-第12章 為政者の祈り Player of Statesman-
西暦2220年5月20日
惑星「地球」
統合連邦大統領官邸 大統領執務室
アルバート・カークは、張りのある革製の椅子に腰かけ、重厚なオーク製の執務机に向き合っていた。
彼の職務は多忙を極め、今も補佐官の報告を受けながらせわしなく書類にサインをしている所だった。
「昨日、エルディーナからの連邦軍完全撤退が完了しました。損害率は32.8%。民間避難船も1隻が撃沈されています。死傷者数は総計で28万3619人です」
戦争中であるこの時代、上がってくる報告は重いものが多い。
陸軍での軍務を経験し、政界入りしたカークにとって、前線で戦う兵士の気持ちはよく分かる。
彼もまた、前線で戦ったからだ。
18年前のノイティベルン攻防戦で、カークは前線に配備され、激戦を経験した。
その戦いは彼の両膝から下を奪い、義足に変える事となり、軍人としての将来も同時に奪った。
退役したカークだったが、戦士としての血が彼を突き動かし、政界へと足を踏み入れさせた。
前線で戦う戦友達を、少しでも後押しする為に。
そして16年が経過し、2年前の大統領選で、カークは当選した。
第38代統合連邦大統領、それがカークの背負う肩書きだ。
初の軍出身の大統領というオマケ付きでもある。
前線で戦う兵士にとって、陥落した星々は故郷であったかも知れない。
大切な人が眠る墓所であったかも知れない。
例えそうでなくとも、明日には自分の故郷が、自分の居る星が戦火に包まれるかも知れない。
そんな恐怖心を押さえ、軍人が担う使命感を胸に、彼らは銃を手にする。
彼らが抱く感情をカークも理解しているからこそ、彼は政治の世界で戦い続ける。
両足が無くなろうとも、両手がまだ残っているから。
例え両手が無くなろうとも、まだ頭は残っているから。
死なない限り、まだ戦えるから・・・。
「例の作戦の出撃開始は何時間後だ」
「はい、あと4時間で部隊が出撃します」
「そうか」
書類を見続け、疲労が蓄積した目頭を軽くつまんで揉みほぐす。
革張りの椅子をくるりと回し、窓から外を見ようとカーテンを開けた。
窓から差し込む日差しは、赤道直下らしい強い日差しで、光の強さに目が眩む。
その眩しさに、思わず手をかざして影を作り、目をすぼめたが、既に遅かった。
瞳に焼きついた日光のせいで、カークの視界は奪われていた。
しばらくすると、、光の強さに目が慣れ、窓からの景色が見えてくる。
アフリカ大陸、旧ガーナ共和国から南に下ったギニア湾上の海上都市、コスモゲート。
その中心部には天高く伸びる軌道エレベーターが存在感を放っている。
植林された人工のものとはいえ緑豊かな木々が街路樹として生い茂り、政府諸機関のビル群やエンターテインメント施設、オフィスビル等が立ち並ぶ高層都市だ。
宇宙への門、そう名付けられた都市は、人類が宇宙時代に歩みを進める第一歩となった場所だ。
この地に立つ軌道エレベーターは、人類に輝かしい未来をもたらした。
宇宙時代という新たな時代の始まりの地。それがこの場所なのだ。
連邦の誕生より30年も前、来るべき人類の旅立ちの為、緯度・経度・高度共に「0」となるこの場所に建てられた軌道エレベーターは、ピラー・オブ・スタート、始まりの柱と呼ばれた。
その後、連邦が発足し、政府諸機関をどの地に設けるか議論になった際、初代大統領であるフランシス・ギルバートはこの地を選んだ。
人類が宇宙へと旅立ち、新たな時代の幕開けを象徴するこの地だからこそ、統合連邦という新たな枠組みの旅立ちにも相応しいのではないか、と。
いつしかこの場所はポイント・ゼロと呼ばれるようになり、人類の飛躍の象徴、統一の象徴となっていった。
その象徴となる軌道エレベーターを見つめ、カークはある決心をした。
「デイブ」
「はい、大統領。何のご用でしょうか?」
「急いでビデオの録画準備をしてくれ。この部屋にだ。作戦に臨む将兵達に、メッセージを送りたい」
「承知しました。急ぎ手配します」
と、大統領補佐官の一人に指示を飛ばす。
三人の補佐官がバタバタと部屋から飛び出していき、十分も経たない内に機材が運び込まれ、セッティングが始まる。
大統領執務室からビデオメッセージというのは多くは無いが珍しくもなく、常にそのための用意がされている為、素早くセッティングが出来るのだ。
しばらくすると、女性の補佐官がやってきて、ファンデーションを頬に塗る。
顔色が悪いように見えては、メッセージを見るものを不安にさせる。
少しでも画面映りの良いようにという女性ならではの配慮だろう。
服装も軽く整えられ、20分程で全ての準備が整う。
「大統領、こちらの準備は終わりました。原稿などは大丈夫ですか?必要ならご用意しますが」
「必要無い。自らの言葉で無ければ人は動かせん」
「承知しました。では、すぐに開始します」
「ありがとう」
そういって補佐官達は、カメラに写り込まないよう、後ろへと下がった。
カメラをセッティングした広報のスタッフがピントの調整に掛かる。
カークも椅子に腰掛け、カメラを見据えた。
「それでは大統領、準備はよろしいですか?」
「ああ、いつでも大丈夫だ」
「では、録画を開始します。3、2、1」
と、0のタイミングでキューが出される。
深く息を吸い、口を開いた。
「統合連邦軍の将兵達よ。私は、統合連邦大統領アルバート・カークだ。今から、困難な作戦に臨む君達へメッセージを送りたい」
そういって、ゆっくりと言葉を切り出し、語り始める。
「今連邦は、人類は、困難な局面にある。アルテリアンの攻勢は強まり、我々は劣勢になりつつある。君達がこれから臨むブレイブソード作戦は、人類が紡ぐ一筋の希望の光だ。私は今、政治の舞台に居るが、元は君達と同じ戦士だ。こうして、両足を失っていなければ、君達と共に戦って居たと思う。今でもそうしたいと願っている。だが、私にはそれが出来ない。君たちと共に戦い、共に苦難に立ち向かうことが」
ゆっくりと、一つ一つ言葉を並べ、紡ぎ続ける。
途切れさせぬよう、しっかりと重みを持たせて。
「例えその願いが叶わなくとも、心は君達と共にある。忘れないで欲しい。君達の事を思い、君たちを支える為に励む私のような者達の存在を。これから君達を待ち受ける困難は、途方も無い程大きいかも知れない。そこに待ち受けるのは、死かも知れない。どれほど勇壮であろうとも、それを自力で乗り越えられる者はそう居ないだろう」
再び大きく息を吸った。
「初代大統領フランシス・ギルバートが提唱した連邦憲章。その序文には、こうある。『人は小さきものである。だが、人類は大きなものである。人は負けようとも、人類は苦難に抗い続けるものであれ。羽ばたき続けるものであれ。更なる高みへ。更なる先へ。歩み続けるものであれ』と。私は、この言葉こそ必要な信念だと思っている。一人の人間は小さきものだ。越えられる壁もたかが知れている。だが、二人、三人と人が集まり、仲間となったとき、その力は単純な倍数をも上回るものとなるだろう。死が待ち受けようと、歩みを止めるな。前へ前へと進み続けろ。歩みを止めれば、そこで死は君を飲み込むだろう。若き将兵達よ、どうか仲間の存在を忘れないで欲しい。隣に立つ戦友を信じ、助け合い、大きな苦難へと立ち向かって欲しい。それでも挫けそうならば、私や、ここにいる皆の事を思い出して欲しい。君達を支え、思い続ける人々の存在を。君達が歩みを止めない限り、人類は決して挫けない。それを思い知らせてやって欲しい。将兵達よ、君達に神の加護があらんことを。健闘を祈る」
そういって、カークは椅子を引き、立ち上がる。
胸を張り、左手はきっちりと身体に付け、右手を掲げ、敬礼をする。
陸軍式であるが、敬意を表すというのは共通だ。
身体に染み付いたその動作は、ブレも無く何の躊躇いも生み出さなかった。
カメラに向けてとはいえ、その先に居る将兵達へ祈りを込めて、敬礼をする。
デイブがカメラを止めた事を示したが、しばらくの間カークは敬礼を解かなかった。
激戦へと身を投じる彼らの、武運と無事を祈り、右手を掲げ続けた。