20.廃神殿の出会い
今から1年前のことです。ここは、草原の中です。豪奢な馬車が1台岩陰に止まっています。テーブルと日傘が出されおり、白い軽鎧の金髪の美女と執事らしき男が出したお茶をたしなんでいます。執事のグレッグ・ボルトンとヴェロニカ・グレタ・ローディア王女です。王女というのはいいですねぇ。こんな荒れた草原でお菓子とお茶ですか。警備役の衛兵3名は気苦労が絶えませんが、本人は暢気なものです。
警戒をしていた騎士姿の一人か、隊長らしきひげ面の人に何かを話しています。隊長らしきひげ面の人が、直立不動の執事のグレッグ・ボルトンに声をかけます。
「グレッグ様、ちょっと、お話があります。」
「なんですか。」
「ちょっと、我々を追跡している奴らがいるみたいなんです。」
「何者でしょうか?」
「恐らく、盗賊の類いかと。」
「ヴェロニカ様と知ってのことでしょうか。」
「今回の探索は特に紋章を携帯しておりません。金持ち貴族と思ってのことでしょう。暗殺者の可能性も捨てきれません。これは一度引き返しますか。」
王女と知って襲ってくる盗賊はいません。反逆罪として指名手配され根絶やしされるからです。確信犯の暗殺者は別ですが・・
「まずいですな。ヴェロニカ様はそういうのはお嫌いです。それに、町から離れすぎています。途中で追いつかれる可能性が高いです。」
「一人で帰って頂くのがこちらとしても助かるのでが・・」
隊長さんの気持ちもわかります。転移魔法の使える王女様は自分たちをおいて、さっさと逃げて抱くに限るのです。ところが、ここ優しいお姫様はそんなことができません。
「それもお嫌いです。」
「困りましたな。それでは、いっそのこと古代神殿へ行きますか。」
「うむ、それも一手ですな。古代神殿に籠もったように見せて、ヴェロニカ様の魔術で脱出するのはいかがでしょう。」
「それでは、我々の立つ瀬がありませんな。」
「初めに申し上げたでしょう。もともと、『王の盾』には護衛はいらないのですよ。」
執事と隊長さんがこそこそと話すのを見て、紅茶を飲んでいたヴェロニカ姫が声をかけます。
「グレッグ、何かあったの。」
「姫様、ちょっと、困ったことになりました。」
「どうしたの?」
「盗賊のようです。」
「それはいいわね。ぜひ、この剣で返り討ちに・・」
「そんな危ないことはやめてください。今回も魔物がいない廃神殿だからということで・・」
「え?あそこは魔物もいないの!グレッグ、騙したわね。」
「いえ、その、何です・・その情報も古いものですから、一度、調査してみないと・・」
「でも、盗賊なのね。腕がなるわ。日頃の訓練の成果・・」
兵士と執事は苦笑いをしています。当然です。訓練をしているといっても所詮お嬢様の遊戯レベルでとても盗賊相手に立ち向かえるものでは無かったのです。剣の腕から言えば執事のグレッグほうがよっぽど頼りになったでしょう。
「それも困ります。お姫様はともかく、このグレッグは只の執事です。ここはひとつ古代神殿で逃げ込んで防備固めたふりをしましょう。そして、盗賊共を誘いこんで、そこから転移で脱出し、やつらを逆に閉じ込めるというのはいかがでしょうか。」
「それはいいわね。ちょっと、それでは安全すぎないこと。」
「いえいいえ、盗賊共を誘い込むのですよ。お姫様の魔法のタイミングが要です。早すぎると気づかれてしまいます。」
「それもそうよね。」
(さすが、グレッグ様だな。乗せるがうまい。)と騎士さんは小声で呟きました。
草原を馬車が疾走しています。併走する3人の鎧騎士もいます。御者は執事のグレッグ・ボルトンが小高い丘を指し示して叫びました。
「お姫様、あれです。」
小高い丘は鬱そうした森となっていました。ちらりと苔むした大理石の柱が幾本か見えました。確かに廃神殿のようです。
「どこからはいるのでしょうか。」
「入り口は知っています。北側にあるのです。ガキの頃の遊び場でしたから・・・」
「やっぱり、グレッグは、私をだましましたね。ここは、あなたの生まれ故郷だったのですね。」
「ははは、いい、盗賊に追われるなんて、良い冒険になりましたでしょう。」
グレッグは、ヴェロニカ姫に冒険したいと言われたときどこにするか悩みました。そこで、思いついたのが、故郷の村の子供の遊び場だった廃神殿だったのです。調査しつされて魔物も何もないことがわかっている場所でした。そこなら安全だろうと王妃様の許可を頂いたのです。
鬱蒼とした森の小道の前で馬車は停止しました。
「姫様、降りてください。」
「隊長、どうだ。やっぱり、追いかけてくるか。」
「そのようですね。」
「姫様、早く!そこの道を上がり切ると神殿広場に着きます。」
「はい、グレッグも急いでください!隊長さんも!」
「わかりました。」
小道を上ると白い広幅の石の階段が果てなく続いています。木の根っこにより破壊されて上りにくいことこの上無いです。軽鎧姿の王女は、そこを駆け上がりますが、もとより、体力がありません。階段を駆け上がると石を敷き詰めた広場に着きました。
そこから、崩れかけた拝殿とそれに隣設した石の宮殿が見えました。息も絶え絶えになった王女が、石柱の影で休んでいると、ほどなく、執事のグレッグと兵士がやってきました。
「ん?」と言い首をかしげるグレッグさんです。
「どうかしたの?」と尋ねる王女様です。
「いえ、何でもありません。たぶん、気のせいでしょう。前に来たのは古い話なので、記憶違いかもしれません。」
そう言って、広場を抜けて、崩れかけた拝殿に向かいます。そこには、巨大な女神の石像がありました。頭も手も無く蔦の蔓に絡まれて半壊していました。しかし、その前には広く大きな台座がりました。何かを儀式をするところでしょうか。小さな階段があります。王女達はそこに上がり、跪いて祈りを捧げます。王女様が像を見上げて言いました。
「アルテミナ神の石像ね。」
「そのようですね。」
その時です。広い通路の奥の石段を上がったところに、男の姿が見えました。
「おお、いたぞ!」
「ぐへへ、おまえらこれで終わりだ。」
「ほう、べっぴんさんだな。ひん剥いてやるぜ。」
口々に下品な言葉を言っています。
「おや、やつら来ましたね。クレッグ様いかが致しましょうか!」
見れば、数名の盗賊が剣を抜いています。1人は弓を引き絞っています。
「うむ、こちらへ!」
そう言って、王女を手を引いて石像の方向へ進みます。ところが、その足がぴたりと止まります。
向かった女神像の左右からわらわらわと男達が出てきたのです。2,30人はおり、いかにも盗賊らしき風情です。巨大な斧を背負っていたり、金属の槍を振り回したりしています。鎖鎌をぶんぶんと振り回すものもいます。
「おや、女だ。どうも良い匂いがすると思ったぜ!」
「お頭!こいつの言うとおり、女ですぜ。」
「なになに、ほんとか?」
「おお、女だ!」
グレッグは王女様を抱き寄せます。隊長がその間に入ります。
「グレッグ様、これは・・」
「どうも、ここは盗賊のアジトになっていたようだな。」
「隊長、どうしましょう!」
大変です。王女とその一行は盗賊団に囲まれてしまいました。
「こいつら何者だあ。」
「豪勢な馬車に乗っていたぜ。」
「貴族の娘か!護衛も付けているしな。」
「へへ、たった3人で、俺たち『血まみれガダル一家』とやり合う気か。」
確かに、これだけの人数とやり合うのは無理があります。兵士達は手に汗を握り、緊張に耐えています。とても、姫を守り切れる自信がなかったのでした。
その時です。空が白く光りました。そして、その光りの中なら、白銀の鎧武者の少女が落ちてきました。盗賊団との間に落ちてきたのです。
「うぁああ・・ここはどこ!」とその少女が叫びました。
「なんだ!こいつは!」と言う盗賊です。
「あれ、綺麗な女人・・・あんただれ?」という少女です。
「こちらは、ローディア国の第3王女、ヴェロニカ・グレタ・ローディア様です。」と執事のグレッグさんが言います。
「お姫様か。こっちの悪い人相の男はだれ?」
「俺たちは『血まみれガダル一家』だあ。」と盗賊がいいます。
「こっちは、盗賊ね! 安奈、助太刀します!」という少女です。
「え・・?」
鎧もなかなか豪奢で、業物のらしき剣を携えています。その子はその剣を抜き叫びました。
「ライトニングストリーム!」
すると白い光りと斬激が広がりました。その光りの帯に触れると剣が折れ、鎧が弾け、鎖が切れ、鎖が切れます。むき出しの皮膚が弾け、指が落ち、筋肉が引き裂かれます。
「ウギャ!俺の剣が・」
「うあああ。ゆ、指がねぇ。」
「ぎぇーーー、イテテ、助けてくれ!」
少女が剣を鞘にしまうと、あたりは阿鼻叫喚の地獄です。しかし、少女は頭をふらふらと揺らしています。
「あれ、めまいがする。変!どうなっ・・・・」
「大丈夫ですか!」と駆け寄るヴェロニカ姫です。
「お姫様、うかつに近づいては・・」と言う執事のグレッグさんです。
その後を追いかける執事のグレッグさん、隊長や兵士も駆け寄ります。
「今のうちに、お姫様、にげて・・」という少女です。
「皆さん!私に捕まって!」と、少女を抱きかかえてヴェロニカ姫叫びました。
すると、ヴェロニカ姫の周りに光りの幕が現れ、全員を包みます。その光りの膜は目もくらむような発光となって消えたときには、6人の姿は消えていました。
「わぁ、なんだ!」
「き、消えちまったぁ!」
「あの光りの剣檄は何だったあ。」
「ありゃ、魔剣か。いや、聖剣?」
「血が止まらねぇ。助けてくれ!」
「そうだった!おい、だれか、水を持ってこい。布だ!」
「くそ!逃げられちまった。」
盗賊達はけが人であふれており、追いかける余裕は無かったようです。
廃神殿の丘の麓の馬車の側で再び発光があり、それが消えたとき王女の一行の6人が現れました。これがヴェロニカ姫の転移魔法です。
「ここは?」
「さっきの丘の麓です。だれもいないようです。」
「さあ、早く逃げましょう!姫様、さあ、馬車へ!」
「クレッグ!この女の子を馬車に乗せて!」
「わかりました。」
馬車が再び動き始めました。執事のグレッグが御者で、3人の兵士が追走します。
その日の夕刻です。王都にある王家の居城の一室です。白いドレスを着た金髪の女性が執事のグレッグを怖い顔でにらみつけていました。
「グレッグ!なんたるざまですか。」
「王妃様、申し訳ございません。私の調査不足でした。何も無いへんぴなところで、まさか盗賊の巣になっているとは気がつきませんでした。」
「お母様、グレッグは悪くないんです。早く行きたいと、私が急がせたからなんです。」
「それで、例の少女は?」
「まだ、眠っています。どうも、魔力枯渇のようですね。」
「そうですか。まあ、ヴェロニカの命の恩人です。十分なお礼をするように。」
「はい、わかりました。」
「それか、ヴェロニカ!あなたは、当面、外出禁止です。」
「えーえ、そんなあ。せっかく、勇者様と会えたのに・・」
「まだ、勇者と決まった訳では無いでしょう。まったく、あなたのお遊びで周りの人がどれだけ迷惑しているのかわかっているの!」
「勇者捜しは国是なんでしょ。」
「それは違います。『勇者に限らず能力あるもの取り立てよ』というものです。あなたの勇者ごっことは違います。」
「でも、この人は目の前で空から降ってきたのよ。天の神様の使者に決まっています。勇者よ。」
「だいだい、あなたと言う子は、もう良いお年頃にも関わらず。冒険、ぼう・・」
「わかったわよ。もうたくさん!」
「王妃様、もうその辺で・・私がご注進もし上げますので、今日の所はここまでに。お姫様、そろそろ、目覚める頃ではありませんか。」
「そうだったわ。」
そう言って、光ともにかき消えました。それを見てため息をつく王妃様です。
「困ったものだわ。本当に、ヴェロニカたら・・甘やかせすぎたかしら。」
ここは、ヴェロニカ王女の私室です。ヴェロニカの豪奢なベッドにさっきの少女が眠っています。やっと、目を覚ましたようです。
「わあ!ここはどこ・・・」
「ここは私室です。覚めですか。勇者様!」
「あれ、さっきのお姫様!無事だったんだ。よかった。私はどうしてこんなところでねているの。」
「魔力枯渇です。さっきは、魔剣をお使いになったでしょ。」。」
「ああ、そう言うことなのね。始めたばかりの初期状態で荒技を使えばMP切れ起こすわ。ゲームでは動けなるだけなんだけど。この世界では気を失うんだ。」
「ゲーム?」
「あっちの世界でそういうのよ。」
「あっちの世界?やっぱり、あなたはあの世から神が使わした勇者なのね。」
豪奢ドレスを着た少女が片膝をついて頭を下げました。同時に世話をするメイド服の少女達も同じように立ったまま頭をさげます。
「ちょっと待って!ゆ、勇者ぁ!?」
「申し訳ありませんでした。使徒様でございますか。」
「シト?何、それは!違うわよ。私はタダのPC、プレイヤーよ。あっと、NPCにことを言っていいのかな。」
「???」
「わかんないよね。うーん。どうしよう。」
「申し訳ありません。プレイヤーというものはどういう階位の神様なんでしょうか。」
「ちがうよ。・・・・・・・えーい。私に難しいことを考えるのは無理だ!」
「どうされました。」
「すべてを話すから、姫様と2人だけにしてくれる?」
「わかりました。みんな、退室なさい!」とヴェロニカ王女が言いました。
その一言でみんな退室していきました。
「さて、勇者、だれもいなくなりました。お話頂けますか?」
「わかった。えーと、どっからはなそうかな。まず、私の名前は圭安奈という女子高校生なんだけど。」
「ジョシコウコウセイ?」
「うぁ、そこから説明しないといけないんだ。」
そう言って頭を抱える圭安奈です。
「まず、名前だけど。本名は、圭安奈と言うんだけど。この世界では・・アリエル・ケイリーでいいや。アリエルと呼んで!」
「アリエル様ですね。」
「アリエルでいいわ。私は騎士身分、王女様のほうが偉いから!」
「わかりました。どちらの国からいらしたのでしょうか。」
「日本だよ。ここからずっと遠いところ。異世界からきたの。」
「異世界?天国や地獄のような別世界なのでしょうか。どんな世界なんですか!」
「それはねぇ・・・・・」
長い長~いお話の始まりでした。なんとか天界の人々とは違うことを納得してもらえたようです。そして、自分が勇者でないことも・・
その後、アリエル・ケイリーは、ヴェロニカ王女の命の恩人として、従者として取り立ててもらい、この世界で暮らす糧をえることが出来ました。そして、2人で本物の勇者を探すことにしたのです。
ヴェロニカ王女には、勇者は長年の夢を叶えてくれる星の王子様、アリエル・ケイリーには、元の世界に帰るための大事なピースです。2人の利害は一致したのです。




