恋の始まりはレズ風俗でした
「ええっ!?風俗に!?」
「ちょ、ちょっと。声が大きいよ智子……」
週末に誘われた親友との宅呑み。
テーブルを挟んで差し向かいで呑みながら近況を報告し合ういつもの光景。
そこで私は驚愕の告白を受け、思わず叫んでいた。
「ご、ごめん。でもレズ風俗って……。亜由美って、その、そっちの趣味だったの……?」
友人が風俗通いをしているというだけでも驚きなのに、それがレズ風俗なんて。
正直理解が追いついていない。
特に亜由美は、清楚でゆるふわな雰囲気で、風俗通いのイメージが全然しっくりこない。今日も女同士の宅呑みだというのに妙に可愛らしい格好だし、私とは違い女子力の高さを感じさせる。こんな子が風俗通いだなんて……。
酔いが回り、心地よい熱を持ちはじめていた頭が急激に冷めていくのを感じる。
「そ、それは……。どうかな……。すごく親切で可愛いキャストさんがいて、その人とだけだし……」
「へ、へぇ……。でもその、女の人とそういう事するのは、嫌じゃなかったって事だよね……?」
酔いのせいか。
その相手を思い出しているせいか。
赤い顔で静かに頷く亜由美。
それにしても、意外性しかない告白だった。
亜由美の部屋はいい歳こいて少女趣味で。25にもなってでっかいクマちゃんが飾られていたりする。初めて知り合った頃からそういうところは全然変わっていない。
それに対して私はといえば、昔は女の子らしかったはずだけれど今は男なんだか女なんだか、とまではいわないが中性的な装い。髪も何年も短くしたままだし、スカートを履いたのは高校の制服が最後だ。
小中高と同じ学校で過ごした私達だけど大学は別で。それでも社会人になって今に至るまで交友は続いている。
自惚れでなければ……、親友と言ってもいい関係だ。
それだけに亜由美の全く知らない近況を聞かされた衝撃は計り知れなかった。
「……いつから、通ってたの?」
「今年の二月から……。毎月、一回ずつ……」
今年の二月。
今が十月だから、半年以上も前から……。
二月といえばバレンタインでお互いに友チョコを贈って、プレゼントもしあって記念撮影をしていた頃だ。
毎年恒例のようになっている私達のイベント。今年も当然それで何か変わる訳でもなく、その後も時間を見つけては変わらず会って遊んだりしていたけれど。まさか亜由美が風俗通いを始めていたなんて全然気が付かなかった。
短い間だけれど、二人の間に沈黙が訪れる。
「そうなんだ……。お金とか、結構かかるんじゃないの?」
他にも色々聞きたい事はあるはずなのに。何を間抜けな事を聞いているのだろうか私は。しかし沈黙に耐えかねてつい口をついて出てしまった。
「安くはないけど、月に一回ぐらいだったらそんなに。ののかさんってお話しも面白いし、ちょっと年上で経験豊富だから色々相談にも乗ってくれるし。時間はあっという間に過ぎちゃうけど優しくリードしてくれるし……。それで身も心もリフレッシュできてまた頑張ろうって気持ちになれるんだ」
嬉しそうな亜由美の顔。きらきらと輝いて見える。それはののかさんって人のおかげ?
確かに私は話下手かもしれないけど、その相談って親友の私相手じゃ駄目な事なの?お金を払って風俗嬢にするような事?大体、相手だってお仕事なんだから適当に気分を盛り上げる言葉を言い繕ってるだけなんじゃない?
……心の中に、どろりとした感情が渦巻いてくる。
「へ、へぇ……。良かったじゃん。まあ、風俗っていっても女同士だし?遊びみたいなものと思えば、一種の趣味って言えなくもないかもね」
平静を装おうとしたけどつい語気が荒くなってしまった。渦巻く感情を抑えきれていない。
「趣味……。う、うん。そうだね。遊びみたいなものだよね。女同士なんだし」
そういえば、最近段々きれいになってきてる気がしたけど。これもののかって風俗嬢のおかげだったのかな。さっきもののかって人の話しをしてる時の亜由美はいつもより輝いて見えた。今はその亜由美をまともに見る事が出来なくなってしまっているけれど。
「ごめん、ちょっと呑みすぎたかも。今日は早めに帰るね」
「え?それなら休んでいった方が……」
唐突に話しを打ち切り、亜由美から顔を背けて私は帰り支度を始める。いつもは一緒にいるだけで楽しいのに、今は亜由美の側に居たくない。
「いいからっ!……それじゃ、またね」
気遣ってくれた亜由美につい声を荒げてしまった。そのまま振り返りもせずアパートから出ていく。
こんな私の態度を見て亜由美は一体どう思っただろうか。それを想像すると余計に気分が悪くなってきた。
気がついたら自宅の玄関に倒れていたけど、どうやって帰ってきたのか自分でも分からない。電車に乗ったような気もするし、ずっと歩いていたような気もする。そんな事すら覚えていない程参っていたらしい。
ともかく今は何もする気が起きない。
立ち上がるのすら面倒だけど、せめてベッドには行こう。
その後の事は知らない。
翌日、飲酒は程々だったから二日酔いではないけれど寝覚めの気分は最悪で。
休日だというのにどこにも出かける気分にはならず昨日の亜由美とのやり取りを思い返すばかりだった。
今朝から亜由美からの連絡は何件も来ているがそれを確認する気力も勇気もない。だけどこうしてメッセージを無視し続けるのも、辛い。
そこで私はののかとやらの事を調べてみる事にした。そいつの事が少しでも分かれば、この最低な気分もちょっとはマシになるかもしれないから。
風俗の世界の事なんて何も知らない私だけれど、ネットで調べればある程度は情報を集められると思った。それらしい単語で検索をかけていく。
調べてみるとレズ風俗なんてものはそれほど数がなくて。地域で当たりをつければ候補はどんどん絞られていった。その中から在籍する風俗嬢……、キャストというらしいけれどその中からののかという名前を探していく。
「あった……。ののか、27歳……」
ののかという名前。少し年上という情報。驚くほどあっさりと、条件の合致するそれは見つかってしまった。
しかしこれが目当ての人物と確定した訳ではない。
親切にもキャストがお店のブログを公開していてくれて、二月まで遡りののかの投稿を閲覧していく。
―――
☆2/17 本日のブログ
こういうお店は初めてとのことで、きっと緊張された事かと思います。
可愛らしいコーディネートで、とても素敵でしたよ。
今日のため、私のためにしてくれたと思うとすごく嬉しくなってしまいました。
一緒に食べたおすすめのパンケーキもおいしかったし、見た目も可愛くて。
貴女と一緒にまた行ってみたいなあなんて思っちゃいました。
それから、初めての相手に私を選んでくれた事、とても嬉しかったです。
感じてる時の声が可愛いからついやりすぎちゃったけど、大丈夫だったかな?
女の子同士の良さが伝わったなら、私も嬉しいです。
それでは、今日はどうもありがとうございました。
またご縁があったらお会いしましょう。
―――
そこまで読み終えて、私は目の前が真っ暗になった。この人が亜由美の相手とまだ確定した訳じゃないと自分に言い聞かせるけど、ブログで呼びかけている相手が亜由美だと思うと表現のどれもがしっくりきてしまって。
私はそれを否定したいのか確定させたいのか。自分でも分からないまま三月のブログにも目を通していく。
そうやって、四月、五月、六月と亜由美が相手と思わしき記事を辿っていくと段々と確信を深めていって。
遂に十月。最新のブログ更新まで追いついてしまった。
―――
☆10/12 本日のブログ
今日もありがとうございました。
もうすっかり常連でお馴染みといった感じですね。
そうそう、二人でよくいくあのお店。
面白いメニューがあるけど、まだ頼んだ事がなくて。
次ぐらいには試してみたいなあって思ってたんだけど、今日は行く暇がありませんでしたね。
それにしても貴女は逢う度に自然な笑顔がどんどん増えていって、何だか私もドキドキしてきちゃいます。
初めて逢った頃は恐る恐るってところもあったけど、最近は素直に楽しめてるのかな?
女の子同士に抵抗がなくなってきたのが私のおかげって事なら、何だか嬉しいですね。
今日のコーディネートは一段と気合いが入ってたみたいで、脱がせる時に実はちょっと緊張してました。
下着もえっちで、今までにないやつで。今日は何だかこっちがドキドキされられてばっかり。
でもタチとして、ベッドではまだまだ負けませんけどね。
それではまた。ご縁があったらお会いしましょう。
―――
ブログを読み終えた私は、言葉一つでは表現しきれない感情を抱えていた。
最新の日付は昨日。多分、私と会う前に亜由美はののかと逢っていたんだ。
私の知らないヤツに、私の知らない顔で……。
今まで全然気づいてなかった自分の間抜けさにも腹が立つし、風俗嬢と会ってから私を家に呼んだ亜由美にも腹が立つ。何より一番気に食わないのはののか自身だ。
亜由美の事はずっと昔から、私の方がよく知っているのに……。こんなぽっと出の風俗嬢に横取りされたみたいで……。
別に、亜由美は私のものなんかじゃないけど。自分でも勝手な事を考えているのは分かっているけど。
どうしても心の中のドロドロが止まらなくて。最低で身勝手な怒りや妬みがどんどんこみ上げてくる。
でも、薄々分かってたはずだ。何だかんだ自分に言い訳してたけど、亜由美の相手が誰か突き止めればこんな事になるなんて事は。それでも止められなかったのだから仕方ないけど。
最悪の気分のままブログのトップ画面に戻ると、またののかの記事が更新されていた。
見出しは『☆当日キャンセル発生(泣)。なので今日は当日予約のチャンス!』というもの。
それを見た私は……。
ののかに会って果たしてどうするつもりなのか。何の考えもないまま衝動的に予約をしてしまっていた。会えばどうなるか、私にも分からない。
しかしもう待ち合わせの場所に来てしまった。待ち合わせ相手、ののかはまだ見あたらないが不思議な気分だ。
会ってどうしたいのかも分からない相手。それもあまり良い感情を抱いていない相手と待ち合わせてこうしてその姿を探すというのは、随分と滑稽な事をしているのではないだろうか?
「あ、あれ?智子……?」
ののかを探す私の耳に、よく聞き馴染んだ声が届く。
「え?……うそ、亜由美……」
振り返った先には、昨日逃げるようにして別れた亜由美の姿。再会するには最悪のタイミングだ。どう言葉をかけるべきか。
お互い言い淀みながら対峙する私達。そこにのんびりとした声が割り込んでくる。
「お待たせあゆちゃ~ん。あらぁ?どうしたの?」
声の主は、亜由美のゆるふわ感を五割増しにしたような女性であった。
「ごめんねぇ。こっちの手違いだったみたい」
このゆるゆるふわふわな女性がやはりののかだったらしい。風俗嬢というからもっと派手なイメージをしていたので、少女趣味的なこの出で立ちは正直意外だ。ちなみに今はお店に連絡して状況の確認をしてもらっていたところだったが。
「申し込みが同時で、ダブルブッキングになっちゃったみたいなのぉ。本当ごめんねぇ」
「そ、そんな。ののかさんが謝るようなことじゃ」
「いいよ。そういう事なら私は帰るから」
申し訳なさそうに頭を下げるののか。亜由美はフォローしているが、私としてはもうどうでもいい事だ。ブッキング相手が他ならぬ亜由美なのだし、私は二人の邪魔をしないように立ち去ればダブルブッキング問題も解決する。
「ま、待って智子!その……」
「せっかくだし、お話しだけでもしていかない?私に会いたくて予約してくれた子を、そのまま帰すなんて申し訳ないものぉ」
言葉に詰まる亜由美の代わりにののかが私を呼び止める。
……何か、見せつけられてるみたいで気に食わない。
「別に……。亜由美が言ってた人がどんな人か気になってただけだから、もういいよ」
「まあまあ。いいじゃないの~。ダブルブッキングのお詫びにおごるから、ちょっとお茶でもしながら、ね?」
「うん……。私も、智子とちゃんと話しておきたい……」
昨日機嫌を悪くして突然帰ってしまい、亜由美からの通知も無視していたのに。
亜由美はそんな私の事を気にかけていてくれた。
「……そこまで言うなら、少しだけ」
「うふふ、やったぁ。今日は両手に花ねぇ」
ののかが亜由美と私の腕をとり、間に収まる。三人の中でののかが一番背が低い、というか亜由美もそこそこ高めなので二人とも少し下に引っ張られるような体勢になる。
そのくせ胸は一番大きい。服の上からも大きいとは思っていたけど詰め物じゃなかったようだ。腕を組まれて体を寄せると、思い切り肘に当たって……。
ののかにあまり良い感情を抱いていなかった私だが、こうされると何というか。普通に照れる。
「ののか、さん……。その……。当たってる」
「いいのよぉ。これもサービスだから」
やはり分かっててやっていたらしい。そういえばこの人は風俗嬢だった……。見た目や態度が全然そうに見えないからすぐに忘れそうになるけど。
同じようにされているはずの亜由美に目を向けると、私程うろたえてないというか……。むしろ慣れっこという感じで。
……また胸の中にどろりとしたものが溜まっていく。
「……なんか、ブログとは随分キャラが違うね。もっと大人っぽい人だと思ってた」
「あらぁ。ブログ見てくれてたの?ありがとぉ。頑張って大人っぽく書いてるのよぉ」
少しトゲのある言い方の私にも、ののかはふんわりと優しく包み込むように答えてくれて。
私は余計に惨めな気持ちになった。
「智子、ののかさんのブログ見たんだ……」
「え?う、うん……」
気まずい空気の中、折角亜由美が話しかけてくれたのに。私はそれだけしか言えなくて。
その後も会話が弾むとは言い難い中、ののかが場を盛り上げる努力をしながら私達は喫茶店の前にやってきた。亜由美とも何度か来たことがあるお店。そして――。
「ふふ、あゆちゃんとまた来られて嬉しいなー。そろそろメニュー制覇できるかしらぁ?」
「季節限定メニューもあるし、まだまだですよ」
「ふぅん……。二人も、よく来てたんだね……」
ののかのブログを読んでいる時、ちらほらと出てきたお店。
名前は伏せてあったけど特徴やメニューから大体察しはついていた。だから今更驚きはない、はずなんたけど。
「さぁ今日は何にしようかなぁ」
「それじゃあ、私はミルクティとシフォンケーキ」
「私は……、あんまり食欲もないし、コーヒーだけでいいよ」
食欲がないというのは本当だ。とてもじゃないけど何かを食べたいという気分にはならない。とはいえご馳走すると言ったののかの面子もあるだろうし飲み物だけ選ぶ。純粋に、ここのブレンドコーヒーの香りは結構好きだ。
これで気分転換、というのもすぐには難しいだろうけど。ののかはともかく普段通り振る舞おうとしている亜由美には申し訳ないし、もうちょっと私も気分を持ち直していかないと。
「そうなのぉ?それじゃあ、無理のない範囲でシェアしましょうよぉ。私達の少しずつ分けてあげるから。あゆちゃんもいいわよね~?」
「うん。私もそれでいいよ。一口ぐらいなら、智子も平気よね?」
「そういう事なら、そうしようかな……」
私が勝手に苛ついて、それで空気を悪くしていたのに。この二人はそれを責めるどころか言及すらせずむしろ気遣ってくれている。
さっきまではそれでまた落ち込んで、苛ついて。二人に当たるような態度になっていたのに。ののかのあんまりにもおっとりした態度に段々毒気を抜かれていたのか。私も多少気持ちが落ち着いて少しはまともに会話出来るようになっていたみたいだ。
「それじゃあ私はぁ、プリンパスタ!」
「うっ……。よりによってそれか……」
一瞬嫌がらせなのかと勘ぐってしまった。基本的に品がよくお茶もお菓子も美味しいお店なんだけど、時々挑戦的なメニューが紛れ込んでいて。プリンパスタもその一つ。
私だってプリンそのものや甘いもの自体は嫌いではない、というより好きだ。だけどこのプリンパスタというやつは、パスタの歯ごたえにプリンの甘ったるさが乗って口の中にひたすら甘みが居座るという私程度の甘党には拷問じみた料理となっている。
ごく一部愛好家がいるっていう噂だけど。
「ののかさん、前から気になってるって言ってたもんね」
「ふふ。こんなに早くチャンスが来るとは思わなかったわぁ」
……そういえば、ブログでそれらしい事に触れていた気がする。それがまさか、プリンパスタだったとは。
「まあ、いいか。一口ぐらいなら……」
「私も気になってたけど頼んだ事ないから、少し貰いたいな。智子は前に食べたことあるって言ってたよね?」
「一人で来た時に、好奇心でつい……。それにしても、甘いにも程があるから亜由美にはやめとけって言ったはずなのに……」
「私もあゆちゃんに止められたんだけどねぇ。でも私って超甘党だから、やっぱり甘いよって言われるほど気になっちゃってぇ」
……あれ?なんだか今亜由美と自然に話せてなかった?ついでにののか、さんとも。
この調子なら、気まずい空気も払拭出来るかも……。
ののか、さんには正直まだ含むところはあるけど。私だっていつまでも拗ねて駄々をこねるような真似はしたくないし。それに二人には聞いておきたい事だってあるんだ。
「ところでさ。二人は」「すみませ~ん。オーダーいいですか~?」
口を開きかけたところでののか……、さんの声に遮られる。タイミングが悪かったか……。まあ、まだ時間はあるし折を見て聞き出そう。
プリンパスタは酷い甘さだった。
知っていた事とはいえ、改めて口にすると余りにもくどい甘さで頭が痛くなる程。食欲に関係なく一口で十分な味だ。コーヒーの苦みにほっとする。
「うぅ、口の中がずっと甘いよぉ……」
私よりも甘党な亜由美ですら一口で涙目に。ミルクティもかなり甘いから口直しにならないのだろう。だから甘すぎるからやめた方がいいって言ったんだ。
一方ののかさんはといえば。
「わぁっ、おいし~!二人ともいらないなら、残り全部もらっちゃうよ~?」
目を輝かせてパスタをすすっていた。
苦笑いしながら私は亜由美と目を合わせる。
「私のコーヒー、あげるよ」
お冷やを飲み干してもう一杯頼もうとしている亜由美の前に、私のコーヒーカップをそっと置く。
「ありがとう智子……。じゃあ、ミルクティと交換で」
結局飲み物もトレード。砂糖のたっぷり入ったミルクティはやはり甘い。甘味と合わせるなら私は甘くない飲み物の方が好きだけど、ミルクティだけなら別に問題ない。
「ふふふっ。本当、仲がいいのねぇ」
既にプリンパスタを半分以上平らげたののかさんが微笑ましそうに私達を見守っていた。
……そういえば、間接キスだなこれ。
亜由美は、特に気にした様子もないけれど。私が意識しすぎなだけだろうか。
私も変に動揺は見せず、平静を装ってゆっくりとミルクティを口に含んでいく。
「まあ……。長い付き合いだしね」
「うん。もう何年も、友達だもんね……」
和やかになったはずの雰囲気だが何となくそこで会話が止まってしまい。また私達の間に微妙な沈黙が訪れる。
言いたいことや聞きたいことは色々あるはずなのに切り出せない。亜由美も何か言いたそうだけど、結局言いたそうにしているだけで何もない。亜由美も何だか会話の取っかかりを探しているみたいだ。
飲み物に口を付けながら、二人の視線が時折ちらちらと交わる時間が続く。
「あー甘かった!ごちそーさま~」
ののかさんもいつの間にかプリンパスタを食べ終わっていた。それにしても、あんな物を食べきって平然としているどころか満足なんて……。
ある意味すごい人なのかもしれない。
「……それじゃ、私はこれで」
私はあくまでも頼まれてお茶に付き合っただけという体裁。なのでそれが済めばそのまま帰るのが道理だ。
だから、私は静かに席を立つのだが。
「待ってよ智子!……そんなすぐ帰ろうとしなくても」
「そうよぉ。せっかくだからデートをもうちょっと楽しみましょうよぉ」
慌てたような声の亜由美と、おっとりと落ち着いたののか。
態度は全然違うけれど二人とも私を呼び止めてくれる。
「デートなんて……。そんなの、私は別に」
「いいからいいから。それじゃお会計いきましょ~」
またもやののかさんに腕を組まれて。会計を済ます時もそのままで、半ば強引に外まで連れて行かれる。
亜由美を見るとどこかほっとしたような顔をしていた。
「まだ少し時間あるし~、お散歩でもしよっか?」
ののかさんは今度は私とだけ腕を組み、亜由美は少し後ろからついてきている。
本当は亜由美の方がこうしたいはずだろうに。ののかさんもどうして私を構おうとするんだろう。
「プリンパスタおいしかったね~。他のお店でももっとああいうのないのかなぁ」
「あれが美味しいのはののかさんぐらいだと思いますよ……」
「え~?そうかなぁ?」
「そうですよ。私も甘い物は好きだけど、あれはないです」
……帰ろうとしていたはずなのに、何となくののかさんのペースに巻き込まれているような気がする。
ちらりと後ろを見ると亜由美はやはりほっとしたような微笑を浮かべていて。
一体亜由美もどういうつもりなのだろうか……。
そもそも、私も何をするつもりなのか。
一応目的を持ってやってきたはずだけど、心はぶれっぱなしで。
行動も一貫性がなくて何をしたいんだかで。亜由美も困惑してるんじゃないだろうか。
「どうしたのともちゃん?おっぱい吸う?」
「なっ!?吸いませんっ!」
ネガティブな思考に染まる前にののかさんの横槍が入りそれは霧散した。
……天然なのか、それとも狙ってやったのだろうか。
「うふふ。冗談よぉ。慌てちゃって可愛い~」
「変なからかい方しないで下さい……。大体、女同士で……、そんな……」
そんなおかしなことしない、と言いかけてののかさんの仕事を思い出す。この人は女同士でそういう事をするのが役目だった。忘れていたつもりはないのだけれど、普通に話しているとそんな空気は全然感じさせない。
そんな風にののかさんを観察していると、ふと視線が合った。
その瞳を見つめながら思わず聴いてしまう。
「亜由美とは、そういう事は……?」
「気になる?」
顔をのぞき込むようにしてこちらをじっと見つめるののかさん。穏やかで優しい雰囲気ではあるが、真剣そうな目。
「それは……。うん……。気になるといえば、そうだけど……」
ののかさんの真剣な空気に気圧されたのか。私は取り繕う事なく思わずそう口にしていた。気にならないといえば嘘になる。
……どうして気になるのかは、上手く言葉に出来ないけど。
「ふぅん?でも教えてあげな~い」
「えぇ……」
「乙女の秘密を簡単に漏らすわけないわよぉ?」
あれでも一応決心して頷いたのに。結局教えてくれる気はないらしい。
まあ仕事だし、守秘義務みたいなのがあるとしてもおかしくはないのだけれど。知らない亜由美の姿を垣間見えられるかと一瞬でも思っていた私は、肩透かしを食らったようにがっくりと力が抜けた。
「ふふふ。ごめんねぇ。こういうのは他人に簡単に言って良い事じゃないからぁ。あゆちゃんが良いって言えばいいんだけどぉ」
後ろからついてきている亜由美に視線を向けるののかさん。この距離だから当然会話の内容も聞こえていたはずだ。果たして亜由美がとう答えるのか。
私はまた緊張に包まれる。
「え、ええと。今は秘密でっ!」
亜由美は顔を赤くして首を横に振った。
……結局気を引くだけ引いて教えてくれないらしい。まあ、風俗嬢と何をしたかなんて中々言えないだろうけど。他人になら当然だろうし、友達相手だもしても……。いや、友達なら、どうなんだろうかそういうのは。
「そういう事なら無理に聞かないけど……。って、何してるの亜由美」
顔を赤くした亜由美が何故か私と並び腕を組んできた。
そこはののかさんとするべきじゃないの……?
まだ頬を赤く染めている亜由美に釣られたのか、私も何だか恥ずかしくなって体温が上がってくる。
「両手に花ねっ!」
「何でののかさんが嬉しそうなんですか……」
何なんだろう、この状況。
二人が一体何を考えているのか全く分からない。
亜由美とこうして腕を組むのも、別に初めてじゃないけど。今日は何だか妙に緊張するというか、鼓動が早くなる。
隣にののかさんも居るからだろうか。風俗嬢と腕を組むなんて初めての事だし。
でも、さっきまではそこまで鼓動は乱れていなかった。
「それじゃあこのままお姫様をホテルまでエスコートしてあげましょうか。あゆちゃんも、それでいいわよね~?」
お姫様というのは私の事だろうか。どちらかといえばののかさんが一番それっぽいし、私が一番らしくないと思うのだけれど。
だが今はそんな突っ込みをしている余裕はなかった。ホテルに行くというのは、つまりののかさんの仕事を果たすという事で……。まあ、つまりはそういう事だ。
お茶をして、散歩をして。ずるずるとここまで来てしまった気がするが流石にこれは断らなくては。私にその気はない。つい勢いで予約してしまったけど、ののかさんがどんな人なのかとか、亜由美の事とかを確認したかっただけ。
だから、きっぱりと断ろう。
「私はもうここで」「うんっ!い、行こっ!智子!」
私の言葉に被せるように亜由美がののかさんの発言を力強く肯定する。それで私の言葉は流されてしまった。
「よーし、決まりねぇ。ではこちらにいらっしゃおませお姫様~」
「え……。えぇ……?」
もう一度はっきり断れば良いのに、それが出来ない。
理由はやはり亜由美の態度だ。
亜由美はののかさんと会いたかったのだから、私が帰ってしまうのは好都合のはず。こうして積極的にホテルに連れ込む意味などないのではないか。
二人の、特に亜由美の思惑が全く分からない。
亜由美の顔を見れば先程よりも赤いくらいで。見つめる私の視線に気づくと顔を背けてしまう。
……本当、何なんだろうこれは。
だがこれを有耶無耶にしたまま帰ってしまうのは、何となくいけない気がした。
ホテルにつくとエチケットという事で歯を磨く事になった。三人並んで鏡に向かい手を動かしている。
左右に目を向けると亜由美はどうも緊張しているようで動きが堅いし、顔もまだ少し赤い。ののかさんは鼻歌交じりで妙に楽しそうだ。
横目で亜由美を見ながら考える。
亜由美が引き留めたようなものなのに、話しかけようとするとはぐらかされてしまいこんなところまで来てしまった。やはり亜由美の意図がまるで分からない。
まさかののかさんとの関係を見せつけるため?とも思ったが、亜由美がそんな事をするとは考えにくい。そもそもそれに何の意味があるというのだろうか。
ともかくここなら人目を気にする必要もないし、歯を磨き終わり今度こそきっちりと亜由美と向き合おうと意気込んで。
「それじゃあ今度はお風呂に~」
「待って!亜由美、そろそろちゃんと私を見て!一体どういうつもりなの!?」
今度は私がののかさんの声を遮って亜由美の肩を掴む。亜由美は驚いているけど構わない。亜由美だって話したい事があるのは分かっている。ここまで何となく触れずに来てしまったけど、もう流されはしない。
「どうって……。私はただ智子と話したくて……」
「ならそれを言って!……今まで亜由美の事なら何でも分かってると思ってたけど、昨日からもう何なのか、訳が分からないよ……」
興奮気味だった私の声が少しずつすぼんでいく。
「うん……。でも、勇気が出なくて……。本当は、昨日言おうとした事なんだけど……」
昨日?ならどうしてその時に、と思ったが昨日は私が早々に帰ってしまったのだった。
あの時、確かに亜由美は制止していたのに。
だけど仕方がない。あの時は私もショックが大きくて、とてもじゃないけど亜由美の隣に居られる精神状態じゃなかったんだし。
「なら、今言って」
「うん……。でも……」
頷くもののまだ迷っているようで。口を開きかけるとそれを飲み込み、亜由美からは大きな逡巡が見られる。それでも私は辛抱強く待つ。
そんな私達の横からののかさんののんびりとした、しかし真面目そうな声がかかった。
「あゆちゃん。言いにくいなら私から言おうか?」
「ううん。大丈夫。私の口から伝えたいから……」
「分かった。うん。ともちゃんならきっと大丈夫だから、しっかりね」
ののかさんは、どうやら亜由美が何を言おうとしているか知っているらしい。そういえば相談に乗ってもらっているとか言ってたっけ。
私の知らない亜由美の一面をののかさんだけが知っていると思うと、何だか胸がざわつく。だけどそれももうすぐ分かる事だ。
亜由美も決断したようで、いよいよ口を開いた。
「あのね……。私が女の子が好きっていうのは、もう分かるよね?」
「それは、うん……」
昨日は曖昧な言い方だったけれど、あれがどういう意味かは今日の様子を見れば分かる。だから、次に何を言われるかも大体予想は出来てしまっていた。
頷いた私は、それでも亜由美の次の言葉をじっと待った。
「気持ち悪いって思われるかもしれないし、黙ってようかずっと悩んでたんだけど……。やっぱり、今言うね」
亜由美が迷いの消えた瞳で私を見つめる。いよいよか。
しかし、この先の展開を予想して私の心は冷たく凪いでいた。
きっと、亜由美は……。
「……ずっと、好きだったの」
亜由美の声がどこか遠くに聞こえるようだ。
この次に告げられる名前は、聞かなくてももう予想はついている。
手足から血の気が引いていくのが自分でも分かった。
「智子の事が」
ああ、やっぱり。
亜由美がずっと想い続けていた相手はののかさんで……。
……あれ?今、智子って言った?聞き間違い?ののかさんじゃないの?
予想外の展開に私の頭は混乱しているがそれに構わず亜由美の告白は続く。
「気づいたのは中学の時だけど……。友達に、恋人みたいってからかわれた時の事覚えてる?あの時実はね、凄くどきっとして……。あの時は笑って誤魔化してたけど、それから自分の気持ちに気づいたの」
それなら、私も覚えがある。
確かに私達はいつも一緒で、彼氏が出来る同級生も少なくない中にあって女同士で変わらず仲良しで。幼なじみで距離感も近かった事もあってそんな風に何度かからかわれた事があった。まあ、向こうも本気じゃなかっただろうけど奇しくも亜由美の気持ちを言い当てたような形になっていたらしい。
そういえば、私が男っぽい格好になったのもこの辺りが発端だったのかも……。
「それからは、智子が誰かに取られないようにって余計に一緒の時間が増えて……。でも気持ちを伝える勇気もなくて……。恋人っぽいイベントも、一緒に過ごせてそれで満足するつもりだったんだけど……」
今では恒例になったバレンタインのプレゼント交換もそのぐらいから始まっていたのは覚えている。最初は亜由美からの提案だったけど、そういう事だったのか。とはいえ、女友達同士でチョコを贈るのもそう珍しい事でもなかったし亜由美の本心なんて全く気づいていなかった。
「大学は、別々になって。そうなったら智子にもきっと彼氏が出来て諦められるかと思ったのに。全然そんな事もなくて……」
それは、なんていうか。亜由美と一緒にいる方が楽しくて彼氏を作ろうとか考えてなかったのはあるけど……。自然に出来ないなら無理に作ろうとは思わなくて、結局そのままだっただけで。
「友達としてずっと一緒ならそれでもいいとは思ったの……。でも、今年になってお母さんからお見合いを勧められて……」
これは初耳だった。亜由美の声のトーンが少し下がる。
「好きな人がいるからって、お見合いは待ってもらったけど……。相談出来る人もいなくて、どうして良いか分からなくて……」
相談なら私に言ってくれれば、と思うのだが好きな人というのが私なら、確かにそんな相談なんて出来るはずがない。
それでも、気づいてあげられなかった事を悔やんでしまう。
「お店の事を知ったりののかさんと知り合ったのはそんな時だったの。智子の事も相談に乗ってもらって、きっと大丈夫だからって励ましてもらって、昨日気持ちを伝えようとしたんたけど……」
……途中で私が帰ってしまった訳だ。
そういえば、妙にめかしこんでいたのは私の為だったって事……?
「もう一度言うね。私が好きなのは智子だけなの。でも、嫌ならそう言って。友達もやめるっていうなら、私はそれでも構わないから。だから、智子の答えを頂戴」
真剣な瞳で射抜かれる。亜由美は本気のようだ。そこに疑う余地はない。
しかし、予想外の告白のはずなのに妙に私の気持ちが落ち着いているのは何だろう。
そもそもだ。ののかさんの事が好きだと思いこんで、どうして落ち込んでいたのか。
二人の思い出を辿っていくような告白を受けて、どうして段々と喜びがこみ上げてくるのか。
「うん。嬉しいよ、亜由美……」
自然と、私の口からこぼれるように出てきて言葉。
難しく考える必要なんてない。感じたままを口にすればいいんだ。
「やっと分かったよ。私はずっと亜由美の事が好きだったんだって。昨日は、亜由美が他の誰かを好きになっちゃったと思ってそれがショックだったんだ……」
自分の本心に気がつくと、何もかもが腑に落ちてくる。どうしてこんな事に気づかなかったんだろう。
「だから私の答えは、これからは恋人として付き合っていきたいって事なんだけど。もちろんいいよね?」
亜由美の返事は包容という形で顕れた。昨日からの落ち込んだ気持ちや、心のもやもやは完全に吹き飛んでいた。
「おめでとー!ほらね~、私の言った通り大丈夫だったでしょ~?」
ぱちぱちと拍手をして祝福してくれるののかさん。この人には思いこみで酷い誤解をしてしまっていた気がする……。
後で謝っておかないと。それと、お礼も。
「うん……。ののかさんありがとう……。勇気を出して良かった……」
腕の中で亜由美が顔を上げる。やっぱり少し泣いていたようだ。今まで気持ちに気づいてあげられなくて、不安にさせていてごめんね。
「私からも、ありがとうののかさん。ののかさんが居なかったら亜由美とはずっとすれ違ってたままかもしれない……。いくら感謝してもしきれないよ……」
「そんな事ないわよぉ。私がいなくても時間の問題だったんじゃないかしら?」
嬉しそうに微笑むののかさん。そうは言うけど現に彼女のおかげで今こうしているのだから何かお礼をしないとこちらの気が済まない。
「それよりぃ、これからどうする~?料金の範囲内なら恋人の営みのお手伝い、色々できるわよ?」
……そういえば、ののかさんの仕事の事を忘れていた。生々しい想像をしてしまい赤面する私。
「そういうのはまだ早いというかもっとお互いを知ってからというか、今恋人になったばかりだし……」
「未経験なんでしょう?遅いぐらいよ~。それに、今更お互いの何を知るつもりかしら?」
「うぐっ……」
反論の余地はなかった。亜由美の知らないところなんて、それこそどれだけ残っているか……。
「ふふっ。それじゃあ、まずはお風呂にレッツゴー!ほら脱いで脱いで」
「な、なんかいつもと違いますねののかさん?」
私はいつもの様子を知らないのでどう違うか分からないが、亜由美がそう言うのならそうなのだろう。
この日は結局、ののかさんが殊更ビジネスライクにサービスを続けてくれて。普段は恋人みたいな雰囲気を出してくれているらしいけど、本当の恋人になった私達に配慮してくれたんだろうか。
ともかく、色んな事も教えて貰ったし何というか、気持ちよかったのは確かだ。未知の世界を色々垣間見た気がした。
あれから数ヶ月。
亜由美と恋人になってから色々な事があった。
お互いの両親に報告に行く時は凄く緊張して、正直勘当されても仕方ないとは思っていたけれど。
何というか、驚くほどあっさりと受け入れられてしまって。
そもそも親達が仲の良い友人関係なので、改めて家族ぐるみの付き合いが出来ると喜ばれてしまった。
今は意気投合して結婚式の準備を着々と進めていて、私達の結婚も時間の問題だ。
私としてはもうちょっと恋人気分を味わっておきたいと思うところもあるのだけれど、出来る事なら結婚はしたいし有り難くはあるかな。
「お待たせ智子ー」
恋人の声に顔を上げる。
走ってきたのか、少し息が上がっていて顔も赤い。
「そんな慌てなくても、まだ時間は余裕だよ」
「だって、早く智子に会いたかったから」
うん。私の恋人はやっぱり世界で一番可愛い。
思わずそのまま抱きしめたくなったけど、人目があるから今は我慢。
今はね。
「それと、これっ」
亜由美がポーチから可愛らしい包みを取り出すと、嬉しそうに、眩しい笑顔でそれを私に手渡してくれる。
「やっと渡せた。私の本命チョコ」
不意に、視界が涙で滲みそうになった。
「ありがと。それじゃ私からも」
泣きそうになるのを誤魔化すように、私も用意してきたプレゼントを亜由美に手渡して。
「当然本命だからね」
「分かってるっ!とっても嬉しい!」
本当に嬉しそうな亜由美。
見れば、少し目元が濡れている。
「もう、メイクが落ちちゃうよ?これからののかさんとデートなのに」
私はハンカチを取り出すと亜由美の涙をそっと拭き取る。
そう。今日はこの後ののかさんとも二人で待ち合わせをしているのだ。
「それなら智子だって、ほら」
私の涙も案の定バレていた。
今度は亜由美が私の涙を拭いてくれる。
お互いに涙を拭きあっていると、何となくおかしくて。
二人して声を押し殺して笑いあった。
「ふふっ、何だか不思議な気分。去年の今頃はこんな事になるなんて夢にも思ってなかったのに」
「それは私もだよ。でも、今はなるべくしてなったって感じかな」
そうしてひとしきり笑いあった後。
自然と腕を絡めあって二人でののかさんとの待ち合わせ場所へと向かう。
「不思議な気分といえば、恋人二人で風俗嬢に会いに行くっていうのも冷静に考えると妙な感じだね」
「でもこうしないとののかさんと会えないし。大体、恋人が一人で風俗嬢に会いに行く方がおかしいと思わない?」
「それは……。まあそうなんだけど」
そもそも、変に難しく考える必要なんてない。
ののかさんは確かに風俗嬢だけど、私達にとっては恩人みたいなもので。
私達はお金を払うただの客という訳でもなく、かといって友達というのも適切な表現ではない気がして。
だからまあ、恋人と一緒に風俗嬢に会いに行くと考えるとおかしな気がするだけで。だから、これが私達にとっての自然な形なんだ。
「ののかさんにもチョコあげないとね」
「義理だけどね」
「うん。でも本気の義理」
「義理と人情は大事だからね」
道すがら二人で笑い合いながら。
やがて待ち合わせ場所が見えてくると、そこにはもうののかさんが待っていて。
「やっほー二人ともー!」
嬉しそうに駆け寄ってくるののかさん。
飛びつくように私達の間に割って入ると、そのまま腕を取りホクホク顔で私達に挟まれて。
「えへぇ、両手に花~」
「もう、ののかさんだから許しますけど」
「本当これ好きですよねののかさん」
このやり取りも毎月恒例となりつつあって。
私も表面上は少し怒ってみせたりもするけれど、ののかさんを交えたこの関係性も心地よく。
「これからののかさんへの義理チョコを買いに行くから、今日のデートコースはそこということで」
「えー義理なのー?ていうかそういうのは黙っててサプライズとかじゃないのー?」
「今日やってもすぐ分かっちゃってサプライズにならないんじゃないかな……。あと義理は義理でも大事な義理ですから。世の中義理と人情ですので」
二人でののかさんを挟み込み。
笑い声も姦しく。
「大事な義理ならいっか!それじゃ、しゅっぱーつ!」
ののかさんの号令で私達は街へと繰り出す。
「ところでののかさん。結婚式への出席ですけど」
「えー?それは出ないよって言ったじゃない?」
「そこを何とか。ののかさんがいなかったら私達結婚なんて出来なかったかもしれないんですし」
もう何度目かになる説得に、ののかさんも困り顔で。
「でも、水商売とかやっぱり出席したら良くないんじゃないかしらぁ?」
「誰にも文句は言わせませんから」
「お願いしますよののかさん」
「……はぁ。もー、仕方ないなぁ。一応店長と相談して、それで大丈夫ならって事でいい?」
いよいよ根負けして。でもその顔もこころなしか晴れ晴れとしていて。
私は亜由美と目を合わせて笑いあった。
「やったね智子!」
「うんっ」
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☆2/14 本日のブログ
いつもカップルでご利用頂いているお二人様へ。
今日は心の篭ったプレゼント、本当にありがとうございました。
今ブログを書きながらプレゼントのチョコを頂いていますが、びっくりするほど美味しくて。
私のために選んでくれた気持ちも嬉しくて、この気持を早く伝えたくて急いでブログを書き始めました。
それと、今日はちょっと高度なプレイにも挑戦してみましたが、あの後お加減は大丈夫でしたでしょうか?
中々ここまで出来る人もいないので、正直楽しくはありましたが。
やりすぎてなければよかったのですけれど。
体の相性も良くて、気持ちも通いあっていて。
末永いお付き合いになればと願っていますので、くれぐれも無理をしないようお互い気をつけないといけませんね。
それではまた。次の機会にお会いしましょう。
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レズ風俗作品が普及して欲しいという思いを込めて書きました。