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英雄の称号 ~Title of Hero~  作者: 橘花 疾風
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-第3章 試練の始まり Beginning of the Ordeal-

西暦2220年1月4日

惑星「アルシャディール」

統合連邦軍 先進兵器開発技術(しょう) 歩兵戦訓練開発センター


1月4日、年が明けてすぐのこの日、ジョセフはひんやりとした講堂の中に居た。

連邦天文宇宙局の定める星図によれば、この星は銀河系のセクター6、ストロム・シグマ星系の恒星「システリア」に連なる惑星で、人類が3番目にテラフォーミングした惑星だ。

ジョセフが今居るのはこの惑星の北半球側であり、連邦標準時で1月のこの時期、ここは夏となる。

この星の半分は海であり、残り半分の大半を砂地が占める。

惑星の地表面の内、人類が居住するのは僅か7%程度の地域だが、そこに17億の人口が居住する。

快適な気候のこの惑星は、人類の一大工業惑星であり、一大軍事拠点でもある。

人類の植民星におけるネットワークは、行政・商業の中心地である地球、農業・漁業を始めとした食料供給の中心地であるリシャルメルト、軽工業・重工業問わず工業の中心地であるアルシャディールの三大惑星を中心とし、資源惑星や衛星、研究ステーションなど様々な小規模な植民星・施設が付随する形で人類の経済圏を構成している。

工業の中心であるこのアルシャディールには統合連邦軍の兵器開発を担う先進兵器開発技術廠があり、統合連邦軍で使用する兵器全般の技術開発はこの技術廠が担っている。

その中でも歩兵向けの装備開発、試験、初期訓練を行う歩兵戦訓練開発センターの大講堂。

そこが、第442連隊戦闘団志願者に通達された集合地点だった。


「兵士諸君。第442連隊戦闘団歩兵選抜過程へよく来てくれた。心から歓迎する。私は、この第442連隊戦闘団の指揮官に任命された、アンドリュー・セルフリッジ大佐だ。諸君らには、これから18週間の選抜過程へと参加してもらう。今ここに居る海兵隊員6000人の内、選抜されるのは1000人だ。その選ばれし精鋭達をもって、人類は奴らに決戦を仕掛ける。諸君らが、私と共に戦争を終わらせる切り札となる事を期待している。」


と、大佐が壇上でスピーチをしている。

志願者6000人を前にしながら、微動だにせず、力強く響き渡る声で語るその様は、彼が歴戦の兵士である事を如実(にょじつ)に物語っている。


アンドリュー・セルフリッジ大佐。

一本の白髪すら無い綺麗な黒髪の短髪で、鋭く何かを見通すような眼光を持つこの男の制服は、多くの略綬で彩られ、左胸をカラフルに染め上げている。

鍛えられた肉体は、遠目で見ても戦士のものだと分かる。

彼の戦歴を知る者は、彼をこう呼ぶ。「戦場の奇術(きじゅつ)師」と。

彼がそう呼ばれるのは、圧倒的な数的劣勢をカバーする程の指揮官としての才能(ゆえ)だ。

第二次クリントベルン攻防戦と呼ばれる6年前の戦いで、彼は第3海兵師団 第253海兵旅団 第206戦術機甲強襲歩兵大隊を率いた。大隊の兵員数およそ1000に対し、敵の数はおよそ2万の1個師団規模で、誰が見ても不利な戦いだった。当時、少佐だった彼はその絶望的な戦いを(くつ)して見せた。

惑星ベルシニールにある鉱山都市クリントベルンは、数少ない希少金属採掘施設のある鉱山都市であり、人類にとって重要度の高い防衛対象だった。7年前にアルテリアンがベルシニールに侵攻してから、6度に渡って攻防戦が繰り広げられ、3年前に陥落したのだ。

第二次攻防戦は、最初の攻防戦が終結した4カ月後に勃発(ぼっぱつ)した。

当時連邦軍は、第一次攻防戦で受けた損害を補うべく再編成を行っている途上であり、充分な戦力とは言えない状況だった。そんな中、クリントベルンに配置転換となり、到着して間もなかった206大隊は、歩兵部隊の主力として矢面(やおも)に立たされる事になった。

彼らの任務は、第101海兵旅団を中核とする海兵即応(そくおう)遠征軍の増援が到着する一週間の間、クリントベルンを死守することとされた。敵の総数約2万の1個師団規模に対し、連邦軍側は歩兵戦力1個大隊を中核とする旅団規模の諸兵科(しょへいか)連合部隊でしかなく、戦力比は20対1というレベルの絶望的な戦いだった。

そんな中、彼は誰もが予想しなかった戦果を挙げたのだ。

彼は、圧倒的な戦力差から、直接戦闘を避け、徹底的なゲリラ戦闘に持ち込んだ。

クリントベルンは鉱山都市であるが故に、複雑な地形を有する都市であり、都市部を利用したゲリラ戦術に適していたが、ゲリラ戦闘は、指揮官の才能が大きく出やすい戦いとなる。

少人数による散発的かつ突発的な戦闘を行うゲリラ戦は、組織立っての戦闘には向いていないからだ。

劣勢に立たされてゲリラ戦に持ち込んだものの、力量が足りず敗走(はいそう)した指揮官は数知れない。

彼の凄い所は、これほどの戦闘を配置一カ月未満の部隊で成し遂げた事だ。

ゲリラ戦で重要になるのは機動力であり、これは地の利がものを言う。

つまり、土地勘が無ければ成功は望むべくも無い作戦であるのだ。

正規軍の軍事作戦には不向きのゲリラ戦を、地の利の少ない状況下で見事に成功させ、増援到着までの一週間を凌ぎ切った彼の功績は大きく評価され、統合連邦最高評議会黄金名誉勲章を受章している。

行ってみれば生ける伝説のような存在であり、同じくスピーチを聞いていた周りの兵士達の中にも、大佐の登場によって息を呑む奴が何人か居た。


「諸君らの中には、我が部隊の募集要項を見て不思議に思った者もいるだろう。諸君らに厳しい条件を求めたのは、他でもない。この部隊での任務が、過酷を極めるからだ。強襲降下を経験し、戦闘降下章を受け、今を生き延びている諸君らをもってしても、完遂出来るかどうか分からない任務だからだ」


戦闘降下章。それは、強襲歩兵にとって真の強襲歩兵だという証であり、新兵からの卒業バッジでもある。

海兵隊の戦術機甲強襲歩兵は、3種類の方法で戦場に投入される。

陸路での投入、輸送機でのエアボーン、そして惑星上空150km程をスイングバイ軌道で侵入する海軍艦艇からの強襲降下、の3種類だ。

高度150kmから大気圏突入用小型ポッドと強襲降下用アームドスーツに身を包み、音速を超える速さで戦場に向かって降下する強襲降下は、それ相応の経験が無ければこなせない。

この強襲降下を経験した者に授与されるのが戦闘降下章であり、このバッジを付けて初めて強襲歩兵だと周囲に認められる。強襲降下を行う兵士は、「ヘルダイバー」とも呼ばれる。

まさしく、戦場という地獄に向けて降下するからだ。

ヘルダイバーたる強襲歩兵こそが、真の強襲歩兵である。海兵隊員なら誰もがそう考える。

統合連邦海兵隊は、全員が歩兵であれという信条(しんじょう)を持つ。

前線であろうがなかろうが、歩兵部隊であろうがなかろうが、海兵隊に属する者として「歩兵」である事は絶対条件であり、その頂点に君臨するのが、ヘルダイバーという命知らずの戦士なのだ。

海兵隊員の原点にして頂点であるヘルダイバーは、誇り高き精鋭であり、その誇りが彼らを最高の歩兵たらしめる。


「ヘルダイバーたる諸君らには、これから最高に困難な任務が待ち受けている。未だかつて無い激戦が繰り広げられるだろう。だがしかし、私は諸君らが成し遂げると信じる!諸君らの力を、奴らに見せつける時だ!」


拳を強く握り、頭上に振りかざしながら声を張り上げる大佐に呼応するかのように、講堂のあちこちで兵士が立ち上がり、足を踏み鳴らし始めた。


「ヘルダイバーの諸君!私と共に来い!不屈の闘志を!勇敢なる精神を!大いなる忠誠を!奴らに見せつけるのだ!いいか野郎共!マリーンの誇りを見せてやれ!」


その言葉と共に、大佐は敬礼をした。

スピーチは力強い言葉で締められ、講堂には男たちの雄叫(おたけ)びが木霊(こだま)する。

大佐は降壇し、次の発言者である技官と思しき士官が登壇してきたが、大佐のスピーチで士気の高まった兵士たちのボルテージは下がらなかった。

マイクに向かって少し喋った彼の言葉も、雄叫びにかき消される事となった。

彼の困惑している顔がジョセフには見えたが、この騒ぎが消えるにはもうしばらくかかりそうだった。

大佐は統合連邦軍内でも数少ない勝ち(いくさ)を得た指揮官であり、海兵隊員にとっては英雄的な存在である彼が、あれほど士気を高めるスピーチを行ったのだ。講堂内の熱気が高まらない筈は無い。


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十数分後、ようやく静まった講堂で、演壇上の士官が声を上げた。

彼はこの十数分の間、ただただ沈黙をもってこの騒ぎを見守り続けていた。

どんな声をかけようとも、この歓声に掻き消される事が分かっていたのだろう。

だからこそ話を始めようともせずただじっと待っていたのだ。

そしてようやく、口を開いた。


「皆さん、本訓練センターへようこそ。これから行われる選抜過程の説明をさせていただきます」


と、彼は淡々と述べた。

先程まで雄叫びのような歓声を上げていた兵士も、今は皆静まり返っている。


「第442連隊戦闘団選抜過程として、新設された兵科である、宙間機動歩兵選抜に参加して頂きます。宙間機動歩兵は、従来の戦術機甲強襲歩兵の上級職種となり、強襲降下及び機動戦闘降下を行う兵科です」


と彼は説明した。機動戦闘降下という聞き覚えの無い単語に多くの兵士が首を傾げる。


「今回、人類が反攻作戦の中核として実施する作戦に必要なのは、従来の強襲降下ではありません。宇宙空間並びに大気圏内での高機動戦闘が可能な機動戦闘スーツを用いた機動戦闘降下を行って頂きます。今回、皆さんの募集要件に、戦闘経験及び強襲降下経験者を入れたのはその為です。作戦の内容からして、戦闘降下時に敵の苛烈な抵抗が予想され、戦闘機のような回避機動並びに戦闘機動を行う必要が出てきます。よって、戦闘機パイロットと同様に宇宙空間、大気圏どちらでも三次元機動戦闘を行える人材を必要とするのです。これからの選抜過程では戦闘機パイロットの訓練に類似した訓練を受けて頂きます」


と士官は説明を続けた。

従来、強襲降下に使われるのは単独大気圏突入ポッド(Single Entry Atmosphere Pod:SEAP)と呼ばれる一人乗りのポッドで行われる。

このポッドは、海軍艦艇から高度150kmで射出され、最初の3秒間の姿勢制御噴射、地表300mでの減速制御噴射の二つのスラスター噴射を除けば、完全なる自由落下ポッドであり、落下中は攻撃に対して完全に無防備な状況に陥る。当初からこの点は問題があるとして議論の的になっており、実際に強襲降下の成功率は約78%と完全ではない。

つまり、降下したポッドの5つに1つは、降下中に迎撃され、地表に辿り着けていないのだ。この問題点への対応として、回避機動を行えるようにした改良型が導入されたが、今度は降下中のポッド同士の衝突が発生し、損耗(そんもう)率が上がってしまった。

そこで、ポッドとしての運用に拘らず、戦闘機のように機動飛行が行え、単独での大気圏降下能力を持つ小型の機体を開発すべきとの声が上がり、数年前から開発が行われていた。

彼の説明は、おそらくその機体を差しているのだろうとジョセフは理解した。

だが、それは同時にハードルの高い試練でもあった。

三次元空間で戦闘機動を行うというのは、適性が高く無ければ出来るものではない。

高い空間把握能力を要求されるからだ。通常の強襲降下の際は、一個中隊を基準単位として降下を行う。

つまり、約200基のSEAPを、一度に降下させる事になる。

艦艇からの射出間隔は0.5秒間隔なので、後続のポッドとの距離は約200mしか開いていない。

高度150kmからの自由落下で、200mという距離は至近距離であり、容易に衝突を招き得るのだ。

ましてや、そこで上下左右自由自在の三次元戦闘機動を行おうものなら、大混乱に陥る事になる。

それを回避する為には、敵味方の位置関係を常に把握し続け、衝突しないようにしなければならず、音速を超えるスピードでそれを行いながら、大気圏突入するのは高い空間把握能力の適性が無ければ出来る事ではない。この選抜試験は、そういった適性を持つ兵を選出する為の訓練なのだろう。

高い空間把握適性と、いついかなる時でも戦況判断を行いながら冷静に戦闘を行う能力という適性を求められ、それでいながら高い水準の歩兵である事も要求されるのは、厳しい試練だ。

ジョセフの心には、新たに始まる試練とその先に待つものへの期待と不安が、同時にせめぎ合い、何とも言えない感情を(つむ)ぎだしていた。そんな葛藤(かっとう)を内に秘め、ジョセフは壇上での士官の説明を聞き続けていた。

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