-第6章 音速のワルツ The Sonic Waltz -
西暦2220年3月4日
惑星「アルシャディール」衛星軌道上
地表から2,400km
統合連邦軍降下戦訓練宙域G-4
ジョセフの機体は、漆黒の世界を翔けていた。
その翼は、星の光を受けて時折輝く。
敵機群からの離脱を図り、最高速での慣性航行を続けて1分余り。
分隊は元の編隊飛行の形態に戻りつつあった。
僚機との距離はおおよそ1km。HMDのアイコンだけでなく肉眼でも微かに見えるくらいまで近付いている。
そんな時だった。ジョセフの耳に、耳障りな警告音が聞こえてくる。
ジーという蝉の鳴き声のような電子音。
敵機からのレーダー照射警告だ。
『Caution.Caution.Enemy Tracking on Rader.(注意せよ。注意せよ。敵機からレーダー照射を受けています)』
「イクシズ、敵機の位置は?」
『3 Enemy Aircrafts.Incoming 8 O'clock High 150km.6 Enemy Aircrafts.5 O'clock High 180km.(3機。8時の方向上方150km。6機。5時の方向上方180km)』
「ヴァルネラビリティコーンまでの到達予想時間は?」
『216 Seconds Remaining.(残り216秒)』
「ツーよりリード、後方8時と5時から敵機接近。機数9。ヴァルネラビリティまでおよそ200秒で到達。このままでは防御機動になります。反転して中立機動で応戦する許可を」
『分かった。だが、可能な限りこのまま進み、距離を稼ぎたい。指示するまで待機』
「ツー、ウィルコ」
『リードより各機、後方から敵機9機が接近中。指示するまで待機』
敵と同方向に移動し、後方から追撃されるこの状況では、ミサイルによる攻撃は余り無い。
ミサイルは内部に搭載される推進剤の限度があるため、射程が長くないからだ。
大型で長距離用のものでもせいぜい最大射程300kmが限度。
それらのミサイルはほとんどが牽制目的であって、命中精度も対妨害対処能力も低く、ほとんど当たらない。命中が期待出来るのは最大射程200km前後の中距離用くらい。
近距離用ともなれば、最大射程50km程度となる。
しかし、敵が回避機動を行えば命中する確率も下がる為、射程には最大射程と有効射程という二種類の表現が使われる。
最大射程は、発射されたものが到達する最大距離。有効射程は命中がある程度期待出来る最大距離だ。
空戦は、いかに相手の射線を交わしながら有効射程内に入るかが重要になる。
その一番安全な手段が、敵機の後方至近のポジションを得る事、すなわちヴァルネラビリティコーンやリーサルコーンを取る事だ。
ヴァルネラビリティコーン・脆弱的円錐は、相手に取られると戦闘において自機が不利になるゾーンの事で、機体後方45度ずつ・距離3kmの円錐上の範囲内だ。
その更に内側、機体後方30度ずつ・距離2km以内のゾーンをリーサルコーン・致命的円錐と言い、ここを敵機に取られてしまうと、生き残ることは非常に難しくなる。
このゾーンをお互いに取り合う為に機動を繰り返す近距離格闘戦がドッグファイトだ。
ドッグファイトにおけるお互いの位置関係は、攻撃・防御・中立のいずれかにある。
攻撃は、敵機の後ろに付いたとき、リーサルコーンへ入ることを目的に行う機動。
防御は、敵機に後ろに付かれたとき、リーサルコーンへ入られないように行う機動。
中立は、お互いに対向し、すれ違う状態のどちらが不利とも言えない機動。
ドッグファイトとは、これらのテクニックを駆使して、いかに相手の背後を取るかという戦いなのだ。
もちろん、それに関する知識も刷り込み学習で学んでいるが、実践となると、向き不向きが如実に表れる。
ジョセフの分隊では、ジョセフと、四番機のルーカス・フォルチェッリ三等軍曹通称「ルーク」、六番機のフレデリック・マクミラン二等軍曹通称「フレディ」の三人がドッグファイトが得意な面子。
一番機のマックスと、三番機のアンツ、五番機のブラッドリー・アシュフィールド二等軍曹通称「ブラッド」の三人が苦手な面子だ。
なので、ドッグファイト時の分隊内での役割は決まっていた。
マックス、アンツ、フレディの三機は逃げに徹し、その背後に食いつこうとする敵機をジョセフ、ルーク、ブラッドの三機で狩っていく。これがこの分隊のドッグファイトスタイルだ。
後方に迫る敵機を感じながら、ドッグファイトに備えての準備を始める。
ドッグファイトでは機関砲や近距離用の小型ミサイルの出番となる。
それらの兵装は、長距離用兵装を格納し、近距離用兵装を再展開することで使用可能となる。
スロットルレバーに付いている兵装選択スイッチを親指でクリックし、武装モードを遠距離戦から近距離戦用に切り替えると、翼のランチャーが回転し、兵装の切り替えが行われ、兵装転換を通告するイクシズの音声がスピーカーから聞こえてくる。
『Weapon Mode Change.In Range Weapon Set.(兵装切り替え。近距離兵装)』
「チェック」
と同時に、イクシズが敵機の接近警告を出した。
『Caution.Caution.Enemy Incoming.70km Remaining.(注意せよ。注意せよ。敵機接近。残り70km)』
これを受けて、マックスが新たな指示を出す為に無線をオンにする。
入電を知らせるザッというノイズが聞こえてきた。
『リードより各機へ、これからはドッグファイトになる。よって、指揮権をツーに委譲する。今後はツーの指示に従え』
『スリー、ウィルコ』
『フォー、ウィルコ』
『ファイブ、ウィルコ』
『シックス、ウィルコ』
これも、ジョセフの分隊の特徴だった。
ドッグファイトが苦手なマックスは、逃げに徹する事が出来るよう、指揮権をジョセフに委譲する。
そのため、ドッグファイト時における分隊員の連携はジョセフが指揮を執るのだ。
『ツーより各機へ、後方の敵機群が40kmまで迫ったところで反転する。スリーとフォーは左にブレイクして8時から来る3機に対処。リード、ファイブ、シックスは俺と一緒に5時の6機をやる。ブレイクと同時に慣性航行を解除、エネルギーラインを復旧しろ。各機、チェックシックスを怠るな』
『リード、ウィルコ』
『スリー、ウィルコ』
『フォー、ウィルコ』
『ファイブ、ウィルコ』
『シックス、ウィルコ』
「イクシズ、敵機が41km地点まで接近したら報告、40km地点までの200mごとのカウント開始」
『Yes Sir.』
矢継ぎ早に指示を飛ばし、いつでも反転に移れるように態勢を整える。
チェックシックスは、後方確認のことだ。
時計の6時の方向。すなわち真後ろは、パイロットから見れば完全な死角になる。
そのため、頻繁に振り返り、後方の状況を確認する必要がある。
このチェックシックスを怠る事は、死を意味する。
パイロットはそう教え込まれるのだ。
いかにレーダーや赤外線などのセンサー機器群が進化し、機体の全周を監視出来るようになったとしても、これは変わらない。
昔から続くパイロットのセオリーなのだ。
エネルギーラインを復旧し、慣性航行を解除するのも、ドッグファイトの為だ。
慣性航行中は、大きく移動ベクトルを変更出来ない。
0.3G程度の弱い力で機体を引っ張り、進路を僅かに修正する以外は、基本的に最初の移動ベクトルと移動速度によって航行しているからだ。
そのため、機動力が物を言うドッグファイトで慣性航行は自殺行為だ。
エネルギーラインを復旧し、推進力を戻せば、機体は大きく減速するが、機動性は高くなる。
速度を取るか、機動性を取るか。このエネルギー管理もまた、パイロットの必須スキルとも言える。
『Sir.Enamy Aircraft Incoming.41km Remaining.(敵機接近。残り41km)』
「ツーより各機、ブレイクレディ」
『800m・・・600m・・・400m・・・200m・・・Now.』
「ナウ!」
イクシズのカウントに合わせ、ブレイクの号令を発する。
合わせて、左手のスロットルをミリタリー推力位置へと一気に押し込む。
HMDの速度スケールは4.1km/sから急速に減少し2.8km/sに、13%を示していたSCGは63%へと数値を大きく跳ね上げる。慣性航行でカットしていた推進システムを回復したため、エネルギー消費量が大きく増加し、推進システムから生み出される重力場が抗力を発生させ、機体を減速させたからだ。
理論上、ノーマルモード時の最高速度は2.8km/sで、この速度を発揮する為に必要な最大推力状態がミリタリー推力だ。
機体の機動に必要なエネルギーを確保したら、今度は右手の操縦桿を素早く捻る。
編隊の前から三列目のスリーとフォーが左に60°のロールをし、ブレイク。
残りの四機は右に60°ロールし、ブレイクする。
視界左側中央のVTGD(Virtual Turning G Display:仮想旋回G表示)は、5.5Gを示しているが、重力制御のおかげで体感するGは1.2Gだ。
じんわりと座席に押しつけられる感覚しかない。
機動戦闘スーツに搭載される重力推進制御ユニットは、機体にかかる重力加速度全てをコントロールするユニットだ。このユニットが、それぞれの重力力場を制御し、機体をコントロールする。
機体の推進時には、機体前方向に引き寄せるように重力加速を発生させ、旋回する時は機体の上方向と前方向それぞれに適した力場を発生させて旋回を行う。
パイロットに掛る旋回や加速時のGも、このユニットが全て制御する。
しかし、制御能力の限界があるため、機体全体で扱える重力力場の総量も限界があり、どこにどれだけのGを割り振って機動を行うかはパイロット次第となる。
速度を犠牲に急激な旋回を可能にする者も居れば、旋回能力を犠牲に速度を優先する者も居る。
ドッグファイトスタイルを分ける時、前者をマニューバタイプ、後者をスピードタイプと呼ぶ。
一部には、パイロットのGOPS(G Offset Protection System:G相殺保護システム)を緩和し、旋回におけるGを相殺無しで身に受けながら、速度と機動性の両者を維持する者も居る。
このタイプは、重力制御ユニットが無かった頃の旧式機と同様の環境であるため、オールドタイプと呼ばれる。しかし、オールドタイプは機体の機動性を真に発揮出来るタイプでもある。
「ツーより、リード、ファイブ、シックス、ヘッドオンと同時にレーダーロックせよ」
『リード、コピー』
『ファイブ、コピー』
『シックス、コピー』
敵機のアイコンが頭上から降ってくるように流れ、視界の中央のターゲティングサークル内に収まる。
収まると同時にロックオン開始、白いシーカーが敵機のアイコンに吸い込まれるように動き、緑だったアイコンが赤色に変わる。
ブレイク後、すばやく整えたデルタ隊形は、ジョセフを頂点として右にリード、左にファイブとシックスの二機が三角形を形作るように並んでいる。
攻撃の効率を咄嗟に全員が判断し、敵集団左の三機をファイブとシックスがロックオン。
敵集団右の三機をリードとジョセフでロックオンする。
『Enemy Lock On.Ready for Raunch.(敵機ロックオン。発射準備良し)』
こちらがロックオンを完了するのとほぼ同時に、スピーカーからピピピという警報音が鳴り響く。
敵機からもロックオンされた事を示す警報だ。
こちらのロックオンは既に完了しているので、躊躇う事無くトリガーを引く。
「ツー、フォックススリー」
『リード、フォックススリー』
『ファイブ、フォックススリー』
『シックス、フォックススリー』
翼のランチャーから三発のアクティブレーダー誘導式のRIM-85が発射される。
これは50km未満の短射程用ミサイルだ。
機動戦闘スーツにはRIM-90とRIM-85の二種類のミサイルが搭載されている。
前者は、中射程用の重力波パッシブ誘導ミサイル。
後者は、短射程用のアクティブレーダー誘導ミサイルだ。
昔は、中射程以上がレーダー誘導、短射程がパッシブ誘導だった。
しかし、20世紀後期から始まったステルス機化と、22世紀前期の重力推進制御技術による推進器革命に伴い、レーダーによる探知効果が減少し、敵の探知には敵の重力推進機関が発する重力波を検知するパッシブ式が主流になったのだ。
ミサイルの発射と同時に、四機での編隊を散開させる。
左翼のファイブとシックスは左にブレイク。
右翼のこちらは操縦桿を引き上げてのピッチアップだ。
機首が引き起こされ、虚空に半円を描くような機動を行う。
そこから機体を180°ロールさせ、元の上下ベクトルに機体を戻す。
機首方位を180°反転させる機動、インメルマンターンだ。
リードの機はそこから右方向に緩旋回。
下方では、同じ円軌道を逆周りにファイブが旋回している。敵に二人を食いつかせる為だ。
ジョセフはそこから更にインメルマンターン。
ファイブの円軌道から上方5km、リードの円軌道から上方2.5kmに遷移する。
リード上方を緩旋回しつつ、時折バレルロールやヨーヨー機動を織り交ぜる。
その軌跡は、リードやファイブよりも複雑な軌道を描いている。
シックスはファイブの円軌道からハイヨーヨーでやや上方に移動し、緩旋回。
リードとファイブ機の中間辺りで楕円軌道を描いていた。
全機が敵のミサイルを電子妨害とチャフで回避し、敵機との距離は12kmまで接近する。
敵集団の内、単調な旋回機動を続けるファイブとリードへ二機ずつが指向、一機ずつがジョセフとシックスに指向してくる。
「ツーよりリード、ファイブ。そちらに二機ずつが指向している。そのまま回避を続けろ。こちらに来ている機を片付けたらすぐに向かう」
『リード、コピー』
『ファイブ、コピー』
「ツーよりシックス、40秒で片付けろ。いいな?」
『シックス、ウィルコ』
兵装選択で発射トリガーの挙動をミサイル発射から30mm機関砲に変更する。
ミサイルには、最低射程というものも存在するからだ。
敵に後方を取らせるように緩旋回も織り交ぜながら、ゆっくりと速度を落としていく。
敵機は格好の餌食とばかりに距離を大きく詰めて来る。
左旋回の円軌道を取り、後方の敵機の射線を外しつつ、距離を調整していく。
現時点での距離は2km。理想のポイントは1kmの位置だ。
あと1km、800m、600m、400m、200m・・・。
敵機との距離が1kmまで近付いた時に、スロットルを引いて急減速させつつ、操縦桿を一気に引いてピッチアップ。
速度を急減速させることで旋回半径を大幅に減少させ、後続の敵機がこちらの旋回に追従しきれず円軌道の外側に大きくはみ出すオーバーシュートを誘発させる機動だ。
想定通り、敵機は大きくはみ出していく。
その一瞬のタイミングを見逃さず、敵機の側に鋭く切り返し。
オーバーシュートに気付いた敵機が、慌てたようにこちらに切り返して来るが、その旋回軌道の内側にジョセフの機体は滑り込み、敵機の背面部に向けて照準を合わせていた。
機関砲用のターゲティングモードは、敵機の予測進路位置が表示される十字のトラック・ラインと、発射した弾丸が敵機と交錯する地点を予測した機関砲ピパーがある。
機関砲は、自機の機首方向に向けて射撃されるので、射撃は敵機の未来位置を予測した位置に撃ち込まなければならない。
射撃時には、この機関砲ピパーをトラックラインに重ねるように操縦する。
操縦桿を小刻みに動かし、フットペダルを活用しながら、進路を微調整。
こちらが優位なポジションに居られる僅か数秒の間に照準を合わせ、トリガーを引き絞る。
トリガーを引き絞る時間は一秒少々。
その一瞬の間に、毎分4,800発の連射速度を誇る二つの30mmガトリング砲から、200発にもおよぶ弾丸の嵐が吐き出される。
その軌道を確認出来るようにする為に自ら光を発する曳光弾と、訓練用のペイント弾が織り成す光の筋は、流れるように漆黒の空間を迸り、敵機に向かって吸い込まれていく。
『Target Hit.Enemy Aircraft Shootdown.(目標命中。敵機撃墜)』
イクシズの音声がアナウンスで淡々と告げる。
その報告を聞きながら、スロットルを押し上げて増速。
数百m/sまで落ちていた機速を2km/sまで回復させる。
そこから、リードの旋回軌道が見えるように左に大きくバンク。
リード機と敵機のアイコンが描き出す軌跡を発見する。
ドッグファイトが苦手なマックスだが、幸いな事に敵機の射線を外し続けることは出来ているようだ。
そのさらに下方では、ジョセフと同じように敵機を仕留めたフレディが、ブラッドの後方の敵機に向けて乱入するタイミングを見計らうように飛んでいた。
ヨーを使い、円軌道に上下動を織り交ぜながら飛んでいるマックスだが、このままでは膠着状態になり、戦闘が長引いてしまう。
状況を鑑みて、ジョセフはマックスに指示を出す事にした。
「ツーよりリード、バレルロールからのローヨーヨーをやれ。タイミングはこちらで指示する」
『リード、コピー』
バレルロール機動とは、ロールとピッチアップを組み合わせた動作で、樽の内壁に沿って螺旋を描くようにロールする。通常のロールと違って、機体の軸が移動しながらのロールをするため、射撃しづらく、防御側が形勢を逆転させる為に用いることも多い機動の一つだ。
ジョセフがマックスに与えた指示は、バレルロールで一回転のロールをやったあと、そのまま降下する機動で、バレルロールをやった場合、上昇するように錯覚させることも出来るため、撹乱が出来る。
その一瞬の隙を突いてジョセフが乱入するのだ。
機体の速度と位置をマックスの円軌道と合わせ、マックスよりもやや前方上方を飛ぶようにする。
「いくぞ、3、2、1、ナウ!」
このかけ声と共にマックスは円軌道の為の右バンクから一転して左ロールをしながらバレルロール。
敵機はその一瞬の動作に、釣られるように円軌道を外れ、バンクが緩む。
マックスはそのまま操縦桿を捻り続け、一回転。
ジョセフは、機体を背面にしてから急降下。
そのまま、マックス機の後方の敵機を視界に収める。
追尾している二機のうち、先頭の機に狙いを定め、機関砲を放つ。
再び両翼から走る火線は、マックスのバレルロールに追従しようとしていた敵機の鼻先へ吸い込まれる。
そのまま、後続の敵機を気にせずダイブを続行。左に大きくブレイクしてマックスの円軌道から一旦離脱する。先ほどの射撃の結果を解析したイクシズが、すかさず音声で報告した。
『Target Hit.Enemy Aircraft Disablement.(目標命中。敵機無力化)』
どうやら、先ほどよりも命中数が少なかったのだろう。撃墜とまでは行かず、飛行可能だが戦闘続行不能な無力化状態にしか出来なかった。
ローヨーヨー機動に移行したマックスは、先程までの円軌道を続けながらヨーを使って機体を降下させ続ける。ヨーを使って横滑りし続ける機体を照準に捉え続けるのは難しい。
敵機はなんとかマックスの機を照準に収めようと、フラフラと微調整を繰り返していた。
その軌道が織りなす鳥籠の外から、一旦離脱したジョセフが喰い付く。
マックスが降下してくる先、円軌道の外側から抉り上げるように接近したジョセフは、フラフラと動き続ける敵機の腹をしっかりと照準に収めていた。
再びトリガーを引き絞り、一秒ちょっとの連射。
薄緑の輝きを放つ曳光弾が生み出す光のラインは、敵機に向かって伸びて行き、その腹をペイント弾が赤く染め上げる。
その直後、敵機の姿は視界の下に流れ去り、見えなくなる。
だが、確かな手応えを証明するかのように、イクシズの報告が入る。
『Target Hit.Enemy Aircraft Shootdown.(目標命中。敵機撃墜)』
「ツーよりシックス、こちらは片付いた。そちらはどうだ?」
『こちらシックス、あと数秒で片付きます』
「了解。終わったら編隊を組みなおす。位置につけ」
『シックス、コピー』
「ツーよりフォー、そっちの状況はどうだ?」
『こちらフォー、もう片付きました』
「了解、こちらに戻れ」
『フォー、コピー』
『こちらシックス、こっちも完了です』
「了解。全機よくやった。これより指揮権をリードに戻す。そちらに従え」
『スリー、コピー』
『フォー、コピー』
『ファイブ、コピー』
『シックス、コピー』
そう指示して、ブレイク前の進路へと機体を戻すために操縦桿を捻る。
周囲を確認すると、他の機も同じように進路を戻し、編隊を組みなおそうと動いていた。
『リードより各機、編隊を組みなおしたら、再度ブースターモードを使う。準備せよ』
「ツー、ウィルコ」
『スリー、ウィルコ』
『フォー、ウィルコ』
『ファイブ、ウィルコ』
『シックス、ウィルコ』
敵機迎撃の為に分散していた各機が元のポジションに収まりつつあるのを見て、イクシズに問いかける。
「イクシズ、エントリーフェイズ移行目標ポイントまでの距離を報告」
『Destination Point.1,750km Remaining.(目標ポイントまで、残り1,750km)』
『各機、ブースターモード起動スタンバイ。3、2、1、ナウ!』
その合図と共に、再びスロットルを思い切り前に押し出す。
じわりと体が押し付けられる感覚を感じながら、視界に広がるアルシャディールを見た。
闇の世界を漂う青き宝石は、じわりじわりとその姿を大きくしていた。