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セカイにきせつを咲かせよう。  作者: 吉田 樹
第十章「セカイにきせつを咲かせよう。」
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第3話「さくら、サクラ、咲良、桜」

「咲良……なのか?」





 その日、いくら考えても答えはでなかった。


前に進むことは決まっている。でも、それが本当に正しい判断なのかがわからない。


 動いてみなければわからないことなんだろう。きっと、ここに答えはないし自覚することもできない。必要なのは勇気と覚悟。僕にたらない、気持ちの強さ。





 気付けば寝てしまっていて、僕は不思議な夢を見ていた。





 山の中腹に一本、満開の桜の木がたたずんでいて、そこに一人の少女が立っていた。





「おはよう。基くん」





 その少女は僕のことを知っているようで、無邪気な笑顔を向けてくる。それに僕も





「おはよう」





 とかえした。すると、その少女は笑顔のまま言った。





「私は……」





 君は誰なのか。その答えを聞けぬまま僕は目を覚ました。携帯電話の着信音が鳴っている。僕をおこした犯人はこいつらしい。夢にオチを求めるのは野暮だとわかっているものの、なんとなくいらいらしながら着信に応じた。





「もしもし」


『基、おはよう。ごめんね、こんな朝早くに』





 一瞬耳を疑った。沙織が僕に電話だなんて、珍しいにもほどがある。だいたい、日が昇り始めた直後、こんな早朝に掛けてくるなんて、非常識なことをするぐらいだ。きっと余程の用事なのだろう。





「おはよう、沙織。どうした?」


『いま、基の家の前にいるの。話したいことがあるから……茜ちゃんには聞かれたくない話』


「え?」





 一瞬僕の心が飛び跳ねたかのようだった。聞かれたくない話。そう聞いて、連想するのは告白の二文字。つい、期待がふくらんでしまう。でも、それと同時に僕の心はざわつき始めていた。





「少し待ってて」





 それだけ言って電話を切ると、即座に着替えを始める。制服でいいだろう。ブレザーとネクタイはいいとして、ワイシャツとスラックスを着用すると、茜に気付かれないようこっそりと玄関まで向かった。





「ごめんね、基」


「いや」





 玄関を開けると、そこに沙織はいた。





「それで、話って?」


「えと……その……」





 頬を赤らめながら躊躇するさまは、今にも気持ちを伝えんとしているようにも見える。





 いや、僕にはそうとしか見えなかった。





 期待と共に沙織の言葉を待つ永遠のような数秒が過ぎ、





「私は、基のことが好き」


「あ……」





 嬉しかった。好きな人と気持ちが通じ合うというのはこんなにも……こんなにも、なんだ。





「……」





 僕も好き……。なぜだ。喉元まできているのに、何でその一言が言えない。僕は沙織のことが好きで、奈央の気持ちを断ったんだ。なのに、なんでだ。こんなにも僕は臆病だったのか。いや、違う。心が否定する。僕にとって大切な人間は他にいるとでもいうように。





「……よかった」


「え?」





 不意に沙織は口を開いた。でも、その言辞と違い、表情はとても寂しそうで。思い出すのは昨日見た夢。夢に出てきた少女も、こんなふうに寂しそうな笑顔で僕を見ていた気がする。





「基。……会わなきゃいけないと、そう思っているんじゃない?」


「え……」





 咲良。昨日見た夢の少女と、咲良という人物がリンクする。会わなきゃいけない。行かなきゃいけない。





「桜の木……」





 あの場所へ。





「そうだよ」


「でも、まだ何も思い出せないんだ。どんな人なのかも、どんな話をしたのかも。だけど、張り裂けそうに心が辛いんだ。このままじゃ、大切なものが消えてしまう気がして」


「うん」





 答えはとっくに出ていた。本当の自分が、心が、足りない穴を埋めようとしている。自分にとってかけがえない存在を探し求めて。





「昨日行った小さな山。あそこのどこかに、咲良さんはいる。まだ間に合うから。だから行って、基」


「沙織……」





 さっきの告白は僕を焚き付ける為の言葉だったのだろうか。いや、違う。沙織の顔も、言葉も、本気のものだった。でも、沙織は僕の為に、僕の気持ちを試したんだ。そして、気づかせてくれた。考えても出なかった答えを、本当の心がどう言っているのかを。





「基。がんばって」


「……うん」





 僕はそのままその場を去ろうとした。でも、道へ出てすぐに足が止まる。背後にいる沙織が、今、どんな顔をしているのか。





 思い出すのは茜の時、泣いている沙織を追いかけることが出来なかったということ。奈央の時だって、僕は人の気持ちを考えてもいなかった。これ以上、同じ過ちは繰り返せない。なにしろ、このまま沙織をほおっておくことは出来なかった。





「沙織」


「え?」





 振り返ると、沙織は涙を流し立っていた。静かだが、伝わる思いは寂しさと悲しさ。それでも、自分に誇りを持った、そんな美しい笑顔で僕のことを見ていた。





「ありがとう」





 未熟な僕に今言える言葉なんて、このぐらいだった。涙があふれる沙織の顔からすぐに目を逸らし、僕は走り出した。





 通学路を行き、細道へ入る。ここにくるのは二度目のはずなのに懐かしささえ感じた。道はない。でも、上るしかなかった。


 僕は、行かなきゃいけないから。






――逃げないで。目の前にどんなものが見えたとしても逃げちゃダメ。守りの行動は自身を衰退させるだけ。それは成長という偽りを語ることになる。






 いつか誰かがそう言った。だから僕は逃げるのをやめた。今だってそうだ。逃げたくない。何から逃げても、自分自身からだけは、絶対に逃げたくない。現実から、目を背けるなんてもう、こりごりなんだよ。






――基君のそれは偽善。単なる自己満足だよ。自分自身が安心するための防衛行為に過ぎない。






 その言葉は、僕の心に大きく突き刺さって。だから、自分を見つめなおすことができたんだ。自分はちっぽけな個人だから、全てを守るヒーローになんてなれない。でも、誇れる自分になりたいと思ったんだ。






――思い込むことは何にも生まない。だから、一人で考えちゃダメだよ。わかった?






 でも、僕は自分のことしか見えてなかった。ちゃんと向き合うことができなかった。だから、人の気持ちを必死に考えたんだ。考えないと何も生まれない。自分勝手な、一方通行の気持ちが相手に伝わることなんてなかった。






――私は、基くんのことを、大切に思っています。






 彼女のことは覚えていないはずなのに、なのに、その言葉だけは覚えている。夢でも見たのかと思っていた。思い込みだと思っていた。……でも、違うのなら。頼むよ、会わせてくれ。また、僕の前で笑ってくれよ。なあ、頼むよ。頼むよ……






「咲良ぁっ!」






「……基くん」


「ぁっ……ぁぁっ……」





 言葉にならない声が漏れた。そこに彼女はいた。そのほとんどが散ってしまった桜の木の根元に座り込んでいた。いつもと違う光景。でも、間違いない。目の前にいるその人は、僕にとってかけがえのない存在だ。





「咲良っ!」





 忘れていたことが嘘のようだった。駆け寄ると、彼女は優しい笑顔で見上げてきた。






「来ちゃったんだ?」


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