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セカイにきせつを咲かせよう。  作者: 吉田 樹
第四章「社会の営み」
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第1話「現実の真実」

「僕はいじめを解決したんだ。それのどこが偽善だっていうんだよ」





 いじめを行っているあいつらのことが理解できなかった。あいつらの行為が許せないと思ったんだ。だから、盗撮してまで解決しようと思ったのに。それのどこが自己満足だっていうんだよ。





「基くんは純粋にそのいじめられている子を助けようと思ったの? ううん。本当は違う」


「そんなことない」





 あいつらの行為に嫌悪感を覚えたんだ。それは助けたいという気持ちと同義ではないのか。





「そっか。助けようと思ったんだ。じゃあ基くんは、自分の行動で本当に助けることが出来るのか、本当に解決できるのか、考えた?」


「何言ってるんだよ」





 そんなことを考えるのに何の意味があるっていうんだ。





「前の基くんはね、自分の限界をいつも見ていた。いつも、冷静に物事を分析して考えていた。その頃の基君がいいっていう訳じゃないよ。以前の考え方が歪曲したものだったのは解ってるし、基くん自身、解かっていたはず。でも、今の基くんが歪曲していないってことじゃないんだよ。それを理解できずに、周りに影響されて自分を見失ってる」





 どこらへんが自分を見失ってるっていうんだ。






 どうしてだよ。僕はあんなにも必死にいじめを解決しようとしたのに。あんなにも人の為に何かをしようとしたのに。





 周りを見て、クラスを見て、人を見て。今まで目を背けてきたあらゆることに目を向けて、そして僕は事を起こした。そして成したはずだ。





 何もせずに、それ以前にその事象に一切の興味をよせず。ただ惰性的に、意味を持たず、日々を送っていた頃の僕とは違う。僕はしたんだよ、人の為の行動を。今までの僕だったら考えられない様な事を必死に考えて成したんだ。なのに、それを自己満足だの偽善だの、果ては自分を見失ってるだなんて何を言っているんだ。





「説明してみてくれよ」


「何を?」


「僕が、間違っているというその理由を」





 無理だ。無理に決まってる。だって、僕に落ち度なんてあるはずがないんだから。いじめを解決しようとすることが間違いだなんて聞いたことがない。





「そっか。いいよ。ねえ基くん、あなたは何で盗撮なんていう方法を使ったの?」


「そんなの証拠があった方がいいからに決まっているじゃないか」


「違う。基くんはそうやって言い訳してるだけ。本当は、いじめが行われているのを先生に告げる勇気がなかったんだ。もし、自分が言ったってばれたら何されるかなんてわからないから。基くんはいじめグループに対して嫌悪感だけじゃなく恐怖を覚えたんだよ。だから、自然と逃げる方法を考えた。まず一番に、自分が安全地帯に留まる方法を。いいえ、それしか考えなかった。基くんは、純粋で複数ある順当な方法を試そうともしなかった。やろうとも思わなかった。無意識の内に、自分にとって都合の悪いことを考えないようにしていた。そうやって成し遂げたんだよ、基くんは」


「そんな……」





 そんな訳ない。僕はただ純粋に……





「純粋な訳ないんだよ? 基くんはいじめを見て、いじめを解決しようと思った訳では決してないんだから。私と話して、私に認めてもらいたくて必死だった。基くん自身が自分をみじめだと感じていたから。価値が欲しいと思ったんだよ。自分の価値が」





 自分の……価値。





「あなたは見捨てられるのが怖かったの。自分の存在を一番認めてくれそうな、私という存在に見捨てられるのが怖かった。呆れられるのが怖かった。恐怖で人間は動くんだよ。世間体や社会、人の目。そういったものにさらされて人間は生きてる。教師、友人、恋人。嫌われたくない。でも、必要以上に好かれるのもまた怖い。だから、絶対に自分を見せる事はない。本当の自分は作った自分の中に隠れて様子をうかがい続ける。強がって粋がっている人ほどそうなんだよ。でも、そうやっておびえ続けた先には何もない。ただ、平均以下の道しかない。本当の自分を誰も知らないかりそめの世界で、作り物の自分を演じ続けるつもりなの?」


「そんな……そんなの」





 違う。だって、だって僕は。解決したんだ。いじめを。いじめを自分の意思で解決したんだ。





「そうだ。僕はいじめを解決したはずだ。過程なんて関係ない。結果が全てだ。僕は見て見ぬふりを決め込んでいた奴らとは違う」


「そうだね」





 そうだよ。僕は、僕は正しいことをしたはずなんだ。そこは変らないはずなんだ。





「もしも、これでいじめが解決したのだとしたら、基くんのしたことは褒められるべきものだと思う。そんなの、並の人間には出来ないことだから」





 何、言ってんだ。どういう意味だよ。





「確かに傍観者よりも基くんの行動の方が余程価値があると思うよ。でもね、いじめなんてそう簡単に解決できるものじゃないんだ。いじめを解決するってことは、人の心そのものを変えるってことなんだよ。いじめは、基くんが感じたものより全然根が深い。ううん。いじめってそもそも人間と、その心そのものなんだよ。単純に意地悪を一方的にすることじゃない。人間の行動原理ってそもそもが感情なんだから。そして、そのいじめと言う問題は単純な感情の下で動いている訳じゃない。とても複雑な心の動きなんだ。基くん。これはいじめに限った話じゃないんだよ。この世は人間の感情によって成り立っている。基くんはまだ、心を見てはいない。基くん。私は、君に人の心を感じてほしい。暖かいものも、冷たいものも、全部。基くんの世界は広がってる。でも、それはまだ平面での話でしかないんだよ。基くんならわかるはずだよ」


「……わかっているよ」





 もう、僕はわかっている。醜い人の心を僕はしっかりと見たはずだ。嫌悪感を感じ許せなくって怒りを覚えた。ちゃんとわかっている。





「わかってない。基くんがいじめに感じたそれは嫌悪感。いじめへの軽蔑と侮蔑。それを見たくないと言う基くんの気持ち、感情が起こした行動なんだ。決していじめを解決しようと思った訳じゃない。悪だと思ったものを倒すという、ヒーローに憧れただけの単純な動機。基くん。だからあなたは贋作のヒーロー。君はまだ何もわかっていない」


「なんでだよ」





 僕がしたことも、しようとしたことも、全て否定するのか。僕の価値を否定するのか。


 なんでだよ。何で僕をわかってくれないんだ。僕がこんなにも頑張ったのに。僕のしたことは間違いじゃないはずなのに。





「基くん。別に私は間違いだなんて言ってないよ。基くんの行動は勇気のいるものだったと思う。でもね、基くんはこの後自分のしたことに後悔する。だから、私はしっかりと現実を、事実を君に伝えたい。君の行動は決していじめを解決はしない。ただの自己満足。でも、その行動を起こそうと思ったのは、大きな一歩だったと思うよ」


「そんな訳ない、違うんだ」





 違う。僕のしたことで、クラスだってあんなにいじめを非難するようになったじゃないか。





「クラスメイトがいじめをしていた人たちに対する態度を変えたのだとすれば、それは保身のためだよ。決していじめを起こさないようにしよう、なんて気持ちはない。微塵もね。堕ちた王に国民が罵声を浴びせるのと同じこと。手のひら返しは社会というものが存在したその時から繰り返されている原理なんだから」


「違う」





 だって、だって僕は……





「違わないよ。いい加減冷静になって。感情にただ流され続けたら、腐った社会の一員になるだけだよ。私は基くんにそうなってほしくないんだよ」


「違う。僕は、だって」





 何を言ったらいいのか分からなかった。僕は彼女の言葉に言い返せるほど何かを知らなかった。何かを見ていなかった。結局は彼女の言葉が正しくて、僕が間違っていたのだろうか。僕はいったい何を感じて、彼女は僕に何を感じたんだろう。何を理解することが、彼女の望みなのだろうか。ただ、単純に理解するだけじゃダメなんだろうか。わからない。


 わかると言って。違うと否定して。なんでと問うて。それでも何も掴み取れない。


 僕は一部でも彼女の気持ちを掴み取ったはずなのに。そのはずなのに。





「基くん。私はそろそろ行くよ。後は一人で、ゆっくり考えた方がいいんじゃないかな」


「……」





 彼女は一人、山を下って行った。僕は彼女の真意が読み取れなかった。





「またね」





 それでも彼女はそう言うのだ。僕の心を見透かしたように。僕の全てを理解したように。でも、僕は一つわかった気がする。彼女は決して僕を心配しているのではない。彼女は僕に何かを求めていたのだ。そのことが余計に僕を混乱させた。





「……」





 彼女の言葉に僕は無言で返した。いったい僕は何を求めているのだろう。


 小さくなっていく彼女の後姿を目で追いながら、僕は一人桜に背を預けた。でも、桜に何かを話そうとは思えなかった。





 いつの日だったか。いや、そう前の話じゃない。つい先日だ。


 彼女の前から、彼女の言葉から逃げ出したのは。





 色々なものへと逃げていたことを突き付けられて、その事実から目を背ける為にまた逃げた。


 でも、そんな自分を認めてもらいたくて、僕はいじめを解決しようと思った。


 逃げ出してばっかりだったから、だから僕は必死だった。彼女に認めてもらいたくて。


 前みたいに、純粋に笑いかけて欲しくって。必死だった。ただ、必死だった。


 なのに、彼女は僕の行為を自己満足だと言った。偽善だと言った。僕の行動は間違いだって、僕のしたことを非難した。





 僕の、僕が必死になってやり遂げた結果に対して、彼女は言った。他にやり方があったはずだと。僕の行為は意気地がないって、結局勇気がないって、そう言いたかったんだ。





「くそっ!」





 山から僕の家までこんなに距離があっただろうか。どんなに歩みを進めても僕の家は見えてこない。周りは畑ばかりの田舎道だ。





「くそっ!」





 次第に視界はぼやけて来る。





「くそっ!」





 ただただ、ひたすらに悔しかった。認めてもらえないことが。そして、





「くそっ!」





 認めたくない。認めたくないけど、きっと彼女の言ったことは事実だ。僕はただ、自分の価値が欲しかった。安心したかった。彼女に認めてもらいたかった。ただきっとそれだけだった。別にいじめなんてその踏み台に過ぎなかった。きっと何でもよかったんだ。僕が何かを成し遂げたと、そう実感できたのなら何でも。





「うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」





 なんなんだよ。それだっていいじゃないか。僕はいじめを解決したはずだ。僕は人より優れたことを成し遂げたんだ。褒められこそすれあんなふうに言われるのは違うはずだ。





「何で、何で、何で分かってくれないんだよぉっ!」





 日は沈み始めたばかりの時間で、雨も降っていないのに僕の顔はぐしょぐしょに濡れていた。なんでだかなんてわかんない。理解なんてできなくて、僕の心はただひたすらにかき乱されるばかりだ。





「くっ!」





 僕は走り出した。


 じっとしているとおかしくなってしまいそうだった。気がくるってしまいそうだった。だから、僕のこの気持ちを脱ぎ去る為に、僕は走った。





 今までろくに走ったことなんかなくて、ただ我武者羅に走った。


 前が見えなくてもそんなのは関係なくて、ただ、気持ちを吹っ切りたかった。


 何かしないと落ち着かなかった。


 何かをすれば変われるんだと、そんなふうに思った。


 意味なんてないし、理由もない。でも、僕はひたすらに走った。





 息が上がっても、胸が張り裂けそうに苦しくても、足が壊れそうに痛くても、もう何も分からない。もう、自分が走っているということすらしっかりと認識できない。





 不意に足が止まった。それは実に機械的に。家の前に僕は立っていた。体中が濡れていた。雨が降っている訳でもないのに、どんどん体が濡れていく。着ている物も濡れていく。


 熱さと共に感じる脱力感が僕の心を緩和してくれた。それでも、やっぱり落ち着ける訳ではなくて。


 わかってはいた。


 この気持ちはどこにもぶつけられないって。それでも、きっと僕は期待し続けている。





「……?」





 インターホンを鳴らしても茜はドアを開けてくれなかった。家の中に人の気配はない。でも、茜がいないなんてことは考えられなかった。





「ただいま」





 ドアのカギは開いていた。中に入っても茜は見当たらなかった。それでも僕は期待し続ける。自分を正当化してくれる存在を求めて、自分のことを親身に受け入れてくれる人を求めて。


 それでも帰ってきたのは無言だった。





「……茜」





 絶対に僕を見離すことのない、見捨てるはずのない、妹という存在。家族に僕は縋り付こうとしていた。


僕を今まで一切否定しなかった。僕の話を聞いてくれて、必ず僕の気持ちに沿った答えをくれた。そんな茜と話がしたかった。





「茜?」





 リビングを覗くと、茜はソファーに座っていた。学校指定のカバンを床におろし、紺のセーラー服を着たまま、ただそこに座っていた。夕飯を作る訳でもテレビを見ている訳でもない。 


その姿は、まるで自分を失ったかのように映った。





「どうしたんだよ、茜」


「……あっお兄、お帰り。あれっ? どうやって入ってきたの?」





 取り繕った笑顔がそこにあった。それはあまりにも歪で、あまりにも無理があった。





「鍵、あいてたよ」


「えっ本当? あっちゃー、やっちったよ。てへへ」





 でも、それに不自然さを感じなかった。何故か茜の笑顔はいつもそんなものだった気がしてしまった。そんな訳はないのに。





「どうしたんだよ? 夕飯も作ってないし、だいたい着替えてもいないじゃないか」


「おっとと、そうだった。ごめんごめん。はーあ、ねえお兄。そろそろお兄にも鍵持たせないとかもね」





 ゆっくりと立ち上がると、棚の引き出しから鍵を取り出し、僕に渡してくる。





「何で急に」





 疑問の言葉と共に僕は受け取った。僕はやっぱり何もわからなかった。





「いや、あはは。そろそろ私もこのままじゃいられそうにないからかな。守るのに失敗しちゃったから。えへへ、何言ってんだろ私。ごめん、気にしないでお兄。じゃっ」





 階段を上っていく茜を見送る。明らかに茜の笑いは歪だった。無理に作っていた。僕でも気付くほどに。





「……何なんだよ」





 でも、その理由なんて僕にはわかる訳がなかった。


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