エデンへようこそ
創馬が気がつくと、そこはベッドの上ではなかった。
周囲には無数の光る球体が浮かんでおり、遥か彼方までその輝きは続いている。他に光を放つ物はなく、暗闇が広がっているのだが、膨大な数の輝きがいたる所に浮かんでいる為、まるで宇宙空間を浮遊しているようだ。
辺りには人も多く、賑わっているが、人以外の姿をした者見受けられる。背中に羽を生やした者、二足歩行する動物、コミカルな動きをするロボット。
そして、創馬の背後には、綺羅びやかな装飾が施されたゲートが佇んでいる。
そこにはこう掲げてあった。
< EDEN >
ここはドリーム・ポッドを利用して楽しめる明晰夢。
エデンと呼ばれる空間である。
創馬は空中に登録者リストを表示し、哲平の名前を確認した。
――あれ? もうあいつ来てるじゃん。さては琴音ちゃんに急かされたな。
リストに表示された哲平の名前を指でタップすると、彼の居る場所に移動するか、こちらへ呼び出すかの選択ボタンが現れた。
どちらにするか考えていると、目の前の空間が一瞬歪み、その瞬間、目の前に哲平が現れた。
「よっ! 早かったな。俺も琴音に急かされて、今来たんだ。」
どうやら哲平の方から先に、飛んできたようだ。
後ろには妹の琴音もいる。肩に軽く触れる程度の長さをした黒髪のストレートヘアで、猫柄のパジャマを着ている。小六にしては多少小柄な印象をうける彼女は、屈強な兄の哲平とは正反対で大人しい性格だ。
「ほら琴音。お前が会いたがっていた創馬だぞ!」
トン、と背中を押された琴音が一歩前に足を踏み出す。
「あ……えっと、創馬お兄ちゃん……こんばんは……」
モジモジと恥しそうに話す琴音に、創馬も微笑みながら答えた。
「こんばんは。久しぶりだね。あと、誕生日おめでとう。
先週の誕生日に琴音ちゃんもドリポを買ってもらえたって聞いて、会えるのを楽しみにしていたよ。」
そういうと、右手を琴音の方に伸ばし、創馬は自分の掌の上にフワフワの物体が乗っているイメージをした。次の瞬間、ポンっ!という音と共に花びらが舞い、創馬の掌の上には猫のぬいぐるみが乗っていた。
「もう、ぬいぐるみって年齢でもないだろうけど、思いつかなくって。
今度リアルでも何か用意しておくよ。」
笑顔で琴音にぬいぐるみを差し出す創馬。琴音は顔を赤くして、アワアワと驚愕し、言葉が出てこない。
「……やっぱりちょっと子供っぽかったかな(汗)?」
困惑しながら創馬が尋ねると、首をすごい速さでブンブンと横に振る琴音。
「ち……違うの。すごく嬉しくって、その……あ、、ありがとう!」
ぬいぐるみを受け取ると、幸せそうに眺め、抱きしめた。
「よかったな!」
哲平も琴音の頭を、ポンポンと軽く叩きながら愛おしそうに見つめている。本当に妹が可愛いといった様子だ。
「さて! じゃぁ早速やろうか琴音ちゃん。ここは <ターミナル>という場所で、ドリポで作られた全ての夢が集まる空間だよ。わかると思うけれど、その光っているボールみたいな物が夢。試しにどれか覗いてごらん?」
琴音はあたりを見回して、一番近くにあった球体に近づく。仄かな光を放っているが、近づいて見てみると中で何かが動いている事がわかる。
「人が……飛んでる!!」
球体の中には青空が広がり、雲の隙間をピーターパンのように人が飛んでいる。満面の笑みで滑空する人物を、琴音は目を丸くして見つめた。
「王道の飛行系だね。明晰夢が見られるようになったら、とりあえず皆が作る夢だよ。この人は結構上手いね」
創馬の言葉にキョトンとする琴音。
「上手い?」
「夢は全て人のイメージで作られているから、結構コツが必要なんだ。例えばこんな風に空を自由に飛び回りたいって想像するだろ? でも、実際に体一つで空を飛び回った経験のある人なんていないから、最初はなかなか上手くいかないものなんだ」
そういうと、創馬はちらりと哲平に視線を向けた。哲平はギクッという仕草をすると、恥ずかしそうにポリポリ頬を掻く。
「大体の人は練習していくうちに出来るようになるんだけどさ。哲平は今でも全然飛べないんだ(笑)」
「お兄ちゃんって想像力はあんまりないもんねー」
と、実の兄を指さし、ケラケラと琴音が笑った。
哲平は頼れる兄貴的な存在であり、創馬も信頼する男ではあるが、いまいちこういった娯楽には疎い部分がある。
過去に、ドリポとは全く異なるジャンルの VR―MMORPG に創馬が誘った際も、最初のモンスターを倒した段階で『ゲームの中でもタスクをこなさなきゃいけないなんて、面倒くさい』と、すぐに辞めてしまった経験を持つほどだ。
エデンではやらなければいけない事など存在しない為、気に入って続けているが、イマイチ使いこなせていない哲平を創馬がサポートしている。
「このターミナルから人の夢に入ることも出来るんだけど、まずは琴音ちゃんの夢を作ることが先かな。それが目的で哲平もバイトを頑張って、ドリポをプレゼントしたんだしね」
先程の暴露を取り繕うつもりで、哲平の努力を称賛するように創馬は言った。
琴音は先程の夢を見つめている。
「すごいね。この、星みたいに光っている一つ一つが、誰かの夢で、その中で皆の思いが形になっているんだね。こんなに沢山……」
そう言うと、勢いよく創馬に駆け寄って琴音が言う。
「お兄ちゃん!早く作りたい、私の夢!」
つい今しがたまで大人しかった少女とは思えないほど、目を輝かせる姿を見て、創馬はドリームポッドを初めて装着した日の自分を思い出していた。
不可能が存在しない自分だけの夢空間に心を踊らせ、やりたい事のイメージが滝のように溢れ出したあの日を。今でも毎晩寝るのが楽しみで、起きている時すら思案にふけってしまう。それ程創馬はこの世界に心を奪わえていた。
だから、創馬には琴音の思いが自分の事のようにわかる。
そして言った。
「作ろう。君だけの夢を!」