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セカイにきせつを咲かせよう。  作者: 吉田 樹
第八章「気づいた答え」
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第2話「見えないモノ」

 月明かりに照らされた桜の幻想的な姿は、彼女を飾る装飾のようで、昼間の太陽よりも眩しかった。





「失敗したんだ?」


「……」





 無意識の内に僕は桜の元へと足を運んでしまっていたらしい。それに気づいた時、それ以上踏み出すことが出来なくて。ただ、呆然と立ち尽くしてしまう。





「何て言えばいいのか、わからなかったんだ。奈央のこと、傷つけたくなかった、なのに……」





 悔しくて、つらくて、苦しくて。だけど涙はこぼれない。自分が嫌で仕方ないのに、彼女の顔色ばかりを窺ってしまう。





「恋は理屈じゃないんだよ。恋というのは人間の根底的感情の一つ。そして、もっとも難しく、そして簡単でもある本能」





 彼女の言葉がどこか冷たく感じて、そのことが気になって仕方ない。





「恋、したことあるの?」





 なぜだろう。そんな言葉が口から洩れてしまった。





「……うん」


「……」





 帰ってきた答えは肯定なのに寂しそうで、昨日見せた顔とどこか似ている気がした。





「でも、恋は叶うとは限らない。相手が大切で愛おしくて、その人のことをつい考えてしまって。でも、それが必ずしも正しい結果を生むとは限らない。所詮、自己満足。なのに、その感情は相手に押し付けないと気が済まないものなんだよ。だから、苦しくて仕方なくなる」


「……」





 奈央はきっと、ずっと苦しんでいたんだ。自分の気持ちが膨れ上がっていくのに、僕が離れていくような気がして。だから、意を決して告白したんだ。





 告白。それは、自分の感情を相手に押し付けて、それを理解してもらおうとする傲慢な行為。でも、だからこそ、それをするのには勇気がいるし、答えだって受け止める覚悟をしているんだ。なのに、僕は奈央の気持ちを踏みにじった。奈央の勇気を無為にしてしまった。





 自分が勇気をだせなかったから。我儘で勝手な気持ちを、ただ自らが苦しまない為にぶつけてしまったんだ。答えをあげるべきだったはずなのに。だけど、その答えってなんだろうか。





「基くん。まず、自分の気持ちを自覚しなきゃダメ。君が一番に影響を受け、ふと考えてしまうような相手。それがいるのなら、きっとそれが答えになる。そうでなくても、自分の気持ちを自分自身が理解して。それからじゃないと、きっと何も始まらないから」


「……」





 なぜだろう。恋愛というものを突き付けられてから、何かが変だ。奈央に告白されて、でもそれに対する気持ちは好きとか嫌いとかそんな単純な感情じゃなくて。心のどこかで何かがつっかえているような、そんな感覚。向き合わなければならない。自分自身と。自らの心と。





「茜さんも心配してるよ。そろそろ帰った方がいい」


「……うん」





 その日、別れの言葉はなかった。彼女はただ、笑顔で僕を見送ってくれる。必要以上に詮索せずに、的確なアドバイスをくれる。そんな彼女の存在は、僕の中ではやっぱり大きくて。もっと踏み込んできてほしい。そんなことを考えていた。





 獣道をぬけると、街灯一つない田舎道は真っ暗で、僕の心みたいだった。茜のことが上手くいって、いい気になっていたんだろう。だからまた、僕は失敗をしてしまったんだ。





 ほのかな月明かりに照らされながら夜道を行く。自分を知らなきゃならない。なのに、どうしてもわからない。いや、無意識の内に理解することを諦めている。こんなにも僕は未熟だったのか。





「……なんでだよ」





 僕は、何も知らなすぎる。





 住宅街の明かりに吸い寄せられるように、僕の足は頼りなく進んでいく。


 自宅の前まで来ても、何も考えられない。自らの中にある、このもやもやしたものを取り払いたくて。





 それは結局、自分のことを考えているだけだとわかった。





 奈央の気持ちを考えている訳じゃないんだ。そんなのただの建前で、自分を納得させようとしていただけで。


 でも、ならそんな逃げをこれ以上続けていても仕方がない。向き合わなければいけないんだ。自分が本当に納得するために。それが、結果的に奈央の気持ちにこたえることになるはずだから。





「お兄、お帰り……なにかあったの?」


「……少し、一人で考えさせてくれ」





 帰宅した僕を見るや、茜は顔色を変えた。もう、自分一人では何も考えきれなくて。それで、彼女の言葉を聞きに行ってしまった。でも、これ以上人に頼るのはきっと違うはずだ。だから。





「きっと、これは僕が一人で考えて、答えをだすべきことだから」


「……そっか」


「答えが出たら、聞いてくれるか?」


「……うん」





 自分の心すら定まらないまま、僕は自室へと重い足取りで向かう。答えがそう簡単にでるものじゃないことなんて、もう理解している。でも、それをださなければならないことも、理解していた。





 自室のベッドに寝転がりながらいくら思考を巡らせても、答えはでてこない。きっと、答えはもう自分の中にあるんだ。それを見つけることが出来るかどうか。自分を見つめなおすことが出来るのか。





 それはとても大切で、誰もに求められることで。でも、それがとても難しいことだと知ったから。ゆっくり、自分を紐解いていく。時間はなくても、ゆっくりと冷静に。





「僕は……」





 誰かを好きになったことなんてない。でも、何でだろう。奈央に告白されて、それを受けることは決して考えていなかった。好きだとか、嫌いだとか、嬉しかったとか、そういうものじゃない。どうしたらいいのか。どうしたら穏便に断れるのか。そんなことばかり考えていた気がする。その時、僕は何を考えていたんだ。僕の心はどこにあったんだ。





 今もまた考えているはずだ。心のどこかで期待して、思いが伝わらなくて、苦しくて。それでも、また自分の心をただ押し付けようとし続けてる。





 〝自分の気持ちを自覚しなきゃダメ〟自覚出来たら苦労はしないんだ。一番に影響を受け、ふと考えてしまうような相手。そんなの分からない。





 彼女にはそんな人がいるんだろうか。僕はどうして彼女の元に行き、彼女はなぜあんなふうに言ったのか。





 いや、違うか。僕は彼女になんて言ってほしかったんだろう。





 僕がこうして変わる切っ掛けも彼女だった。いじめを解決しようと思ったのも、その前だって……。そうだ。変わろうと思った、変わろうと思えたその時から、僕は彼女のことを、咲良のことばかりをみていた。いつも追いかけていた。認めてもらいたくて。弱い自分を見せるのが嫌で。自分はやれば出来るんだと咲良に思って欲しかった。





 この気持ちは何なのだろうか。憧れ、尊敬、崇拝。いや、きっとどれも違うんだ。





 奈央と出かけた時に、僕は誰のことを考えていたのか。咲良だ。





 最初に会った時、思った。とても大切な人である気がすると。咲良を見てそう感


じたんだ。もっと前から知っていて、僕にとっては、とても大きな存在である気がしてならなかった。





 きっと、そんなのは気のせいだ。でも、咲良は僕の心を大きく動かしたんだ。そしてきっと、それが答えなんだ。





「そっか……」





 静かな夜。一人、部屋で呟くと声がどこかに溶けて消えそうで、少し怖かった。これはきっと、決意じゃない。自覚だから。でもそれは、決意するよりも辛くて重いことだから。いっそ言葉と共にこの気持ちも消えてしまえばいいと思った。





 自覚したその気持ちは心をかき乱す様で、きっと決意が必要だから。





 でも、もう心は決まった。





 リビングへ降りていくと、茜が一人座って待っていた。





「お兄。答えは出たんだよね?」


「うん」





 僕の返事に元気よく立ち上がって答え、





「今、夕飯出すから。ちょっと待ってて」


「あ、うん」





 どうやら、一人で食べずに僕を待っていたらしい。台所に立つ茜と入れ替わりで、僕はダイニングテーブル席へと腰かけた。





「奈央先輩のこと、ふったの?」


「いや……」


「そっか」





 これだけのやり取りで全てを察したのだろう。お皿にご飯とカレーをよそい、こちらへと運んできたとき、茜の顔はいつも通りだった。





「自分が逃げる為に酷いこと言ったんだ。断る勇気がなかったから、相手に断念させようとしたんだ」


「そっか」


「ダメだね、僕は」





 カレーに手を付けるような余裕すらまだなかった。結局こうやって茜に話しているのは何かヒントが欲しいからなのだと、僕自身わかっていたから。





「いただきますっ!」


「え?」





 そんな僕の様子など関係ないとでもいうように、茜はカレーを口に運んだ。





「答えはお兄の気持ちだけ。違う?」


「……そうだな。そうだった」





 まだ気持ちに揺らぎがあったのだろうか。心は逃げ場を探していたんだ。





「いただきます。茜」


「どうぞ」






 そのカレーの味は、今までに食べた中でも格別においしかった。心にしみわたるような、そんなスパイスが効いていた。


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