シンデレラのスニーカー
75年の時を超えた小学生の初恋物語
<佳夏>
夏休みは、たいくつだ。
学校がある時は待ちどおしかったけど、半ばをすぎると飽きてきた。
とくに、お盆休み期間っていうのが、本当につまらない。
この時期会社がお休みの親が多いから、みんな田舎のおじいちゃんおばあちゃんの家に行く。友達はこの街にいなくなる。
自分も入れて、うちの家族はみん東京生まれ東京育ちの一人っ子。お盆とお正月に行く田舎っていうのがない。おじさんおばさん、いとこっていうのもいない。さらに、お父さんの両親は年取ってて、わたしが幼稚園ぐらいの時に死んじゃったから、お父さんの実家はもうなくなってる。逆にお母さんの両親はすごく若くて、近所に住んでるおじいちゃんおばあちゃんは、まだ仕事してるから孫と遊んでるヒマなんてない。ひいおじいちゃんはいなくて、ひいおばあちゃんは電車で一時間半ぐらいの所にある高齢者専用マンションで一人暮らししてる。
さみしくないけど、つまらない。
わたし、岡崎佳夏は小学校最後の夏休みをたいくつに過ごしていた。学校のプールは七月末と八月末に一週間ずつだからしばらくない。区民プールや図書館、児童館、子供一人で行けるような施設は行きつくした。
行けば知り合い誰かしらに会えると思ったけどぜんぜん会わない。もっと小さい頃みたいに、そこで出会った知らない子たちとすぐ友達になって一緒に遊ぶ、なんてことはできない。みんな家族や友達同士で来てるから、せっかく一緒に遊びたい友達同士で来ているのに知らない子が入って来たら嫌だよねって思う。私も入れてもらいたいと思わないし。
別にひとりぼっちで、さみしいとは思わない。
お母さんもこんな毎日をすごしていたから、自分で何かを考えて生み出す力ができたんだとよく言ってる。絵を描くのが好きなお母さんは、さし絵ライターをしている。わたしを育てながら通信教育で資格を取って、最近は絵本一冊任されるようになったんだって。基本的には家にいて仕事してる。パソコンを使って描く人も多いけど、お母さんの絵は絵の具と筆で色つけをする昔ながらの手描き。原稿が汚れないように神経使うから、むやみやたらに話しかけると怒られる。こういう仕事に夏休みなんかない。
お父さんは区役所で働いてる。公務員はカレンダーが黒字の日に職場全体が休みになることはないので、順番に休みをとるんだって。帰る実家のない東京人はみんなが休まない日に休む方がいいって、お父さんの夏休みはわたしの学校が始まってからの場合もある。今年は七月のわたしの誕生日祝いに土日使って一泊旅行したから、お金ない、夏休みに遠出はできない、って言ってた。
わたしはお母さんの邪魔にならないように安全な範囲でふらふらと外に出かけた。
あまりの暑さに公園で遊んでいる子もいない。お昼はテキトウに買って食べてとおこづかいもらったので、わたしは駅の近くにあるショッピングモールに入った。冷房がガンガン効いてて入った瞬間のヒヤッとする感じが気持ちよくてたまらない。
その中にある雑貨や文房具を売っているお店を見るのが好きだ。もちろん買わない。お昼はチーズバーガーセット食べたいからムダ使いはできない。ただ見てるだけでわくわくするから充分。
本当は仲良しの美織と一緒に見たいけど、中学受験で毎日塾があるから忙しい。大学まである女子校で制服がすごく可愛いんだって。同じ一人っ子だけど、親の期待値がうちとは全然ちがう。お金の問題が一番だってことは分かってるけど、お母さんは「佳夏は女子校向きじゃない。公立の方が絶対いい」って言う。自分でもそう思う。なにより制服のために受験勉強なんかしたくないし、わざわざ遠くに通うなんて面倒くさい。
キャラクターグッツのコーナーを一通り見て、ちょっとお姉さんぽいアクセサリーコーナーを見た。同じく一人っ子の衣梨菜が好きそうだなと思った。衣梨菜は少女マンガとか大好きで最近男子の話ばっかりするからちょっと面倒くさい。
「佳夏だって、恋をすればわかるわ」とかなんとか言って少女マンガの主人公になりきってる。習い事で知り合った中学生の先輩に恋してるらしい。その先輩がもう完ペキな王子様で、その素晴らしさを話したいがために、クラスの男子の幼いところを切々と語る。興味がなさすぎて疲れる。衣梨菜のお母さんもおしゃれでうわさ話とか大好きで、うちのお母さんは苦手だって言ってた。
恋ねえ。まだわかんない。
絵本に出てくるプリンセスたちは、出会ってすぐに恋におちるけど、それってやっぱり見た目なのかな。そりゃ、わたしだって見た目が好きなアイドルとかはいるし。イケメンがいきなり目の前に現れて好きだと言われたら、とか想像してみたりするけど、どうなんだろう。
まあ、そんな衣梨菜も、今頃は福岡のおじいちゃんちに行ってるんだろう。
美織は毎年新潟に行ってたけど、今年は行くのかな。受験勉強で友達と遊べる日が一日もなくても、きっと、おじいちゃんおばあちゃんの家には行くんだよね。美織のことを想像すると、今年はいつも以上に面白くない。
わたしは下の階に行こうとエスカレーターの方に行った。間違えて上りエスカレーターの方に行ってしまったので、反対側に行こうとすると変な感じがした。下から上がってくるエスカレーターには誰も乗っていないのに何かが見えた。
「なに?」
無人のエスカレーターがクツを運んできた。
「なに、これ」
わたしと同じくらいのサイズの男の子向けのスニーカーが片方だけ運ばれてきた。シンデレラみたいに下りの階段でクツを落としてしまうことはあるだろうが、上りのエスカレーターで脱げるってどういう状況なんだ。
わたしはクツを拾って、下の階が見える所に行った。クツが運ばれてあせっている人がいるかと思ったら、それっぽい人はいない。
手に取ってしまったので見なかったことにして放っておくことにはできなくなってしまった。
たいくつな夏休み。わたしは片方だけのクツを見てなんだかわくわくしてきた。
「よしシンデレラを探そう」