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セカイにきせつを咲かせよう。  作者: 吉田 樹
第五章「僕の心と君の気持ち」
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第4話「行動と結果」

 自分で鍵を開けて帰宅する。それはやはり違和感があって、無意識に茜の笑顔を思い出してしまう。玄関に茜の靴はあった。





「……」





 あまりにも静まり返っていて何か言葉を発することさえも躊躇ってしまう。逆に、もし僕が何かを言ったとして茜がそれに答えたとしたら。拒絶されなかったとしたら。





 きっと、僕はただ流されてしまうだろう。茜に逃げてしまうだろう。





 自室へ向かう途中、廊下からリビングを覗くと、そこには夕飯が用意されていた。別段早く帰ってきたつもりもないが、遅かったという程でもない、そんな時間。窓からは黄金色の光が差し込んできている。





「なんだよ……」





 あまりにも僕が間抜けに映る。僕にとっては、いや誰から見ても、僕は力の足らないただの間抜けだ。





 茜は夕飯を食べただろうか。いや、きっと食べていない。使用した形跡のない茜の箸と茶碗。ほのかに熱の残った夕飯がそう告げていた。


 僕一人で食べるのは気がすすまなかったが、今の茜が作ってくれたんだと思うと、食べずにはいられなくなった。





 ご飯を食べるということが、これ程までに空しく感じたのはこれが初めてだった。のどを飯が通る感覚。次第に増していく満腹感。舌は美味しいと言っていたような気もするが、僕は何の味も感じ取ることは出来なかった。





 食べ終えた食器を洗い、今日もまた茜の夕飯を作っていく。おにぎりと簡単なおかずを添えて部屋の前においた。室内から感じられる誰もいないかのような物悲しさが、僕の口を閉ざす。無言でおいていって、食べてくれるかは分からない。それでも、何も言えずに僕は自室へ逃げ込みベッドに寝転がった。





 どうしたらいいのか。いくら考えても答えが出て来ることはなかった。彼女に言った策なんて、本当は何もない。考えて出てくるような頭もない。ただ、自分の気持ちを整理して身構えるだけ。何をされても、何を言われても真っ向から戦えるように。





 坂本千秋が考えていること。茜が考えていること。それはきっと対極にある。そして、今僕が理解できる可能性が高いのは坂本千秋の考えだ。全て理解できるわけじゃない。僕は坂本千秋を異常だと思った。でも、きっと本質は僕と同じな気がしたから。





 僕はずっと一人だと思っていた。一人でいいと思っていた。一人で何でもしているのだと思い込んでいた。





 でも、実際は違った。





 いつも誰かに支えられていた。いつも誰かに甘えていた。頼っていた。心のどこかで当てにしていた。





 でも、茜はきっとそういうことが出来ない。





 誰かに頼ってもらえなければ、自分自身があまりにも小さく見えてしまうんだ。でも、いつも周囲を見続けて、自分よりも輪を大切にした。だから自分は弱いと思い込んでしまった。できた妹という自分の姿に頼られていると実感することで安心していた。集団の一員でなくても価値があるんだと。集団の一員でなくても価値があるんだと。





 僕はいままで何も見ていなかったから。だから、茜の気持ちを少しでも理解したい。





 これは極端かもしれない。いじめにふれれば集団の世界がどんなものかわかるなんて、単純で早計な考えかもしれない。でも、悪意のこもった言葉と行動を、その影響を身をもって感じなければ、自分のしたことの重さすら理解できないだろう。





 正しいと暗示をかけて行った行為がいったいどんな結果を成したのか。僕はまだ自分のことすら満足に知らないのだ。





「ん?」





 僕の携帯電話がバイブレーションと共に着信をつげた。妹以外からかかって来たものなんてこのあいだのいじめの件くらいだったと記憶している。ディスプレイに名前も表示されないが、妹と沙織と自宅の番号しか電話帳に登録していないので当然と言えた。





「もしもし」





 上体をおこして応じると、予想外の声が耳をつんざいた。





『先輩の恩知らずーっ!』





 そして、きれた。こんな礼儀知らずな電話をかけてくるやつなど間違いようもない。


 改めてバイブレーション。ディスプレイに表示されているのはさっきと同じナンバーだ。





「なんだよ、佳奈」


『うげっ。名乗ってもいないのに誰だかわかるなんて、さすが先輩です。合法でもロリの息遣いなら判別できるんですね。少し待っていてください、通報してあげます』





 佳奈に付き合っていられるほど、僕の精神は正常でなかった。頭の中は明日のことでいっぱいだったのだ。





「何の用なんだ?」


『報告は、どうしたんですか、先輩』


「報告?」





 まったく思い当たる節がない。僕は何か佳奈に報告しなければならないことが……あ。





「ハッキングと動画。ありがとうな」


『はあ、まったくですよ。先輩は、礼儀の知らない恩知らずという、人間の屑になってしまったのかと思いました。でも、そうですよね。これ以上先輩が落ちることは不可能でした』


「……それだけか?」





 そんな電話をかけてくるなら、もっと早いうちでもよかったはずだ。なのに今、このタイミング。学校でのことと、何か関係があるのではないだろうか。





『ええ、それだけです。もし、ほかに何かあったとしても、それだけか? なんて聞いてくる人に教えてあげる義理はありません』





 相変わらず性格がねじまがってやがる。でも、まあ期待して聞いたんだ。ほかに言い方があったのも事実だろう。





「何かあったのなら教えてくれ」


『……え? 先輩、何か言いましたか?』


「だから、何かあったのなら教えてくれって」


『どうやら、電波の入りが悪いようですね。先輩の言っていることがさっぱり聞こえません』


「……」





 絶対聞こえてる。間違いない。まったく、これじゃあ気に入らないってことなんだよな。わかっているさ、そのくらい。





「教えてください。お願いします」


『やればできるんじゃないですか、先輩。まあ、先輩がそこまで言うなら話してあげなくもないですよ』





 教えてもらう者の態度としては間違っているのかもしれないが、腹立ってきた。





『ちなみに先輩。先輩は何をやらかしたんですか?』


「やらかした?」





 やらかした。そういわれても即答はできない。最近はやらかしてばっかりだからな。





『これは推測ですが今日のことだと思われます。いじめを行っていたグループに先輩は何かをしましたか?』


「ああ……」





 そのことか。何かをしたどころの話ではないだろう。宣戦布告ととらえてもおかしくなかったように思う。いや、そのくらいの勢いで言ったんだ。





『思い当たる節があるようですね。なら、よかったです。私の失敗ではなかったようなので、それでは』





 回線が切れる音が異様なまでに大きく感じた。佳奈がただそんなことを聞くためだけに時間を使うわけがないのは想像に難くない。それに教えるとも言っていたのに、何も教えられていないのだ。





「あ……」





 本日三度目となるバイブレーションが鳴った。メールの通知。もちろん送り主は佳奈だろう。





 きっとこのメールに本題が入っているのだ。佳奈が僕に伝えようとしたものと、いじめについての佳奈の質問。携帯電話が手からすべりおちそうになる。





 メールの中身。それは、きっと僕が戦うための武器になるはずだ。でも、見ることが怖かった。現状で僕に用意できる武器なんて、気持ちぐらいのものだ。ということは、その支えになるもの。明日、いじめグループである彼女らが僕に仕掛けてくるいじめの概要。もしくは手口。そういったものに違いない。





 おぼつかない指先で新着メールを開く。





「そんな……」





 そこに、映し出されたものは僕の予想をはるかに超えるものだった。


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