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英雄の称号 ~Title of Hero~  作者: 橘花 疾風
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-第1章 悲しみの中で Into the Sadness-

西暦2219年12月25日

惑星「エルディーナ」

統合連邦軍フォート・グレイスン基地 第四墓地


その日の空は、暗く、重い雲が立ち込めていた。

それはまるで、参列者の心の中を写し出すかのような雲だ。

季節は冬、平均気温の高いこのエルディーナでも、肌寒く感じる程に気温は低い。

暦の上では祝い事であるクリスマスだが、その場に集う人々は、祝うなどという心境では無かった。


「今は亡き我らが戦友は、良き友であり、兄弟であり、家族でした。苦楽を共にし、絆を深めた我々を、死というものが引き裂きます。彼らの胸に輝く銀星章は、彼らにとっても、彼らと共に戦った我々にとっても大きな名誉ですが、その名誉を誇るべき本人は永久(とわ)の眠りにつきました。彼らは、この戦いで旅立った幾多(いくた)の兵士の一人に過ぎないのかも知れません。しかし彼らは、最後の一瞬まで勇敢なる兵士であり続けました。共に戦い抜いた彼らを、我々は決して忘れません。連邦と、その市民たる人々を守る為、命を散らした彼らは、この星で、安らかな眠りにつきます。残された者を代表し、彼らの冥福を祈ります。勇敢なる彼らの魂が、残された人々を守護する盾とならんことを。そして、彼らの魂に神の加護と祝福があらんことを願います。最後に、深い哀悼の意を込めて・・・。敬礼!」


小隊長であるモーガン少尉が、弔辞(ちょうじ)を述べ、敬礼の号令に合わせて、小隊の隊員全員が敬礼する。

彼らの眼前には、ライルを含め先の戦いで戦死した隊員が眠る棺が横たえられている。

小隊の仲間60人中42人の戦死。実に70%の人員を失った。

生き残った者達よりも、旅立った者達の方が圧倒的に多い。

この戦争が始まり、こうした光景が何度も繰り返された。

常にジョセフは、見送る側だった。

ジョセフよりずっと若い兵も、何度も同じ戦場を駆けた戦友も、見送ってきた。

そしてまた、多くの仲間を見送るのだ。


「構え!狙え!撃て!」と弔砲(ちょうほう)の号令が聞こえる。


曇天(どんてん)のこの空に、7発の銃声が同時に響く。


「構え!狙え!撃て!」

「構え!狙え!撃て!」


三度の弔砲が放たれ、合計21発の発射音が空に木霊(こだま)する。


吹奏(すいそう)手の手によって、葬送(そうそう)ラッパが吹かれる。

その旋律は、彼ら英雄への手向けとなる。

この光景を目にし、耳にするのはもう何度目だろうか。

もはや涙は枯れ果て、闘志という輝きを、ジョセフの瞳は失った。

寒空へと響く旋律と共に、棺に掛けられていた42枚の連邦旗が、旗衛(きえい)兵達の手によって折り畳まれていく。寸分の狂いも無く、ゆっくりと。

そして、三角形に畳まれた連邦旗を手にした兵士が、それぞれの近親者の前に(ひざまず)き、こう告げるのだ。


「統合連邦大統領、連邦評議会、連邦軍海兵隊、そして恐縮する市民の代表として、あなたの愛する人の高潔かつ忠実な奉仕に対する感謝と、英雄として旅立つ彼の安らかな旅立ちを願う哀悼の印として、残されたあなたに彼の守護があらんことを願って、この旗を贈ります」と。


旗を受け取る人との関係性は様々だ。両親、配偶者、子供、恋人・・・。

彼らにとってその旗は、愛する人が英雄として死んだという証。

連邦が、その死に対して敬意を表した証。

家族であったという証。

それが、彼らの支えとなる。

例え戦場で命を落としたとしても、その死が決して無駄なものでは無く、尊く誇れるものであると政府が認める事。戦死者の家族へ送る連邦の最大限の敬意の象徴が、この折り畳まれた連邦旗だ。


(ささ)げ銃!右向け右!前へ進め!」


儀仗(ぎじょう)隊が銃口を天空に向けて構え、見事な行進で去っていく。

その姿と揃った足音が、石畳敷きの地面を大きく打ち鳴らす。

八人分の行進の足音は、広々とした墓地に(むな)しく響き、空へと消えて行く。

遠ざかる足音を聞きながら、ゆっくりと、一歩ずつライルの棺に近付く。


「ライル、すまない。お前を守ってやれなかった」


軍服の左胸に輝く部隊徽章(きしょう)を外し、ライルの棺の蓋へと置く。

右手を握り、力を込めて徽章(きしょう)を蓋へと打ち付ける。

死んでも部隊の一員なのだと、戦友なのだという証として。

他の棺でも同様に、生き残った仲間が戦友に別れを告げている。

兵士にとって、同じ部隊の仲間というのは、とても特殊な存在だ。

同じ部隊に配属され、同じ訓練を積み、一緒に食事を取った仲間は、強い絆で結ばれる。

家族や恋人、友人とは違う、「戦友」という特殊な絆が彼らを包む。

彼らにとって戦友は、かけがえのない友であり、血を分けた兄弟も同然の存在。

絆を作り、家族のように思っていた彼らが、目の前で居なくなる。

その光景が、心を何度も痛めつける。

以前は、その度に涙を流した。

だがいつからか、その頬を伝う(しずく)は枯れていた。

悲しみに暮れながらも、涙を流すことは無くなっていた。

あまりにも多く、仲間を失ってきた。何度も何度も見送ってきた。

ジョセフの瞳は、闘志という輝きを失い、悲しみの涙を流さなくなっていた。


兵士にとって、死というものは遠いものではない。

家族の為に、仲間の為に、祖国の為に、命を捧げる。

兵士とはそういう存在であり、死とは、その職務の一つの帰結(きけつ)点に過ぎない。

だからこそ、兵士とその周囲に居る人々は、死を受け入れる覚悟を持たなければならない。

職務に(じゅん)じ、棺の中で横たわる彼らを、英雄として送り出す為に。

大きく涙を流す者も居る。涙を必死に(こら)え、笑顔を浮かべる者もいる。

だが、全員に共通するのは、彼ら死者への敬意を持っている事。

英雄として命を捧げた彼らに、出来る限りの敬意を払う。

知人であろうとなかろうと、それは変わらない。


「ジョセフ軍曹」と声をかけられ、振り返る。


そこには、ライルの婚約者、メリッサ・イアハートが居た。

装束(しょうぞく)に包まれた白く細いその腕には三角に折りたたまれた連邦旗が抱えられている。

肩辺りまでのブロンドヘアに、白い肌、エメラルド色の瞳、整った顔立ちの彼女は、誰もが口をそろえて美人だと言うような女性だ。ライルと二人、美男美女のカップルだった。

メリッサとライルは幼馴染で、同じ孤児院で育った間柄だという。

彼女とは半年程前、ライルが部下になってすぐの頃に紹介されて会っていた。

二人は婚約し、1カ月後には結婚式を挙げる予定だった。

だが戦争が、幸せな二人の間を切り裂いた。

ライルが死んで、どれほど泣いたのかは分からない。

彼女の目尻は赤く腫れ、流した涙の多さを物語っている。

しかし、ジョセフに話しかけた彼女の顔に涙は流れていなかった。

その美しい顔立ちには、うっすらとした微笑みが纏われている。

軍人の妻となる女性の覚悟と強さを示すかのような微笑みだった。


「メリッサ。あいつを君の元へ帰す事が出来なかったのは俺の責任だ。本当に申し訳ない」

「あなたの責任じゃありません軍曹。確かにライルは帰ってきてくれなかったけど、彼は婚約者である前に軍人ですから、仕方無い事です。むしろ、亡骸(なきがら)を連れて帰って来てくれて、感謝しています」

「本当に申し訳ない。君を一人にさせてしまって」

「大丈夫です。思い出は消えませんから。私の心の中でずっと生きてますから」

「君は強いんだな。あいつが惚れるだけの事はある」

「連邦軍兵士の妻になろうとした女です。そんな(やわ)では務まりませんよ。それに、一人でもありませんから」


と、彼女は呟いた。軽くお腹のあたりをさするような仕草を見て、ジョセフは察する。


「もしかして、ライルの?」

「ええ、忘れ形見になってしまいしたが」

「こんなときで言って良いのか分からないが、おめでとう。あいつは知っていたのか?」

「いえ、知らなかったんじゃないかと。この子の事が分かったのは、ライルが最後の任務に出た翌日でしたから。伝えようとメールを送ったんですが、返事はありませんでした。それに、知ってたら皆さんに自慢してたと思います」

「確かにそうだな」

「隠し事の出来ない子供みたいな大人でしたからね」


と、ライルを思い出して笑みがこぼれる。

ライルは、隠し事の苦手なヤツだった。顔にはすぐに出るし、挙動不審になる。

明らかに隠し事をしているのがバレバレで、小隊の奴らにはすぐに気付かれていた。

白状させられた秘密は数知れないだろう。

メリッサの事も、配属して一週間としないうちに全員が知っていた。

だからこそ、うちの小隊の隊員だけが、ライルが他の女になびかない事に疑問を持たなかった。

そして、メリッサの事で浮かれては小隊の奴らにいじられ、問い詰められ、デートの話を洗いざらい暴露させられる。ライルは、小隊随一のいじられ役だった。いじられ、ちょっかいを出されながらも笑顔だったライルの顔も、その光景も、見られなくなってしまった。

いじられていたライルも、いじっていた奴らも、みんな逝ってしまった。

ライルとの日々を思い出し、二人のまわりを少しばかりの静寂が包む。

この静かな空気を破る声を発したのは、メリッサだった。


「軍曹、ライルの代わりに、この子の名付け親になってもらえませんか?」


そう切り出したのだ。

あまりの唐突な申し出に、ジョセフは少し困惑した。

だが、それ以上に嬉しかった。

ジョセフにとってライルは、息子同然の存在で、その妻になるはずだったメリッサは娘同然の存在なのだ。

この戦争が始まり、妻と二人の子供を失ったジョセフは、いつしかライルとメリッサに死んだ子の姿を重ねていた。

そんなメリッサに子供が出来た事も嬉しかったが、名付け親になってくれと言われたのはもっと嬉しかった。


「実は、ライルと前から決めてたんです。もし子供が出来たら、名付け親は軍曹に頼もうって」

「でも俺は、ライルと半年しか一緒に居なかったんだぞ?」

「私達は本当の父親を知りません。生まれた時から孤児院に居て、そこに居たのは全員シスターでした。母親代わりは居ても、父親代わりは居ない。そんな私達に、父親という存在を感じさせてくれたのは、軍曹なんです。私達にとっての父親は軍曹です。だから、名付け親はあなたに頼みたいんです」

「そうか、そう言ってもらえて光栄だ。俺にとっても、君達は息子で、娘同然だ。喜んで引き受ける」

「良い名前、期待してますね」

「分かった。考えておくよ」

「お願いします、軍曹。この子が生まれるまで、死なないでくださいよ?」

「努力する」


そう言うと、メリッサは静かに微笑んだ。

再びの沈黙の後、今度はジョセフから切り出した。


「メリッサもこの星を離れるのか?」

「ええ、民間人への避難勧告がありましたから」

「ライルを残していくのは辛いな」

「ええ、置いて行きたくはありませんけど、ライルなら自分はどうなっても良いから私だけでも生きろって言いそうで。もし戦争が終わって、私が生きてたら、また迎えに来ます」


と、彼女はライルの棺を見ながら言った。

それと同時に、彼女の瞳を不安の色が埋めるのを、ジョセフは見逃さなかった。


「そうか、この星から離れるのか。行くあてはあるのか?」


ふと思い当った疑問だ。

彼らが育った孤児院は、数年前に資金難で閉鎖されたと聞いた。

メリッサは、他の星に頼れる親類などが居ない。避難すると言っても、身寄りが無ければ難民としてどこかの惑星の難民キャンプに行くしかない。身重(みおも)の身での難民生活は相当厳しいだろう。

ジョセフは、思いついた提案をメリッサに話す事にした。


「メリッサ、俺の両親の所へ行かないか?」

「軍曹?」

「言っただろう?君は俺の娘同然だと。俺の両親がアリエッタに居る。そこに行くと良い。連絡しておくから」

「でも、そこまでお世話になる訳には」

「良いんだ。生まれてくるその子の為にも、君の為にも、そうすべきだ。両親も喜ぶだろう」

「そうですか。では、お言葉に甘えさせて頂いても?」

「ああ。喜んで」

「ありがとうございます」


彼女の瞳に安堵の色が浮かぶ。

ジョセフは、その瞳を見て死んだ娘の事を思い出していた。


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西暦2219年12月26日

惑星「エルディーナ」

統合連邦軍フォート・グレイスン基地 兵舎


ジョセフは、ベッドの上に居た。

下士官用の二段ベッドは、兵卒の三段ベッドより広く柔らかいが、民間人のよりも狭く、硬いものだ。

長い軍隊生活は、ジョセフをこの硬さと狭さに慣れさせてしまっていた。

四人部屋、入口から向かって左の二段ベッドの下の段。それがジョセフのプライベートスペースだ。

だが、この部屋の残りの(あるじ)達は、皆帰らぬ人となってしまった。

他に誰もいなくなってはプライベートスペースも何も無い。

他の奴らのベッドは、遺品の整理も済み、綺麗に整えられている。

残った自らのスペースに腰掛けた。

部隊の奴らと最後に撮った集合写真を手に取り、静かに眺める。


クレスト、リー、エルヴィン、トラヴィス、マコヴィッツ・・・。

多くの仲間の笑顔が、この写真にはある。いや、もう写真にしか無いのだ。

今は亡き仲間達が屈託のない笑みをこちらに向けている。

写真を長く見ていると思い出がフラッシュバックして、思わず裏返しにしてベッドの上に伏せた。

不意にドアがノックされ、モーガン少尉が入ってきた。

半ば条件反射のように立ち上がり、敬礼をしようとするが、彼はそれを左手で軽く制した。


「ジョセフ。君と話がある。大丈夫か?」と少尉は尋ねた。

「はい、大丈夫です。どうぞ、お座りください」と、向かいのベッドの下段を(すす)める。

「じゃあ、お邪魔する」ベッドに腰掛けながら、少尉は言った。

「それで、なんです?お話とは」

「部隊の再編成の話だ」

「ああ、そのことですか」


ジョセフの所属する部隊は、[統合連邦軍海兵隊 第4海兵師団 第171海兵旅団 第603戦術機甲強襲歩兵大隊 A中隊第2小隊]だ。

海兵師団は、2個海兵旅団と師団司令部からなり、海兵旅団は3個歩兵大隊と旅団司令部からなる。

歩兵大隊は、3個歩兵中隊と1個管理中隊からなり、歩兵中隊は3個歩兵小隊と1個管理小隊からなる。

歩兵小隊は、3個歩兵分隊と1個指揮分隊からなり、歩兵分隊は3個歩兵戦闘班と1個分隊指揮班からなる。

ジョセフはこの大隊のA中隊第2小隊C分隊の分隊長で、指揮下に14名の兵士が居た。

しかし今、この分隊には兵士が居ない。

ジョセフを残して皆戦死してしまった。

先の戦闘、シルヴィアシティ防衛戦は、防衛に当たっていた第4海兵師団の内、防衛ラインの北側半分を担当していた第171海兵旅団側に敵の攻撃が集中した。

171海兵旅団を構成する戦術機甲強襲歩兵大隊は3つあるが、第601大隊が100%の人員を喪失し殲滅、第602大隊が34%の人員を喪失し全滅、第603大隊が65%の人員を喪失して壊滅した。

全体として、第171海兵旅団は防衛戦開始時と比較して60%以上の人員を喪失し、壊滅する結果となった。

軍では、部隊の3割の戦力が失われた時点で組織的戦闘能力を喪失したと判定され、全滅とされる。6割ならば壊滅、10割ならば殲滅だ。

今回の戦いで第171海兵旅団は壊滅した為、残存部隊を軸に小規模な部隊へ再編成するか、残存部隊を他の部隊に編入させ、旅団を解隊させるかの選択を余儀なくされる。

どちらにしろ、第171海兵旅団は今後存在しなくなるのだ。

だが、今後の部隊再編について、モーガン少尉が意見を求めてくるのは珍しいかも知れない。

彼は誰かに意見を求めるのをあまり見た事が無かったからだ。

彼はどちらかというと自分一人で考え込むタイプだ。

そう思いながら、少尉が口を開くのを待った。


「軍曹、君はまだ戦う意志があるか?」


少尉の口から紡がれた問いは、予想外の問いだった。


「何故そんなことを聞くんです?少尉。戦う意志ならあります。死んでいった部下の為にも、戦友の為にも、奴らとは最期まで戦います」

「そうか、君ならそう言うと思っていた。軍曹」

「だったら何故?」

「君を推薦したい部隊があるんだ」

「推薦?」

「ああ、今度新編される部隊だ。何でも、戦争を終わらせる為の一大反攻作戦の為の部隊らしい」

「強襲歩兵部隊ですか?」

「それが、ちょっと違うみたいでな。人員の募集要項は4つ。戦術機甲強襲歩兵であること。戦闘降下章を受章していること。3度以上の戦闘経験があること。上官からの推薦があることだ。こんな募集要項は強襲歩兵では聞いたことが無い」

「確かに、それは気になりますね」

「そうだろ?詳細は全く分からん部隊だが、精鋭を集めたいらしい」

「そこに俺を推薦したいと?」

「そうだ。君は既に幾度も戦闘を経験し、生き延びてきた。不幸な死神なんて呼ばれちゃいるが、君の参加した戦闘の数々は生き残る方が難しいだろう。そんな過酷な戦場を生き抜いてきた君なら、自信を持って推薦出来る。どうだ、志願してみる気は無いか?」


ジョセフには、二つ名がある。

「不幸な死神」

いつ、誰が呼び始めたのかは知らないが、こう呼ばれるようになっていた。

その理由は単純明快。

参加した戦闘の数々で、ことごとく部隊が壊滅もしくは殲滅に近い損害を被っているからだ。

ジョセフと同じ部隊で作戦に参加すると、多くが戦死して帰ってくる。

しかも、ジョセフの部隊の戦闘はほぼ確実に激化し、敵の猛攻にさらされる。

それ故に、付いた異名が「不幸な死神」だった。

ジョセフ自身も、それに異を唱える事は無かった。

実際、その通りだったからだ。

ジョセフが軍に入ってから12年近い月日が経ち、幾多の戦闘を経験したが、そのいずれでもジョセフは生き残った。それは同時に、多くの仲間の死に立ち会ったという事。

ジョセフを残して全員戦死した戦いもあった。

数人が生き残った戦いもあった。

だが、ジョセフの経験した戦いは、生存者よりも戦死者の方が圧倒的に多い戦いだった。

戦いの後、何人もの上司がジョセフに入院を勧めた。

PTSD、心的外傷後ストレス障害になることを懸念したからだ。

あれだけの過酷な戦いを経験すれば、そうなるかも知れなかった。

そんなジョセフを正気に保ち、戦いに赴き続けさせたのは、死んでいった仲間達の言葉だった。

戦死していった仲間達は、最後にジョセフにこう告げた。


「自分が死んだ後を、頼みます」と。


その言葉が、ジョセフを戦いの場へと引き留めていた。

いつ死ぬとも知れない戦場で、散っていった仲間の為に、最後の時まで戦い続ける。

それが、ジョセフが戦友に立てた誓いだった。

モーガン少尉の問いに対して、ジョセフの取る言葉はただ一つだけ。


「もちろん。志願します。少尉」

「君らしい返答だな。ちょっと待て」


そういって少尉はPDA(個人携帯用の小型データ端末)を操作し始めた。

おそらく、たった今手続きを進めているのだろう。

しばらくして、少尉が端末を閉じて立ち上がり、口を開いた。


「ジョセフ・マードック二等軍曹、貴官に命令を伝達(でんたつ)する!」

「はっ!」


これに呼応してジョセフもベッドから立ち上がり、気を付けの姿勢を取る。


「本日、12月26日ヒトロクマルヨンを持って、貴官に統合連邦海兵隊 先進戦術海兵師団 第442連隊戦闘団 選抜課程への参加を命じる!」


それが、ジョセフに出された命令だった。

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