-第16章 船乗り達の交響曲 Sailors of the Symphony-
西暦2220年5月22日
DCジャンプ ジャンプスペース内
目標地点 クレメス・シグマ星系恒星ディスペール6番星「フロラーナ」極周回高軌道帯戦闘宙域
『Keel to All Hands.Incoming Jump Out Point.I Repeat.Keel to All Hands.Incoming Jump Out Point.(キールより総員へ。ジャンプアウト地点に接近。繰り返す。キールより総員へ。ジャンプアウト地点に接近)』
落ち着き払った男の声が、スピーカーから聞こえる。
この艦のスマートPIMであるキールの声だ。
例え機械の合成音声だとしても、野郎だらけのこの船には、女の声は似合わない。
「艦長より総員に告ぐ!野郎共、パーティーの時間だ!気合入れていけ!」
「「フーヤー!!」」
ジャンプ空間に入ってからたったの30分程で、その時はやってきた。
アルベルト・ペイルマンは早まる鼓動を抑えることなく、指示を声に乗せる。
「艦長より総員に告ぐ。対艦戦闘用意」
「対艦戦闘用意。主砲、ミサイル発射管、全門対艦弾頭装填」
「FCSオールグリーン。レンジアジャスト、スケール100」
これほどまでに昂ぶったジャンプアウトは滅多にない。
行く先に待ち受けるのは、死と隣り合わせの戦闘宙域。
考えるだけでゾクゾクと背筋が震える。
これは、単なる怯えなのか、はたまた武者震いか。そんなことをふと考えてしまう。
両手のひらにヒヤリとした感触が走り、ハッとする。艦長席の肘掛だ。
革製のちゃちなもので、普段は色々と今一つなものだが、鼓動が早まり、緊張が高まっている今この瞬間ではとても気持ちよく感じている。
『Incoming Jump Out Point.10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0.Jump Out.(ジャンプアウトポイント接近。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0。ジャンプアウト)』
艦橋からの視界が急速に青白くなり、すぐさま漆黒の闇が訪れる。
視界の中できらりと光る閃光が瞬き、消えるのをくり返す。
その光は、既に戦端が開かれていることを示していた。
「味方艦隊、上下に散開。陣形T-Lの模様」
「タスクフォースC、全艦展開完了。各艦、攻撃態勢に移行中」
「データリンクグリーン。敵艦隊、正面やや上方に布陣。距離250。トラックナンバー、シンクロナイズ」
「ジャック、コルト。いつでもいいぞ」
「了解、艦長。やってやります。前進一杯、第二戦速。上げ舵25」
「こちらも了解。全砲門、照準が完了次第撃て。目標、トラックナンバー2-2-6-3。手近な巡洋艦から喰うぞ」
「了解、諸元入力。トラックナンバー2-2-6-3」
航海長のジャック・ニールセンと、砲雷長のコルト・デリンジャーは、
繊細という言葉とは180度かけ離れた所に居るような男達だ。
彼らの勇猛果敢な戦いぶりは、荒々しいが頼りになる。
戦闘は彼らに任せておけば何も心配することは無い。
アルベルトは、艦長席に付いた無線のマイクを手に取った。
「タスクフォースC旗艦。駆逐艦デンバーよりローツェに告ぐ、C展開完了。パンドラの箱は開かれた。繰り返す。パンドラの箱は開かれた」
『ローツェよりデンバー、了解。頼んだぞ』
「デンバー了解、アウト」
たった数秒で交信が終わり、アルベルトは深く息を吸い込む。
さあ、パーティータイムだ。
「トラックナンバー2-2-6-3、照準良し」
「目標、攻撃開始。撃ちー方始め!」
「撃ちー方始め!」
艦を震わせる衝撃と、発射時のプラズマが眩い光を発する。
輝く光の筋が砲身から放たれ、漆黒の闇に吸い込まれていく。
僅か数秒の後に、視界に再び閃光が煌いた。
今まで戦闘を続行していたAの各艦が上下方向に2万kmの距離で展開しているが故に、
敵艦隊は砲やミサイルの照準をそちらに合わせ、レーダーレンジの調整は数千kmと大きくなっている。
我々Cの各艦は、敵艦隊が上下方向に警戒を集中させている最中、その横腹に飛び込んだ。
僅か250kmという至近距離でジャンプアウトし、敵艦隊が体勢を整えて反撃してくる前に、最大火力で攻撃を加え、甚大な被害を与える算段だ。
この奇襲が成功するか否かが、この作戦の肝ともいえる。
戦艦や巡洋艦と比べて火力の少ない駆逐艦だとしても、反応することが困難な250kmの至近距離から放たれた砲撃とミサイルは、通常よりも遥かに強力な攻撃となる。
散布界が通常よりも遥かに狭く、極めて密度の高い攻撃となるからだ。
「第一斉射着弾。ADA(Attack Damage Assessment:攻撃損害評定)任せる。次」
「第二斉射目標選定、トラックナンバー1-8-4-9。次はあの空母だ」
「全砲門照準。ミサイル、諸元入力」
「取り舵20、下げ舵10。第三戦速」
「ADAリザルト、ダメージレベルA。敵巡洋艦一隻無力化」
緊迫した状況の中、アルベルトの感覚はよりクリアに、より鋭敏になっていく。
その手にはこの艦に乗る125人の部下の命が握られているのだから。
「キール、第二斉射後、ただちにジャンプインする。ショートレンジジャンプだ」
『Roger.Cordinate Axis Operation Start.Jump Range is Short.(了解。座標軸演算開始。ジャンプレンジはショート)』
キールにDCジャンプの座標演算を開始させる指示を出す。
これだけの至近距離で展開しているCは、反転して全速航行しての離脱が出来ない。
離脱する前に敵艦隊の攻撃に捕らえられるだろう。
だから、DCジャンプで離脱する。
DCジャンプであれば、その空間から文字通り居なくなる事が出来る。
そうなってしまえば攻撃は届きようもない。
「駆逐艦ヒューストン、ブリュッセル被弾、応答無し!撃沈された模様」
C麾下の2艦の撃沈報告が耳に刺さる。
「第2斉射、照準良し。いつでも撃てます」
「第2斉射。撃て」
ズシンという衝撃と、発射の閃光が再び艦を包み込む。
「第2斉射、着弾まで5秒」
「ADAは待てん。ジャック、やれ!」
「了解。第四戦速。ジャンプインスタンバイ」
『Keel to All Hand.Ready to Shock.I Repeat.Ready to Shock.(キールより総員へ。衝撃に備えよ。繰り返す。衝撃に備えよ)』
キールの放ついつも通りの文言。ジャンプイン前の警告文だ。DCジャンプに伴う量子転換ショック。
その声が警告を言い終わるや否や、船体に横から揺さぶられるような強い衝撃が走る。
いつも感じる衝撃とは大きく違う揺れ、その直後に視界に入る赤色灯の光に、アルベルトの背筋は凍りつく。艦が被弾したのだ。
「損害報告!被害状況の確認急げ!」
「後部K区画、第8ブロックに被弾。第6~第10ブロックまで機能停止!」
「火器管制全て正常。戦闘は続行可能です!」
「機関出力正常。航行に支障はありません!」
一撃で撃沈されなかったのは、DCジャンプ前の最大戦速航行だったからだろう。
集中砲火ではなく散布砲撃だったために、砲撃面積辺りの収束率が低いのが幸いした。
と、思ったよりも低い損害に、安堵の心が広がる中、一つの報告が場を凍り付かせる。
「DCジャンプドライブにフェイタルエラー発生!フェールセーフプロトコル発動。緊急シャットダウン!」
DCジャンプドライブのフェイタルエラー。すなわちDCジャンプが不可能だということ。
敵艦隊と近接したこの位置関係で、DCジャンプによる離脱が出来ないというのは、死刑宣告に等しい。
恐らく、艦橋に居る誰もがそれを悟っただろう。
いや、ブリッジの状況は艦内放送を通じて誰もが聞いている。全乗員が悟ったに違いない。
もはや取るべき道は一つだけ。総員退艦しかない。
船乗りとして、船を捨てる選択は辛いが、乗員の生命と安全を求めるのなら、仕方が無い。
退艦しても敵艦隊に近接した危険な状況に変わりはないが、大きな的である艦と一緒に爆散するよりかはマシだろう。
「艦長より総員へ、総員退か…」
そう言いかけて、アルベルトは言葉を止めた。
彼の目に映ったブリッジの乗員全員が、笑っていたからだ。
「さあ、艦長!ご命令を!」
「我々家族は最期まで共にあります!艦を捨てるなら敵を沈めましょう!」
『機関室から艦橋、こちらも同じくだ!』
『ダメージコントロールより艦橋!我々も同意だ!』
彼らの口から、そう語る覇気のある声が聞こえる。
その言葉に、アルベルトの気が揺り戻される。
ここに居るのは血気盛んな駆逐艦乗りの野郎の集団。
家族のように寝食を共にし、厳しい訓練も実戦も乗り越えた戦友達。
そんな彼らに、艦を捨てるなどという命令を与えるなど、彼らの誇りが許さないだろう。
指揮官として、部下の生命と安全を守る為に取るべき選択は分かっている。
だが、彼らの想いを前にして、それでもなお切り捨てる選択は、アルベルトには出来なかった。
「第3次斉射用意!」
「「了解!」」
「第3次斉射用意!目標照準、トラックナンバー1-9-2-2!」
「機関最大、両舷前進一杯!進路2-2-0、取り舵一杯!」
死を前にして、彼らの心に恐怖というものが浮かんだかは分からない。
しかし、今の彼らを、戦友達を見る限り、彼らの士気はかつてない程に高まっている。
軍人として、船乗りとして、今この瞬間を精一杯戦い続ける。
温泉が湧き出るかのように胸の底から熱い思いが溢れ出る。
もし生まれ変われるのなら・・・、もし平和な世界に出会えるのなら・・・。
「またいつか・・・共に行こう・・・星の海へ」