-第10章 嵐前の静けさ Calm Before the Storm-
西暦2220年5月16日
惑星「アリエッタ」
クレイドシティ郊外 リベルティアヒル 382番地
『FBN、7時のニュースです』
『セレスティア号事件から23年目の今日、各地で追悼式典が行われ、多くの市民が犠牲者達の冥福を祈るため、参列しました』
テレビからそんなニュースが流れてくる。
ふと目をやると、FBN(Federation Broadcast Network:連邦放送ネットワーク)のニュースだった。
FBNは連邦の公営放送で、人類の居住域全てに跨るテレビ放送ネットワークを持つ。
アレクシアも同じくニュースに目をやると、
「もうそんなに経つのね」
と呟いた。
「早いもんだ。特に、年を取ると余計にな」
という声に振り向くと、キッチンミトンを両手に嵌めて、焼きあがったグラタンをテーブルに運ぶウォルターの姿があった。
「いえ、そんな。お二人ともまだお若いじゃないですか」
「お世辞はよしてくれ、もう80前になる老人だ」
「そうよ、あなたから見れば50も離れてる年寄りなんだから」
と続いた会話は、よくあるお世辞と謙遜の応酬の一幕だ。
「それにしても、もう23年も経つのか。早いものだ」
「あなたはこの事件の時、生まれたばかりの頃よね」
とアレクシアがメリッサを見ながら言った。
確かに、23年前のこの事件は、メリッサが生まれて間も無い頃の事だ。
メリッサ自身、この戦争が始まる数カ月前に生まれたばかりで、成長するにつれてなぜこんな不運な時代に生まれてきたのかと嘆いたことが多々あった。
「そうだね、この事件は衝撃だったな」
と話題がニュースの内容に戻る。
セレスティア号事件。メリッサにとって、その名前は記録でしか見た事の無い名だ。
2197年当時、グリムワールに侵攻したアルテリアンの報道が次々になされ、連邦政府も初の知的生命体との接触で対応に苦慮していた。
あくまで平和的に解決する道を模索するべきか、はたまた徹底抗戦するべきか、言ってみればこの二極化の様相を呈していたということだ。
そんな中、侵攻による戦端が開かれてから5日後のことだった。
民間の中型宇宙旅客船「セレスティア」号が反戦を掲げる平和団体NWPO(No War Peace Organization)にハイジャックされる事件が発生したのだ。
彼らの主張は、「対応に苦慮し足踏みする政府になり変わり、我々がアルテリアン帝国との講話交渉を行う。武力侵攻してきた相手であれ、誠実に対応すれば戦わなくても済む筈だ」というものだった。
その声明の通り、彼らはセレスティア号でグリムワールへ向かい、アルテリアンの艦隊に接触を試みた。
戦闘の意志の無い事を無線で発しつつ、敵艦隊に向かって行ったセレスティア号だったが、待ち受けていたのは悲惨な運命だった。
15隻からなる敵艦隊は、無慈悲にも砲火を浴びせ、セレスティア号は宇宙に散り、ハイジャック犯12人と人質になっていた乗員乗客750人全員が命を落とした。
そして、セレスティア号撃沈の後、再びアルテリアンはメッセージを送付してきた。
『宣戦布告と同時に通告した筈だ。諸君らが取り得るのは滅亡という選択肢だけだと。講和などという甘ったれた戯言を聞く気は無い。戦いたくないのなら、素直に滅びるがいい』
このメッセージによって、人類が微かに抱いていた平和的な解決の道を模索するという希望は打ち砕かれ、生き残る為には戦うしかないという現実を突きつけられた。
この事件以降、各地で発生していた戦争反対のデモや集会等は鳴りを潜め、徹底抗戦派が主流となっていく。
例えこちらに戦う意志が無くとも、相手がこちらを滅ぼす事を目的に戦争を仕掛けてくる以上、抗う為に戦わねばならない。セレスティア号の撃沈は人々の心にそう刻みつけるのに充分な衝撃を持っていた。
この世論に後押しされる形で、統合連邦最高評議会は全会一致での開戦決議を採択することとなる。
決議に伴い、アルテリアン帝国に対して宣戦布告がなされ、統合連邦軍全軍に対して動員命令がなされた。
こうして、人類は長きに渡る戦争への道を歩むこととなる。
人類という種の生き残りをかけた戦争に・・・。
「この事件が起きた時は、私達もひどく不安に思ったよ。人類以外の知的生命との接触というだけでも衝撃だったが、相手がこんなに敵意むき出しで攻撃してくるなんて、驚いたもんだ」
「そうでしたね」
「戦争が始まった頃は、血気盛んな連中も多くてね、連邦軍が優勢だったこともあって、勝気な意見が多かった。だが、次第に敵も強くなりはじめ、戦争は泥沼の長期化。終わりの見えない戦いが続く有様だ」
ウォルターが気を落としたように語る。
「ほら、あなた。食事時ですよ。そんな暗い話はご法度です」
「ああ、そうだな。すまん」
アレクシアが暗くなり始めた話の腰を折り、グラタンを取り分け始める。
香ばしい匂いが辺りに漂い、持ち上げられた一切れからはチーズがとろりと糸を引く。
嗅覚と視覚に訴えかけるかのようにその美味しさをアピールするグラタンは、ウォルターの得意料理なのだという。
「さあ、いただきましょう」
「「いただきます」」
早速、取り分けられたグラタンをフォークで口へ運ぶ。
湯気が立ち上っているのでしっかりと息を吹きかけ、冷ましてから頬張った。
しかし、ソースやチーズなどはまだたっぷりと熱を持っていて、思わずハフハフと息をする。
「熱いでしょう。水は要る?」
「ひへ、ふぁいふょうふふぇふ」
「ふふ、注いどくわね」
大丈夫ですと強がったが、発した言葉は言葉にならず、アレクシアは微笑みながら水をコップに注いでくれた。
少し時間は掛かったが、ようやく飲み込んで一息つく。
予想以上の熱さで面食らったものの、今まで食べたことの無い食感と風味が口内に広がる。
「凄く美味しいです!このグラタン!」
「そうかい、そう言って貰えると嬉しいよ」
「これ、具材は何を使ってるんです?」
「これはね、筍と長芋、そして空豆なんだよ。ポイントはソースでね。ホワイトソースに長芋をすりおろしたとろろと、空豆のペーストを混ぜ込んであるんだ。長芋は細めに切って具としても入れるからシャキシャキ感が残る。この食感は筍と長芋。アクセントに胡椒を強めに入れてある」
とウォルターが教えてくれる。
「どれも5月が旬の野菜でね。このグラタンはこの時期に作るのが一番なんだよ」
「私にもレシピ、教えて頂けませんか?」
「ああ、いいとも。大して難しくはないから、メリッサなら簡単だろう」
ウォルターはにっこりと笑顔を浮かべて快諾する。
彼は簡単だと言ったが、メリッサにはとてもそうは思えなかった。
この家に来て驚いたことの一つは、彼の料理の上手さだった。
普段の料理はアレクシアが作っているが、時折彼もキッチンに立つ事があり、その時は手の込んだ豪華な料理が食卓を飾る。
月に一度くらいのペースで振舞われる彼の料理は、ローストビーフやブイヤベースなどとても簡単に作れる代物ではなく、彼の料理スキルの高さをまじまじと見せつけられた。
なんでも、若い頃に高級ホテルで料理人をしていたらしく、本人曰く昔取った杵柄なんだとか。
ジョセフの奥さんは大変だっただろうなぁと想像する。
なにせ、夫の実家で出される料理がこんなクオリティなのだ。
比べられる方としてはたまったもんじゃない。
そう内心で思いながら、二口目を頬張る。
そうして舌鼓を打っていると、お腹の内側からトンと跳ねる感じがした。
「あ、蹴った」
「あら、またかい。今日はずいぶんと元気ね」
「男の子なんだろう?」
「ええ、そうみたいです」
5日程前、定期健診で病院へ行った時に医者から男の子ですと言われたばかりだ。
それが分かってから、胎動が多くなったような気がする。
あと二カ月程でこの子は生まれる。
性別が分かってからというもの、アレクシアは子供服をこしらえ始め、ウォルターはおもちゃを真剣に悩み始めた。
二人ともまるで我が孫かのようにお腹の子の誕生を心待ちにしているのだ。
アレクシア曰く、「ジョセフが名付け親になるんだったら、私達の孫も同然よ」とのこと。
子供が生まれた後も、ずっとここに住んで良いとも言われた。
そこまで二人の好意に甘えるのは流石に気が引けて、最初は誘いを断ったものの、二人はなかなか折れてくれず、結局メリッサが押し負ける形となった。
「ジョセフはどんな名前を付けるかな?」
「そうね。ジョセフの子は女の子だったから、男の子はどうなるかしらね?」
「私は、ちゃんと素敵な名前を付けてくれると思います」
「私なら、アルフレッドとか付けるわね」
と、アレクシアが楽しそうに語る。
それからしばしの間、ジョセフがどんな名前にするのかという予想合戦が続いた。
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西暦2220年5月16日
惑星「アルシャディール」
統合連邦軍 キャンプ・クリスティアベルン 第6海兵隊舎
「う~ん、アグネス・・・。アリシア・・・。どういう名前にすべきかな?」
442連隊戦闘団の結成式典が終わり、作戦の為に艦隊が出港する四日後までのほんの数日、束の間の休暇が与えられていた。今度の作戦は、統合連邦軍の戦力の大多数を投入する一大作戦となる。
その事実が告げられているだけに、多くの兵士が不安を胸に抱いている。
これが死に場所になると考える者も多いようで、多くの兵士が街に繰り出し、休暇を楽しんでいる。
そのためか、隊舎の中はとても静かで、集中して物思いに耽るには最適な環境だった。
ジョセフはメリッサの子供の名前を考えるべく、自室に篭って命名辞典とにらめっこをしていた。
「軍曹、何をさっきから唸ってるんです?」
と声をかけてきたのは、442連隊戦闘団でのジョセフのバディ、ダニエル・マクブライド二等軍曹だ。
赤みがかった茶髪を短く刈り上げた軍人ヘアーのダニエルは、26歳と若いものの、442連隊に選出されるだけあって戦闘経験の豊富な兵士だ。
部隊の中ではダニーの愛称で呼ばれている。
その鍛え上げられた肉体は、綺麗な逆三角形を描き、式典用の第一種軍服やスーツなどのフォーマルウェアがとても良く似合う。
顔付きも申し分なく精悍で、男というより漢という表現の方が的を射ているだろう。
訓練の最終段階では、連隊編成を見据えた人員配置で訓練が行われ、その時にバディとして出会ったのがダニーだ。話してみるとしっかりと芯がある好青年で、すぐに打ち解けた。
「ああ、この前話したメリッサの子供の名前でちょっとな」
「軍曹が名付け親を頼まれたっていう?」
「そうだ」
「男の子か女の子か、分かったんですか?」
「もうそろそろ分かってもいい頃合いだとは思うが、まだ連絡が無い。だから両方考えてるんだ」
「なるほど、そういう事ですか」
今の会話で察してくれたらしい。
ジョセフ達442連隊は、四日後の5月20日に海軍の強襲母艦に搭乗し、ブレイブソード作戦の為に出港する。
今度の作戦の詳細は出港後のブリーフィングで明らかにされるが、漏れ聞こえてくる情報から判断すると、相当に大規模な作戦であるのは間違いない。
不幸な死神と揶揄されるジョセフも、生きて帰れる保障は無い。
だから今、メリッサの子供の名前を考えている。
「アリエッタへの定期通信便の次の便は、確か明後日でしたよね?」
「ああ、だからいつになく悩んでるんだ」
「手伝いましょうか」
「いやいや、名付け親になるのは俺なんだから、ダニーは関係ないだろう」
「なら、頭抱えてる軍曹の隣に座って温かい目で見守るでもしましょうか」
「趣味悪いぞそれ」
「頭抱えてうんうん唸ってる軍曹見るのは面白いんですけどね」
「まったく、年上をからかうんじゃない。ほら、どっか行け」
「はいはい、お邪魔虫は退散しますよ」
ダニーはそう言うと、笑いながら立ち去っていった。
ダニーが言った定期通信便というのは、惑星間の定期情報伝達輸送船のことだ。
量子もつれを利用した惑星間通信回線は実用化されているものの、その敷設コストとデータ通信容量の問題から、使用は主に政府諸機関の公的通信であり、民間の通信に割く余力は僅かだ。
そこで、惑星間の通信は、週一回の定期連絡船で集積し、輸送する。
これが定期情報伝達輸送船、通称定期通信便だ。
言ってみれば、郵便とメールのハイブリッド形式といったような感じで、惑星間のデータ輸送はアナログな運搬だが、惑星内では高速通信網によるデジタル伝送が行われる。
軍に所属しているといえど、惑星間通信回線は貴重な通信インフラであり、私的な使用は不可能だ。
アリエッタに居るメリッサへメッセージを届けるには定期通信便を使うしかない。
「さて、男の子ならあれで決まりとして、女の子はどうするかな?」
頬杖を付き、再び辞典とにらめっこの態勢に入る。
「ヘレナ、ジェシカ・・・」
もうすっかり冷めてしまったコーヒーをすすり、ペンを手に取った。




