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英雄の称号 ~Title of Hero~  作者: 橘花 疾風
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-第20章 エースの覚悟 Preparedness of Aces-

西暦2220年5月22日

惑星「フロラーナ」極周回高軌道帯戦闘宙域

地表から1万8000km


『Grim to Ares 3. Bandit 1,12 o'clock Low. High speed hot. Distance 6.4(グリムよりアレス3へ。敵機1、そちらの正面下方。高速で近付く。距離4.4マイル)』

「Copy.(了解)」


20秒前、グリムからの管制を受けて敵機に変針し正面から接敵する進路を取った。

既に距離は12マイルも縮まっている。

相対速度は1,876ノット(3,476km/h)もの高速だ。

生物が認知、制御できる限界ギリギリの速度。


「Ares 3 Engage.(アレス3交戦)」


トニーはそうコールすると、ラダーペダルを思い切り右に蹴り、操縦桿を右に倒した。

操作性の良い機体は即座に右にロールを始め、右ヨーとともに機種を大きく捻らせる。

単なるロールではないバレルロールに近い挙動。

ただし、一回転まではせず半回転ほど捻ったあたりでロールとペダルの踏み込みを止め、操縦桿を引いてピッチアップに移る。

急速に近付く敵機のアイコンをHMDに入れつつ、ピパーが横切る瞬間にトリガーを引き絞る。

ヘッドオンからの初撃として敵エース機にばら撒かれる機関砲弾の火線が、流れ星のように空を切る。

普段の敵機であれば、半分くらいの確率撃墜されているであろう射撃。

だが、相手は12機もの味方を(ほふ)ったエース機だ。

相手もこちらと同じようにロールを入れて回避に移り、機体上面で背中合わせになるようにピッチアップすると、こちらに機種を向けるのが見えた。


「くそったれ!」


相手の思惑を感じ取り、即座にピッチアップを強くする。

その刹那、自身の機首下方を曳光弾らしき光が流れていく。

宇宙空間であるが故に振動や音は伝わらないが、さっきまでトニーが飛んでいたであろう位置を正確に通り過ぎていく火線は、戦場の駆け引きというものを如実に分からせてくるには十分な迫力を持っていた。

数瞬の間に交わされた機関砲弾の応酬から、両機とも即座にピッチアップを強め旋回戦に移る。


「思ったよりも反応が早いな...」


そうぼやきながら、首を思い切り後ろに倒して敵機を見上げる。

操縦桿を引き続けると、VTGDの数値はあっという間に16.4Gまで跳ね上がる。

速度は1.2km/sを示し、重力制御で緩和されているとはいえ、体感重力は6.7Gほどになる。

当然、体重の7倍近いGを受けるトニーの体は、声にならない悲鳴を上げる。

骨が軋み皮膚が引っ張られていく感覚をトレーニングで鍛えた身体と精神で保ち続け、ハッハッと小刻みに腹に力を入れるような独特の呼吸法で呼吸を維持する。

頭上に輝く敵機の噴射炎を見ながら、そのフォルムを観察する。


従来の敵ファイター級と全く異なるデザインのフォルムは、クリップトデルタ型の翼を持ち翼端には小さなウイングレットが付いていた。

機首部にはカナードが装備され、明らかに大気圏内での高機動戦闘も考慮した形状に見える。

従来の敵ファイターは、推力にものを言わせて数で押す一撃離脱戦闘を得意としていたので、無尾翼デルタ型に近く小型な機体構成だったが、今対峙している敵機は明らかに人類側の戦術・機体特性に対抗するための形状をしている。

普段の敵機よりもいくらか大きいのか、500mほどの旋回半径で飛んでいるにも関わらず、普段よりも近くに見えるので距離感を見誤りそうな錯覚に襲われていた。


「なんだありゃ。明らかにこっちの真似してんじゃねぇか」


高速で視界を横切っていく迎角指示器の線を流し見ながら、ただ敵機と速度とVTGDの数字のみを追いかけてスロットルと操縦桿を操っていく。

2回、3回、4回と背景に見える小惑星帯の小惑星が過ぎ去っていく中、敵機を追いかけていたが敵機は徐々に距離を離し、じわじわとトニーの頭上を越えつつあった。


「嘘だろ。まだ加速するのか」


明らかに維持旋回能力は敵の方が高く、このまま旋回を続けると背後を取られるのは確かだろう。

何か策を考えなければと思考を巡らせ、視界を横切る小惑星に目を付ける。


「Ares 3 to Grim.Request tactical data link.(アレス3よりグリム。戦術データリンク要請)」

『Roger,Ares 3.Go Ahead.(了解、アレス3。続きをどうぞ)』

「Please coordinates and armament list of allied fleets.(味方艦隊の座標と武装リストをくれ)」

『Roger.(了解)』


グリムに要請したのは、味方艦隊の現在地と各艦の武装リストだ。

戦闘機内の戦術コンピュータは高性能とはいえ、容量や計算能力に限りがある。

膨大な戦場全体を俯瞰するだけの情報量を持てるわけもなく、逐次FTCSからのデータリンクが頼りになる。


『Datalink Received.(データリンク受信)』


数秒後、グリムの操作でFTCSからのデータ送信を受けたICSIS(イクシズ)が告げる。


「イクシズ、時限信管モード付きのSFD弾を搭載している艦を近い順でリストアップしてくれ。小惑星帯の向こう側にいる方から頼む」

『Roger....Complete.(了解...完了)』

「リスト上位の艦艇位置をHMDにオーバーレイ」

『Roger.(了解)』


HMD上に青いアイコンがポツポツと現れ始める。


「最も近い艦との距離は?」

『152.7Miles sir(152.7マイルです)』

「よし、今から話す戦術プランをグリムと該当艦に送信して支援攻撃要請してくれ」

『Willco.』


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西暦2220年5月22日

惑星「フロラーナ」極周回高軌道帯戦闘宙域

地表から1万8000km

第2艦隊旗艦 エベレスト級戦艦4番艦「ローツェ」 艦橋


「艦長、空軍のFTCSから支援要請です」

「回して」

『艦隊旗艦ローツェならびに麾下の巡洋艦ナイル,長江,オハイオ,ユーコン,アーカンソーへ、こちらFTCSドレインストーム戦域管制官グリム。戦闘機部隊より砲撃支援要請』


ローツェの艦橋に馴染みの無い無線通信が入ったのは、タスクフォースD(デルタ)が戦域に展開し、フェーズ3に移行してから20分ほどが経った頃だった。

惑星を取り巻く敵を撃破して後退させた艦隊は、敵航空機群と味方戦闘機部隊との交戦空域を睨みつつ、輸送艦隊の護衛をしながら惑星軌道へと着実に降下しつつあった最中、その航空戦を指揮しているであろうFTCSからの支援要請が入ったのである。


「こちらローツェ、艦長クレアです。ドレインストーム、どうぞ」

『現在、敵エース機と交戦中のアレス3よりデータリンクによる戦術プラン共有と、砲撃支援要請がありました。戦術プランC9-428βの確認と支援砲撃を求む』

「了解。しばし待て。副長、砲雷長、航海長。確認を」


対地支援ならいざ知らず、空戦の最中にある空軍機からFTCS経由で戦術プランが共有されてくることなんて、クレアの知る限りでは聞いたことがない。

ましてや、空戦をしているのに対空戦の支援ではなく砲撃支援の要請というのが不可解だった。

砲雷長と航海長の二人に確認の指示を出すと共に、自身のサイドディスプレイでもプランを確認する。


表示されたプランには【SFD弾頭を用いた特定座標への集中砲撃要請】と書いてある。

更には≪対空用近接信管弾頭ではなく対地用時限信管弾頭を用い、特定座標から秒単位での正確性を以て特定時刻に攻撃を行うこと≫とあった。


SFD弾頭、通称自己鍛造ディスペンサー弾は対地表目標用に開発されたクラスター方式の成形炸薬弾頭で、近接または時限信管を用いた曳火射撃によって目標地点の上空で炸裂し、内部に数百発搭載された小型の弾頭をばら撒くものだ。


「艦長、プランを確認しましたがこれはいったい...」

「このパイロットは何をやろうっていうんですか...?」

「こんな支援要請、聞いたことがありませんよ」


同じくプランを確認したであろう3人が揃って口を開く。


「さぁ...。ドレインストーム、このプランは一体?」

『私にも分かりません。ですが、アレス3が敵エースを落とすためには必要だと...』


同じ疑問を抱えたクレアは、支援を要請してきたFTCSの管制官に尋ねてみたが、彼もプランの中身を理解しきれていないようだった。


「そのエース機はそれだけの脅威だというのですか?」

『はい。既に12機が落とされ、現在アレス3が単独で交戦中です』

「12機もだって!?」


グリムという管制官が告げたその言葉に、砲雷長のフリンが驚きの声を上げる。

海軍の砲雷科幹部養成課程においては対地支援などで連携を取る空軍との相互理解を深めるために3週間程度の交換訓練と講義が行われることもあって、空軍機と敵航空戦力間の数的優位性は周知の事実であり、その優位性を崩すような敵機の出現という事実は、彼にとっても衝撃だったようだ。


「艦長、詳しくは分かりませんが実行すべきです」


理解は出来ていないが、緊急度と必要性を解したのか副長のライアンが具申する。


「そうね。航海長、プラン上の座標へ特定時刻までに到達することは可能?」

「可能です」

「分かりました。操艦任せます」

「アイマム!」

「砲雷長、指定時刻までに砲撃準備を」

「イエスマム!」

「レクシー、弾道計算を」

「Yes ma'am(イエスマム)

「ローツェよりドレインストーム。アレス3に了解したと伝達を」

『感謝します。ドレインストーム、アウト』


一連の指示を出し終えた後、クレアはシートに深く座りなおす。

サイドディスプレイを見つめながら、彼女はゆっくりと呟いた。


「アレス3、何をしようとしているのか見せてもらうわよ」


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西暦2220年5月22日

惑星「フロラーナ」極周回高軌道帯戦闘宙域

地表から1万8000km


『Grim to Ares 3.Request Confirmed.(グリムよりアレス3へ。要請承認)』

「Roger.(了解)」


グリム経由で艦隊に投げた支援要請が通ったと返ってきたのは、敵機との旋回戦が30周を数えた頃だった。

旋回をやめると、お互いに背後を取られる。

ドッグファイトでの旋回戦はどちらが先に動くか、どちらがより小さく早く回って相手の後ろに付けるかという戦いだ。

だが、敵機が純粋な維持旋回能力でこちらを上回っている可能性を感じたトニーは、策を講じることにした。

近くにアステロイドベルトの小惑星があることがヒントだった。


「さて、ダンスに付き合ってもらおうか!」


目まぐるしく変わる旋回の最中、小惑星帯が機体のやや上方に来るポジションで旋回を緩め、スロットルを一気に押し込む。

反応の良い愛機は、社交ダンスのように続くターンが飽きたかのように一気に加速し、小惑星帯へと進路を取る。

当然、頭上の敵機もそれに反応したかのように機体がゆらりと揺れる。

1秒も経たない内にアラームと警告音声が鳴り始めた。


≪PULL UP!! PULL UP!!≫


HMDには警告を示す赤文字が点滅し、小惑星へと一気に突っ込む機体は、機首を上げろと衝突接近警報を鳴り響かせるが、トニーは構い無しにペダルを踏みこんだ。

機体の右前方、小惑星帯の中により深く入っていくであろう小惑星同士の隙間に機体を駆っていく。


「イクシズ、タイムカウントとウェイポイントコールを」

『2 Minutes left. Waypoint 1 start.(残り2分)』

「上出来だ!」


1つ目の小惑星を右に避けると、すぐさま操縦桿を左に捻って地表に沿うようピッチアップ。

2つ目に迫る小惑星を左へ、更に操縦桿を捻り右へ...。

トニーは小惑星の隙間を左右にジグザグと飛んでいき、敵機からの射線を取らせないように動く。

迫りくる小惑星と格闘しながら、時間を意識し飛んでいく。


「Ares 3 to Grim.Request bandit position.(アレス3よりグリムへ、敵機の位置をくれ)」

『Grim to Ares 3.Your 6,by a mile!(グリムよりアレス3へ。1マイル後ろ、6時だ!)』


グリムがやや興奮気味に伝えてくる。

数えるのは諦めたがいくつもの小惑星を過ぎ、着実に差は縮まってきている。

だが、小惑星が行く手を阻み、間にあることで射線は通らない。


『60 Seconds left. Waypoint 3 clear.(残り60秒。ウェイポイント3クリア)』


ICSIS(イクシズ)の無機質な音声が残り時間を告げる。

トニーの愛機はさながら蛇のように小惑星帯の隙間をすり抜け、敵機は対となる遺伝子の螺旋を描くかのように後を追う。


「あと少し!」


忙しなく操縦桿を捻る右手と、目まぐるしく変わる景色を追う眼球、立て続けに様々なGを掛けられる身体を鼓舞するかのように叫ぶと、少しだけスロットルを強めた。


『30 Seconds left. Waypoint 4 clear.(残り30秒。ウェイポイント4クリア)』


1分半もの間、サーカスのような小惑星帯飛行を続けたことをICSISが告げる。

事前に設定したウェイポイントは5つ。

30秒刻みで所定の位置に到達していれば、予定通り。


「さぁ、海軍さん!頼んだぞ!」


そう意気込んで右バレルロールを入れ、小惑星に空いた穴に機体を滑り込ませる。

岩山に空いたトンネルのような空間を抜けると、2まわり程大きな小惑星が眼前にそびえる。

最後の小惑星に沿うように、ラダーを蹴りながらピッチアップし、スロットルを押し込む。

さっきまでは頭上に抱いていた小惑星帯の地表面を眼下に抱きながら、小惑星から離れるように一気に駆け上がる。

その瞬間、敵機がトンネルを通り抜けた敵機がトニーと同じ軌道をなぞろうとするのが見えた。


「勝った!」

『3...2...1...Waypoint 5 clear(3,2,1。ウェイポイント5クリア)』


トニーの機体が小惑星の縁を掠め、何もない空間に飛び出すと同時にICSISがコールする。

その瞬間、200km以上離れたローツェ他4隻の砲門が火を噴いた。


SFD弾頭を小惑星を取り巻く軸上にばら撒き、敵機を引き付けたトニーが飛び出した直後に浴びせる。

電波探知によって悟られることを避け、全方位に弾頭をばら撒く近接信管ではなく、タイミングを秒単位で合わせた時限信管。

完璧なタイミングで所定の位置に敵機を引き付けて飛び込み、艦隊の砲撃で作り出した網に飛び込ませる。

それこそがトニーが選んだ策だった。


200km以上の距離を僅か1秒足らずで詰め寄ってきた砲弾は、機体後方を駆け抜け、一気に炸裂。

それぞれが抱える数百個の小弾頭をばら撒き、敵機へと殺到する。

到底避けようが無い密度で放たれた弾頭群は、トニーを追い詰めたその翼を、機体そのものを引きちぎってゆく。

1秒にも満たない流星群が如く攻撃は、ダイヤモンドダストのように光を乱反射しながら不規則に煌めいていた。


「チェック...メイトだ...」


長いドッグファイトを終え、久しぶりに出会った好敵手のような敵機を惜しむかのように呟く。

操縦桿を引き続けた右手を労わるかのように軽くガッツポーズをしつつ、息を整えてグリムを呼んだ。


「Ares 3 To Grim.Bandit shoot down. Request order.(アレス3からグリムへ。敵機撃墜。指示を()う)」

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