-第15章 白銀の怪物 Monster of Silver-
西暦2220年5月22日
惑星「フロラーナ」極周回高軌道帯
地表から3万4000km
「ESMに反応!1時方向、ミサイル接近。本艦にロック!数6、距離600!」
「ECM開始、近接防御」
「取り舵40、下げ舵20、針路2-8-0!」
『Close Lange Anti Air Warfare.Target Lock,Open Fire.Electronic Counter Measures,Type-C Mode,Sweep Through Jamming Start.Frequancy 9.74GHz to 10.26GHz(近接対空戦闘。目標ロック、攻撃開始。電子対抗手段、タイプCモード、周波数掃引妨害開始。周波数9.74GHzから10.26GHz)』
「目標群Eより斉射!着弾まで80秒!」
「舵戻せ!上げ舵30!」
刻々と移り変わる状況を、艦橋内に詰めるオペレーター達が声を大にして伝達し続ける。
操艦に関連する指揮は航海長であるステファン・レイノルズの役目だ。
宇宙空間では、大型艦艇であろうとも三次元的な操艦を行わなければならない。
艦隊の各艦が回避行動や攻撃位置への遷移を繰り広げ、縦横無尽に駆け巡る空間を縫うように翔け、砲雷長の指揮のもと艦が最大の戦闘効率を挙げられる位置へと艦を遷移させる高度な技術が必要とされる。
航海長は、砲雷長の戦闘の癖を知り尽くし、それをサポートする絶妙な操艦を成し遂げる。
戦闘を司る砲雷長は、その操艦に信頼を置き、戦闘に集中する。
艦の戦闘力は航海長と砲雷長のチームワークによって飛躍的に向上する。
ステファンの操艦術は、まるで魔術師のように滑らかで、無駄が無い。
それに応えるフリンの戦闘指揮も、最小の手数で最大の戦果を挙げる的確なもの。
どちらも、長きに渡るこの戦争を生き抜き、戦い抜いてきた熟練の技だ。
それこそがこの艦を連邦海軍最高の戦闘艦と言わしめる所以でもある。
「右舷、トラックナンバー2-7-4-8、第1から第4主砲照準!」
「トラックナンバー2-7-4-8、目標ロック!照準よし!」
「撃て!」
戦闘が始まってから何度も体感するズシンという衝撃が艦に走る。
主砲から鋼鉄の飛礫が放たれる衝撃だ。
艦から放たれた砲弾が光を反射し、流星の如く煌きを放つ。
その光は、音の無い戦場を彩るイルミネーションのような煌きだ。
重力制御が効いている為、艦の機動による加速度を感じることは殆ど無い。
しかし、艦橋から見える星の輪郭の見え方が変わることで艦の動きを間接的に感じる事が出来る。
航海長の指示のもと、ローツェは宙を翔ける。
艦橋から見える視界は、一度たりとも同じ表情を見せず、変化し続けている。
戦闘の口火が切られ、はや20分が経過しようとしていた。
砲弾やミサイルが飛び交う艦隊戦は、激化の一途を辿り、敵味方双方に少なく無い損害が出ていた。
特に、真正面からの全面展開という安直な策を取らず、艦隊の一部を別働隊として後方展開させた今回の作戦は、一種の賭けでもある。
策が上手く行けばこちらが一気に優位に立てるものの、それまでは数量で勝る敵艦隊の攻撃を防御力の高い戦艦や巡洋艦部隊が凌がねばならない。
敵艦隊の矢面に立つタスクフォースAの各艦は、厳しい戦いを強いられる。
それが乗員のメンタル、ひいてはパフォーマンスにも影響を与えることを、クレアはよく知っている。
Cが展開するまで、数的不利な状況が続く中、目立った士気の崩壊も起きていない。
人類の存亡を背負っているという危機感が、彼らを奮い立たせているのだろうか?
そうした考えがチラリと頭をよぎったその瞬間、艦橋から見える視界の右前方で光が煌く。
位置関係から推測すれば、陣形右翼側の味方艦のいる領域だ。
『こちら駆逐艦シャンハイ、被弾中破。航行は可能だが、戦闘続行不能』
次の瞬間には、損害報告が飛んでくる。
戦闘続行が不能なのであれば、宙域に留まらせる必要は無い。
クレアの思考は即座に後退指示を下していた。
「旗艦ローツェよりシャンハイへ、安全な宙域まで後退せよ」
『了解。Σ宙域へ後退する』
前方視界では先ほどの輝きよりも強い光が再び煌く。
あの方位ならば敵艦隊のいずれかだろう。光の強さを見る限り、そこそこ大きな爆発のようだ。
空気の無い宇宙空間故に大きな燃焼を伴わない爆発ではあるが、閃光は生じる。
人類側の艦砲であるリニアガンの砲弾[ASHAPS(Anti Ship Armor Piercing Shell:対艦船徹甲弾)]は、203mmとKEWよりも小さく、高初速である為に、その初速は秒速170kmに達する。
着弾時は高圧に圧縮され、塑性流動を起こすことで、流体化して浸徹体となる。
言ってみれば、旧時代の対戦車砲弾であるAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)と同じような効果を生むのがASHAPSだ。
もっとも、弾体の規模や初速が桁違いであるが為に、破壊規模も著しく大きい。
この着弾の瞬間、高温になり船体に浸徹した弾頭が艦内の空気を急激に熱し、燃焼させることで閃光を生じさせるのだ。
「敵巡洋艦トラックナンバー2-7-4-8撃沈確認!敵艦隊の脅威度86%へ低下、味方戦力は88%へ低下!彼我戦力差に大きな差は無し!」
「タスクフォースCの展開まで残り120秒」
「陣形を立て直す、艦隊陣形プランT-L」
「艦隊司令ケニスより全艦へ、艦隊陣形プランT-Lへと遷移せよ」
「針路40!機関第3戦速!面舵一杯!」
眼前の視界が再び動く。
Cの展開に備えての陣形再構築だ。
「敵弾接近!着弾コース!回避間に合いません!」
「艦長より総員へ!衝撃に備えよ!」
一瞬の出来事だが、その声が聞こえた瞬間、全員が手近なものにしがみつく。
その直後、ガァン!という大きな音と体を震わす衝撃が艦前部から響いてくる。
「損害報告!」
「前部E区画!第4から第6ブロックに被弾!第5ブロックは全損!居住区画の為、戦闘に支障無し!」
「第3から第7ブロックにいる人員は即時退避!第4から第6ブロックはエアロック閉鎖!」
「了解!」
「タスクフォースCの展開まで残り80秒!」
怒声とも悲鳴とも取れるような叫びは、艦橋内に響き続ける。
あと少し。
その時は、着々と近付いていた。