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セカイにきせつを咲かせよう。  作者: 吉田 樹
第十章「セカイにきせつを咲かせよう。」
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最終話「セカイにきせつを……」

「来ちゃったんだ?」


「……うん」





 それ以上、何を聞けばいいのか分からなかった。咲良の存在はきっと普通とは違う。そんなことは何となくわかっていて。でも、聞くことは出来なかった。……聞きたくなかったんだ。





 座り込んだ咲良の姿は、今にも壊れてしまいそうなほどに、脆く映った。





 怖かった。やっとつかんだはずの大事なものが、僕の前から消えてしまうような気がして。もう忘れたくない。もう離したくない。一緒にいたい。





 好きになるって、こういうことだったんだと、僕は実感したから。





「咲くことが出来なくなった桜は、いつも一人ぼっちでした」


「え?」





 でも、咲良は答え始めた。咲良の中の気持ちに。僕の中の問いに。





「そんなある日、桜の元に一人の少年が現れたのです」


「……」





 とあるお話しを咲良は静かに語りだす。





「少年は様々な悩みを持っていました。そんな辛さを緩和するために、少年は足しげく桜の元へかようようになりました」





 ちょうど六年前。僕はこの場所にふらりと迷い込んだ。





「小学生だった少年はいつのまにか高校生になりました。少年はそれでも桜の元に通うのをやめませんでした。それは、少年の心がとても傷ついてしまっていたからです」





 現実を見てもつらいことばかりだった。信じていたものはことごとく失われる。そんな毎日だった。





「少年の添え木となって、いつまでも支えていきたい。見守っていたい。そう思っていた桜の木でしたが、桜の木に残された時間はあとわずかでした」


「っ!」


「そうして、桜の木は考えました。残りの時間を少年の為に使おうと。そうして、最後の力で桜の木は少年の前へと歩み出しました」


「ちょっと、まってくれ」





 それ以上聞きたくなかった。でも、咲良は僕の言葉を聞き入れてはくれない。





「桜の木は少女として、少年の為にといろいろなことをしました。失敗してしまうこともありましたが、少年は強く成長していってくれました」


「やめてくれ」





 物語が終わるのは嫌だった。この話はきっと、





「桜の木は安心しました。ですが、寂しくなってしまいました。気づけば少年に恋をしていたのです」





 思い過ごしだ。こんなの、僕の憶測に過ぎない。





「ですが、桜の木にはタイムリミットがありました。咲いた桜が全て散るまで。それが、桜の木に残された時間だったのです」


「っ⁉」





 うそだ。違う。これは、作り話だ。お話なんだ。そんなわけない。





「成長した少年を前に、桜の木は決めました。自分が去ることは言うべきでないと。でも、少年は桜の木のことを好きになってしまっていたのです」


「まってくれ、たのむからっ!」





 この話を聞こうが聞くまいが何が変わる訳じゃない。それをわかっていても、僕は嫌だと叫ぶことしかできない。





「桜の木は迷いましたが、最後の思い出にと、少年の思い出の場所に連れて行ってもらいました。そしてその日の終わり、桜の木は少年の記憶から、自分の存在を消しました。少年を悲しませることなく、一人で消えようと考えたのです」


「……」





 心がざわついている。会えたことへの喜びはつかの間。現実から目を逸らしたくなっていく。





「ねえ、基くん」


「……」


「来ちゃったんだね」





 向けられた弱弱しくも優しい笑みに、気持ちがこみ上げて来る。もう、我慢の限界だった。





「当たり前だろ! 来るに決まってるじゃないか! ……なあ、咲良。今度の休みも一緒にでかけようよ。街に出れば、もっと面白いことが……」





 わかっていても嫌だった。





「……ごめんね」





 でも、咲良は優しかった。





「なんでだよ……なんでなんだよ!」





 いちばん辛いのが、誰かなんてわかっていた。それでも、僕は認めたくなかったんだ。この物語の結末を。





「ねえ、基くん。このお話の続き、知ってる?」


「……」





 知らない。知りたくない。ただ、咲良がここにいてくれれば、それだけでいい。





「桜の木は少年にこう思ったんだよ。周りから見たら小さくても、彼にとっては大きな自分というセカイに、移り変わるきせつのような色鮮やかさと、咲く花のような美しさをあげたいって」


「ぁっ……」





 あの日、咲良が現れるまで、僕の世界は灰色だった。何にも興味がなくて、全てを拒絶していた。何でも知っているような気になって、前を見ることをやめていた。





 でも、咲良は教えてくれた。自分という存在を。自分が求めているものを。自分だけでは理解できないものを。自分が幸せだと思えることを。咲良は教えてくれたんだ。





 だから僕は、前を向くことができた。前に進むことができた。自分に自信を持つことができた。





 気づけば、僕の世界は色づいていたんだ。





「ねえ、基くん」


「……」


「少年は、記憶が消えてしまっても、桜の木の所までやってくるんだよ。それは、なんでなんだろう?」





 そんなの、決まってる。





「大事だからだよ。桜のことが大好きで、大切だから」


「でも、悲しいよね」


「……」





 答えられなかった。いや、答えてはいけない気がした。





「私、思うんだ。桜の木がこのまま消えちゃったら、少年はまた、ふさぎ込んでしまうかもしれないって」





 心配で、辛くて、不安で、そんな気持ちに押しつぶされそうなんだろう。それでも、咲良は平静を装っている。だから、僕に残された言葉は一つだけだ。





「そんなことないよ。与えてもらったものは僕の中で生き続けるんだから。絶対に」





 僕が咲良に貰ったものはあまりにも多くて、大きかった。





「そっか……」





 安心したような、落ち着いた笑顔に、僕は涙がこらえられなかった。咲良の前では最後まで笑っているつもりだったのに。





 淡い光と共に咲良がこの世界から拒絶されていく。





 満足しているような咲良の顔は寂しさを覆い隠すための仮面であると、僕にはわかった。





「基くんは強くなったね」


「……そんなこと、ないよ」





 咲良がいなくちゃ何もできなかった。今だって、この先だって、茜や沙織、佳奈の助けなしじゃ何もできないんだよ。





「六年でこんなに大きくなっちゃうんだもん」


「……そう、かな」





 僕の成長を、ほんの少しの変化をずっと見守ってくれたんだ。つらいことがあると、いつもここに来て話していた。でも、君に聞いてもらうと少し気が楽になったんだ。





「基くんと見たかった景色、他にもあるんだよ?」


「観ようよ……一緒に」





 教えてよ。どこに行きたいのか。





「学校にも行ってみたかったな」


「……咲良」





 咲良が転校してきたら、きっと楽しいよ。





「もっと一緒にいたかったな……基くん」


「いれば、いいじゃないか。もっと一緒に、いろんなことをしようよ……」


「ありがとう」





 咲良は笑っていたけど、僕はどんな顔してるんだろう。変な顔だったら、笑われちゃうじゃないか。





「ねえ、基くん」


「……なに?」


「これからは、もっと笑って、ね?」


「っ……」





 咲良の笑顔は本当に優しくて。辛くて、苦しくて、そんな僕の姿をずっと見せて来たのだから。もっと、笑顔にならなくちゃ





「咲良っ!」





 なのに、何でだ。咲良の体が透けるようにして消えていくのを見ているだけで、涙は止まらない。笑わなきゃ、咲良に笑顔を見せなきゃならないのに。





「基くん……。ありがとう。きみは、私にとって、かけがえのない……大切な人でした」


「……僕もだよ。咲良」





 僕は咲良を抱きしめた。もう二度と離さないように強く。それでも咲良はその姿を散らし、僕が包んでいたはずの暖かさが消えていく。






――気づけば桜吹雪が舞っていた。







 舞い落ちる花びらが僕の唇に優しくふれた。柔らかくて暖かくて、とても優しかった。


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