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セカイにきせつを咲かせよう。  作者: 吉田 樹
第十章「セカイにきせつを咲かせよう。」
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Sidestory:沙織episode8

 結局、桜の木へとたどり着くことはできなかった。





 展望台からは確かに桜の木が見えたはずなのに。どんなに山を登っても、開けた場所にすら行き当らなかった。まるで、その場所自体が来訪者を拒んでいるかのようで。





 日が落ちて、探索をするのが不可能になったことで、しかたなく帰ったのだ。





 でも、気がかりだった。展望台から見えた桜はほとんど散っていた。もし、雨でも降ったら完全に散ってしまうだろうと思った。いや、強風でもだめかもしれない。基に連れられて行った時に見た立派な一本桜の面影は薄れ、ただそこに立ち続けるのがやっとであるかのように映った。





 もしかしたら、余計なことだったのかもしれない。





 咲良さんは基を悲しませたくなかったんだ。だったら、忘れたままのほうが二人は幸せなのかもしれない。





 もし、もしこのまま咲良さんが消えてしまったら、基は私を見てくれるだろうか。私の気持ちにこたえてくれるのだろうか。





 でも、そんな形で基が私を好きだと言ってくれても、そんなのはずるい。本当の気持ちがほしい。つくろったものじゃなくて、本当の想いを私に向けてほしい。





 私は言った。基は忘れないって。基は自分の大切なものをそんな簡単に忘れたりしないって。だから……





『もしもし』





 電話の向こうで眠そうな基の声がする。





「基、おはよう」





 今朝も確認したんだ。展望台から桜の木を。





「ごめんね、こんな朝早くに」





 桜はまだ花をつけている。まだ完全に散ってはいなかった。





『おはよう、沙織。どうした?』


「今、基の家の前にいるの」





 だから、まだ今なら聞けるはずだ。基の本当を。





「話したいことがあるから……茜ちゃんには聞かれたくない話」


「え?」





 そういってから基はしばらく黙ったままだった。咲良さんの意思を聞いたから、まさかとは思っていたけど……。





『少し待ってて』





 慌てた声が聞こえてきた。やっぱり、今の基は私のことが好きだと思っているんだ。





「ごめんね、基」





 玄関を開けて出てきた基に、つい謝罪を述べてしまう。謝っておきたかった。私が今からすることを。まるで、基を試すようなこの行為を。





「それで、話って?」


「えと……その……」





 基も緊張しているようで、この雰囲気がどうにも耐えられない。決めてはいた。今、言わなきゃきっともう二度とこの言葉を発することができなくなる気がしたから。





 自分をだまして咲良さんを裏切ったかのように、基に嘘をつき続けることはできないから。だから、





「私は、基のことが好き」





 それだけの言葉を伝えることが、こんなにも勇気のいることだったなんて思わなかった。





「あ……」





 恥ずかしそうに、でも嬉しそうに基は目線をそらした。そして、口を開きかけたとき、その表情は曇っていった。





 言えないんだ。どんなに咲良さんのことを忘れていても。大切なあの場所のことを忘れていても、自分の本当の気持ちに嘘はつけないんだ。





「……よかった」


「え?」





 基は忘れない。基は咲良さんが何よりも大切だから……忘れないんだよ。





「基。……会わなきゃいけないと、そう思っているんじゃない?」


「え……」





 まるで期待がなかったわけではない。もしかしたら、私の気持ちにこたえてくれるかもしれない。そう思っていた面もあった。ここで、私の思いにこたえるようなら、咲良さんへの思いはその程度だったって、私は自分自身に言い訳をするつもりだった。





 でも、そうはならなかった。つらい。なんで私がほかならぬ私自身を追い詰めるような行為をしなきゃならないのか。わからない。





 でも、ここで思い出せないような男だったら、そもそも私は基のことを好きでい続けなかっただろう。基がこういう人だから、私は基に恋をしたのだ。





「桜の木……」





 基はつぶやいた。





「そうだよ」





 これ以上余計なことを言うと、涙があふれてきそうだった。





「でも、まだ何も思い出せないんだ。どんな人なのかも、どんな話をしたのかも。だけど、張り裂けそうに心が辛いんだ。このままじゃ、大切なものが消えてしまう気がして」


「うん」





 きっと、基の中で答えは出ていたんだと思う。忘れてしまっても感じてしまうほど、咲良さんの存在は基にとって大きかったんだろうから。





「昨日行った小さな山。あそこのどこかに、咲良さんはいる。まだ間に合うから。だから行って、基」


「沙織……」





 私の言葉に基は微妙な表情を見せる。きっとわかってしまったんだろう。私がどうして今、気持ちを伝えたのか。





「基。がんばって」





 なら、私がもう一度背中を押してあげればいい。迷っている時間はないんだから。





「……うん」





 基が私の横を通り抜け去っていく。





 もう、限界だった。


 あふれる涙は止まらない。悲しかった。つらかった。でも、私が基のために今、できるだけのことをしてあげられた。今は、それでいいはずなのに、なのに……





「沙織」


「え?」





 行ったはずの基に声をかけられつい、振り向いてしまった。泣き顔を見られてしまった。送り出した人間が、そのことで傷ついている。そんな姿を見せてしまってはいけない。





 わかっているのに、今すぐにでも基に戻ってきてほしい。咲良さんの所に行くのはやめて、このまま私を抱きしめてほしい。そう思っていたのに





「ありがとう」





 基はそれだけ言うと走り去っていった。





 でも、きっとそれが正解なんだ。私のことを考えて立ち止まってくれた。今は、それだけでいい。





「……ふられ、ちゃったな」






 そんなつぶやきは小鳥のさえずりによってかき消される。けど、基への思いまでかき消してはくれなかった。


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