-第14章 ブレイブソード作戦 Operation BraveSword-
西暦2220年5月22日
DCジャンプ ジャンプスペース内
目標地点 クレメス・シグマ星系恒星ディスペール6番星「フロラーナ」
『Rexy to All Hands.Incoming Jump Out Point,Prepare for Deceleration.I Repeat.Rexy to All Hands.Incoming Jump Out Point,Prepare for Deceleration.(レクシーより総員へ。ジャンプアウト地点に接近、減速に備えよ。繰り返す。レクシーより総員へ。ジャンプアウト地点に接近、減速に備えよ)』
今回の目的地、フロラーナへのジャンプを開始してから既に28時間。
ブリッジの窓から見える外の景色は、星一つない漆黒の闇に包まれた世界が続いていた。
DCドライブによる空間跳躍航行、通称DCジャンプの空間内には、光を発するものが無いからだ。
DCドライブ:Dimension Collapseドライブは、空間のエネルギー飽和による量子レベルでの次元崩壊現象を利用し、異次元空間への相転移を行うことで超長距離の空間跳躍を行う航行技術だ。
広く普及した表現をするならば、ワープ航行とも言える。
『Incoming Jump Out Point.10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0.Jump Out.(ジャンプアウトポイント接近。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0。ジャンプアウト)』
艦橋の窓から見える前方の視界に青白い光が灯ったかと思うと、数瞬のうちにその強さを増し、まるでカメラのフラッシュのように、艦を包み込む。
その光は、ジャンプアウトの終わりを告げる光だ。
光が消えると、今度は眼前に大きな凍てつく白い星が姿を現す。
我々の目指す星、フロラーナの姿だ。
遥か彼方にはこの惑星系の中心、ディスペールがある。
ハビタブルゾーンの外にあたるここでは、我々が知る太陽よりも幾分と弱々しく、その光は儚げに艦を照らす。
アルテリアンの母星たるフロラーナが凍てついているのは、恒星からの距離が遠い事と、この恒星の規模が小さい為に光が弱い事が主な要因だった。
距離が遠ければ、それだけ届く光の量は弱くなり、地表に届く熱も少なくなる。
それに輪をかけて恒星の規模が小さいのだから、この星が凍てつくのも無理はない。
『Start Braking.Thruster Reverse Injection.(制動開始。スラスター逆噴射)』
艦を減速させる為の逆噴射が始まり、艦を震わせる。
異次元空間から現実次元へと相転移を行う際に自然加速する艦を、巡航速度へと戻すためのDCジャンプ後の制動減速だ。
シートベルトに固定された身体が前方へと慣性で引っ張られ、ベルトが肩と腰に食い込んでくる。
減速時の加速度も年々体感する負荷を増し、ケニスに年齢という肉体の限界を思い知らせる。
「相変わらず、コイツは辛いな…。年寄りの身体には堪える」
ケニスは苦笑いを浮かべながら独り言を呟いた。
民間の艦のようにコールドスリープカプセルにいるのならば、ジャンプ後の減速でも問題は無い。
しかし、軍艦である上に作戦行動中の今は、全員がシートに身体を固定した状態でジャンプに臨む。
いくら重力制御があるとはいえ、自然加速するDCジャンプから出る時の制動減速は、最大3Gにも及ぶ。
年寄りの身体にはなかなかに厳しい。
「これが終われば隠居ですか?司令」
どうやら、独り言だと思って呟いた言葉は、想いの外大きかったようだ。
クレアにも聞かれていたらしい。少しばかりの含み笑いを込めた声が飛んでくる。
「そうだな、老後暮らしのためにも、生きて帰らんと。頼んだぞ、クレア」
「了解です。各員、状況報告。周辺警戒を厳となせ」
「ジャンプアウト成功、現在地点はフロラーナ極点上空4万2千kmの地点。現在速度秒速3.2km。ジャンプ誤差+0.005」
「観測機器、異常なし」
「機関出力、異常なし」
「全コンディション、オールグリーン」
「タスクフォースA・B・C全艦、正常にジャンプアウト。戦術データリンク、オールグリーン」
ケニスが座乗するローツェを含む戦艦及び巡洋艦は、タスクフォースA。
空母と護衛の駆逐艦48隻からなる部隊はタスクフォースBとしてAの後方2,500kmに展開。
残る90隻の駆逐艦のうち、60隻が別働隊のCとして星系の外に待機、30隻がDとして後続の上陸部隊の本隊、すなわち陸空海兵隊統合部隊の護衛についている。
タスクフォースA・B・Cの役目は、後続としてやってくる上陸部隊、空軍部隊の進路を切り拓くこと。
彼らが惑星に降り立てるように航宙優勢を獲得することにある。
最初は、穏やかなジャンプアウトだったが、レーダー手の発した声で状況は一変する。
「前方2万4千、フロラーナ周回軌道上に複数の艦船の反応あり!」
「数は?」
「戦艦8、空母8、巡洋艦22、駆逐艦160!敵数はこちらよりやや優勢です!」
若干、悲観が篭った声がレーダー手から響く。
「やはりそう簡単には通してくれんか」
うっすらと抱いていた希望的観測は易々と打ち砕かれ、ため息が出る。
だが同時に、敵艦隊の展開位置が理想の位置であったことで、微かに笑みがこぼれた。
「A・B全艦に通達、戦闘配置!Cに敵艦隊の座標を通達せよ。第一フェーズを開始する」
作戦開始の口火を切る命令を発すると、クレアが間髪いれずにそれに反応し、命令を飛ばし始める。
「総員配置!レッドアラート!対空・対艦戦闘用意!」
『Rexy to All Hands.Attached to the Battle Station.Anti Aircraft & Anti Ship Warfare Standby.Alert Level is Red.I Repeat.Rexy to All Hands.Attached to the Battle Station.Anti Aircraft & Anti Ship Warfare Standby.Alert Level is Red.(レクシーより総員へ。戦闘配置に就け。対空・対艦戦闘用意。アラートレベルレッド。繰り返す。レクシーより総員へ。戦闘配置に就け。対空・対艦戦闘用意。アラートレベルレッド)』
戦闘配置の号令がかかり、赤色灯が光りだす。
照明は少し暗くなり、戦闘配置時の照度へと移り変わる。
やや薄暗くなった艦内の壁を、赤色灯が発する光の筋が照らしあげ、スピーカーからは不安を煽るようなアラートブザーが鳴り響く。
その二つの組み合わせは、否応無しに戦闘への緊張感を煽る。
「第1から第6主砲はASHAPS弾装填、第7から第9主砲はFLAK弾装填、斉射用意!」
「対空ミサイル、CIWS、全自動照準。近接防空用意!」
火器管制を司る砲雷長の号令が飛ぶ。
砲雷長のフリン・ジェイコブスの声。その声は至って冷静で、凛と通る声だ。
「全艦に通達、照準を敵空母、戦艦に集中。主戦力を最初に叩く」
ケニスは艦隊司令として、艦隊全艦に渡る方針の号令を発する。
「敵艦隊、全艦にトラックナンバー付与、ターゲティング完了。火器管制、オールグリーン」
「第一目標、トラックナンバー2-5-2-1。主砲全門照準」
「重力波、太陽風、外力偏向による着弾予測修正、+0.176」
矢継ぎ早に声が飛び、あっという間に戦闘準備が進む。
「火器管制、発射タイミングを砲雷長に譲渡」
その声が聞こえた時は、艦の戦闘準備が整った時だ。
フリンが座席に備え付けられたトリガーユニットを取り出し、その手に握る。
艦の火器全ての発射をコントロールするトリガーだ。
フリンの視線が、クレアへと走る。
するとクレアは、首のペンダントに付けられた鍵の一つを座席の鍵穴に差し込む。
火器管制の安全装置を解除する制御キー。
火器の発射のためには、このキーが差し込まれ、トリガーユニットによる発砲信号が発せられる必要がある。
この二重の安全装置を経て、この艦の火器は火を噴くのだ。
クレアが小さく頷くと、フリンも小さく頷き返す。
戦闘開始の暗黙の合図だ。
「目標、トラックナンバー2-5-2-1。撃ちー方始め!」
「撃ちー方始め!」
その命令と共に、フリンはトリガーユニットを引絞る。
そこから発せられた電気信号は、艦の火器管制システムに対して全ての火器に発砲を命じる信号を出す。
一秒と経たずに、艦を振るわせるほどの発砲の衝撃が伝わってくる。
この艦が、破壊をもたらす鋼鉄の怪物へと変貌したことを告げる揺れだった。
「全艦、第1斉射!着弾まで120秒!」
「こちらとほぼ同時に敵艦隊からの発砲も確認!着弾予想時刻、同じく!」
「回避運動!面舵10、両舷前進強速!」
「第2斉射用意!目標トラックナンバー2-5-2-1。同じく、散布界修正射!用意出来次第撃て!」
「了解!」
ブリッジから見える視界には、大きく広がった味方の艦隊から放たれた砲弾が、まるで流星群のように広がっていた。
この光景を見るたびに、戦いが始まったのだと実感する。
人類の希望をかけた戦いは、音も無い宇宙の中、静かに始まった。