17.奴隷市
ここは冒険者ギルトの会議室です。机と椅子だけの部屋に、ギルドマスターとアン達が座っています。なぜかアンはコリンナさんの膝の上です。
「今回はご苦労さんだった。ほとんど、無傷で逮捕できてよかったよ。たぶん、鉱山奴隷行きだろうけどな。」
「鉱山奴隷ですか?きつそうだな。僕なんか3日と生きていけそうにないな。」
「そう言えばあいつらに売られた村人はどうなったんですか。」
「盗賊討伐の前日に売られた人達は何とか間に合ったよ。金品、食料や農具といった物も残っていた。全部返す予定だ。報酬が減るがこれは我慢してくれ。」
「返せたんですか!よかったですねぇ。」
「他にも奴隷に売られた人もいたのでしょうね。」
「それ以前の人達はもう所在すらわからない。助けようが無い。」
「ため込んでいた財宝ともあったんでしょ。残りは山分けですか?」
「いや、1年ぐらいギルド預かりだ。持ち主が買い戻したいと言う場合があるんでな。そのときは、普通の中古品より高く売るんだ。取りあえず、預かり書を渡して、後日、精算するのが通例だ。」
「さてと、まずは、報奨金と賞金首の件だが・・」
「2つあるんですか?」
「報奨金は、今回のクエストに対するものだ。貢献度に応じて分配率が決まって支払われる。賞金首は、盗賊の首領や部下個人にかけられるものだ。直接、対峙したものだけがもらえる権利がある。まあ、これがもらえるかどうかは運しだいだ。」
「え?僕達は盗賊の首領と副首領をやっつけたから・・」
「そうだ。正確には、首領は俺がやったけど。俺はもらえない。短槍を突き刺して補助したカレンのものだ。副首領はカレン1人でやったからな。」
「わーい。」
「弓矢で負傷させたアイリーにもでるぞ。」
「すごいな。」
「僕は!僕は!」
「・・・・ん?直接の貢献がなあ。」
「え?・・・・」
「エドガーさん、そんなことは無いでしょう。今回の作戦を考えたものアンだし、タイミングよく小盾や短槍を出してくれたのはアンよ。あれがなかったら私は頭を割られて死んでいたわ。」
「うむ、確かに、貢献はしているな。カレンさえ良ければ分配してもよいが・・」
「いいよ。なんだかお情けみたいだし・・今回も野営メシの礼金も入ったし、ワインだとかあったからな。」
「何を買うの?」
「奴隷だよ。」
「奴隷?!」
「僕達のクランには前衛職がいないだろう。補充して置きたいんだ。」
「クランメンバーを募集しないのか?」
「今はまだ秘密にしたいことがありますんでね。」
「そうか、奴隷なら大丈夫だが、戦闘奴隷は高いぞ。」
「それなんですよね。掘り出し物でも探して見ます。エドガーさん、この町には奴隷商はいますか?」
「普通は居ないんだ。ここは、そんなに大きな町ではないからな。」
「『普通は居ない』ということは、今はいるんですね。」
「ああ、さっきも言ったように、盗賊から奴隷を買い付けに来ている奴隷商人がいるんだ。国境付近から帰りだそうだから掘り出し物があるかもしれんな。」
「じゃあ、行くか!」
「え?!ウサギちゃん、行っちゃうの。私も行くわ!」
「コラ!おまえは受付業務があるだろう!」
「アーン、ウサギちゃんが・・」
こうして、コリンナさんは泣く泣くアンを手放したのでした。
アン達はブロフの町の中央通り歩いています。奴隷商人はブロフの町の郊外にテントを張っているそうです。
「アン、本当に奴隷を買うの?」とアイリー聞きます。
アイリーは奴隷というものに良いイメージを持っていないようです。
「ああ、主人公が大活躍をして、小金を貯めて、可愛い獣人奴隷を買う。これはラノベの定番だろう!」と嬉しそうに言うアンです。
「それが理由か?!」
「痛ぁ、また、殴った。」
「まあ、前衛職がないのは事実よね。それに、私達がプレイヤーということも奴隷ならば秘密にしておけるわ。」と冷静に答えるアイリーです。
「うん、僕達は命を奪う事にためらいがあるだろう。それも、奴隷ならば大丈夫だ。」
「それもそうね。嫌なことは奴隷に押し付けるのはちょっと疑問だけど。アン、あんたもいろいろ考えているのね。」というアイリーです。
「いや、こいつは、獣人奴隷少女に『主様!私が命をかけて守ります!』とか言われたいからに決まっている!」とカレンがジト目で言いました。
「おまえ、いつから僕の心を・・あ、痛ぇ。」
「やっぱりか!」
「さあ、行きましょう!」
さて、アン達は郊外にやって来たのですが・・・
「何だこれは?」
「一体どうなっているんだろう?」
「エーン、怖いよう。」
そこには半壊したテントと檻があるだけでした。檻の中の人間も気を失っています。あちこちには屈強な男が剣をもって倒れていました。そして、その中央は青い肌をした泣く幼女がいました。何か爆弾でも落ちたかのように人々が倒れて気を失っていました。
思わず、アン達はその幼女に駆け寄ります。そして、アンがその子を抱きしめて頭を撫でてやると、その青い幼女はアンにしっかりと抱きついてきました。
「もう、大丈夫。」とアンがにっこりしていいました。
「こ、こわかった・・」とその子は半泣きで答えます。
「どうする?」
「ともかく、無事かどうか確かめよう。倒れている人を起こそう。」
幼女の傍にはぼろぼろになった女の人がうつぶせに倒れていました。幼女はちらりとその人をみるとひっしとアンにしがみつきます。
「あの人、いや!怖い・・」
「息はあるみたいね。気を失っているわ。」
「他を当たってみろ。」
カレンとアイリーが二手に分かれて倒れた人々の安否を確かめます。少し離れると影響が少なかったようで揺り動かしてみるとすぐに気を取り戻しました。
「う・・・ひっ!わわ、助けてくれ!」
しかし、気がついた屈強な男はなぜかアンを見て四つん這いになって逃げだしました。そして、ひっくり返った荷馬車の陰に隠れてしまいました。
その時です。半壊したテントの中から太った男が出てきました。綺麗な女の人と屈強な男も出てきます。
「た、助けてくれ・・」
「何があったんです?」
「ひっ!そ、そいつだ!」
「きゃーあ、助けて!」
なぜかテントから出てきた人々はアンを見て怯えています。また、テントに入り込んでしましいました。そして、テントの中でごそごそと言い合っています。
「おまえ行け!」
「勘弁してくださいよ。死にたくありません。」
「じゃあ、おまえだ。女だから大丈夫だろう・・」
「ホントですか?」
「おまえには懐いていたではないか。」
「わ、わかりました。」
話し合いはすんだようで、テントから綺麗な女性がでてきます。顔は笑顔ですがその足は震えています。
「ケ、ケイモクちゃん。大丈夫よ。お姉さんよ。」
幼女はチラリとその女の人を見て、アンにぴったりと抱きつきます。
「あの人も怖いのかい?」
「ううん。でも、嫌い。怖い人を近づけるから・・」
(もうひとつ要領を得ないなあ。一体、何があったんだ。)
「すみません。何があったんですかあ。こっちへ来て説明してください。」
カレンとアイリーがアンのところへ戻ってきました。
「みんなはその子を怖がっているみたいね。」
「だれも近づかないわ。ひどいわね。こんなかわいい子なのに・・」
そう言ってアイリーが頭を撫でるとその幼女は嬉しそうに笑いました。
「アンはそのままその子を抱いていて、テントで事情を聞きましょう。」
そう言って、アン達は半壊したテントに向かいました。
その中には、武器を携えた屈強な男と綺麗な女人が怯えていました。
「一体、何があったのですか!」とカレンが聞きます。
テントで太った男が言いました。
「わしは、奴隷商人のライオネル・ホーリスだ。おまえは誰だ。」
「私は、冒険者のカレン・ターラントです。」
「僕は、アン・ノーベルです。」
「私は、アイリー・ベッカムです。」
「そうか・・・助かったよ。女冒険者でよかったよ。」
「あのう。僕は男です。」
「え・・・どうして、ケイモクがそんなに懐いているんだ。オカマ娼婦でもだめなのに・・」
「話が見えませせんが?何があったのですか?」
「魔力暴走だよ。とんでもない疫病神だった!くそ、あの奴隷商人のやつめぇ。」
「魔力暴走?ポンポンと言葉が飛び出して訳がわからないんですが・」
「実はなあ・・・」
事の次第はこうでした。奴隷商人のライオネル・ホーリスは、国境近くで三眼種の魔族の幼女という掘り出し物奴隷を買ったのでした。三眼種の魔族は、未来を見ると言われる魔眼の第三の眼を持ち、生まれつき膨大な魔力を持っているといます。成長次第では大変な宝石となるはずでした。これは儲けものだと高い金で、奴隷商より買ったのですが、それはとんだ食わせ物だったのです。三眼種の魔族の幼女は、大変な男性恐怖症だったのです。主人である男性が近づくと怯えて逃げ出し、無理に接触しようとすると魔力暴走を引き起こし周りの総てを破壊してしまうのでした。今回、オカマの娼婦が、魔族の幼女のケイモクを買うと言いだして接触しようとしたでした。ところが、ケイモクは、その娼婦を男だと見抜き決して近づこうとしません。オカマの娼婦としては、自分を女と認めないケイモクを許せなくなり、無理矢理、接触しようとした結果がこれでした。
「え? あそこでボロボロになっていた女の人はオカマだったの!」
「ヒェー、女と思っていた。」
「ちょい待て!ケイモク、僕は男だ。なんで・・」
「アン兄ちゃんは怖くない!」
そう言って、ひしと抱きつく、ケイモクでした。
「お願いです!その子を10万ゴールドで買って下さい。」
「じゅ、10万!?そんな金があるわけ無いじゃないか。」
「アン、私の持ち金を全部上げるわ。」
「私も!いつもお世話になっているからね。」
「・・足らねぇ。」
「どのくらいですか?私が奴隷商からの買値が5万ゴールドなんです。それ分だけはお願いします。無利子でお金を貸しますよ!」
「どうする?」
「なんとかなるじゃないの。かわいそうよ。」
「私も賛成よ。」
「いいけど。僕の獣人の娘が・・・」
「アン!買うの。」
「痛ぇ。また、殴った。わかったよ。買います。」
「申し訳ありません。このご恩は必ず・・」
こうして、アンのクランに新しい仲間が加わったのでした。
その夜のことです。ベッドは二つ、ケイモク、アイリーとカレンがお風呂から帰ってきました。
「いい湯だったわ。」
「ケイモクちゃんはどこで寝る?」
「アンと寝る!」
「本当に、懐かれているわね。」
「ははは・・・ケイモク、本当に男性恐怖症なのか?」
「何それ?わかんない。」
(こいつ、芝居か?)
「ところで、アン兄ちゃん、鳥居香絵先生を知っている?」
「ああ、数学の新任教師だろ・・・・てか、ケイモクもプレイヤーか!」
「えー、うそ、日本人なの。ケイモクちゃんの名前はなんて言うの。」
「うん、そうだけど。ケイモクはあだ名だよ。ホントは圭子なんだけど。漢字を間違って桂木と書いていたから・・」
「私も日本人なの。本名は棚元華蓮よ。アイリーは別府愛理、アンは、草化杏。」
「わあ、本当!ねえ、教えて、ここはどこ?私のお姉さんはどこ?」
「お姉さんって・・・じゃあ、鳥居先生の妹か?」
「うん、お姉ちゃんに、会いに来たら、光に包まれて・・気がついたら、こんな姿になっていた。それで、いっぱい、怖い目に遭ったの。」
「そうか。大変だったな。先生はここにきているかどか解らないな。でも、魔王を倒せば元の世界に帰れるはずだ。そうすれば、もとに戻れるはずなんだ。大丈夫、きっと帰れるから・・」
「うん、解った。『ニューワールドファンタジーの世界にようこそ!さあ、勇者ともに魔王を倒しましょう。ゲームと違って死に戻りはありませんからご注意を!』でしょ。」
「また、同じだ。この勇者というのはだれなんだろう。」
アンには勇者がだれかわかりません。だって、自分が聞いた言葉は少し違うことにきかつかないぐらいですから・・




