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セカイにきせつを咲かせよう。  作者: 吉田 樹
第十章「セカイにきせつを咲かせよう。」
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第1話「微かに残る心」

「うん、ぜひ来て。その時は咲良さんも一緒に」


「咲良?」





 誰だろう、咲良って。





「日程は確か……」





 ふとした疑問も解消されないまま沙織の言葉を遮るように予鈴が鳴った。





「あっと、じゃあ基、またね」


「うん」





 咲良。そんな名前、聞いたこともない。沙織の知り合いなのだろうか。でも、沙織の口ぶりからは僕の知人であるようにも聞こえたけど。





「咲良……」





 いくら思い出そうとしても思い出せない。苗字なのか、名前なのかさえわからない。でも、思い出さなきゃいけないような、そんな気がした。






***






 午後の授業が終わると、僕は一番に教室を出た。茜に買い物を頼まれていたので、商店街に買出しへ行かなければならなかったのだが、今朝沙織が言っていた咲良という人物のことが気になって仕方がなかったのだ。自分で言うのも変な話だが、僕は人にあまり関心がない。なのに、その名前だけは頭から離れなかった。





 部活に向かう生徒に紛れると沙織を見つけるのが困難になりそうだったので、少し開けた昇降口に移動して待つことにしたのだが。





「あ、基先輩」


「奈央」





 後ろから呼ばれて振り返ると、そこには笑顔で奈央が立っていた。





「誰か待っているんですか?」


「うん」


「そうですか。あ、あの」


「なに?」


「告白はうまくいきましたか?」





 聞きにくそうにおずおずとした奈央だったが、意を決したように聞いて来た。一瞬何の話だったかわからなかったが。そうだ、僕は奈央の告白を断ったんだ。その理由は……好きな人がいるから。〝秋本沙織〟が好きだから。





「なかなか勇気が出なくてさ、まだ告白は出来ていないんだ」


「そうだったんですか。すいません、変なこと聞いちゃって」


「いいや」





 嘘は言っていないはずなのに、なぜだろうか。告白をしていない。そう言ったとき、僕の胸が変にうずいた。





「それでは、私は部活があるので失礼します」


「うん」





 礼儀正しくお辞儀をして去っていく奈央を見送る。奈央に僕の気持ちを告げた時、大きな決心をしていたはずだった。なのに、僕はまだ何も出来ていない。情けないな。





「基ってああいう娘が好みなんだ」


「うぉっ」





 気づけば隣に沙織の姿が。いつからいたのだろうか。





「驚かせないでよ」


「いや、だって。私はてっきり……咲良さんのことが好きなんだと、思ってたから」





 ためらいがちに、おそるおそると沙織はそんなことを言う。僕と咲良という女性はそんなに親しかったのか。なら、何で僕は覚えていないんだ。





「ねえ、沙織」


「何?」


「ずっと聞きたかったんだけど、咲良ってどの人だろう? 僕の知り合いなんだよね?」


「……なに、言ってるの?」





 とたん、沙織の表情が驚愕にかわる。まるで、信じられないものでも見たかのように。





「どうしたんだよ、沙織」


「基が私に紹介したんじゃない!」


「え、ちょっとどうしたって……」





 血相を変え、大声で言い放つ沙織。もう、僕には何が何だかわからなかった。





「桜の木は⁉ 覚えていないの?」





 桜の木。それを知らない日本人がはたしているだろうか。





「桜の木は知ってるよ。日本にはいくらでもあるじゃないか」


「そんな……なんで……」





 もう、本当にどうしたというのだろう。今にも卒倒しそうな沙織を目の前に、僕はどうしたらいいものかと考える。とにかく、まずは落ち着いてもらって、冷静に話を聞こう。





「なあ、沙織。悪い夢でも見たんじゃないかな? 一度保健室にでも……」


「違うっ!」





 だめだ。僕の言葉はとどかないし、こんなことをやっていれば、いやでも目立ってしまう。沙織の為にもここを早く離れるべきなんだろうが、どう言うのが有効だろうか。





「基」


「なに?」


「ちょっと来なさい!」


「おいっ!」





 唐突に僕の腕をつかんだ沙織はそのまま学校外へ。図らずも移動には成功したのだが、いったい僕をどこへ連れて行こうというのだろうか。





 生まれて此の方、筋トレはおろかスポーツ一つにも打ち込んだことのない僕が、沙織の力に敵う訳もなく、ただ引きずられるように後をついていく。通学路の坂を下りきると、すぐ横の細道へ入っていき、山の斜面に突き当たって止まった。





「うそ……なんで?」


「え?」





 途端、沙織はその斜面に何かがあったとでもいうように必死に探りだす。





「本当にどうしたんだよ、沙織? 今日、おかしいよ」


「違う! 何でよ、何で基は何とも思わないの? ここに来ても、この場所を見ても何も違和感を感じないの⁉」


「……本当にどうしたんだよ」





 これ以上付き合っていられない。何があったのかはわからないが、きっと辛いことでもあったんだろう。





「沙織。悩みがあるなら相談に……」


「そんな、もしかして……」


「沙織?」





 僕の言葉を無視し、一目散に駆けていく沙織の後姿を目で追う。この場所が何なのかは皆目見当つかなかったが、ここにいても何がある訳でもない。





「帰るか」





 沙織の様子は気になったものの、どこに行ったのかもわからない上、今話しても埒が明かない気がする。時の流れが解決することもあるはずだ。






――時間の流れは人を変化させる。数々の経験をつみ傷を負い、新たな自分へと変わるんだよ。






「ん?」





 なんだろう。そんな言葉をどこかで聞いた気がする。とても大事な言葉だった気がするのに、思い出すことが出来ない。何か、偉人の言葉だっただろうか。





 こういう時は必死に考えても答えは出ないものだ。そう思い直し、僕は通学路へ。いつものようにわが家へと帰宅した。





「ただいま」


「お帰り。お兄……買いものは?」





 出迎えてくれた茜は、僕がカバン以外を持っていないことに気付き睨んでくる。そういえばそうだった。沙織の異常行動を目の前にしてすっかり忘れていた。





「ごめん、茜。忘れてた」


「はあ、今日もよってたんでしょ? まったく、早く行って来る!」


「あ、うん」





 半ば締め出されるように僕は家を出る。そこでふと気になった。今日もよっていたとは、どこのことだろう。そんなしょっちゅう僕は寄り道をしていただろうか。





「帰ったら聞いてみるか」





 このまま手ぶらで戻っても怒鳴られるのが関の山だろう。





 商店街へと向かう道すがら、沙織の姿を探しつつ進んだ。もう、学校に戻って部活でもしているのかもしれないが、今日の様子は尋常じゃなかったし、気になってしまっていた。





 ただ、そう都合よく見つかるものでもなく、気付けば商店街についていた。





「さてと」





 取り敢えず頼まれたものを片っ端から購入していく。買い物は好きじゃないし、早く帰りたいのだ。





 少し面倒だなと思い始めていると、とある店が僕の目に留まった。





 何ということはない定食屋。こんな田舎にあるのだから小さくて古臭い。僕も何度か来たことがあるが、別段思い出はないはずだ。なのに、なぜだろう。つい最近、何か大事な出来事があった気がする。でも、思い出せない。





「咲良……」





 その名前の女性も思い出せない。何か、関係があるのだろうか。いや、咲良という女性の存在は、沙織の思い込みである可能性が高い。でも、そう言いきることが出来ない自分がいる。






 ……咲良とは誰なんだろうか。


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