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セカイにきせつを咲かせよう。  作者: 吉田 樹
第四章「社会の営み」
16/42

Sidestory:沙織episode3

 次の日。私は部活の朝練を休んだ。理由は基に会うためだ。





 せめて、一言でも謝っておきたい。きっと、学校に行ったら話せる機会はなくなってしまうから、朝しかないと思った。





 ただ、基の家の前で待つというのもなんとなく恥ずかしいような気がする。


結局、基家に向かったはいいんだけど、どうにもインターホンを押す勇気が出ずにまた自宅へと引き返してしまい……、そうこうしているうちに基の家に寄る時間はなくなってしまった。





 何をバカなことをやっているのかと客観的に自分の行動を思い返し、穴があったら入りたいといった心境になりつつ学校に向かっていると田んぼのあたりで基を発見した。





 どうやら今日はついているらしい。





「おはよう、基」





 ただ、どうにも抑えたボリュームでのあいさつになってしまう。昨日のことを忘れられるわけもないから、仕方がないといえばそうなのかもしれない。


けど、昨日のことを謝ろうと思っているのだからもう少し、はっきりと声をかけるべきだった。





「……沙織。おはよう」





 基の挨拶が返ってきただけで、思わずありがとうと言ってしまいそうになる。まさか、挨拶を返してもらえるなんて思っていなかったからか、少し安心した。おかげで次の言葉はさらさらと出てくる。





「昨日はごめんね。私、基の気持ちも考えないで自分の気持ちを押し付けようとしてた。だからさ、聞いちゃったこと忘れるよ」





 忘れても、私が基を責めてしまった事実は変わらない。それでも、忘れることは大切だ。だから、





「だから、基も自分がしたってことを忘れて。お願い」





 今はきっとそれだけでいいと思っていた。強烈な現実を突きつけられれば基は今度こそだめかもしれない。そうなったとき、私とすら話してくれなくなるのかもしれない。





 そんなのは、いやだ。もう、取り返しがつかなくなるってことだろうから。





「何でだよ」


「基に傷ついてほしくないから」


「余計なお世話だ」





 確かに、





「そうだよね」





 そう、これは





「これは私の我儘かもしれない」





 いや、かもしれないではなく我儘なのだろう。


 でも、





「でも、お願い」





 もう、基が傷ついている姿だけは見たくないから……






「もう、ほっといてくれって言ったじゃないか」






「っ……ごめん」





 でも、基が私に向けてきたものはとても冷たい瞳だった。


 咄嗟に謝罪の言葉が出てきてしまうほどに。





 また失敗したのだろうか。それともタイミングを間違えたのだろうか。





 昨日の今日じゃ早すぎたのかもしれない。きっと、基だって気持ちの整理がついていないはずなのに、私が焦ってせかしてしまったのかもしれない。





 慎重にことを進めるべきだった。急がば回れとはよく言ったものだ。でも、人の心はそうも冷静ではいられない。





 言い訳しても仕方がない。何か言うべきかもしれない。なのに、





「先、行くね」





 基の隣にいる勇気がなくて逃げ出してしまった。走り去りながら思う。





 私はいったい何をやっているのだろう、と。






***






 二日連続でこうも気分が重いとどうにも部活に身が入らなくなってしまう。


 そんな私の様子に気づいたのか、部活終わりに一人の女子生徒が話しかけてきた。





「先輩、何かありましたか?」


「あ、ううん。何でもないの」





 腰まで伸びた黒髪が大和撫子を連想させるほどに顔立ちの整った少女、小鳥遊奈央は私の後輩でバスケ部では私と同じポディションでもある。





「それなら、いいんですけど……。もしかして桐原先輩と何かありましたか?」


「え?」





 心臓が跳ねるような感じがした。なぜ奈央が基のことを知っているのだろう。





「仲がいいですから、何かあったのかと思っただけです」


「あ、ううん。違うよ、大丈夫」





 何が大丈夫なのだろうか。まったくもって大丈夫ではないだろうに。


 でも、奈央が私と基のことを知っているとは意外だった。確かに幼馴染だし、昔はよく話はしたけど最近はあまり話さなくなっちゃったし、昨日と今日はあんなざま。仲がいいと思うような場面はなかったように思える。





「あの、先輩」


「なに?」


「桐原先輩と……お付き合い、なさっているんでしょうか?」


「へっ? いや、いやいやいや! ない、ないよ、うん」





 なんで私、こんな必死に否定してるんだか……。





「では、私が告白しても……問題ないですよね?」


「……え?」





 告白。奈央が基に告白。





 もしかしなくとも告白というのは、つきあってください、というあれだろう。でも、なんで奈央が。基と知り合いだったってことかな。でも、なんで基なんだろう。いや、基は優しいし、すごく周りに気を使えるし、すごくいい人だ。うん、そうだよ。奈央もすごく礼儀正しくていい子だし、きっといいカップルに……いや、それは飛躍しすぎかな。でも、きっと基の心境が変わるきっかけにもなると思う。


だから、





「問題……ない、よ」





 なんでだろう。なんではっきりと言い切ることができないんだろう。基のことを好きだと言ってくれる女の子が現れて、しかもそれが奈央で。何も不安はないはずなのに、言葉はどうにも煮え切らない。





「ねえ、奈央」


「何ですか?」


「いつ、告白するの?」





 なんでそんなこと聞いてるんだろう。私には関係ないはずなのに。





「まだ、わかりません。けど、先輩が彼女さんだったらあきらめようと思っていたので……聞けて、よかったです。それでは、失礼します」


「あ、うん」





 基ってモテるのかな。いやいや、まず女の子とのかかわりが少ない気がするんだけど……。


 そんなことないな。再従妹の佳奈ちゃんに、咲良さん。で、奈央とそれから一応私。


 実は基の周りには女の子ばかりがいる事実に驚きつつ、帰宅の準備を進めていると携帯電話に着信があった。





「はい、もしもし」


『私です、佳奈です。至急お話ししたいことがありまして、私の家まで来てもらえますか?』





 いつもの佳奈ちゃんからは想像できない真剣な声色。


 基のことで問題が起きたのだろうことは察しつつも、そうでないことを祈りながら私は小島電気店へと向かった。






***






「基先輩の妹さんが、いじめグループの一員であることが判明しました」


「……え?」





 小島電気店に到着した直後、佳奈ちゃんは開口一番そういった。


 基の妹、茜ちゃんがいじめをしていた。そういった佳奈ちゃんの言葉が私には信じられなかった。





「そんなわけないよ、なんで茜ちゃんがそんなこと」


「理由まではまだわかりません。少し、落ち着いてください」


「あ……うん」





 どうやらだいぶ取り乱していたらしい。感情ばかりが先走って失敗するのは私の悪いところ。その結果、基を傷つけてしまっているのに改善することができていない。





「妹さんのいじめの件は事実です。私が調べたので間違いありません」


「でも、なんでそんなことを?」





 まず、佳奈ちゃんは高校生で茜ちゃんは中学生。その上、佳奈ちゃんは隣町の高校に通っている。そう簡単に耳に入ってくるようなこととは思えない。





「あの、頭がピンクな第一ヒロインもどきが盛大なフラグを立てやがったので、調べてみたらって感じです。腹の立つことに」





 ということは情報源は咲良さんということだろうか。知っていて、佳奈ちゃんに教えたってことかな。でもなんでだろう。いや、今はそんなことはどうでもいい。もし、この事実を基が知ってしまったら多大なショックを受けるに違いない。





「で、どうすればいいの?」





 とにかく、基のもとに情報が行く前にどうにか解決の糸口を見つけないと……





「いえ、どうにもできません」


「……どういうこと?」


「すでに、基先輩の耳には届いてしまっていますから、沙織先輩が思ったことはもう不可能だと言っているんです」


「そんな……」





 もうすでにって。じゃあ、基は今どうしているんだろう。茜ちゃんとの間に亀裂が走ってしまったら……。考えるだけでぞっとしてしまう。





「不登校になってしまう可能性もあります。とにかく明日は基先輩の様子をしっかり見てください」


「でも、私、今すぐにでも」





 行かなきゃ手遅れになってしまうかもしれない。いじめのことで基を追い詰めた一要因は間違いなく私だ。だから、





「沙織先輩! 冷静になってください!」


「っ!」


「今すぐ行っても何もできません。このタイミングでは、逆効果になることだって考えられます」


「……」





 そうだ。傷ついた直後に誰かの言葉が届くとは考えにくい。今すぐに行きたいのは基のためじゃない。私自身が基の顔を見て安心したいからなんだ。


 でも、こういう時は一人で考える時間が必要なはず。今は私の出る幕じゃない。





「ごめん。ありがとう、佳奈ちゃん」


「何かあったらすぐに連絡してください。責任を一人で背負おうとするのだけはやめてくださいね」


「……うん」





 基の周りには素敵な人たちがいっぱいいる。佳奈ちゃんも咲良さんもこんなにも基のことを考えてくれている。


 私一人ではできないことも多いから。誰かを頼るのは、時に必要なことなのだと思う。





「お願いね、佳奈ちゃん」


「ふっ……言われるまでもないですよ。私を誰だと思っているんですか?」


「うん」





 でも。それでもやっぱり不安がぬぐい切れるわけではなかった。その日の晩は眠れなくて、また朝練を休んでしまった。


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