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シスコン次男の憂鬱  作者: さき太
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終章 もう一つの作戦会議

 情報司令部隊の副隊長二人は防音設備を完備した隠し部屋の一つで打ち合わせをしていた。

 これまでの経緯や情報収集の結果などの報告と、それらを踏まえた自分の考えを楓は裕二郎に伝えていった。

 「どう思いますか?」

 そう尋ねられて裕二郎は、異論はないよと答えた。

 「問題行動が目立つと言っても青木沙依はギリギリのところで一線は超えない。何にも考えずに好き放題している様に見えて、あれはちゃんと理解して行動してる。彼女だって腐っても軍人で一隊を率いた隊長だからね。うちの仕事のこともよく理解してるし余計な詮索もしない、機密も守る。不在が多くてもきっと気にしない。彼女は隊長の支えになってくれるだろうし、隊長とくっつけば隊長を気に掛けて問題行動も減って、隊長も変な事しなくなるだろうしね。」

 そう言いながら裕二郎は楓を見た。

 「確かに隊長と青木沙依がくっつけば僕たちにとって都合がいいとは思うけど、でも、君はそれでいいの?青木沙依のこと嫌いでしょ。好きな人を嫌いな相手にとられるのって、嫌なもんじゃないの?」

 そう問われて楓は別にと答えた。

 「確かにわたしは青木沙依が嫌いですが、それは彼女が関わるとあの人がおかしくなるからです。余計な心配を掛けさせられるから嫌なだけであって、あの人が関わらなければ別に関心もない。彼女と一緒になることであの人が落ち着くならそれに越したことはありません。」

 そう言って楓は裕二郎に視線を合わせた。

 「それにわたしは隊長に恋愛感情を持ってはいません。恋愛感情なんて一種の気の迷いでしょ。ごっこ遊びを楽しむ分には相手に困ってませんし、わたしはどっかの誰かさんと違って本当に特定の相手を作る気はありませんから。今の生活が性に合ってますし、そんなもの邪魔なだけです。」

 それを聞いて裕二郎は肩をすくめた。

 「僕はてっきり君は隊長の事が好きなんだと思ってたよ。隊長にだけはやたら突っかかるし、隊長を虐めてよく遊んでるし、そのくせあの人のやることに寛容で援護は惜しまないし。青木沙依が嫌いなのもやきもち焼いてるのかと思ってた。」

 裕二郎の言葉を聞いて楓はため息をついた。

 「何を言ってるんですか。もちろんあの人のことは好きですよ。むしろ愛しています。あの人はわたしにとって唯一の特別でかけがえのない存在です。だからこそ、あの人もちゃんと救われてほしいと思うんじゃないですか。わたし達をあの人が救ってくれたように、あの人の心も救われてほしい。あのどうしようもないかっこつけのお人よしに幸せになってほしいとわたしは思ってるんですよ。あなただって同じでしょ?」

 それを聞いて裕二郎もため息をついた。

 「そうだね。僕の方があの人より年上だけど、僕だってあのひとの事父親のように慕ってるよ。だから、いつまでも僕らのことで心を痛めて、僕らがとっくに自分を手に入れて過去を克服してるって気が付かないような、間抜けなあの人にも幸せになってほしいとは思う。あの人には傍にいてくれる誰かが必要だって僕だって思ってるよ。」

 そう言って裕二郎は遠くを見た。

 「あの人、僕が子供の姿でいるのも話せないふりを続けてるのもその方が都合がいいからそうしてるだけって本気で気づいてないもんな。君はすぐ気が付いたのに。なんであの人はあんなに純粋なんだろうね。能力は認めるけど、僕らと違って本当にあの人はこの仕事に向いてないと思うよ。もうあの人が頑張らなくても僕らでどうにでもできるんだから、そろそろ肩の荷を下ろしてもいいと思うのに。」

 そう言う裕二郎の目はとても優しかった。

 「向いてなかろうが何だろうがあの人には目的がありますから。誰もが当たり前に生きることを許される場所。そんな理想郷を望んで、誰もを助けようとして、誰もに手を差し伸べようとして、あの人がどれだけの物を背負って、どれだけの傷を負って、どうやって壊れていったのか、それをわたしたちはずっと見てきた。それでも途中で膝を折ることなく、あんな風に心を壊してしまっても自分の理想を諦めずに戦い続けてきた彼を、わたしはとても尊敬しています。あの人だったから、わたしたちは救われた。あの人だから、わたしたちはついていこうと思う。わたしはずっとあの人の背中を追っていたい。例え今は自分の方が優秀だったとしても、あの人にはずっとわたしの前に立っていてほしい。そのためにもあの人には前に進んでもらわないと困ります。」

 楓のその言葉に裕二郎も同意した。

 「あの人は自分が弱いことを知っている。だからいつだってやりすぎなほど房波線を張って自分を守っていた。あの人がああなった理由も、ああならざるを得なかったということも理解していますが、あなたがさっき言っていた通りそろそろ終わりにしてもいいでしょう。青木沙依が現れてあの人は隙ができた。前世の記憶が戻って、今まで通りができなくなった。あの人の殻を破くなら今しかありません。あの人がまた自分を繕って立て直して完全に殻にこもってしまう前に中身を引きずり出して、偽れなくさせてしまいましょう。例えそれであの人がつぶれてしまっても構わない。」

 楓のその言葉に裕二郎は、過激だねと呟いた。

 「あれだけ長く意識的に自分を押し殺してきた人が自分を出したら廃人になることも想定しておかなければいけないでしょ。あの人にはずっと隊長でいてほしいですが、いなくなったらなったで別に構いません。あの人も救われてほしい。だからリスクが高くてもチャンスにかける。強いて言うならばこれは恩返しです。」

 しれっとそう言う楓に裕二郎は苦言をこぼした。

 「言ってる意味は解るけど、それリスクもリターンも全部隊長に還るだけで僕らには実害ないよね。」

 「何を言っているんですか、失敗した時の損害は大きいですよ。なんていったってあれだけ優秀な人材を失うリスクを背負ってるんですから。それに、あの人がいなくなったらわたしの仕事が増えるし、背負いたくもない責任を背負わなくてはいけなくなるし、あまり自由に動けなくなるんですよ。迷惑にもほどがあります。そんな迷惑をこうむってあげてもいいと言っているんですから、最大限の恩返しのつもりです。」

 いつも通りの無表情で無感情な声のままで紡がれるその言葉に裕二郎は苦笑した。

 「話を戻すけど、そもそものところで隊長が青木沙依を本当に妹としてしか見てなかったらどうするの?隊長の言い出した訓練に便乗して隊長と彼女をくっつけるってこと自体が無理になるよね。」

 裕二郎の言葉に楓は首を傾げた。

 「あなたは本当に隊長が青木沙依のことを妹だと思ってると思っているんですか?」

 そう訊かれて裕二郎は、わりかし本気じゃないの、と答えた。それを聞いて楓はため息をついた。

 「あの人は都合よく妹だったという事実を思い出して、それに便乗してそう思い込むことで彼女に接する口実を作っているだけです。自分の気持ちをすり替えてるんですよ。あの人は昔から青木沙依のことを女性として好きでしたよ。認識しないようにしていただけで、ずっと一人の女性として必要としていました。だからわざわざあんな風にわざと嫌われるような事してたんじゃないですか。嫌われてしまえば万が一なんて起きない。万が一が起きなければ自分のままでいられるから。想っている相手にもし少しでも好意を向けられたら歯止めがきかなくなってしまうかもしれないでしょ。それを避けてたんですよ。」

 そう言い切る楓に裕二郎はその根拠を尋ね、楓はただの勘だと答えた。

 「わたしの勘がはずれで、実際に妹だと思っていたとしても別に構わないです。その場合は訓練の方の作戦が失敗するだけで、わたしたちの本当の目的には支障がないですから。」

 それを聞いて裕二郎はそれもそうだねと答えた。

 「じゃあ、とりあえずそれで作戦を進めていこうか。表向きは隊長と青木沙依をくっつける作戦は隊長への嫌がらせを装って、もう一本本命っぽいのを用意して皆には動いてもらおう。」

 そう言って裕二郎は楽しそうに笑った。

 「僕らが隊長を出し抜いて嵌めるなんて、なんだかワクワクするね。」

 裕二郎の言葉に楓は同意した。

 「今はもうあの頃じゃない。わたし達がどれだけ成長したのか、あの人がいなくてもわたし達は大丈夫だということをあの人に認識してもらいましょう。」

 二人は視線を合わせてお互いの意思を確認した。

 「もう二度とあの人にあんなものは背負わせない。」

 「僕らだけは絶対にあの人を裏切らない。」

 「だからもしもの時は、あなたが援護して」「君があの人を殺す。」

 そう言い合うと、二人は部屋を後にし自分のするべき仕事に戻っていった。


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