憂いはあるまい。
よし、出陣だ! 夏侯惇! 我が軍の先鋒を務めよ!
荀イク、許昌の留守を頼むぞ。
夏侯惇:承知しました。直ちに出陣いたします!
荀イク:ははっ、後方はお任せくださいませ、司空。
ナレ:曹操は十五万の大軍を率いて、宛城に程近い地を選ぶと陣を敷いた。
時すでに建安二年の五月の晩春であった。張繍は曹操の来襲を知ると
、顔色を失って参謀の賈クを呼んだ。
張繍:十五万の大軍だと!? くっ、我らの狙いが見破られるとは…!
賈ク、曹操と戦って我が方に勝ち目はあるか?
賈ク:無念ながら、ありませぬな。
曹操みずから率いてきたとなれば、間違いなく精鋭です。
全力をもって攻め寄せられては持ち堪えられませぬ。
張繍:荊州の劉表へ、援軍を求めてはどうだろうか?
賈ク:まず、間に合わないでしょうな。劉表殿のあの性格では…。
ここは耐え忍んで、一時降伏するのが良策かと存じます。
張繍:な、なに、一戦も交えずにか?
賈ク:今は力を温存するのです。そうしておけば、後から幾らでも取り得る手段は
あります。
ともかく、ここは何を言われても下手に出る事です。
張繍:むむむ…分かった。降伏の使者はそちに任せよう。
賈ク:ははっ、ではこれより曹操の元へ赴き、降伏の意を伝えて参ります。
我が君におかれては、城の明け渡しの準備を。
張繍:うむ…ッ曹操め…。
ナレ:目先のきいている賈クは張繍を説得すると、すぐに降伏の使者として
曹操に面会を求めた。
夏侯惇:む、あれは…そこの者、止まれ! 何奴か!!
賈ク:宛城の張繍が使者でございます。
曹司空にお目にかかりたく参上した次第です。
夏侯惇:しばらく待て。
【二拍】
よし、参れ。
……司空閣下、宛城の使者を連れて参りました。
曹操:宛城の使者か。予が曹操だ。
賈ク:張繍が家臣、賈ク、字は文和にございます。
降伏の使者として参じました。
ナレ:賈クは曹操を前にして涼やかな弁舌を縦横に振るい、張繍に分の良いよう
に交渉を進めた。
その甚だ立派な態度と人品に、曹操はすっかり惚れ込んでいた。
曹操:どうだ、重く用いるゆえ、張繍の元を去って予に仕える気は無いか?
賈ク:身に余る光栄ですが、張繍も私の意見をよく用いて下さる為、捨てるに
忍びませぬ。
曹操:張繍より以前は、誰に仕えていたのかね?
賈ク:李カクに仕えていましたが、これは私一代の過ちでした…。
共に汚名を着て憎まれましたから、なおさら自重しております。
曹操:そうか。
いや、よくわかった。そちらが全面降伏という事であれば、無駄な血を流す
こともない。
明日、城に入る。明け渡しの用意をそれまで済ませておくように。
賈ク:ははっ、ではこれにて失礼仕ります。
ナレ:曹操は宛城に入城すると城中の一郭で寝起きし、政務を執った。
ある夜、酒宴の後に自室へ戻ってくると、甥の曹安民に身の回りの世話を
させながら、ふと耳を澄ました。
曹操:む? …はて、楽器の…胡弓の音がする。
安民、そちにも聞こえるだろう。
曹安民:はい。夕べも夜もすがら、哀しげな音色を奏でておりました。
曹操:いったい、誰が弾いている…知っているのか? 安民。
曹安民:実は…密かに弾いている女性を見かけました。
曹操:【苦笑】けしからん奴だ。…で、美人か?
曹安民:絶世の美女、でございます。
曹操:ほう…そうか…それほどの美人か。
よし、連れてこい。
曹安民:えっ? 誰をですか?
曹操:知れた事を聞くな。 あの胡弓を弾いている主をだ。
曹安民:それが、その女性は生憎と未亡人だそうです。
張繍の叔父である張済が死んだ為、この城へ引き取って世話をしている
のだと聞きました。
曹操:そんな事はかまわん! お前は話したことがあるのだろう。
ここへ連れてこい!
曹安民:どうして私などが近づけましょうか。ましてや言葉を交わしたことも
ありません。
曹操:なら、兵五十人を率いて行って曹操の命だと言え。
張済の後家に問いただしたい事がある、とな!
曹安民:はっはいッ!
ナレ:叔父曹操の言葉の前に、曹安民は嫌とは言えず慌てて駆けだしていった。
しばらくすると、一人の美人を兵で囲んで連行してきた。
曹安民:叔父上、召し連れてきました。
曹操:うむ、大儀だった。そち達は皆、退がっておれ。
【二拍】
夫人、もっと近く寄られるがいい。予が曹操だ。
鄒夫人:は、はい…。
曹操:恐れることは無い。少し、訊ねたいことがあるだけだ。
(美しい…傾国の美とは、このような者を言うのか?)
名は何と言われる。
鄒夫人:亡き張済の妻で…鄒と言いまする。
曹操:鄒夫人か。胡弓を弾いておられたようだが、胡弓がお好きか?
鄒夫人:いいえ。ただ、余りの寂しさゆえに…。
曹操:おお、花園の小鳥は寂しさゆえに鳴くか。
…時に夫人。予が張繍の降伏を受け入れて城を焼かなかったのは、
何故だと思われるか?
鄒夫人:い、いいえ…私のような者に戦の事は…。
曹操:恩を売る気は無いが、張繍とその一族を生かすも殺すも予の胸一つとい
うわけだ。では御身は、自身がどうすればよいか…お分かりかな…?
鄒夫人:!! は、はい…。
(この男…わたくしに、傍へ侍れと……!)
曹操:予の熱情を御身は何と思う…?
鄒夫人:……。(く…なんという、屈辱……。)
曹操:はっきり言えッ!!
ナレ:城攻めにも、恋にも短気な曹操は大声で怒鳴った。
驚いて固まる鄒夫人を尻目に彼は室内を歩き、そして彼女を振り返っ
てさっきの激しさとは打って変わった、優しい口調で語りかけた。
曹操:まぁいい、それよりもさっきの続きを聞きたい。胡弓を弾いてくれぬか。
鄒夫人:わ、分かりました…しばらくお待ちを…。
(逆らえば一族の命が…私さえ我慢すれば…。ああ、亡き我が夫、どうか…どうかお許しを…。)
曹操:うむ…この晩春に満月、そして胡弓…実にあつらえた絵のようだな。
ナレ:それから間もなくして、曹操は城中の部屋を引き払うと城外の砦に移った。
曹操が鄒夫人と密通している事は、すぐに賈クの耳に入った。
張繍軍部将:軍師、曹操の事ですが。
賈ク:急に城外へ普段の寝起きの場を移したそうだな。
張繍軍部将:いえ、その事ではございません。
賈ク:なに? では何だ?
張繍軍部将:申し上げるのも、はばかられる内容ではありますが…。
【三拍】
賈ク:ほぉ…よし、分かった。引き続き探れ。どんな小さい事でも構わぬ。
張繍軍部将:ははっ。
賈ク:ふむ…曹操め、些か驕っているな…。
【二拍】
我が君、少しよろしいでしょうか。
張繍:どうした、賈ク。
賈ク:実は曹操の事で…。
最近、鄒夫人の元に入り浸っているようでございます。
張繍:なにい!?
けしからん! 何という奴だ!! この城で我が物顔に振舞うだけでは飽き
足らず、我が一族の女まで…驕り高ぶるにも程がある!!
わしはもう曹操などに屈してはおらぬぞ!!
賈ク:ごもっともです…が、あまりこのような事は口外なさらぬ方がよろしいかと
存じます。
張繍:しかし、鄒氏も鄒氏だ…!
賈ク:まず、ご堪忍遊ばしませ。
代わりに曹操へは、それ相応の報いをくれてやればよろしゅうございます。
張繍:そうだ…今に見ておれ、必ず目にものを見せてくれる!
賈ク:それにこれは曹操が油断している証拠、またとない好機です。もっと油断を
誘うのです。…我が君、少々お耳を。
張繍:うむ……うむ、なるほどな…!
賈ク:普段なら通じぬかもしれませぬが、今の驕っている曹操ならば、信じるかと
存じます。
ナレ:張繍が密かに叛逆の心を抱いている事など露知らず、曹操は鄒夫人の元へ
通っては胡弓を弾かせ、耳を傾けていた。そこへ護衛の将、悪来の典韋が
姿を見せた。
典韋:申し上げます、我が君。
曹操:悪来か。急用でもない限り、ここへ入るなと申しておいたはずだぞ。
典韋:はっ、申し訳ございませぬ。
ですが、張繍が我が君を訪ねて参りましたので。
曹操:なに、張繍が…? 元城主が訪ねてきたとあれば、追い返すわけにも
いかぬな…よし、会おう。
鄒夫人、少し座をはずすぞ。
鄒夫人:は、はい…。
【三拍】
賈ク:…行きましたな。少し、よろしいでしょうか?
鄒夫人:!? 賈クではありませんか。…一体、どうされたのです?
賈ク:はっ。実は我が君が曹操の傲岸不遜な振舞いや、夫人、貴方様の件に激怒
なされ、曹操を討つ決意を固められました。
鄒夫人:まあ、本当ですか…!?
賈ク:今しばらくの辛抱でございます。貴女様にも、曹操がもっと油断するように
動いていただきたく存じます。
鄒夫人:分かりました。では、曹操の気に入るようにすれば良いのですね。
賈ク:はい、さすれば必ず致命的な隙が生じます。その時こそ、我らの牙を曹操の
喉笛に突き立てるのです…!!
ナレ:曹操が張繍と会っている、その間。
部屋の外には護衛として付き従っている典韋が、欠伸を噛み殺しながら立っ
ていた。
典韋:…それにしても、この気怠げな晩春に胡弓の音か…眠気を誘われるわい。
曹昂:おお、典韋殿。お役目ご苦労様です。
典韋:! これは曹昂様。いかがなされました。
ナレ:不意に姿を見せたのは、若い頃の曹操によく似た容姿を持つ彼の長男、曹昂
であった。曹昂もどこか眠そうな表情で、典韋の隣に立った。
曹昂:父上に用があって参ったのだが…。
典韋:実は今、張繍殿が訪ねて来ておりますゆえ、しばらくお待ちを。
曹昂:ふむ。
…張繍殿、か…。
典韋:? 曹昂様?
曹昂:いや、最近の父上はまた悪い癖が出ておられるようだ…。
典韋:…それについては、それがしは何も申し上げることはできませぬ。
曹昂:ええ、わかっています。ですが、此度はどうにも嫌な予感がするのです。
取り越し苦労であればよいのですが…。
典韋:ご心配召されますな、曹昂様。我が君は何があっても、それがしが必ず護り
抜いてみせます!
曹昂:そう…そうですね! 悪来の典韋殿がおれば、千万の敵と言えど
恐るるに足りません。
典韋:では、曹昂様。それがしは任に戻ります。
曹昂:ええ、父上には後でまた伺います。
ナレ:その頃、室内では傲然と立っている曹操に、あくまで卑屈に、へりくだる
ふりをしながら張繍が、賈クの策に従って動いていた。
曹操:おう張繍殿、いかがした。
張繍:はっ、少し相談したき儀がございまして。私を頼りない城主と見限ったのか
、ここ最近は城中の秩序が乱れてきております。また、他国へ去っていく兵
も増え、実に弱っております。
曹操:ははははは、何だ、そんなことで悩んでいるのか。城門の警備を増やし、逃
亡兵を捕らえ次第、斬首して見せしめとすればよい。
張繍:しかし、既に降伏した身としては、いくら自分の兵とはいえ無断で動かして
は…。
曹操:つまらぬ遠慮はいらんよ、自分の兵は自分で軍律を正してくれなければ困る
な。
張繍:ありがとうございます。それでは軍律を取り戻すため、兵を動かさせていた
だきます。
曹操:うむ、そうするがよい。予はこれから所用があるゆえ、退がってくれ。
張繍:はっ。(く…どうせ鄒氏の所だろうが…! 今に見ておれ!!)
ナレ:張繍は内心怒りに身を震わせながら、しかし、表面はどこまでも下手に
出て感謝するふりをしつつ曹操の前を退がると、すぐに賈クを呼んだ。
賈ク:我が君、いかがでございましたか?
張繍:うまくいった。ふん、わしより鄒氏の方が気になっているわ、あの様では
な…!
賈ク:ではこれで無断で兵を動かしても、曹操軍の将達は誰も疑わないでしょう。
後の問題はひとつ、曹操の身辺を護衛している・・・典韋です。
張繍:典韋か…たしかに厄介だな。
賈ク:あの音に聞こえた豪傑がいる限り、曹操の首を取るのは難しいですな。
張繍:むう…、胡車児を呼べィ!
【二拍】
胡車児:お呼びでございますか、我が君。
張繍:うむ。お前は曹操の悪来典韋と戦って、勝てる自信はあるか?
ナレ:胡車児は張繍軍第一の勇猛な将で、赤い髪と怪力を持つという
、異邦人の血を引く人物であった。
だが、そんな男でも典韋の名を聞いた途端、慌てて首を左右に振った。
胡車児:世の中に恐ろしい奴は誰もいないと思っておりましたが、あいつにだけは
どうも歯が立ちそうにありません。
張繍:しかし、どうしても典韋を除かなければ、曹操は討てない。
賈ク:ふうむ、そうですな…では、こうするがよいでしょう。
胡車児:軍師、何か策がございますか?
賈ク:典韋は大の酒好きです。まず彼を酔い潰させます。
そして胡車児、お前が送っていくふりをして曹操軍の中心部へ紛れ込むので
す。そして彼の愛用の二本の戟を奪ってしまえば、簡単に討てるでしょう。
胡車児:おお、確かに…それならば恐れる必要はありません。
張繍:ようし決まった! わしが招待状を書くゆえ、胡車児、お前が典韋に使者
となって渡すのだ。
賈クはいつでも軍を動かせるようにしておけィ!
胡車児:ははぁっ。
賈ク:お任せを。万事、抜かりはありませぬ。
ナレ:張繍たちは密かに行動に移りだした。
数日後、曹操の館の門前に悪来の典韋が、狛犬の如く戟を立てて護衛の任
についていた。
典韋:【あくび】…眠い。もう、夏が近いか…。
ナレ:典韋は今回の遠征でまだ一度も血に濡らさない二本の戟を、憐れむように
眺めながら門の前を往復していた。
春の陽気の中を一日中立っているのは、流石の典韋も些か持て
余していた。そこへ一人の兵が、辺りの様子を窺って近づいてきた。
典韋:こらっ! そこの兵、どこへ行く!
胡車児:もし、あなた様が典韋様でございますか?
典韋:んん? なんだ、わしに用か。
胡車児:実は我が主、張繍の使いにて参りました。どうぞ、御覧ください。
ナレ:差し出された書状は張繍からで、日々の退屈をお慰めしたく宴席を設けて
いるので、明日夕方に城中へお越し給わりたい、という招待であった。
典韋:なに、わしを酒宴に招いてくれると申すのか。
胡車児:はい、こうして毎日毎日のご精励、たまにはくつろいでいただければ
との我が主の意向にございます。
典韋:(…久しく美酒も飲まん…明日は非番だし、行くか。)
それはありがたいことだ。喜んで参るとお伝えしてくれ。
胡車児:お受けくださり、ありがとうございます。では、明日お待ちしており
ますゆえ、わたくしはこれにて…。
【三拍】
軍師、ただいま戻りました。…上手くいきましたぞ!
賈ク:よろしい、ここまでは上々の首尾ですな。
では、明日は典韋を酒の海に沈め、曹操は炎の海に葬ってやりましょう。
ナレ:翌日、まだ日の暮れないうちから、城中で典韋は浴びるように酒を飲み
続けた。
張繍:典韋殿、貴方のような豪傑とこうして酒を酌み交わせるとは、実に愉快
です。
典韋:いやいや、こちらこそこんな素晴らしい席に招いていただき、感謝いたし
ますぞ。いやあ、美味い!【飲み干す】
賈ク:素晴らしい飲みっぷりでございますな。我らには到底真似できませぬ。
ささ、わたくしめの杯も受けてくだされ。
典韋:これはこれは、ありがたい!【飲み干す】
張繍:なんと、もう杯が空に。さすがは悪来典韋殿! さあさあ、どんどん飲ん
でくだされ!
典韋:おお、かたじけない!【飲み干す】
ナレ:張繍達は典韋が完全に酔いつぶれるまでは、と執拗に世辞を浴びせながら
酒を勧め続ける。それとは知らぬ典韋は、ついに歩くのも覚束ないほど
泥酔してしまった。
典韋:ふうぅーーーっ、いやあ、いくら酒好きでも、もう飲めんわい…!
張繍殿、某は、そろそろ失礼させていただきますぞ。
張繍:おお、では配下の者に送らせましょう。胡車児!
胡車児:ははっ。
張繍:典韋殿をお送りするのだ。…よいな?
胡車児:…はっ。
さ、典韋殿、宿舎までお送りします。わたくしに掴まって下さい。
典韋:おお~~、すまんなァ。
【三拍】
賈ク:では我が君、後の事は手筈通りに。
張繍:うむ。 …曹操め、首を洗って待っているがいい…!!
【二拍】
典韋:いやぁ、今日は実に愉快な日だ!
…ん? お前は昨日、使いに来た奴じゃないか?
胡車児:お、覚えておいででしたか。しかし典韋殿、ずいぶんご機嫌ですな。
典韋:何しろ、一樽は呑んだからなァ~。腹の中は全部酒だよ、ははははは。
胡車児:もっと飲めますか?
典韋:いやぁ、もう飲めん。
しかし、お前は随分赤い髪や顔をしているなァ、まるで赤鬼だなァ~
、んん~?
胡車児:そ、そんなに顔を撫でまわされては困ります…!
それに首に腕を巻き付かれますと、わたくしも歩けません。
(こ、こいつ…!)
典韋:それに、でかい図体をしてるなァ~、わしとそう変わらんくらいだ。
胡車児:(くそ、重い…!)
さ、さぁ、着きましたよ、典韋殿。
典韋:むう? もう着いたのかァ? まぁ、交代まで時間があるし…
ひと眠りするか~。
胡車児:そんな上半身裸で寝られたら、お風邪を召してしまいますよ。
………。
典韋:【いびき】
胡車児:(…よし、寝入ったな…。)
では、わたくしはこれで…失礼します…。
ナレ:胡車児は静かに後ずさりしながら部屋を出ていく。
その手には、典韋の愛用の二本の戟が、いつの間にか握られていた。
【三拍】
曹操はその日の夜も、鄒氏と共に酒を酌み交わし、彼女の奏でる胡弓の音
に酔いしれていた。そこへ、大勢の馬の蹄の音が聞こえた。
曹操:なんだ、今の音は。 誰か見てこい!
曹操軍部将:はっ、すぐに調べて参ります。
曹操:ふん、まったく…せっかくの興を削ぎおるわ。
鄒夫人:司空様、どうかご機嫌を直してくださいませ。さ、もうおひとつ。
曹操:う、うむ…。
曹操軍部将:申し上げます。張繍の隊が逃亡兵を防ぐ為の巡視のようです。
曹操:そうか、張繍もやり始めたか。…鄒夫人、もう一曲奏でてくれ。
鄒夫人:はい、それではお耳を汚します…。
曹操:うむ…この切なげな音色…よい詩が浮かびそうだな…。
ナレ:しかしそれから間もなく、窓の外に赤々と炎の光が映った。
流石の曹操も驚いて一度に酔いを醒ますと、窓を押し開いた。
見れば陣中一面の黒煙と火炎、そして人馬の喚声が響き渡った。
曹操:うっ、こ、これは!? 典韋! 典韋ッ!!
ナレ:いつになく、典韋も姿を見せない。いよいよ張繍の裏切りと曹操は事態を
察した。
曹操:ぬうう、鄒夫人、鎧を!
鄒夫人:は、はい…! どうぞ。
曹操:おのれ、張繍ごときに易々(やすやす)と討たれる予ではない…!
ナレ:一方、典韋はあれから大鼾をかいて眠っていたが、鼻をつく異臭に跳ね起
きてみるも時すでに遅く、四方は炎に包まれていた。
典韋:うっ、これは!? しまった、わしの戟がない!!
おのれ張繍、謀りおったな…!
ともかく、我が君の館をお守りせねば…!
ナレ:さすがの典韋も、愛用の武器が消えているのには狼狽えた。更には暑さで
半裸のまま寝ていた為、鎧を着る暇さえなかった。それでも彼は、そのま
ま曹操の館へと走り出した。
張繍軍兵士1:う、うわあああ、典韋だ! 悪来だ!!
典韋:どけえい、雑魚ども!!!
ナレ:典韋は手近な敵の雑兵の刀を奪うと滅茶苦茶に切り込み、敵の騎兵
歩兵合わせて二十人余りを斬った。
典韋:うおうッ!! おおおッ!!
張繍軍兵士1:や、やらせるな! ッぎゃあッ!!
典韋:でええぇいッ!!
張繍軍兵士2:ぎえっ!! な、なんてやつ…だ…。
ナレ:刀が折れると今度は槍を奪った。砦の門の一つは、彼一人の手で奪回する
という奮戦ぶりを張繍軍に見せつけたのである。
典韋:ええい、どいつもこいつもなまくらばかり持ちおって! ふんッ!
張繍軍兵士1:あわっ、や、槍がッ!!?
典韋:どうりゃあああ!!
張繍軍兵士1:ぐえッ!! あ…が…っ。
典韋:貴様ら張繍軍の兵共の土足を、我が君の館には一歩も入れさせんッ!!!
うおおぁああッ!!
張繍軍兵士2:ひ、ひいいッ!! つ、強すぎる!! ぐぎゃッ!?
張繍軍部将:ま、まるで悪鬼だ…とても手が付けられん…!
張繍:ぬうう、酔い潰し、武器を奪ってもまだこれ程の働きをするか、典韋め…!
賈ク:これは…流石に計算外ですな…!
ナレ:槍の穂先がボロボロになると、今度は怪力で絞め殺した敵兵を両脇にそれ
ぞれ抱えて振り回した。
こうなると敵兵もあえて近づかなくなった。
典韋:我が君は無事逃げ延びられただろうか…!?
来いッ雑兵ども!! この悪来典韋がいる限り、この門は誰一人通さんッ
!!
張繍:おのれぇッ弓兵ども、矢を射ろッ!
ナレ:張繍の号令一下、まるで雨霰のように矢が放たれ、典韋へ降り注いだ。
典韋:うッ、ぐッ! ぬうぅぐぐぐぅッ!!
賈ク:まだだ、相手はあの典韋だ! ある限りの矢を浴びせろ!
それ、射よ、射よッッ!!
ナレ:典韋の身体に容赦なく矢は次々と突き立っていった。それでも典韋は膝を
つくことなく、仁王の如く門の前に立ちはだかっていた。
典韋:(わしも、ここまで、か…無念だ…許チョ、後を頼む…。
我が君、申し訳…ありませぬ…どうか、どうか…大望を…!)
張繍:様子が変だ…射ち方やめいッ!
【典韋に近づいて】…何という男だ、立ったまま息絶えるとは…
さすがに悪来典韋、見事だ…!
賈ク:(典韋に時間をかけすぎたか…この分では曹操は既に逃げているな…。)
張繍:さぁ者ども、曹操を追えッ!! 逃がすなッ!!
張繍・ナレ役以外:おおおーーーッッ!!!
ナレ:張繍軍はやっと門を突破して館へ踏み込んだが、既に曹操は逃げた後で
あり、中では鄒夫人がぼんやりと立っていた。
張繍:鄒夫人! 無事か!
鄒夫人:!! おお、よくぞ来てくださいました…! 曹操を討つべく、立
ち上がったのですね…!?
張繍:おお、いつまでもあの傍若無人を許しておくわしではない!
鄒夫人:ここは良いですから、早く曹操を追い詰めて、討ち果たしてください…
!
賈ク:我が君、さ、お早く!
張繍:うむ! 者共、進めえぇぇッ!!
ナレ:その頃、曹操はひたすら逃げ走っていた。よほど機敏に逃げたと見え、彼
が脱出したことは敵はおろか、味方さえも知らなかったのである。唯一、
共に逃げたのは甥の曹安民であった。
曹操:ええい、こんなところで空しく死んでたまるか…!
曹安民:!! いけない、敵が…! 叔父上、早くお逃げを! わたくしは
徒歩ゆえ、逃げきれませぬ。ここで一人でも多く敵を防ぎ止めますから
、さあ、お早く!!
曹操:なッ!? 安民ッ、何を言う! そちも逃げるのだ!
曹安民:叔父上は軍全体の命です! ここは逃げのびて、いつかわたくしの
仇をお討ち下さい!
曹操:!!! ~~~ッく……ッ、済まぬ、安民ッッ!!
曹安民:……叔父上、どうかご無事で…。
張繍の兵ども、ここから先は行かせんッ!!
張繍軍兵士1:なにい、たった一人で何をしようというのだ!
張繍軍兵士2:押し包んで突き殺せ!!
曹安民:行くぞ、うおおおおおおッッッ!!!
(叔父上…おさらばです…!)
ナレ:曹安民は曹操を先に逃がし、大勢の敵の手にかかって嬲り殺しに討たれ
た。その頃、やっと曹操の脱出が知れ渡り、敵の騎馬隊の追跡は執拗をきわ
めた。
曹操:おのれ…敵の数が増えてくる!
目の前には河…どうにかして対岸へ、ぐっ!! 矢が!?
うっうぉぉおッ!
【二拍】
…うう…しまった…馬が…駄目か、目を射抜かれて
いる…。
はぁ、はぁ…それにしても、味方はどうなっただろうか…。
曹昂:!? 父上! 父上ではありませぬか!?
曹操:! おお、曹昂!! 無事であったか!
曹昂:はい。味方はちりぢりになっているようです。
一刻も早く合流せねばなりませぬ。さ、この馬へ!
曹操:うむ、急ごう!
ナレ:曹操父子は駆け出した。
しかし、百歩も行かない内に待ち構えていた伏兵から、親子めがけて矢の
雨が降り注いできた。
賈ク:曹操軍の残党を殲滅せよ! 放てッ!!
曹昂:父上、ここは早くお逃げを! ッ!! 危ないッ!
うぐッッッ!!
ナレ:曹昂は曹操をかばって一瞬の間に全身を矢で射たてられると、地に崩れ落
ちた。
曹操:曹昂!? しっかりしろッ!! 気を確かに持てッ!
曹昂:ち、ちちうえ…わたしなどに、かまわず…は、はやく、お逃げ、
ください…父上が生きてさえ、いれば…いつだって…味方の
、雪辱は…晴らせるん、です、か…ら……ッ。
曹操:曹昂! 曹昂ーーッッ!!! くっ…うう…、こんな立派な長子
を持ちながら、予は何という煩悩な親であろうかッ!!
ッ! ッッ!!【自分の拳で自分の頭を何度か打っている】
…傾国の美女にうつつを抜かして、あたら有能な将兵を多く死なせて
しまった…ああ、許せ…曹昂ッ!!
賈ク:むっ、まだ生きている敵兵がいるぞ、討ち取れッ!
曹操:くッーーー!!
ナレ:曹操は我が子の亡骸を鞍の脇に抱え乗せ、夜通し逃げ走った。やがて二日
ほど経つと、生き残った敗残の諸将が彼の無事を知って集まってきた。
夏侯惇:とにかく不意を打たれたものですから、かなりの損害が出たと思われま
す。
曹操:そうか…。
ところで予の護衛をしていた悪来は、典韋はどうした。
夏侯惇:典韋は…、我が君の館に敵を一歩も入れまいと奮戦し、ついには矢
の雨を浴びて、立ったまま…討ち死にしました…!
曹操:な、なんだと!!?…あれ程の豪傑が、死んだというのか…!!
夏侯惇:無念ながら……くっ…!
曹操:なんということだ…女と酒にうつつを抜かし、予に忠義を尽くしてく
れた悪来の典韋を、大勢の配下を失くしてしまったのか…!!
典韋! そちの死は決して無駄にはせぬ!! 予は、お前が命を懸けて守
り抜いてくれただけの男になってみせる!!
夏侯惇:我が君! 我らもおります! 才覚乏しき不肖の身ですが、身命を
なげうって忠義を尽くしまする!
曹操:うむ、よく言うてくれた…!
聞け、お前達! 予は敗北するたびに教訓を活かし、大きくなった。
此度もそうだ。 この敗戦の逆境は必ず乗り越えて、前進の一歩としてみ
せる!!
ともかく今は許昌に戻り、軍を立て直さねばなるまい。
曹操軍部将:【上の語尾に被せ気味に】
申し上げます!! 青州の兵達から、于禁将軍が謀反を起こし、青
州の兵馬を殺したとの報告が入りましてございます!
曹操:何ィ…、予の敗北を知って乱を企むとは…、憎んでも余りある奴!!
兵を差し向けィ!!
ナレ:激怒した曹操は、すぐに詰問の兵を于禁の元へ送った。
于禁はこの時、張繍攻めの一翼を担っていたが、そこへ曹操が兵を
差し向けたと聞かされても、眉一つ動かさなかった。
于禁:全軍、いよいよ厳重に守備を固めよ!!
曹操軍部将:う、于禁将軍!? それでは司空閣下に逆らったと取られかねませ
ぬ!
青州兵の訴えはそれこそ事実無根の讒言、使者を立てて申し開きを
なさるべきではありませぬか!?
于禁:いや、既に敵の張繍軍が目の前に迫っている。そんな暇はない。
ナレ:于禁は頑として動かなかった。そこへ張繍軍の兵が殺到してきたが、于禁
の陣だけは一糸乱れず戦った為、ついにこれを撃退した。
張繍:ぬうう、おのれ! なんという頑強な防御か!
あともう少しで、曹操の首を取れるというのに…!
于禁:弓隊! 敵を近づけるなッ!! 今だ槍隊、穂先を揃えて突っ込めィ!!
于禁・ナレ・張繍役以外:【喚声】
賈ク:流石に曹操軍、侮れぬな…。
于禁:ここを突破させるな! 中軍まで敵が迫るのを阻止せよッ!!
賈ク:【溜息】これまでですな、我が君。引き上げましょう。
これ程叩いておけば、しばらく侵攻はありますまい。その間に次の手を
打つべきです。
張繍:うむ…そうしよう。
賈ク:では…。全軍、城へ撤退せよ!
曹操軍部将:将軍! 敵が…張繍軍が撤退していきます!
于禁:うむ…張繍め、やっと諦めたようだな。
よし、本陣へ行って事の次第を聞いたうえで弁明してくる。
曹操軍部将:はっ…しかし、大丈夫でしょうか…?
于禁:司空は暗愚なお方ではない。必ずや分かっていただける。
では、留守を頼む。
【三拍】
于文則、司空閣下にお目通りを願いたい!
曹操軍部将:じょ、司空閣下! 于禁将軍が本陣へ参っております!
曹操:なに? 自らやってくるとは…通せ!
【二拍】
汝、何の面目あって予の前に現れたか! 申し開きがあるならこの場で
申してみよ!
于禁:はっ。まず初めに、それがしが謀反を起こして青州の兵を殺したとの
疑いがかかっている由ですが、これは全く身に覚えのない事でございます。
曹操:では、真実はどうなのだ。
于禁:此度の混乱に乗じて彼らが略奪を始めた為、それがしはこれを懲らしめ
ました。
青州兵達はそれを逆恨みし、讒言して自分を陥れんと
したものであります。
神明に誓って、それがしに謀反の心はありませぬ!
曹操:むむ…ならば、なぜ予の兵に反抗したか。
于禁:すでに敵の張繍の兵が目の前に迫っているのに、自身の言い訳などしてい
たら張繍に対する備えはどうなりましょうか。
味方の誤解などは、後で解けば良いと思ったからです。
曹操:むう…そうであったか…!
いや、よくわかった! 予が抱いていた疑いは晴れた。
よく公私を分別して混乱に惑わず、自身への誹謗中傷を度
外視し、味方の足場となる陣を守り、しかも敵の追撃を退けてくれた。
そちのごとき人物こそ、真の名将というものだろう。
…夏侯惇!
夏侯惇:はっ!
曹操:青州兵はそちの部下であったな。部下の取り締まり不行き届きである!
よって、叱り置くぞ!
夏侯惇:ははッ、申し訳ありませぬ!! 文則、済まぬ! どうか許されよ。
ナレ:曹操は于禁へ篤く恩賞を与えると、風を巻くように引き上げた。
それから暫くしてのち、戦没者の慰霊の祭りが執り行われた。
全軍の礼拝に先立ち、曹操は祭壇の前に涙をたたえて進み出た。
曹操:悪来…、典韋よ、予の礼拝を受けよ…。
【三拍】
聞け、皆の者。
予は此度の戦いで、長子の曹昂と甥の曹安民を亡くした。
だが、それは予の心を深く痛めはせぬ。
……ッだが…ッ!
余に忠勤を励んだ悪来の典韋を死なせた事は、実に無念だ…!
典韋がもうこの世にいないのだと思うと、予は、予は…哭くまいとしても、
哭かずにはいられぬ……!!
命を散らした皆…! 典韋…! 許してくれ……ッ!!
【号泣】
ナレ:もし、彼の為に死ねたら幸福だ。
普段から想像できない程取り乱し、祭壇の前で泣き崩れた曹操の姿は、将兵
達にそういう思いを抱かせる程深く心を捉えた。
今回の戦いでは惨敗した曹操だったが、一旦全軍の総帥の位置に立ち返れば
、賞罰を明らかにし、軍紀と味方の心の引き締めを決して忘れなかった。
それから間もなくして、許昌に徐州の呂布から使者として陳登が訪れた。
呂布に婚姻同盟を持ちかけた、袁術の使者を囚人として引き連れて。
END
はいはいはいおはこんばんちわー、作者であります。
宛城での悪来典韋の奮戦の末討ち死にのくだりは好きなシーンの一つなんです。
なので、書いてみました!(;^ω^)
例によって、間違いなく初心者向けの台本ではないですね、ええ(;´Д`)
もしツイキャスやスカイプ、ディスコードで上演の際は良ければ声をかけていた
だければ聞きに参ります。録画はぜひ残していただければ幸いです。
ではでは!