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セカイにきせつを咲かせよう。  作者: 吉田 樹
第七章「恋は思案の外」
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第1話「ここにいる」

「お兄、おはよう」





 その日の朝は寝覚めが良かった。最近、妙にバタバタしていてゆっくりと寝ていなかったからかもしれない。制服に着替えてリビングへ行くと、茜が朝食を作りながら笑顔で出迎えてくれた。





「おはよう、茜」





 少し前は挨拶を交わすことさえ考えられなかった。そんな兄弟関係だった。茜の挨拶を毎朝聞いていたのは確かだが、僕がそれに返答するようになったのは、ほんの一週間まえの話である。





「お兄、今日、買い物してきてくれる?」


「あ、うん」


「それと、夕飯も任せるから」


「え?」


「頼ってるんだから、シャキッと返事してよね、もう」


「ごめん、ごめん」





 正直言って、上下関係はあまり変化がないような気はする。それでも、茜の接し方が前と変わったことは感じられた。前はまるで、親子みたいだったから。





「ご飯作るの手伝おうか?」


「いいよ、すぐできるから。座って待ってて」


「うん」





 お言葉に甘えて、腰を掛けてリビングで待つことに。


 すぐ、というのは本当だったらしく、五分足らずでパン、ベーコンエッグ、スープにサラダという豪華な朝食が顔をそろえた。





「いただきます」


「召し上がれ」





 熱々のベーコンエッグと、焼き立てパンに舌鼓をうっていると、向かいに座る茜の箸がすすんでいないことに気付き、僕の手も止まる。





「どうした? 茜」


「ありがとね、お兄」


「え?」





 急な言葉に僕はどう反応していいのかわからなかった。





「私、本当はお兄に甘えていたんだなって思ってさ。だから、お兄には感謝してる。お兄を見習って私も変わる努力をするよ」


「……そっか」





 たいして成長したわけでもなくて、まだまだなのに、感謝されて、見習うとまで言われて、どうにもむずがゆかった。





「それに、沙織さんに酷いこと言っちゃった。今度、謝らないと。お兄からもそれとなく言っといてくれる?」


「わかったよ。でも、沙織はしっかりしているから、自分から謝りにでもきそうだけど」


「それでもやっぱり、謝るのは大事だから」


「そっか」





 今は茜の為に出来るだけのことはしてあげたい。それに、昨日のことを僕自身も謝る必要があると思った。





「そういえば、やっぱりまだ桜の所には行ってるの?」


「うん」





 そうだった。彼女にもちゃんと報告しなければ。





「私も行ってみたかったな。桜が咲いている内に」


「来ればいいじゃないか。まだ桜咲いてるし」


「……え?」





 茜の顔が固まる。何だろうこの反応は。





「何言ってるの、お兄。あの桜が満開だったのって、一週間前のはなしだよ?」


「……」





 確かにそうだ。





「今は、どの桜も咲いていないよ?」





 桜はそんなに長く咲き続けるものじゃない。でも、あの桜が咲いていることは間違いないはずで。でも、そんなの。





「お兄?」





 僕は気づいたら立ち上がっていた。





「ごめん。行かなきゃ」





 今行かなきゃ彼女に二度と会えないような、そんな気がして。





「ちょっと待ってよ! お兄!」





 茜の静止で僕の心が落ち着くことはなく、はやる気持ちがただ僕を突き動かした。





 家を飛び出していつもの通学路を全速力でかけていく。まばらに生徒の姿があったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。学校へと続く坂の手前でいつもの細道にそれる。通学路に点在していた桜の木にはすでに緑が生い茂っていて、色あせた桜が残っている場所の方がまれだった。





 獣道を上る足に力が入る。その先にあるものが見たいような、それでも見たくないような、複雑な感情。茜のこととか、いろいろなことを考えている内に、桜の状態に気付かないなんて。 





 僕はどれだけ抜けているんだ。でも、上り切った先に彼女はいる。そう信じたい。ただ、訳もなく、期待していた。





「おはよう、基くん。どうしたの? そんなに焦って」


「……よかった」





 そこに彼女はいた。いつものように純白のワンピース姿で。


 でも、そこに燦然と咲き誇る桜の姿が、異常なものとして映った。





「なんで、この桜はこんなに咲いているんだ?」





 そんなの誰にもわからない。でも、なぜだか彼女なら知っているような気がした。





「今まで咲くことが出来なかった桜は、最後に花をつける」


「え?」


「5年前に読んだんだよ。そんなお話を」





 遠くを見つめるような彼女の目には、いったい何が写っているのだろうか。それはまるで、僕がたどり着くことの出来ない遥か彼方を見据えているようで。





 少しだけ、怖くなった。





「お兄!」


「……茜」





 僕の後を追ってやってきたのだろうか。肩で息をしながら、茜は僕の後ろにかろうじて立っていた。





「初めまして」


「え……」





 彼女の笑顔に圧倒されるかのように。違う世界に引き込まれるような、茜はそんな顔をしていた。





「きれい……」





 それは、桜に対してのものなのか彼女に対しての言葉か、はたまた両方か。沙織の時も思ったが、彼女だけでなくこの場所に何か魅力があるのかもしれない。かくいう僕自身も、この場所に魅了された者の一人だ。





「あなたは、基くんの妹さんでいいのかな?」


「あ、はい。桐原茜です。初めまして」


「はじめまして。私の名前は咲良」





 今日の彼女は僕を招かずに、自ら歩み寄ってくる。





「お兄、この人は?」





 やはり疑問であったのだろう。茜は小声で訪ねてきた。





「僕の……大事な人」


「え⁉」


「あ、いや」





 今の言い方は、少し語弊があったか。





「茜さん。あなたがカギだったんだね」


「え?」





 僕の横を素通りして、茜の前でニッコリ笑った。何となく、癪に障った。だからだろうか、つい話しに割って入りたくなってしまったのは。





「僕、うまくやれたかな?」


「基くん。それは、もうわかっているんでしょ?」


「うん」





 そうだ。それに、彼女に聞くのは違ったか。





「茜さん」


「はいっ」


「最初はとても肝心。これからうまくいくかどうかの重要なファクターになるから。けど、これからの出来事が楽という訳じゃない。でも、きっと大丈夫。あとは基くんしだいだから」


「……はい」





 ほっとしたような茜の笑顔に僕はまた、安心させられる。茜はこうして、僕の心を癒すのだ。





「基くん」


「なに?」





 いつもよりも柔和な笑顔。それがきっと、彼女の求めていた答えにたどり着いた証。





「基くんが乗り越えなきゃならない壁は、これで終わりじゃない。思い込むことは何にも生まないから。だから、一人で考えちゃダメだよ。わかった?」


「うん」





 そうだ。まだ、僕はほんの小さな一歩を踏み出しただけ。これで満足していたら、進歩はないんだ。





「あの、咲良さん」


「なに?」


「なんでこの桜は、こんなに咲いていられるんでしょうか?」





 さっき僕がしたのと同じ質問。だけど、





「まだ咲いてなければならない理由があるんじゃないかな、きっと」





 その答えは違うようで、同じ答えなんじゃないかと、そう感じた。





「そういえば、基くんに茜さん。二人は学校あるんじゃない?」


「え?」


「あ」





 この状態にこの時間。これがデジャヴというやつだろう。





「またくるよ!」


「すいません、失礼しますっ!」


「うん。またね」


「ほらお兄、急いで!」


「わかってる!」






 こんなふうに茜に急かされながら獣道を下るのも、新鮮でなんだかいいな、なんて呑気に考えていたりした。


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