転落は夜明けに起こる①
辺り一面に拡がる、化生の臭い。大門空兎はぼんやりとしながら路地裏を歩いていた。首筋にわずかな痛みを感じるが、どうしてこうなったかは全く分からない。しばらく歩いていると、制服を着た男に声をかけられた。
「君、ちょっといいかな。職質です」男はそう言いながら胸元から手帳を取り出した。申し訳ないけど一般人が見ても本物かどうかはわかんないな。大門はそう思いながら答えた。
「はい・・・・・・、自分がどうしてここにいるのかもわからなくて。さっきから体のあちこちが痛くなってきて」
「なるほど、一瞬だけ首筋を見せてくれないかな・・・・・・。ありがとう」そう言いながら男はいきなり背を向けた。通信機に聞き取りにくい専門用語で話し始めた。ここに来て始めて大門の曖昧な不安が輪郭を帯びてゆき、数分後に聞こえてきたサイレン音により確固たるものになった。
21年前に起きた第三次世界大戦とそれに連なる大規模な環境汚染により、により、人類は太陽を失った。ただ、その代わりに人類は新しい隣人、あるいは友人を手に入れた。吸血鬼、彼らは10年前に突如として現れ、第三次世界大戦を終結させた。それから人類と吸血鬼は力を合わせ、少しづつ文明を復興させて現在に至る。
吸血鬼の存在は人間と同じくらい古く、長い歴史の中で複数の血族に分かれていった。そして血族ごとに様々な特殊能力を持つらしい。しかし、彼らは不老であっても、不死ではない。太陽の光を長時間浴びてしまうと灰になってしまうし、銀に触れると驚異的な自己再生能力も阻害されてしまう・・・・・・。
大門はそんな良くも悪くも伝承通りの吸血鬼になってしまったことを警察車両の後部座席でやっと理解した。
「あの・・・・・・僕はこれからどうなってしまうんですか?刑務所行きですか?」
「いや、その心配は必要ないよ。無断で吸血鬼にされる子供はよくいるんだよ。そんな時はまずどこの氏族の吸血鬼になったかを調べて、その後は責任者か同じ血族の吸血鬼に面倒を見てもらう制度があるんだよ」
「初めて知りました・・・・・・。でもそれってもう人間に戻れないってことですか?」
「確かに、現在の化学じゃまだ難しい。だけど不可能ってわけでもないよ。同じ血族自分より上位の吸血鬼に血を吸い取ってもらって、後から人間の血液を補填してもらえば大丈夫!」
しばらくした後、車両は街外れの小さなビルの前で止まった。
「君、着いたよ。千葉県立少年血清所」
「ここは何をする場所何ですか?」
「君みたいな子を保護する場所だよ。とりあえず検査が終わったら応接室で待ってなよ。誰かに頼めば人口ものの血液を持って来てもらえるはずだよ。一応今の君はれっきとした吸血鬼だからね」
「人口ものの血液って何ですか?」
「よく下水道に詰まっているアメーバみたいなあれだよ。それじゃ!」バカにしてんのか。
試しに飲んでみたら悪くない。てっきり血の味がすると思ったら色んな味があって楽しい。カシスオレンジ味が気にいった。確かにこれがあれば今どきの吸血鬼が人を襲う必要もないかもしれない。そもそも人を襲ったら吸血鬼狩りの血族に懲らしめられてしまう。
そんなことを考えてるうちに、先ほどの男が部屋に入ってきた。
「検査の結果が出た」そう告げた男からは先ほどのように顔から表情を読み取ることができない。
「君の血族の由来についての話なんだが・・・・・・」
「どこの血族ですか?ディヴィナ族ですか?それともムースピリ族ですか?」
「身元不明だそうだ」
「そうですか。あれ、それってつまり?」
「人間に戻れないということだ」