6.荒野の死闘P
ここは、『始まりのう荒野』です。カレンは走ります。草藪を押し分け、岩を乗り越えて走ります。ボーンウルフは、速いです。そして、数が・・・・どんどん増えてきます。アンが肉を投げるのですが、前回とはちがい、肉がとてもたりません。
「数十匹はいるわね。」
「・・・いや、もっとだ!」
カレンは前だけしか見えませんが、アンは後ろを見渡すことができます。アンの目には荒野を埋め尽くさんばかりのボーンウルフが見えました。
「カレン、速く!追いつかれるぞ!」
「わかっているってば・・はぁ、はぁ・」
ガルルル・・。オオカミの鼻息が側まで聞こえてきます。カレンは必死で走ります。しかし、限界が近づいて来ています。
「はあ、はあ・・」
カレンの足が重たくなってきました。アンはちょっとでもオオカミの足を止めようとオオカミの顔にウサギをぶつけます。キャィンと言う声ともに、少し怯むのです。
「カレン・・カ、お、追いつかれる!」
「はぁ・・・はぁ・・アン・・わ、私・・もう・・」
ついに足がもつれて、アンは地面に投げ出されます。そこに、カレンの足にオオカミの牙が!しかし、キャウンという鳴き声ともにその鼻頭をはじかれました。アンがクリスタルランスを振り抜いたのです。立て膝をついて、きっとにらみつけるアンでした。かっこいいぞアン。単に疲れていないだけなんでが・・
「アン・・ありがとう。でも、あんただけでも逃げて・・」
「バカなことをいうな。僕がカレンを守るんだ!」
ボーンウルフは容赦なく牙を!角を!向けてきます。どちらも致命傷ですが、アンは必死でクリスタルランスを振り回します。所詮、アンの運動神経です。正面のオオカミは怯みますが、背後より首をねらって飛びか掛かってきます!その角がアンの背中に突き刺さろうとしたとき、キャウンという鳴き声ともにそいつが吹っ飛びました。カレンのげんこつでした。 ホーンウルフも負けていません。数匹が同時に向かってきました。こうなると間に合いません。アンはガラス盾とガラスの槍を振り回し、カレンもガラスの槍を振り回しますが、その角の1本がアンの肩をかすめて服を引き裂きます。振り払おうとするカレンの足に牙が食い込みます!カレンは足に食いつくオオカミの頭を盾でつぶします。
「カレン!大丈夫か!」
「これくらい・・アン、危ない!」
オオカミがアンをめがけて飛びかがってきました。カレンがかばうようにその間に回り込みます。
「くそ!【魔素生成】」とアンが叫びます。
2人の周りを包むように光が覆います。そして、ホーンウルフが突然現れたその透明な壁にぶつかりうめき声を上げます。
「これは・・魔法障壁?アンすごいね。こんなのことできたの。」
「いや、タダのガラスだ。はあ、疲れた。まあ、厚みがあるからしばらくもつだろう。」
「ガラスのドームなの?空気は保つの。」
「正確にはガラスの筒だ。大丈夫だ。匂いももれるけどな。」
2人は筒の底に座り込んで、息を整えます。ホーンウルフ達は、繰り返し2人に襲いかかろうとして、壁に阻止されています。そして、大群が動きを止めました。
「うぁ・・何、この数は!100匹はいるじゃない?」
「うん、思った以上の巨大な群れだね。このまま、やり過ごせると良いけど。」
「その希望は捨てた方が良いな。群れも止まったみたいだ。」
「なまじ透明なのがまずいみたいね。」
その通りでした。透明なので、ホーウルフ達はあきらめること無くおそってくるのです。そうして、透明な壁にぶつかるのです。
「もつかな。その内、ジャンプして、壁を越えてくるヤツがいるかもな。」
「どうするの?バーンと火の広域魔法で焼き殺すとかできないの。」
「そんな上級魔法は習得していない。魔術師じゃねぇぞ。」
「役に立たない生活魔法のエキスパートだものね。」
「う・・」
「それより、どうするの?」
「今、考えている。何かないかな。」
アンは何か策は無いかと叡智の書を紐解きます。それを見て、カレンもまねをして、叡智の書を開いています。お互い全く関係の無いことをつぶやきながら・・・・危ない二人です。
「やっぱり、毒かな。遅効性のものはだめだし、あんまり、即効性ものだと学習してしまからな。そうすると、複雑な構造の毒は作るのめんどいから・・」
「やっぱり、体術かな。角を避けて、仕留めるには、棒術かな。遠隔攻撃ならやっぱり弓矢か。鞭というのもあるか・・」
イベントリからウサギを取りだしたアンが言いました。
「カレン、これをできるだけ遠くに投げてくれ。」
「またあ?今度は、逃げられないわよ。完全にかこまれているんだから。」
「ちょっと、遅効性の毒入りウサギだ。たっぷり、食わせてやってくれ。」
「わかった。毒でやっつけるのね。さわっても大丈夫?」
「口にいれなきゃ大丈夫だ。遠くに投げて、少しこいつらを離してくれると助かる。」
「わかった!」
カレンはアンに全幅の信頼をおいています。ちょっと、怖いぐらいに、盲目的にアンの指示通りやるのです。アンがなにやら仕込んだウサギの死体を、カレンはぶんぶんと放り投げます。おいしい餌が投げられたと、オオカミ達は争うように食いついています。
「どうやら、罠に掛かったな。ウサギを争うように食べているぞ。」
「毒はどうなったの。」
「まて、遅効性といったろう。食い尽くすまで元気でいてくれないと困るんだ。」
「それは、いいけど・・あれは、何?」
カレンが指し示した先には、ひときわ大きな黒いオオカミがいました。
「群れのボスだな。これだけの大群だ。ボスも相当な強さでないとな。」
「何なのあの角は!3本もあるわ。体も大きい。この筒を簡単に飛び越えるんじゃないの。」
「ああ、そうかもしれない。」
ここは、ブロフの町の東門です。たんこぶをこしらえて地面に伏しているジェィクと眼に隈を作り壁にたたきつけられたマシューの門番コンビがいます。
「ジェィクとマシュー、いつまで寝ているんだ。行くぞ!」
「ふぁい・・ただいま。」
「これだから、起こすのはいやだったんだ。」
「これだと役に立たないな。まったく、だれがこんなことをしたんだ・・おれか。ほら、起きるんだ。かわいいアンの一大事だ!冒険者ギルドへ行って助っ人を呼んでこい。」
レスリー・ニッシュは、ウォーと獣様な叫び声を上げなここはがら走り出しました。
ガルルと低くうなりながらそいつは近づいて来ました。アンはそいつにウサギを投げつけますが、そいつは目もくれません。脇にいた1匹が食べました。そいつもは角が2本あり、次のボスでしょうか。
「まじいな。食わねぇぞ。」
「3匹ぐらい一辺にやったら?もっと出せと言っているじゃないの。」
「匂いでばれているのかな。僕の作るのは純粋な物だし匂いは無いとおもうけど。今度は口をねらってくれ。」
3匹まとめてそいつの口を狙って投げると真ん中の1匹を咥えて飲み込み、残りを脚で仲閒に押しやります。側にいたホーンウルフが争うように喰い散らかしていました。さすがボスです。そいつは、鼻で匂いを嗅ぐようにガラスの筒の存在を確かめると、少し低い姿勢を取って後ずさりしました。
「今度は食ったな。さて、・・・う、やばい。カレン、手伝ってくれ。このガラスの筒を押さえるんだ。突っ込んでくるぞ!」
「わかった。大丈夫かな。割れない?」
「たぶん、大丈夫と思うけど。あの体格では筒が倒れてしまう。」
ボスオオカミは体当たりしてきました。「ガシン!」と言う音がして筒が少し動きましたが割れることはありませんでした。それでも、あきらめずに黒いボスオオカミは、2度、3度と突進してきます。アンとカレンは必死で支えますが、ついに、ヒビが・・
「わあ、ヒビが・・持たなかったか!」
「アン、さっきの盾と槍を作って!」
「でも、そろそろ、毒が。」
「待てない! ガラスの筒を消して頂戴!打って出るわ。」
「わかった・・消すぞ!」
クリスタルドームが光の粒となって、消えました。カレンは、クリスタルランスを大きく回転させ、槍を背後に持って、腰を落として構えます。カレンのただならぬ殺気に、黒いホーンウルフは一歩さがります。
「棚元流槍術、押して参る。」
「おまえ、棚元流槍術を極めていたのか。カッコいいな。」
「槍術なんて習っていない。」
「え?!」
「激流転突、激の部!」
「そんなの初めて聞いたぞ。」
「叡智の書に書いてあった! 読んだだけ。使うのは初めて!」
「だ・・・大丈夫か?!」
「ヤー!」
弾丸のように飛び出し、槍を突き出すカレンです。黒いオオカミもさすがです、翻って避けられました。但し、黒い毛皮に一筋の赤い線が残ります。
「くっ!浅かったか。」
逆にオオカミは角を突き出してカレンに襲いかかってきました。カレンは角に重ねるように槍を突き出し、それを流します。しかし、体格の差は覆いがたく、槍は大きくまがって折れ、盾を頭にぶっつけて逸らしますが盾も割れてしまいました。アンはカレンの動きに合わせて巧みに後ろに回り、後ろから槍と盾を補充しています。
最初の攻撃に失敗した黒オオカミは反転して、再び、2人に襲いかかってきました。
「流の部!ついで、転の部!」
後ろからアンが軽くガラスの槍に手を添えるとガラス槍が太くなりました。その槍を大きく回転させて、オオカミの足を払います。すれ違うオオカミは足を払われ、頭から地面に突っ込みます。そこへ、カレンの槍が首筋へ突き出されました。アンは巧みに槍の形を再び変えています。
「突の部!」
しかし、黒オオカミは頭を大きく振って、槍を避けました。槍先は首筋ぎりぎりをかすめて、血を吹き出しました。それでも、黒オオカミは立ち上がります。そして、血を流しながら、カレンをキッとにらみ、低くうなりながら振り返りました。一連、動きを見ていた赤オオカミも我に返り、カレンにむかってうなります。
「え?だめなの!」
「やべぇ・・」
3体1となってしまいました。いくら、カレンでもこうなると無傷ではいられませんでしょう。アンとカレンは死を覚悟しました。
「赤と黒の3匹か・・」
その時です。低くうなっていた赤オオカミに異変が訪れました。突然、咳き込むように嘔吐したのです。しかし、黒オオカミは平気でジャンプしてきました。さっきの「流の部」で角の攻撃を流します。黒オオカミは、カレンと体を入れ変えて着地して振り返ります。その時です。黒オオカミにも異変が生じます。大きな巨体がぐらりと揺れたのです。カレンはそれを逃さず、槍をつき出します。今度こそは首をとらえました。槍が深々と突き刺さりました。
「ギャウ!」と鳴いて、黒オオカミが倒れました。
「やった!」
黒オオカミが倒れたのを確認して、槍を抜くことなくカレンが「アン!」と叫びます。アンは「ほい!」と言って新しい槍をカレンに渡しました。それを受け取ると、続いてカレンは赤オオカミにそれを投げます。続いてもう1匹にも!たちまち、ボスオオカミ達は絶命しました。2匹とも毒餌を食べていて弱っていたようです。
しかし、事態はそう改善していません。もともと、100匹はいる集団です。嘔吐して頭を振って倒れてゆくものもいましたが、多くはまだまだ元気です。ボスを倒したと言え、相手は2人です。集団で襲いかかれば十分勝てるようにオオカミにはみえました。
「カレン、やばいな。多勢に無勢だぞ。」
「うん、アンの槍をつくるMPは足りるの?」
「うーん、厳しいな。また、籠もるか。」
「また、筒の中に?」
「ドームにするけど・・」
その時です。突然、雄叫び声が響きました。そして、オオカミたちに無数の矢が飛び込んできました。アン達に向かおうとしたオオカミが『矢ぶすま』となって倒れてました。
「ウアォーーー!」
「アンちゃん」
「カレン!」
「助けにきたぞー」
見れば荒野の草むらから、たくさんの冒険者が剣を振りかざして飛び込んできました。ギルドの討伐対でした。先頭は、地獄の門番のレスリー・ニッシュです。彼らは、草むらのオオカミた隊を剣で切り裂きます。さすがは、歴戦の冒険者です。オオカミた達が次々と餌食になってゆきます。こうなると形勢が逆転です。オオカミはしっぽをまいてちりぢりに逃げ出しました。
「はは・・・助かった。」
「よかった。」
ヘナヘナと座り込むアンとカレンでした。冒険者の中には ギルド受付嬢のコリンナ・レインがいました。彼女はアンを抱きしめて頭をなで回します。
「アンちゃん。大丈夫だった。ケガをしていない?」
「うぁ・・大丈夫ですから。髪の毛がくしゃくしゃになる。あーあ、顔を舐めないで!」
アンはコリンナ・レインの爆乳の餌食になっています。レスリー・ニッシュはカレンです。息子のようにカレンの頭をくしゃくしゃになでながら言いました。
「カレン、見ていたぞ。デスブラックウルフとブラッドレッドウルフを倒すなんてスゴいじゃないか。」
「へぇー、そんな名前なんですか。デスとブラッドですか?物騒な名前なんですね。只のホーンウルフじゃなかったですね。」
「どちらも、ホーンルフの上位種だ。魔物はデカイ集団になると上位種が生まれるんだ。ブラックデスウルフは、黒い死神とも呼ばれるBランクの災害獣だ。狡猾で剛毛の毛皮を持ち剣が通りにくい。Bランクの冒険者が数人がかりでやっと仕留めるしろものだ。それを、Fランクのおまえが1人で倒しちまった。」
「あれは、アンの毒餌が効いていたからなんです。あれが無かったらとても太刀打ちできませんでした。」
「毒餌?アンが?・・・アンは毒も使えるのか?」
「アン、そうよね。」
「うん、ウサギの死体に『猫いらず』を仕込んで、オオカミに食わせたんです。端的に言うと白燐です。そいつを【魔素生成】で作り出して、内蔵にはまぶしてカレンに投げてもらったんです。」
「ハクリン?それはなんだ。聞いたことがねぇ。」
「リンですよ。知りませんか?こいつ食べると胃の中で亜リン酸になって、猛毒になるんですよ。燃えてリン酸になると、割と安全なもんで、昔は鼠退治に使われたんです。【魔素
生成】は、単純な元素しか作れないんで、リンは酸性の胃液の存在下で、空気の酸素によって酸化されて・・うぁ。」
「アン、もういいから・・」
アンが自慢げに化学的な解説をやろうとするのを無理矢理止められました。
「よくわからないけど。アンちゃんはすごいのね。よしよし・」
「だから舐めないで・・ああ、来た!レベルアップだ。」
「私も!体が熱い!」
「どうなった!」
「MPがスゴいことになっている。体は変わんないけど。」
「ふぇ、何この筋力は!やだぁ。また、腕が太くなっちゃう。」
「いいなあ。カレンは・・」
「いいなあ。アンは・・」
お互いに相手をうらやましがるウサギコンビでした。
「ところで、コリンナさん、ウサギが6匹しか無いんだけど。これって依頼未達成?」
「ウソ! アン、50匹はあったじゃない。どうしてないの?」
「毒餌に使ったんだ。」
「10匹以上ないとね・・未達成ね。」
「そうなんだ・・・」
うなだれるウサギコンビでした。
その夜の宿です。カレンがアンに抱きついていいました。
「アン、ありがとう。」
「ん?何かしたか。」
「デスブラックとの対決の時、槍の形状を巧みに変えてくれたでしょ。」
「ああ、あれか。」
「私が何をする気かよくわかったわね。」
「最初に、『激流転突、激の部』って叫んだろう。あれで思い出した。」
「思い出した?」
「ガキの頃、達人ごっこをしたじゃねぇか。あの頃は僕が剣を持っていたけどよ。あのころの動きを思い出したんだ。スピードは全然違うんで、避けるのに必死だったよ。」
「ああ、あれか。じいちゃんの書庫で槍術指南書を見つけてまねをして遊んだときね。」
「あの時は、ずいぶん、棒で殴られたけどな。練習の甲斐があって、最後には決まるようになった。」
「そうだったわね。近所のガキ大将にあれをみせたら、一発でビビったものね。」
「そうだ。また、練習しようぜ。」
「そうね。」
「でも、ガラスの盾ではだめだな。やっぱり、靱性のある金属でないとだめだな。金をためて装具屋へいくか。」
「それには、稼がないとね。」
「うん。さて、寝るぞ。」