-第5章 銀翼の舞踏会 Dance of the Silver sky-
西暦2220年3月4日
惑星「アルシャディール」衛星軌道上
地表から3,500km
統合連邦軍降下戦訓練宙域G-4
『ブラボーリードより各機、間もなくブーストフェイズからターミナルフェイズへと移行する。フェイズ移行後は、各自の判断において展開せよ。最初にエントリーフェイズに全員が到達した分隊には、ビールとジャーキーを奢ってやる』
というエレナ少尉の粋な計らいに、無線が湧き立つ。
訓練時の臨時編成とはいえ、既に2カ月もの間、この編成で過ごし、多くの時間を共有している。
共に飯を食い、酒を飲み、ふざけ合う。軍隊における兵士の絆の深め方というのは、昔からあまり変わらない。良い指揮官は、部下の士気をコントロールするのが上手い。そういう点では、ビールとジャーキーというエレナ少尉の焚き付けは、安いながらもそれなりに効果のあるものだった。
なぜなら、海軍艦艇の中は飲酒が禁止であり、この訓練の為にエニセイに乗り込んだジョセフ達は3日間禁酒状態で過ごしていたからだ。
血気盛んな連中の多い海兵隊において、酒というのは、便利な代物だ。
陸にいて任務が無い時は、割と頻繁に飲み会が開かれる。
新兵にとっての最初の試練は先輩達に飲み会で浴びせられるように飲まされる酒だ。
兵士でいる限り、酒の洗礼からは逃れられない。
ベテランの兵士ともなれば、ザルのような大酒飲みがゴロゴロ居る。
規律厳しく、娯楽の少ない軍隊にとって、酒というツールは数少ない娯楽だ。
たとえビールでも、焚き付けには充分過ぎる程有効だった。
今回の訓練は、機動戦闘降下訓練の一つ、無支援降下訓練だ。
長距離探知警戒機や、護衛機、その他戦力と連携して作戦に当たる機動戦闘降下ではあるが、支援が全く無い状態での降下を行わなければならない場合を想定して、このような訓練を行う。
地表から3,700km地点で母艦から発進、各フェイズを行い、地表に着陸するまでが訓練となる。
ターミナルフェイズへの移行は地表からの高度3,500km地点、大気圏突入のエントリーフェイズへの移行は高度350km地点からの開始だ。ターミナルフェイズ時と、ランディングフェイズ時には、敵機を模した無人機が投入されている為、ターミナルフェイズ時のおよそ3,200kmと大気圏突入後着陸するまでの間、敵と戦闘を行いながら駆け抜けなければならない。
敵機の数も、出現位置も、攻撃パターンも不明で、模擬判定という違い以外は、実戦と変わらない。
既に6回目となるこの訓練だが、降下する人員の約40%は撃墜判定が出される程の難易度だった。
『Sir,Approaching Phase Shift.Twenty Second Remaining.(フェイズ移行まで、残り20秒)』
「イクシズ、ECMスタンバイ」
『Yes Sir.ECM Standby Mode Set Passive Counter Measure.Rader Warning Set.(了解、電子戦スタンバイ、モードセットパッシブカウンターメジャー。レーダー警戒、セット)』
イクシズに、電子戦の用意を指示する。
敵の攻撃兵器に捕捉された場合に備え、自動で電子妨害や対抗手段を展開するパッシブカウンターモードで起動される。常時電子妨害を行い、敵に捕捉されないように展開するアクティブジャマーモードもあるが、こちらは場合によっては暗闇で懐中電灯を振るが如く、敵に目立ってしまうため、あまり好みではない。
『By the Phase Shift In 3 2 1 Now(フェイズ移行まで、3、2、1、今)』
『リードから各機、各個に警戒、ブレイクに備え間隔を3倍に取れ』
「ツー、ウィルコ」
そう言って、スロットルをやや絞る。前方を行く1番機との距離は100mなので、300mまで離れる必要がある。HMD上のマックスの機体を示すコンテナマークが徐々に小さくなり、マークの右下にある距離スケールが数値を増していく。
これらHMD上の表示は全て、暗闇でも眩しくなく、認識しやすい緑色で表示されている。
250を超えたあたりでスロットルを戻し始め、300で元に戻す。
後ろを振り向くと、ジョセフを頂点に楔形に広がる3番機から6番機の僚機達も同様に、ジョセフから遠ざかっていた。3番機と4番機はジョセフからみて後方左右45度300mの位置、5番機と6番機はその更に300m奥になっている。ジョセフの分隊は各機がちょうど300mの間隔を取っている。
この距離が、不意に急激な機動を行った場合に備えての安全距離となる。
ターミナルフェイズに移行して10分が経ち、漆黒の宇宙空間に漂う静寂がジョセフ達を包み始めた時、それは訪れた。
周囲を警戒する為、後ろを振り返ったジョセフの視界に、キラリと光るものが見えたのだ。
それが何なのか確認しようと光学望遠をジョセフに指示しようとしたその時だった。
『Caution.Caution.Rader Contact.Unknown Incoming.8 o'clock High 180km(注意せよ。注意せよ。レーダー探知。未確認機接近。8時の方向上方180km)』
イクシズが発した警告は、まさにジョセフが見た光点の方角だった。
「IFF、実行せよ」
『Yes Sir,Will Send the IFF.(了解、IFFを送信します)』
『IFF is No Reply.Enemy Propability is High(IFFに応答ありません。敵の可能性大)』
『リードより各機、アンノウンを探知しているな?これより増速し、離脱する。もし追尾攻撃してきた際は各自の判断で展開、行動せよ』
「ツー、ウィルコ」
『スリー、ウィルコ』
『フォー、ウィルコ』
『ファイブ、ウィルコ』
『シックス、ウィルコ』
IFFは、電波による合言葉のようなもので、あらかじめ決められたコードを問いかけ、決められた応答が返ってくれば味方、それ以外は敵と判断するものだ。
マックスの判断は正解だ。機動戦闘降下の第一の目的は生きて地上に到達すること。
故に、無駄に戦力を消耗してしまう可能性のある空戦は避けるのがセオリー。
また、空戦を行うとなると、余分に時間とエネルギーを消費し、不利に陥りやすい。
作戦の第一目的が地表への到達にある以上、敵の殲滅や撤退と言った勝利を得る必要は無い。
ジョセフ達は負けなければ良いのだ。
機動戦闘スーツには、空戦用の装備もあるものの、大規模な戦闘は行わないのが基本の為、積極的な攻撃行動が出来るほどの余力は無い。あくまで自衛的な戦闘程度を想定されたものだ。
前方に視線を戻すと、300m先のマックスの機体を示すアイコンが加速し始めた。
遅れを取らないようにこちらも増速をかける。左手に握るスロットルを奥にスライドさせ、推力を増加させる。周囲に比較する対象物が無いので実感が湧かないが、視界左側の速度スケールが示す速度は1,900m/sを示している。およそマッハ6の高速だ。これでも最高速には遠く及ばない。
この機動戦闘スーツのCMMには、三つのモードがある。
リアクターの全エネルギーの内、95%を推進に回すブースターモード。
装備と推進にバランス良くエネルギーを供給し、戦闘と機動を両立させるノーマルモード。
武装に重点的にエネルギーを割り振り、高火力を実現するバーストモードの三つだ。
最高速度である4.1km/sはブースターモードでしか出せないが、その欠点として武装にエネルギーを回せない分無防備になってしまう。
そのため、危機的状況でのみ使用することとされ、通常はノーマルモードで運用されている。
今はまだ、危機的とは言えないので、ノーマルでの運用だ。
視線の先のマックス機は、2,000m/sで加速を止めているようで、加速で離れた距離スケールが近付いてくる。指示通りの300m間隔を保つため、ジョセフもスロットルをゆっくりと戻す。
目まぐるしく変化していた速度スケールの数値は、ゆっくりと止まり始め、マックス機と同じ2000m/sでピタリと止まる。視界左下のSCG(Status Check Gauge:ステータスチェックゲージ)で自機の状況を確認し、エネルギー消費量が全供給量の37%とまだ余力がある事を確認しつつ、周囲への警戒を繰り返す。
後方に探知されたアンノウンは、未だに後方上方180kmの位置から動かず、こちらを追尾していた。
機数は3機、こちらに仕掛けてくる様子は全くなく、ただ静かにこちらの後方を飛んでいるだけだ。
その違和感ある動きに、僚機達も気付き始め、無線が賑やかになり始める。
『スリーよりリード、アンノウンに動きは確認出来ず。コンタクトから同じ位置関係を保っています』
『こちらフォー、光学望遠でアンノウンを視認しました。訓練用のドローン、敵です』
『こちらシックス、あれは観測機では?こちらをターゲティングしている可能性があります』
『ファイブよりシックス、アタッカーは別にいるってのか?』
『リードより各機、落ち着け。動きが無い以上、こちらからは仕掛けん。このままだ』
「ツー、ウィルコ」
と、マックスが各機に忠告し、分隊用チャンネルが収まりを見せたその瞬間だった。
『Warning! Warning! Incoming Missle!.12 Direction Front O'clock.Reaching Remaining 50 Seconds.Break Now Immediately.(警告!警告!ミサイル接近!12時の方向、正面。到達まで50秒、ただちに回避せよ)』
唐突なミサイル接近警報。このミサイル警報に対し、全員が反射的に動いた。
編隊の先頭、一番機のマックスはそのままピッチアップ。
右翼の三番機は右に45度ロール、同じく右翼の五番機は右135度ロール、
左翼の四番機は左に45度ロール、同じく左翼の六番機は左135度ロールしてからそれぞれピッチアップ。
そしてジョセフは、操縦桿を捻って180度ロールし、背面状態になりピッチアップ。
ジョセフ達の編隊は、正面から見て花開くように六方向に散開した。
ピッチアップ角が60度になったところで再びロールして反転する。
「イクシズ、詳細状況報告!」
『2 shots Missle Incoming.Inferred From The Scan Results.Advanced Long Range Passive Gravity Wave Guided Type.115km Remaining.(ミサイル2発接近。スキャン結果からの推測。長距離パッシブ式重力波誘導方式。残り115km)』
「発射座標は?」
『Lanch Point is Detection Impossible.Missles Flying Course Gather From Point 2-5-9-0-0-3 Error Radius 2km.(発射地点は探知不能です。ミサイルの飛翔コースからの推定では、ポイント2-5-9-0-0-3から誤差半径2kmの地点です)』
「そのポイントを重点的に光学望遠で走査」
『Yes sir.Optical Telescope Scaning Mode Start.(了解、光学望遠走査開始)』
イクシズにミサイルの発射元の特定を指示し、周囲を警戒する為に視線をあちこちに向ける。
編隊がブレイクしてから30秒弱。イクシズからの報告も踏まえると、ミサイルはあと20秒前後でこちらに接触する。パッシブ式重力波誘導ということは、こちらの推進機関である重力制御推進に反応して誘導されている。このタイプに対しては電子妨害は効きにくいので、迷わずデコイ投下を選択する。
ミサイルを表す小型のマーカー二つが、ジョセフ機の後方に現れ、近付いてくる。
距離スケールは見る見る内に小さくなっていく。残り5kmに接近してきたところを見計らって左手でデコイ発射ボタンをクリックし、同時にスロットルを0にする。推進制御を失った機体は、無重力の宇宙空間を慣性で漂流していく。デコイは、機体と同じ重力波推進波形を放出し、ミサイルを誤誘導させて自機に被害が及ばないようにするためのものだ。スロットルを切れば、ミサイルから見た敵機の反応はデコイのみになるため、そちらに引き寄せられる。
それから一瞬の後、後方で爆発を模した閃光が煌めいた。
訓練弾は、着弾シミュレート用の光を発し、機体側は受光したレベルによって被害を判定するシステムだ。
『Caution Caution Enemy Contact.15 Enemy Aircraft Incoming.11 O'clock High.200km Remaining.Follow Data Link(注意せよ、注意せよ、敵機探知。敵機15機11時上方より接近。距離残り200km。データリンクを確認せよ)』
と、イクシズの警戒音声がアナウンスされる。
データリンクで確認すると、これらの敵機群を発見したのはアントン・カプローニ二等軍曹通称「アンツ」の三番機のようだ。機動戦闘スーツには、分隊間で情報を共有できるように戦術データリンクが装備されており、味方の状況を詳細に把握することが可能だ。おそらく、今のアナウンスで分隊の全員がデータリンクを確認し、状況を把握しているだろう。
「ツーよりリード、敵編隊への牽制攻撃を具申します。このまま進んでも、敵機に鼻先を押さえられます。こちらから仕掛けて、敵の隙を作り、増速して振り切るのが得策でしょう」
『リードよりツー、そうだな。分かった牽制攻撃を実行しよう』
『リードより各機、ミサイルによる牽制攻撃で数を減らす。スリー、フォーは俺と共にエンゲージ(交戦せよ)、ツー、ファイブ、シックスはフォローに回れ。隙を作り、増速離脱する』
「ツー、ウィルコ」
『スリー、ウィルコ』
『フォー、ウィルコ』
『ファイブ、ウィルコ』
『シックス、ウィルコ』
マックスが的確な指示を飛ばし、分隊全員が機敏に動き始める。
この指示も、セオリー通りだ。機動戦闘スーツ等の航空機型機動兵器の場合、機首を下げての下降動作よりも、機首を上げての上昇動作の方が応答性が高く、運動性能も高まる。
これは、重量バランスの関係や、機体構造の関係などいろんな要因があるが、ほぼ全ての機動兵器に共通するものだ。そのため、下方から攻撃を行ったとしても、上昇されれば回避される確率が高まる。
逆に言えば、敵の上方から攻撃すれば、回避される確率を減らせるということでもある。
先ほどの攻撃によってジョセフたちの編隊は六方向にブレイクした。
真正面からの攻撃だったので、各機の行動範囲に余裕を持たせる為と、敵の撹乱を目的としたブレイクだ。敵機群は先ほどの攻撃よりやや下方くらいのベクトルで探知されたので、ジョセフを含めた下方ブレイクの三機は敵機群の下方に位置している。
そこで、上方ブレイクの三機が降下しながら攻撃を行い、下方ブレイクの三機は下方に回避行動を取るであろう敵機群を追撃する。
敵は、ミサイルの回避行動を行う分、こちらに対して反撃を行うタイミングが遅れることになる。
その間に、こちらは最大加速を行い、敵を振り切りにかかる作戦だ。
全員がこのセオリーを知っており、状況を正確に分析しているからこそ、たったあれだけの指示でお互いに理解し、行動に移すことが出来る。これもまた必要な能力だ。
チームは、一心同体になることが求められる。一匹狼の奴は弾き出される。
お互いに命を預けあう仲間だからこそ、お互いを信頼し、頼れなければならない。
軍とはそういう組織だ。
頭の中で僚機や敵機との位置関係をイメージしながら、操縦桿を引きピッチアップ。
フットペダルを左足で踏み込み、ヨーを作動させる。
敵機と正対するように左に緩旋回させるためだ。
『全機、マスターアームオン、武装選択はRIM-90、ターゲット選択をデータリンクで確認。ロックの重複が無いようにしろ』
RIM-90は、機動戦闘スーツに搭載される中距離迎撃ミサイルで、搭載数は32発、有効射程は120kmのミサイルだ。操縦桿のマスターアームスイッチを解除し、ミサイルの発射待機状態に移行。
上方の敵機には、最初に攻撃する三機がターゲティングをしているマーカーが追加されている。
データリンクで接続され、高度な情報共有が可能となっているため、味方が狙っている敵、味方を狙っている敵、その他諸々の戦闘に必要な情報が視覚化されて表示される。
『合図で発射しろ。ファイブカウントだ』
『コピー』
『コピー』
『スタンバイ、5、4、3、2、1、フォックスツー!』
マックスの合図と共に、三機から計15発のミサイルが発射されたことが、データリンクに示される。
HMDの視界にオーバーレイされるミサイルのアイコンは、真っ直ぐに敵編隊に向け移動していた。
敵編隊に視線を戻すと、7機が上方へのピッチアップを行い、回避を開始。
8機がロール反転からのピッチアップで下方への回避を開始していた。
「イクシズ、敵機の状況を報告」
『Enemy Formation is Break.Avoidance behavior in.(敵編隊ブレイク。回避行動中)』
「ミサイルの到達予測時刻は?」
『30 Second After』
「ツーよりファイブ、シックスへ。下方にブレイクした8機の退路を塞ぎ、追撃する。攻撃用意」
『ファイブ、ウィルコ』
『シックス、ウィルコ』
下方三機組の僚機に指示を伝達する。
ジョセフの分隊内での指揮序列は二位。
マックスはこの分隊のフライト・リーダー。
ジョセフはエレメント・リーダーだ。
「ターゲティングモード起動」
『Yes Sir.Targeting Mode Standby.Please Hold to Capture.(了解。ターゲティングモードスタンバイ。捕捉を維持してください)』
HMDの視界に、緑色のサークルが浮かび上がり、ロックオン態勢に移行する。
敵機のアイコンはロックオン可能を表すように四角形から六角形へと変化する。
サークルを敵機に合わせるように視線を動かし、サークルが敵機を囲む位置で保持する。
すると、白い円形のシーカーが敵機のアイコンへと動いていき、重なり合ったところで敵機のアイコンが赤く変化し、ピーという電子音が響く。ロックオン完了のサインだ。
視線同調ロックオン方式のオフボアサイトミサイル特有の照準動作で、真正面に居ない敵であってもロックオン出来る。
五番機と六番機がターゲティングしている敵機を確認し、残りの敵機もロックオンする。
『Enemy Lock On.Ready for Raunch.(敵機ロックオン。発射準備良し)』
「ファイブ、シックス。スリーカウントで発射」
『ファイブ、コピー』
『シックス、コピー』
「スタンバイ、3、2、1、フォックスツー!」
合図と同時に操縦桿のトリガーを引き絞る。
右翼下のミサイルポッドから2発、左翼下のポッドから1発、計3発のミサイルが放たれる。
機体から打ち出され、スラスターに点火したミサイルは、ぐんぐんと速度を増していく。スラスターの噴射で吐き出された推進剤はあっという間に氷結し、キラキラと輝き始める。
一瞬で凍りつく極寒と、真空の虚無の世界。
それがジョセフが今居る宇宙という空間だ。
スーツの中は温度や湿度の調節がなされ、快適な環境だが、鋼鉄の体を挟んだ外側は人が生存出来ない死の世界なのだ。それを見せ付けるかのような煌きを放ちながら、鋼鉄の槍は飛んでいく。
その光の軌跡を目で追いながら、操縦桿を左に捻りブレイクターン。
攻撃後も同じ状態で留まるのは危険だからだ。
数秒の間、ミサイルの軌跡を目で追っていたが、しばらくして目で追えない距離まで遠ざかってしまった。
周囲を確認し、僚機の位置関係を確認していると、マックスから次の指示が飛んでくる。
『リードより全機、ブースターモード起動。トップスピードで突っ切るぞ。敵機とキスなんかするな?』
「ツー、コピー」
『スリー、コピー』
『フォー、コピー』
『ファイブ、コピー』
『シックス、コピー』
指示に応答を返し、左手のスロットルレバーを思い切り前に押し出す。
機体の重力制御の為にあまり感じないが、じんわりと体が後ろに押し付けられる。
HMDの速度スケールはみるみる数値を上昇させていく。
ブースターモードが起動され、リアクターの生み出す全エネルギーの内、95%が機体の推進に使われているのだ。速度スケールはあっという間に最高速である4.1km/sを叩き出す。
本当なら、常時この速度で進みたいところだが、そうもいかない。
ブースターモードによって膨大なエネルギー供給を受ける重力推進機関への負荷が大きく、長時間使えないからだ。もし推進機関に負荷を掛け過ぎれば、オーバーロードを起こして暴走し、高重力状態に伴う収縮崩壊を起こしかねない。
それは、一種のブラックホールのような現象で、効果範囲は本物のブラックホールには及ばないものの、最低でも半径2kmは跡形も無くなるような破壊をもたらす。その危険性を無くすため、通常はリミッターが掛けられており、使用出来るのは15秒程度でしかない。
その後は、エネルギーをカットして機関の負荷を無くしつつ、慣性航行になる。
ジョセフの機体もリミットの15秒を迎え、自動的にエネルギーラインが一時カットされた。
慣性航行に移行するのとほぼ同時に、視界に複数の光球が出現する。
ジョセフ達が放ったミサイルの着弾シミュレートだ。
それによって得た結果をすぐさまイクシズが報告してくる。
『9 Targets Shootdown.6 Target Remaining.(9目標撃墜。残り6目標)』
その間、敵機群との距離はみるみるうちに縮まっっていく。ブースターモードで得た速度を維持したまま、敵の下方を通り抜けるようなルートで慣性航行を続け、数秒後には敵の20km下方を通り抜けていた。
視界の上の方を敵機のアイコンが物凄い速さで流れていく。
その様はまるで流星のようだった。
「イクシズ、エントリーフェイズ移行目標ポイントまでの距離を報告」
『Destination Point.2,700km Remaining.(目標ポイントまで、残り2700km)』
「周囲の警戒を続行。行ける所まで慣性航行で行く」
『Yes Sir.Will Continue to Alert.(了解。警戒を続けます)』
イクシズにそう指示し、ジョセフは操縦桿とスロットルに置いた手を握りなおした。