Xデイ ~Beginning~
かつてない大規模浸蝕。
始まった瞬間から異常なゼヴォの揺らぎが続いているが、現地はそれに相応しい有様だった。
「まずいな……」
歪んだ夜の中、思わず言葉が漏れる。
ビルの谷問に注ぐ月明り。
照らし出されているのは、アスファルトの上で崩れ落ちる、出来損ないの四足獣のような何か。
灼光のゼヴォを正面から受けて、即四散しない堕し子は初めてだった。
つまり、低位の浸蝕者と同等以上のゼヴォラテック強度を有するということになる。
こんなものが無数にいたのでは、一般のエージェントでは手に余るだろう。
浸蝕領域への突入班は、厳しく選別する必要がある。
先行したのは正解だった。
本部に連絡を取るべく耳元へ手を伸ばそうとしたその時だった。
激しいゼヴォの揺らぎ。
乾いた風を引き裂いて、捻じれた闇が、空より落ちる。
(おいおいおい)
眼前でアスファルトを砕いて立ち上がる歪なヒトガタ。
数は2。
堕し子ではない。浸蝕者だった。
今宵の浸蝕領域の発する波長に近くはあるが、やや異なる波長。双方とも浸蝕主の眷属といったところか。
どちらも身長は3m程。
そのカタチの中に凝縮された力――推定、魔神クラス。
2つの天災、その瞳なき視線がこちらに注がれている。
領域の外でこれでは、中心部は取り返しのつかないレベルで塗り潰されていることだろう。
今日という日は、表でも歴史に残る可能性が高い。
魔神を睨みつつ、手早くサインを本部に送る。
悲鳴の様な返事が届いたが、今は無視。
一瞬の間。
交錯する視線の中、ぎこちなくではあるが、2体の魔神は頭を下げるような仕草をした。
(なるほど)
先の戦闘に惹かれて現れたのは間違いない。
しかし、“こちら”がなんであるのか、それが分かった上で、ここに現れたのだ。2体で。
呪うべきか感謝すべきか。
滅び去った己が忌まわしき神を思い浮かべる。
神判の日、その後も汚染された魂は残った。
だからこそ、今、ここで逃げ出さずにいることができる。
礼には礼を。
会釈する。
頭を上げた後も、魔神達は動かなかった。
待っているのだ。
焦らず、深く息を吸い込む。
青い燐光。
目の前に浮かぶ小さな幾何学模様。
そこから、銀の魔刻銃<ラゼルテ>を2本引き抜く。
ずしりと重く、熱い金属の感触。
それを感じた瞬間、魔神達の音無き咆哮が、膨大なゼヴォの弁流となって世界を叩いた。
建物が、地面が、大気が、悲鳴を上げてその存在を歪ませ、崩れる。
爆発した黒い嵐の中、全身に己が青のゼヴォを巡らせた。
「押し通る!」
雷光のゼヴォが、視界を白い闇に染め上げる。
Xデイ。
その最初の死闘の幕が切って落とされた。
よくある舞台設定でリハビリ。
14年ぶりなので、なかなかイメージが文字に落ちてきませんでしたが、ワンシーンが形になったので投稿しました。