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英雄の称号 ~Title of Hero~  作者: 橘花 疾風
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-第2章 出発 Deperture-

西暦2219年12月29日

惑星「エルディーナ」

ヴェスティリア・ヴァンス・スターポート


『民間避難船、アリエッタ行きをご利用の方及びお見送りの方は、第3ゲートまでお越しください』


だだっ広いスターポートのコンコース内にアナウンスが響く。

ジョセフとメリッサは、第3ゲートで、避難船に乗り込む人の列に並んでいた。

二週間前、奴らがこの惑星に襲来し、戦闘が始まった。拡大する戦線から、民間人を守る為、統合連邦エルディーナ自治州政府により全住民に対して他の植民星への避難命令が出された為だ。

ジョセフはただの見送りだが、この人の波を見ると、メリッサ一人で来させる訳にはいかなかった。

まだ初期とは言え、妊娠している彼女が多くの荷物を抱え、この中で長時間並び続けるのは相当なストレスとなる。

母体への負担は流産の危険も増大させる為、出来るだけ避けたい事だ。

そう思ったからこそジョセフは見送り兼荷物持ちとして一緒に付いてきた。

心配のし過ぎと言われれば実際そうなのだろうが、既にライルを亡くし未亡人となった彼女に、これ以上つらい思いをさせたくなかったのだ。

前にも後にもずらっと続く長蛇の列に並び、避難船への搭乗手続きを待つ。

かれこれ三時間程並んだ頃、メリッサの搭乗手続きの順番が回ってきた。


「搭乗をご希望の方は?」と、係の軍人が口にする。

「私です」

「身分証明用のIDをご提示ください」


海軍の制服を着た兵士は、ジョセフに目を向け、


「お連れの方は?」と言った。

「私は海兵隊の軍曹で、見送りに来ただけだ」とIDを見せると、

「それは失礼しました」と敬礼した。


どうやら、階級的に下に当たる兵卒らしい。

軍の階級は細かく分かれているが、大まかな区分として下から兵、下士官、準士官、尉官、佐官、将官に分けられる。

兵、下士官、準士官が軍の大部分を構成する人員であり、尉官、佐官、将官が指揮官階級だ。

軍の部隊構成単位である中隊以上の指揮は尉官以上が基本であり、小隊クラスに軍曹や曹長などがなる程度である。

この中で、ジョセフは軍曹なので、下士官となる。

敬礼してきた彼らに敬礼を返し、メリッサの手続きを待っていたが、RFID(非接触IC)タイプのIDカードなので大して時間はかからず、あっという間に完了した。


チェックを通過し、搭乗ゲートに向かって歩く間に、何度繰り返したか分からない言葉をまた口にする。


「いいかメリッサ、アリエッタに着いたら、俺の両親が迎えに来てる(はず)だ。お前の事で知ってる事は全部話した。もし見つからなかったら、放送で呼び出してもらえ。アレクシア・マードックとウォルター・マードックだぞ。いいな?」

「分かってますよ、軍曹。そんなに何度も言わなくても、私は大丈夫ですから」

「ああ、すまない。だがどうにも心配でな」

「大丈夫です。心配なのは分かりますけど、そんなに心配されるとこっちが不安になります。だから、程々にしておいてください」

「分かった。やはり君は、芯の強い女性だ」

「そんなの、分かりきった事じゃないですか?」

「そうだな。じゃあ、気を付けて」

「ええ、軍曹もどうかご無事で。この子の名前、考えておいてくださいね?」

「ああ、考えておく」

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


ほんの短い会話を交わし、彼女はゲートの向こうへと消えて行った。

彼女は最後に行ってきますと言った。

それは、またここに帰ってくると言っているかのように聞こえた。

ジョセフは、メリッサが消えたゲートを、見続けていた。

まるで娘を見送る父親のように、ゲートが避難船から分離し、避難船が出発するまでずっと…。


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西暦2219年12月30日

惑星「エルディーナ」

統合連邦軍 グレイス・ノートン海軍基地 第7埠頭(ふとう) 駆逐艦「ルクセンブルク」


メリッサを見送った翌日、ジョセフは海軍基地に居た。

「海軍」基地というものの、海軍という組織の基地が海沿いに存在していたのはもう随分と昔の事になってしまった。今の時代、海軍と言えば宇宙海軍を指す。

運用する艦艇はみな宇宙・大気圏両用艦で、基地は海沿いとは限らない。

内陸にある事もあれば、地下にある事もある。

艦艇を扱うことから、海軍と言う名が残っているが、水上のみを走る(ふね)を運用する海軍は残っていない。

ジョセフの目の前にある駆逐艦「ルクセンブルク」もそうだ。

全長189m、全高62m、全幅38mのこの艦は、海軍のボストン級駆逐艦68番艦で、125名の乗員と、180人の人員が乗艦出来る。乗員とは艦の運用に携わる者の事で、人員はそれ以外に同乗出来る人員だ。

その船体は埠頭のデッキに「着陸」しており、全体を見渡す事が出来る。


海兵隊員であるジョセフが海軍基地の駆逐艦の前に居る理由は、惑星「アルシャディール」に移動する為だ。このルクセンブルクは、アルシャディールの海軍基地へ配置転換される予定の艦であり、それに便乗する形で移動する。

宇宙に広く存在する植民惑星に駐留する統合連邦軍は、惑星間の移動において海軍艦艇に便乗する形を()っている。陸軍も空軍も海兵隊もそれは変わらない。

しかし、海兵隊は陸空軍とは少し違う。

統合連邦軍において海兵隊は独立した軍種として存在するものの、組織的には海軍省に属する。

これは、海軍艦艇からの強襲降下等を行ったりすることがあるからで、作戦面において海軍と海兵隊が緊密(きんみつ)な関係にあるからである。

もちろん、戦闘時は陸空軍とも緊密(きんみつ)に連携するものの、海兵隊と海軍の結びつきは、陸空軍のそれとは違う独特なものであり、言ってみれば陸空軍は他人だが、海兵隊は親戚のようなものなのだ。


略綬(りゃくじゅ)(勲章の簡易版バッジのようなもの)を付けた制服を着て、ジョセフは埠頭を歩いていた。

ルクセンブルクに乗艦するゲートに向かう為だ。

端から端まで300mはあるであろう埠頭をしばらく歩き3分の2を過ぎた頃、ようやくゲートに辿り着く。

ゲートの前で立ち止まり、歩哨としてゲート前に立つ兵士二人に向けて敬礼する。


「統合連邦海兵隊 ジョセフ・マードック二等軍曹 認識番号BD1746659。アルシャディールへ移動の為、駆逐艦ルクセンブルクに乗艦させて頂く。照会願いたい」と兵士に告げる。

「了解しました、軍曹。ただいま照会します。お待ちください」と敬礼を返しながら兵士は応えた。

「確認しました、軍曹。どうぞお通りください」


二人が左右に避け、ゲートを開ける。

「ありがとう」と二人に軽く礼を言いながら、艦へと上がるゲートのスロープを進む。

エスカレーター式とはいえ、艦の中腹辺りの高さまで優に30mは登るスロープだ。

それなりに長く、乗っている時間もそれ相応だった。

終点付近まで近付くと、エアロックの扉が見えてくる。


『認識番号をどうぞ』と、艦の管理システムの合成音声が告げる。

その無機質な声はいかにも機械のそれだった。

「海兵隊 ジョセフ・マードック BD1746659」

『生体認証が完了しました。ようこそジョセフ軍曹。軍曹のPDAを認識しました。艦内のイントラネットに接続、軍曹の経歴ファイルを確認、艦のデータベースへのアクセス権限をAで付与します』


とシステムの音声が告げながら、エアロックが開いて艦内へジョセフを招き入れる。

統合連邦軍において、軍のデータベースやシステムへのアクセスはアクセス権限によって管理される。

これは、機密保持の為のもので、資格試験によって十段階で管理される。

最低ランクはC-ランクで、訓練生になれば付与される。

そこから、C、C+、B-、B、B+、A-、A、A+、Sと続く。

ジョセフのアクセス権限はAランクで、全軍種でも同様だ。


エアロックで数分間、規定となっている滅菌ライトやエアシャワーを浴びる。

艦外から余計な菌等を持ち込まないようにする為の措置だが、結構面倒臭い手順でもある。

艦内に入ると、通路はあまり広くなく、短い間隔で緊急隔壁が設けられている。

もし、宇宙空間で艦が破損すれば、艦内の空気が抜けだしてしまう為、正常な区画から空気が艦外に抜けないよう、シャッターの役割を果たすものだ。

隔壁用のレールに(つまづ)かないように注意しながら、ジョセフはPDAを取り出し、艦内図にアクセスする。

この艦のスリープルームに行く為だ。目的の部屋はすぐに見つかった。デッキ4、二階上だ。


宇宙艦において、艦の運航に携わらない人間は、スリープルームでコールドスリープに入る規則になっている。これは、艦内の空気や食糧、その他資源を無駄に消費しない為の措置だ。

便乗している兵員は、単なる荷物に過ぎない。普通に起きていては酸素も食料も余計に消費してしまう。

そのため、艦の運航に必要な人員を残し、コールドスリープに入るのだ。

これであれば、維持電力の消費だけで済み、資源を節約出来る。


エレベーターでデッキを二階層上がり、スリープルームを目指す。

金属製の床に当たる靴底が、カツカツと音を立て、壁に反響して聞こえてくる。

民間船舶のように内装に気を配る事の無い軍艦の通路は、どことなく冷たい印象を醸し出す。

おそらく窓も無く一面が金属で構成されているからだろう。

そんな通路をしばらく歩くと、コールドスリープ室だ。

カードキーをかざし、自動ドアが開くと、ひんやりとした空気が漂ってくる。中には180基のスリープポッドが整然と並べられていた。


『お、新しいお客さんね』と、奥にあるコントロールルームのオペレーターの声が聞こえてきた。

『所属と認識番号は?』とスピーカー越しに質問が飛んでくる。どうやら若い女性らしい。

「海兵隊 ジョセフ・マードック BD1746659」

『ジョセフね、了解。そこから左に向かって四列目、手前から三列目のポッドを使って頂戴』

と指示が出る。彼女が居るコントロールルームは、コールドスリープポッドを監視し、それぞれのスリープに問題が出ないように維持する為の制御室だ。

言葉通りに従い、ポッドに向かう。

指示されたポッドに付くと、ポッド横のデータ表示パネルにジョセフの名前と顔写真が表示される。

荷物をポッドの横にあるロッカーに入れて固定し、ポッドのオープンボタンを押す。

低い排気音とともに冷気を床に散らしながらポッドが開く。

『ジョセフ軍曹、データの確認が完了しました。いつでもスリープに入れます』

「ありがとう」


そう言うとジョセフは、ポッドに横になり、扉を閉めた。

シューという音と共に冷気が一気に入ってくる。しかし、冷気と一緒に注入される麻酔ガスのおかげで、寒いと感じたのはほんの数秒、そこから先は意識を失った。


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西暦2219年12月30日

惑星「エルディーナ」

統合連邦軍フォート・グレイスン基地 兵舎



モーガンは日記を書いていた。

入隊してから続けている習慣だ。

軍人は、いつ死ぬか分からない。

死んだときの為に日々の想いを残そうと思い、日記を書き始めた。

入隊して16年、ノートはかなりの冊数に上っている。

数日前、42人の部下を失った。

昨日、民間人の避難船団が出港した。

この星に残る兵士にも、いずれ撤退命令が下るかも知れない。

エルディーナはそう長くは持たない。

今日は、優秀な部下が一人部隊を離れた。

ジョセフ・マードック二等軍曹。

モーガンが知る下士官の中でも、トップクラスに優秀な下士官だ。

そしてその中でも唯一生き残っている下士官でもある。

彼は、新編される第442連隊戦闘団の選抜過程に参加するため新天地へと旅立った。

多くの兵士が、その任務内容の詳細を知らない。機密事項の部隊。

唯一彼らが知らされているのは、募集内容に付随していた一つのフレーズだけ。


「戦争を終結させる為の切り札として、勇敢かつ精強な兵士を募集する」


それだけだった。

この戦争が始まってはや22年、終わりの見えない戦いは、人類を疲弊させ、ゆっくりと滅亡へと向かわせていた。


「アルテリアン戦争」、人々はそう呼ぶ。


西暦2197年、人類の植民惑星の一つである「グリムワール」に奴らは突如侵攻した。

人類にとって、人類以外の知的生命体とのファーストコンタクトだった。

奴らは、侵攻を開始すると同時に、人類に宣戦布告した。


「我々はアルテリアン帝国。今ここに、諸君ら人類に対する宣戦を布告する。神の代弁者たる我々の目的は、人類をこの宇宙から抹消することである。諸君らに、降伏という選択肢はない。取り得るのは滅亡だけだ」というメッセージとともに。


それに対し人類の統一政府最高機関である統合連邦最高評議会は全会一致で開戦を選択した。

人類に対する明確なる脅威に立ち向かい、これを退けるために。

こうして始まった戦争は、一進一退の攻防で始まったが、次第に敵の物量が人類を上回るようになった。

昆虫と節足(せっそく)動物の中間のような見た目の、人間から大きくかけ離れた奴らは、2本の腕と4本の足を持ち、まるで昆虫のように垂直に近い地形すらも踏破する。

数万という集団が、乱れを殆ど見せないほど統率された動きを取って攻撃してくる。

いくら倒しても、止めどなく現れる奴らの物量に、人類は抗しきれず、徐々に押され始めた。

開戦当初、人類には43の植民惑星と、748もの宇宙ステーションや資源採掘衛星などの宇宙施設があった。

戦争が始まって22年、いまやその数は9つの惑星と、217の宇宙施設にまで減少し、

400億近かった人口は、54億程度まで数を減らした。

誰が見ても明らかな劣勢だった。

平和的解決が出来る筈だと対話を模索する日和見(ひよりみ)主義者もいる。

ノアの箱舟のように、今までの星を捨て、新たな地へ旅立つのはどうかという論者もいる。

だが、多くの人々に共通するのは人類はもう終わりなのではないかという思いだった。

そんな絶望的な抵抗戦の中、それでもまだ人類という種の存続の為、一縷(いちる)の希望を探し続けた。

それが、第442連隊戦闘団なのだ。

モーガンはそこに、自身の知る最高の兵士を送った。

モーガンにとっての希望の光を…。


日記を書き終え、ノートを閉じて窓の外を見つめ、モーガンはこう呟いた。


「ジョセフ、頼んだぞ」


多くの戦いを生き延びてきた古参兵の鋭くも暖かいその瞳は、月の無いこの星の夜空を、真っ直ぐに見つめていた。


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