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セカイにきせつを咲かせよう。  作者: 吉田 樹
第四章「社会の営み」
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第4話「友人と自分」

「私がいじめられ始めた理由。教えてあげましょうか?」


「黙れよ……」





 もう、聞きたくない。こいつの口から出る言葉をこれ以上聞きたくない。これ以上、僕の知っている茜を否定するような言葉は聞きたくない。茜が人に恨まれている姿なんて見たくない。





「私、勉強もスポーツも出来るんですよ。だから、馬鹿にしていたんですよ。あんな底辺の奴らなんて」


「やめろ」





 やめろよ。もう話さないでくれ。わからなくなる。何もかも。茜のことはおろか、茜がやってしまったことの、その事実さえ、僕はしっかりと認識できなくなってしまいそうだ。





「私以外の人間なんて無知で愚かです。周りの顔色ばかり窺っているくせに、個人を主張しようとする。滑稽ですよねぇ、そういうの。特別になりたくても無理だと理解して、ただ平均になろうと努力をするんです。そんなのつまらないと思いませんか? そんなの、屑以下だと思いませんか?」


「……そんなことない」





 そうだ、そんなことはないはずだ。


みんな必死に生きている。社会と言う汚れた世界で。誰も自分が大切だ。なら、顔色をうかがうのは当然だ。その当然をしたうえで、しっかりと自分の道を生きていける。そんな人に、本当の凄さがあるはずだ。





「お兄さん。あなたは本当の意味のそれを知っているはずです。あなたはそんな社会に嫌気がさしていたはずなんですから、ねぇ?」





 違う。僕は何も知らなかった。僕は知っているふりをしていただけで、その上そんな自分に甘んじていた。僕は何かをしようとしなかっただけ。何かをするのが怖かったから。





「私は日々、横柄に振る舞っていました。でも、それ自体はちぃっとも楽しくありません。私がしたかったのは、調和に水を差すという行為なんですから。案の定、私の思惑は気持ちのいいほど順調に進んでいきましたよ」





 なにをいってる。そんなことの何が楽しいんだ。歪だったとしても、作り上げられたその輪を壊すことの何が……。でも、僕にはそんなことが出来ただろうか。いや、違う。そんなことには何の意味もないはずだ。





「目を逸らそうとしないでください。子供だって知っていますよ。謎の種は誰かに明かす時が一番楽しいってことぐらい」





 それが何で僕なんだ。他にだっているはずだ。いくらでも、言える人はいるだろう。聞きたくない。なのに何で、僕に話すんだ。





「私はお兄さんの妹と仲良くなりました。茜ちゃんの学校での姿、知ってます? 人一倍、周りの顔色を窺って生きているんですよ。だから、どこにも属さずにいつも一人ぼっちでした。滑稽ですね。典型的な、アホですねぇ」


「……嘘だ」





 そんな訳ない。だって家ではあんなに明るく元気な笑顔を……





「お兄さんがそう思うのも無理ありませんよ。だってぇ、茜ちゃんはいっつもお兄さんの前でだけ、明るく振る舞っていたんですからぁ」


「⁉」





 そんな。僕の前で見せていた笑顔は演技だったっていうのか、作っていたものだっていうのか。でも、何のために。茜はなんでそんなことをしたんだ。そんなの意味はないはずだ。





「信じられませんか? でも事実ですからねぇ。別に学校でだって暗い子ではありませんでしたよ。誰にでも好かれて誰にも好かれない。まさに理想形といっていい形でしたからねぇ。でも、そんな彼女にとって、私は異物でしかなかったんですよ。わかります? だから、私は茜ちゃんの気をひいて仲良くなりました」





 そんな理由は仲良くなるものとして間違っているんじゃないだろうか。いや、きっとそうだ。茜はきっと悪くない。きっとこの女が全てを仕組んだんだ。きっと、こうやって話していることも出まかせなんだ。僕をもてあそんでいるだけなんだ。きっとそうだ。





「周りの非難の目は私だけでなく茜ちゃんにも向けられるようになります。でも、そんな露骨な態度もいじめと言うには甘いものでしたねぇ。だから、2年にあがって私はより一層人を見下すようになりました。2年の最後の方はもう完全にいじめの形になっていましたよ。面白いでしょ?」





 面白いというのか。自分がいじめられるようになった構図が。理解できない。狂っている。





「普通ならもっと早くいじめは始まるような状況です。でも、なぜこんなにも事が長引いたのか。それは、ですねぇ。私の行動によるものなんです。茜ちゃんと仲良くなる必要があったんですよ。だって、茜ちゃんを見ているだけで虫唾が走るんですもん」





 ふざけるな。茜は至極普通なことを人より上手くやった。それだけなのに。


今までに感じたことのないほどの怒りがこみあげてくるのに、僕は何で何も言えないんだ。怖いのか。そうなのか。なんでだよ。何で、僕はこんなにも弱いんだ。





「三年生に上がると、簡単にいじめはエスカレートしました。くふっ。思い出すだけで笑えますねぇ。そして、ついに茜ちゃんもいじめのグループへ加入しました。周りの空気に流されるまま。何より、自分自身の身を守るために」


「っ⁉」





 いじめとは何なのか。そう、茜に聞いた時の反応を思い出した。こういう意味だったのか。そして、僕はなんてバカだったんだ。何も考えてなんていなかった。僕は、自分のことばかり考えていた。





「あとは簡単ですよ。軌道にのったいじめはエスカレートする一方。とはいえ、意外な邪魔者が現れました。これがまた、茜ちゃんな訳ですよ。世当たり上手で困りますよね。私との友達意識から、いじめを上手くエスカレートしないようにするんです。いい加減腹が立ちました」





 最後の一言だけ坂本千秋の声音がどすのきいた低音になる。僕は気圧され逃げ出したかった。でも、膝が笑っていうことを聞かない。


 僕はいったいどうしたんだよ。こんなにも何も出来ない人間だったのか。結果を見れば茜が悪いことになるかもしれない。でも、今ここで僕は兄として何かを言うべきじゃないのか。今まで逃げ続けてきたのだから。なのに、また何もせずに逃げるのか。





「そして考えたのが今回の作戦という訳です。あ、そうでした。お兄さん。どうも、ありがとうございました」


「……え?」





 まさか、こうして僕がここに来ることまで計算の内だったのか。僕も彼女の駒の一人になっていたっていうのか。じゃあ僕は、また茜を傷つけてしまったのか。





「今作戦でのご協力の話しですよ。友達をいじめる、という構図は茜ちゃんにとって相当な苦痛であったはずです。私はそれを見て楽しむ予定でした。でも残念。茜ちゃんは必死に私を庇うことで、自分に言い訳をし続けていました。だから、私は目を付けました。茜ちゃんにとっての精神安定剤であり、自分の価値を証明するための道具となっていた。お兄さん。あなたに」


「⁉」





 僕が茜にとって、そんな存在だったなんて。そんなはずはない。いつも自分中心で、周りのことなんて見てなくて、いつも茜に甘えて面倒ばかりをかけてきた。


 僕は茜に何一つ兄らしいことをしてあげられていない。そんな僕の価値なんて、茜にとっては家族だからという、情け程度のものに違いないのに。





「お兄さんは社会を蔑む反面、認めてもいました。腐っていても理に適っているって。確かにその通りです。お兄さんの考え方には一理あると私も思います。でも、そんな現実を見たくなくて、お兄さんは孤立していました。自らの意思で。そんなお兄さんのことを私は認めていたんですよ? でも、周りはそういう訳ではないんですよねぇ。だからこそ出来上がったのが、ダメな兄の面倒を甲斐甲斐しくみる妹。元気で明るく頼りになる妹。そんな妹、普通いないんですよ。出来過ぎてますからねぇ。でも、茜ちゃんはそうならざるおえなかった。そうじゃないと自分が保てないから。自分の存在を頼りにしてくれて、その人の為に自分は正しいことを、素晴らしいことをしている。そんなふうに思いたかったんですよ。わかります? だから私は、あえてお兄さんにいじめの話しがいくようにしたんじゃないですか」


「っ!」





 茜にとっては、僕に頼りにされることこそが自分の価値の証明だったんだ。ダメな兄の為に頑張る自分。それが、茜の心のより所だったのなら。学校での姿を僕に知られることが、茜にとってどれだけの苦痛だったことか。そして、そんなことにも気づかずに僕は、茜に話しかけてしまった。





「茜ちゃんが私を突き飛ばすなんて、できる訳ないじゃないですか。そんなことしたら、一番傷つくのは茜ちゃん自身ですからねぇ」


「なら、どうして」





 そうだ。今なおわからない。なぜ、茜は突き飛ばすようなまねをしたのか。





「前日、わざとらしく陰湿ないじめを目撃します。私に対する嫌がらせで、私物に手を出したんですが、そんなことどうでもいいです。翌日それを追及するふりをして、その状況に不自然さを感じた教師がやってきたらチェックメイト。茜ちゃんに突き飛ばされたように演技すればいいだけです」


「そんなの」





 うまくいく訳がない。





「上手く行きますよ。だって、茜ちゃんは共演者になるんですから」


「そんな……あっ」





 そうか。容疑を着せられた茜がその状況でどうするのか、僕には容易に想像がついた。





「もう、おわかりですね? そうです。茜ちゃんは負い目を感じています。あの子は賢い。だからはめられたこともわかったはずです。でも、あえて自分がやったと言う。いや、わかったからこそ言うんですよ。いじめをしていた人のいうことなんて教師は聞きませんが、第三者の言葉なら別です。私が勝手に倒れただけだなんて証言が出れば、計画が少しばかりくるってしまいます。でも、容疑をかけられた本人が認めれば何の問題もない。違いますかねぇ? 茜ちゃんはそのくらい罪の意識に耐えかねていたんです。だから認めます。認めることで、自分の罪が軽くなったと思いたかったんですよ。でも、唯一のより所であるお兄さん、あなたに情報が渡ってしまった。そして、私に感謝されて友達だからと告げられる。くふっ……傑作ですねぇ。今、茜ちゃんは自分自身に耐えられなくなっているはずです。精神崩壊ですよ。くくっあははっ!」





 堰を切ったように坂本千秋は笑い出した。全てのものを見下すかのように。自分が全てだとでもいうように。坂本千秋の心はきっともう成立している。だからこそ、その言葉が僕には痛い。





 形は真逆と言っていいほど違う。でも、きっと僕と坂本千秋は似ているんだ。


それを感じて虫唾が走った。自分を本当の意味でなんて見ていなかった。周りのことも見ていなかった。僕とその周りに渦巻く人間関係がどういったもので、どうなるかなんて。そんなの、僕は考えもしなかった。僕は殻をかぶったままだったんだ。





 だから、僕は坂本千秋の言葉に反発することが出来なかった。腹が立って仕方がないのに、虫唾が走って仕方がないのに、嫌悪感を覚えて仕方がないのに。なのに、坂本千秋の言葉はきっと間違ったものじゃない。そう思ってしまった。でも、





「認めない」


「え?」





 僕の一言に、坂本千秋の笑いが止まる。あっけにとられている坂本に、僕は言葉を投げかけた。今の僕には精一杯の、でも心からの思いを。





「僕は君を認めない」


「……いいですねぇ」





 坂本千秋は満面の笑みを見せる。僕はそれに睨んで返した。目の前にいるその女の姿が、僕の心と同じものである気がした。だから、睨んだ。もう、自分に負けないと。自分の心から目を背けないと、そして……





「楽しみにしてますよ、お兄さん」





 去っていく坂本千秋の姿に向かって一人、本当の決意を固めた。まがいものでない、心の奥の真の気持ちを。





 僕は、僕になる。逃げで創った道だけを選んでいた僕を決別する。絶対に。





 きっと、できた人間である必要はない。社会の、学校の、心の、その汚点だけを見て全てだと思ったのだとしても。その結果出来上がった個人なら、それ自体が意味をなすのだろう。





 それでも、自分が自分に納得できないなら、自分が納得する人間になればいい。それが、他人に理解されないものだったとしても。





 それは、前の僕じゃない。今の僕でもない。この先にあるはずの僕なのだ。





 僕はちっぽけで、弱く小さい。他力本願で、短絡的で、物事をしっかり考えもしない。こんなことになるまで、茜の変化に気付くことさえできなかった。ずっとどこかに逃げていた。だから、そう簡単には変れないかもしれない。でも、少しずつでも何かをつかみとっていけるのなら、僕は歩んでいきたい。





 だからまず、本当の一歩目だ。僕は僕の納得できる兄になる。





「なあ、茜」





 夜のとばりが下りた頃。茜の自室との間を隔てるドアに背を預けながら、僕は必死に考えた言葉を紡ぐ。ゆっくりと、間違えないように。





「僕は弱虫だ。何もできないし、しようともしない。壁があれば避けて通る道を探してしまう。でも、違かったんだよな、きっと。僕は甘えていただけなんだ。茜に甘えて、沙織に甘えて、佳奈に甘えて……咲良に甘えて。甘えるのと頼るのは違うかもしれない。だから、一つ思ったんだよ。一方的じゃダメなんだって。受け身なだけじゃダメなんだって。なあ、茜。僕はもっと茜の事を頼りにしたいんだよ。だからさ、僕にも何かさせてくれないかな」


「……あっち行ってて」





 言葉がすぐに届かなくても。理解してもらえなくても。冷たくあしらわれてしまっても。それでもこれでいいと思った。これを言うことが、今、僕に出来る最大のことなのだから。





「うん」





 そして、これは保険だ。弱虫な僕が逃げない為の。でもきっと、その保険は使う必要がないだろう。世界の見え方は変っていた。それは、単純な心境の変化などではない。心からの変化にこそあったのだ。そして、僕はそれを実感したのだ。





 理解はまだしきれてない。でも、きっとその先に僕の求めるものがあるはずだから。


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