-第17章 群翼の来襲 Attack of the Flight-
西暦2220年5月22日
惑星「フロラーナ」極周回高軌道帯戦闘宙域
地表から2万2000km
「タスクフォースC、残存全艦のジャンプインによる離脱を確認」
レーダー手がモニターしていた状況を告げる。
タスクフォースCによる奇襲攻撃が始まっておよそ4分。
戦況は、戦域全体の情報をリアルタイムに反映しているタクティクスチャートでも確認出来た。
チャート上のCを示す輝点は、DCジャンプでの離脱に成功したか、反撃を受けてその勇姿を宇宙に散らしたかのどちらかであり、既に宙域には存在しない。
捨て身で肉薄した彼らが敵艦隊へ与えた損害は大きく、赤色で表示された敵の輝点も数を大きく減らしていた。
「状況報告せよ。戦果と損害は?」
「戦艦2隻を大破。空母1隻、巡洋艦6隻を撃沈。駆逐艦27隻大破、11隻を中破。敵艦隊の戦力27%に減少」
「デンバー、シアトル、ダブリン他、12隻が反応消失。撃沈もしくは大破。ホンコン、ローマ、ザグレブ他、8隻が中破。乗員は総員離艦しました。離脱に成功したのは34隻ですが、小破が16隻出ています」
犠牲となった艦の具体的な数字が出ると、心が痛む。
まるで、鋭い爪で鷲掴みされているかのようなチクチクとした痛みが、ケニスの心を締め付ける。
ボストン級の乗員数は125名。損害を被った艦の数を考えると、わずか4分ほどで1500人以上の命が失われたことになる。
この戦争では、数多の命が失われていくのを目にした。
幾度と無く経験し、乗り越えてきた光景だ。
いつ彼らと同じ運命を辿るか分からない。
そう思うからこそ、最後の一瞬まで使命を全うし続ける軍人であろうと、ケニスは誓っていた。
この戦争全体から見れば、犠牲となった人々の1%にも届かない程の僅かな数字だが、
それでも尊い命がまた失われてしまった。
「勇敢なる彼らの魂に安らぎが訪れんことを・・・」
ケニスは、ほっそりと小さな声で彼らの冥福を祈った。
軍人として、戦いの中で散って言った彼らは、英雄だ。
戦死というものを美化するつもりも、賞賛するつもりもない。
ただ純粋に、命を賭して戦った彼らに、敬意を表する。
それが、戦死した彼らに対する最大の手向けなのだと信じて。
しかし、悲しみに暮れる間も無く、状況は変化し続けていた。
「司令、敵艦隊に動きが見られます。後退しつつ、残存艦を中心に、再集結を目指している模様。軌道計算終了。針路予測、軌道上1万6,000km辺りを目処に再編するものと思われます」
「残存の敵艦を掃討する。全艦、戦闘を継続せよ。畳み掛けるんだ」
「戦闘継続、掃討戦に移行。了解」
先ほどのBの奇襲で楔を打ち込むことに成功し、敵の戦線は瓦解した。
「タスクフォースDに通達。フェーズ3に移行する」
「フェーズ3への移行をDに通達、了解」
この作戦の本命である、タスクフォースDの突入フェーズだ。
ブレイブソード作戦の中核である第442連隊戦闘団の突入の為、幾万もの将兵が命を賭している。
人類の未来の為に・・・。
その使命の為に、皆の結束は固く、士気は高い。
ブリッジに包まれるこの緊張感は、その実感をケニスにひしひしと感じさせる。
「D指揮官より返信、宙域到達まで300秒。フロラーナ極点上空、2万km地点にジャンプ予定」
「分かった。Dのジャンプ地点まで戦線を押し上げる。全艦に通達。前進全速」
返信の直後、ケニスは即座に前進を下命した。
上陸部隊の本隊と、その護衛群からなるタスクフォースDは、駆逐艦30隻の護衛が付いてはいるものの、その大半は陸軍と海兵隊の上陸兵員を乗せた輸送艦が占める。
この作戦の要とも言えるDを、このフェーズに差し掛かった時点で全兵力を持って護衛し、何としてでも地表まで到達させる。
これが、ここまで激闘を掻い潜ってきたタスクフォースAとBの残された使命だ。
「通信士、全艦に音声通話を繋いでくれ。艦内放送にも繋げるようにと伝えろ」
「了解。A、B全艦に繋ぎます」
通信士が準備を進める中、シートが徐々に震えだす。
ケニスの前進命令で、艦が加速を開始しているのだ。
宇宙に生きる者にとって、この感覚はごく当たり前の日常だが、死と隣り合わせの戦場に居ると、生を実感させる数少ない感覚の一つになっている。
あと何度、この感覚を味わうことが出来るだろうか。
この司令席でこの振動を感じる度に、ケニスの脳裏にはその言葉が浮かぶ。
「司令、準備出来ました。どうぞ」
通信士のその言葉に従い、シートに備え付けられたマイクを取る。
「艦隊司令ケニスより、タスクフォースA、B全艦に告ぐ。いよいよ地表への強襲降下に入る。だが、敵の戦力は未だ残存し、こちらに牙を向けている。将兵達よ。持てる全力を持ってこれを阻止し、Dを護衛せよ。もうひと踏ん張りだ。頼むぞ」
連戦を続ける将兵達を鼓舞するために声を上げ、そのマイクを置こうとしたその時だった。
「艦隊前方距離7,000にジャンプアウト反応多数!レーダー反応、敵航空機群です!」
「数は?」
「推定2,000機以上!」
「2,000!?」
その数に思わず驚愕の声が出る。
それも当然で、今回の作戦に人類が投入した航空隊の機数は総数1,400。
それを優に上回る物量が眼前から攻め立ててくるのだから、驚かないほうがおかしい。
しかし、これを突破しないことには先に進めないのも確か。
迎え撃つほかに選択肢は無い。
ケニスに迷いなど無く、すぐに命令を出すために声を上げた。
「艦隊司令ケニスより全艦に下命。対空戦闘用意!タスクフォースDよりも前方に進出し、防空戦闘を行う。輸送艦を狙うであろう攻撃機隊を最優先に迎撃せよ」
しばしの小休止の後、再び激しい戦いの幕が開かれた。