最後の嘘
読んで戴けたら倖せです。
涼は莉久に最後の嘘を付いた………。
小学校の体育の授業でドッジボールをしていた。
彼らのターゲットはあくまで滝川涼である。
クラス中の女子も男子も挙ってボールを取ると涼を狙った。
外野に居ようが内野に居ようが、涼は思い切り投げられたボールに当てられ、既に身体のあちこちがヒリヒリ痛かった。
何故、クラス中の生徒が涼にそれをするのか、涼には解っていた。
明らかな虐め目的だ。
体育の教師は、それを見て見ぬ振りをしていた。
授業終了のベルが鳴り響く。
涼はホッと息を吐いた。
気を抜いた瞬間、涼の顔面にボールが激突した。
涼は弾かれた様に床に倒れた。
クラス中の生徒がそれを見て笑っていた。
体育館に生徒が居なくなると教師は倒れている涼に近付いて、涼の腕を掴み無遠慮に引っ張って起き上がらせた。
「いつまで寝てる気だ
具合が悪いなら保健室に行け」
涼は頭を軽く振って、のろのろと起き上がり保健室に行った。
擁護の先生は保健室に居なかった。
おそらくまた、サボって外にタバコでも吸いに行ったのだろう。
ベッドに横たわり、涼は少しの間だけ休んだ。
教室に鞄を取りに行くと虐めの主犯格の生徒とその仲間が待っていた。
「お前、遅い!
掃除、ちゃんとやっておけよ! 」
それだけ言うと生徒は帰って行った。
涼はのろのろと箒を出すと教室内を掃き始めた。
やらなければ、また明日クラス中の生徒に何をされるか解らない。
泣く気にもならない。
担任ですら見て見ぬ振りで、涼が掃除している間は教室に近付きもしなかった。
教師たちは面倒な事には関わりたく無いのだ。
教師は、彼らにとって聖職では無い。
給料を貰う手段に過ぎないのだ。
掃除をやっと終えて学校を出ると、街の総合病院に急いだ。
エレベーターに乗って四階の病棟の一室の傍まで来ると、涼は両手で顔をこすって笑顔にして病室に入った。
「莉久、今日の調子はどう? 」
「涼! 」
涼と小池莉久は幼馴染みである。
莉久は一年前から、この病院に入院していた。
涼は莉久の病気を知っていた。
骨の癌、骨肉腫である。
後、どれくらい時間が残されているのかは解らない。
だから、涼は毎日逢いに来た。
嘘を言う為に。
莉久は笑顔で言った。
「涼、今日は学校どうだった? 」
涼は傍にあった椅子に腰掛けながら、満面の笑顔で言った。
「今日はドッジボールがあったよ」
莉久は目を輝かせて言った。
「勝った? 」
「もちろん!
オレが勝利に導いてやったよ」
「さすが、涼だね」
「ったり前だろ!
敵の内野を一人残らず外野にしてやった」
涼はドヤ顔をして胸を張った。
そして、莉久の顔を覗き込んで言った。
「ドッジボール楽しいよ
だから、早く治して学校行こう」
「うん! 」
そう言って、大きく頷いた莉久の額には脂汗が滲んでいた。
涼はそれに気付くと言った。
「ごめん、オレ今日は用事があるからさ
これで帰るよ、ごめんな」
「ううん、気にしなくていいよ
涼だって忙しいもんね」
「じゃあ、また明日」
涼は病室出て、莉久の死角に入ると壁に凭れて待った。
少しすると看護婦が早足で来て、莉久の病室に飛び込んで行った。
「痛いよ、痛い」
と、訴える莉久の声が聞こえた。
医師が来ると廊下で莉久の母親がしがみついて涙ながらに言った。
「先生!
どうか、どうかあの子を助けて下さい! 」
そして、その場にペタンと座り込んでしまった。
「お母さん、気を強く持って下さい!
彼も必死で闘っているんです! 」
医師は屈んで母親の背中に手を当てた。
涼は莉久の病室を見詰めて言った。
「嘘つき……………」
家に帰ると涼の母親はスーパーのレジの仕事を終えて、長男の燿が作った晩御飯を食べ、夜の仕事に行く為に化粧をしている処だった。
母親は涼にお帰りと声を掛けるが、化粧を済ませると直ぐに出掛けて行ってしまった。
四つ歳上の兄の燿は今年受験が在るので、母親が出掛けると勉強部屋にすっこんでしまった。
涼は鞄を置くと床に寝転がった。
寝転がる涼を包むのは巨大な絶望だった。
子供に残酷な物を見せない、可哀想なものは見せない。
勘違いした大人のエゴに守られて育った大勢の子供たちは、何時しか人の痛みが解らなくなった。
涼は今日、教室で同級生たちに腕を踏まれた。
何度も、何度も……………。
耐えられなくなった涼は隙を突いて教室を逃げ出した。
このまま、学校の無い世界へ逃げ出せたらいいと思った。
ふらふらと歩きながら、涼は心の整理をつけようとした。
その足で総合病院へ行った。
病室に入ると莉久は眠っていた。
眉間には皺が寄っていた。
「莉久……………? 」
莉久は目を覚まし、ぼんやりとした目で涼を見ると、うっすらと微笑んだ。
「涼………………
今日は早いんだね
あれ?
今日は休みだっけ? 」
涼は最後の嘘を言った。
「ごめんね
今日はお別れに来たんだ」
莉久は慌てて起き上がった。
「お別れって? 」
涼はもう、笑う事ができなかった。
「遠くの街に引っ越すんだ
だから、今日でお別れなんだ」
莉久は俯いた。
「そう……………なんだ…………………………」
「ちゃんと逢えるから!
ちゃんと逢えるんだ! 」
莉久は顔を上げて希望に溢れた目で涼を見た。
「大丈夫、直ぐ逢えるから
だから、またね」
涼は後ろ向きで病室の出口まで歩くと見送る莉久に手を振って言った。
「またね、莉久」
「うん
またね、涼」
莉久は笑って手を振った。
涼はその笑顔を目に焼き付けた。
『莉久、先に逝って待ってる』
病室を出ると、涼は学校へ急いだ。
『あいつらに見せてやるんだ
オレの死体』
死神は一度取り憑くと離してはくれない。
涼は学校の屋上に来ると空を見上げた。
呑気な雲がゆっくりと空を這っている。
「莉久、迷わない様にオレが先に逝って待ってるよ
そしたら、きっと自由になっていつまでも一緒に遊べるよね」
後ろ向きになって、涼は宙を舞った。
地面に叩きつけられた涼の頭から飛び出した紅い血は、まるで羽根の様に広がった。
fin
読んで戴き有り難うございます。
可なり開き直って書いた作品です。
私が子供の頃、親に連れられて「はだしのゲン」を観せられ、本当にトラウマになるくらい、ショックを受けました。
でも、その代わり戦争は絶対いけないんだと学びました。
社会派の映画とかも、テレビでよくやってましたけど、今テレビでやる映画は娯楽オンリー。
果たして気持ちの良いものだけを与えられて、本当に心の豊かな人間へと育つのだろうか?
そんな事を考えながら、書いてしまいました。
堀形秋季様の影響もありますが。