16.山賊退治(2)
朝です。各クランは、谷の入り口で待機です。アン達とギルドマスターは、砦に向かっています。アイリーは先に高台に登り、弓矢の準備です。謎の女の言うとおり、砦の小窓から中央の柱が見えました。
「ほれ、カレン、この面を着けてごらん。」というアンです。
「これは・・」と驚くカレンです。
「確かに、恐怖感を与えるのにいいけど。」というアイリーです。
「おお、凄いな。おどろおどろしいなあ。こんなの見たことが無いぞ。」と言うギルドマスターでした。
「そうでしょう。異国の鬼女の面です。」とアンは胸を張ります。
「これを付けるの?いいのかな。」とカレンは心配そうです。
「アンが作ったのか?!」
「いや、古物商の店で見つけた。僕もびっくりした。」
(日本語の通じるゲーム世界だからな・・あってもおかしくない。)
(でも、これはないでしょう。)
それは歌舞伎の使う「鬼女の面」をでした。私も時代設定はこれでいいのかと思います。
「これは、炭を混ぜ込んだ油だ。これを塗って、手を黒くしてくれ。それと付け爪だ。」
「もう、そろそろ、他のクランも谷の出口に構えた頃だな。」
「じゃ、やりますか!」
「おお!」
砦の1室です。扉が開けられ、朝の冷たい空気とともに男が入ってきました。
「隊長、奴隷共の受け渡しは済みましたぜ。」
「マーカスか。隊長はよせと言ったろう。もう、軍隊じゃないんだ。盗賊の頭領、ダリルだ。」
「すみせん。ダリル頭領、奴隷商への受け渡しは終了しました。これが代金です。」
「これで、あの村で捕らえたヤツは全部金になったな。」
「へぇ、軍隊時代は、皆殺していましたからね。その頃からすると俺たちも優しくなったものでさ。」
「あれは命令だったからな。やらねば今度は俺たちが軍法会議で死刑さ。」
「食い物はどんだけあった。」
「これが報告書です。1月分と言ったところですかねぇ。」
「寒村とはいえ村ひとつを滅ぼして、それだけか。人数が増えたからな。計算してみるよ。」
「人数が増えたと言っても使えるヤツがいねぇ。ゴロツキやおお飯ぐらいが増えてもしかたがねぇ。」
「働かざる者食うべからずだ!そんなやつは食料をへらせ。」
「へい・・・」
「それよりも、今日にも討伐隊が編成されるらしい。ギルドがあわただしい。」
「そうですか。誰か人をやって調べさせます。そろそろ、拠点を変えたますか。」
「そうだな。」
「それじゃ。ヴェスターの町に調達を兼ねて、探りをいれてきやす。」
マーカスは部屋を出て行きましたが・・・・すぐ戻ってきました。
「ダリル隊長―――!ギルマスが!」
「何だと!もう、来ていたのか?!・・おまえ、頭目の呼べと言ったろう。」
「すみません。」
「ギルドの奴らがもう来ているのか!本当か?!」
そこには、背の高い真っ黒なマントを着た女がいました。おどろおどろしい鬼女の面を付けた真っ黒な女でした。側には精悍な男が立っています。ヴェスター支部のギルドマスターのエドガー・ヤングです。
「異国の魔術師様、では、お願いします。」
エドガーがそう言うと、黒い女は、なにやら怪しげな呪文を唱えて始めました。
「ウラララララーラリャギグデバ・・△※◇××※※」
お腹が苦しいようにしゃがみ込み震えます。その仕草は禍々しく怪しげです。
「何だ。どこの言葉だ。」
「なにをいっているんだろう。悪魔か!」
「魔国の言葉じゃないか。」
「おい、魔方陣だ。ありゃなんだ!」
「おいおい、黒い煙が出てきたぞ!」
女の周りに赤い魔方陣が光ると黒い煙が発生しました。そして、女が腕を振るとその煙が弾丸のように飛び出しました。そして、それが盗賊の体に当たると盗賊が苦しみ始めました。
「うぁ・・ゲホ、ゲホ、何だ。これは毒ガスか?!」
黒い煙の弾丸は次々に飛び出してきます。そして、地面に当たってはじけ、そこには黒いもやが立ちこめます。それは異臭を放ち、喉を激しく刺激するのです。
「グガ・・」
「ゲホ、ガハハ、こりゃたまんねぇ。」
魔術師は攻撃の手を緩めません。
「ダビドガウ・リャゼルザカドイ・・・・トリャー!!」
さらに呪文を唱えると、今度は、太い煙の弾丸が、まっすぐと砦の2階につきささります。そして、砦の2階から異音が聞こえます。
「今の音は何だ!」
「バイジドガンリュヨンダガナルダ」
そう言って、長い爪で砦を掴むような動作をし、それを振り下ろしました。すると、その動作に合わせたかのように、砦が大きな音を立てて崩れたのです。
「え?砦が崩れたぞ!」
「馬鹿な!あれだけ離れているのに・・」
「こりゃ、かなわねぇ。」
「魔法だあ。」
「うぁーーーー、逃げろ!」
一目散に反対側の谷底へ駆け出しました。
「おい、馬鹿、逃げるな。相手は2人だ。」
「ウラララララーラリャギグデバ!」と、魔術師が叫ぶとまた赤い魔方陣が現れます。
そこからまた黒い煙の弾丸が現れ、四方八方に飛び散りました。
「うぁああ。」
「げほ!ガハ。目が痛ぇ!」
「うああ、熱い!」
「この煙は何だ!染みるぞ!」
さらに、魔術師が叫びます。
「ウラララララーラリャギグデバ!」
すると赤い魔方陣が現れ、黒い煙の弾丸が四方八方に飛び散ります。
様子を見ていた盗賊達も、逃げ出しました。
「やべえぞ。逃げろ。」
「リックのやつが・・」
「そんなの放っておけ、逃げるんだ!!」
崩れた砦の中の仲間を助けようとしていた盗賊も逃げ出しました。
「おい、まて、逃げるな。全員で当たれば怖くない!」
「ダリル隊長、そんなこと言ってももう・・」
元兵士達は魔術師の攻撃にはある程度慣れています。落ち着けばなんと言うこともないのです。煙そのものはなんのダメージも与えないのです。
「落ち着け!タダの煙だ。痛くもない。」
「何を言うんだ。だったらおまえ行けよ。あの煙は焼けるような痛みが来るんだ!あれ見たか!」
そこには、顔をかきむしる盗賊が見えました。
「あれが魔術でなくて何だと言うんだ!砦壊した魔術士だ。今度は火だるまだあ。」
「逃げろ!命あってのものだねだ。」
こうなるとパニックです。我先に逃げ出しました。止まりません!
こっちは魔術師です。アンはカレンの背中に抱きついています。その上からロープをかぶることで隠しています。フードの中から覗いてアンが言いました。
「おお、パニックになったぞ。」
「逃げていくな。谷の出口で冒険者が構えているのも知らずに・・」とカレンもいいます。
「大成功だ!」と言うエドガーです。
「ん?あと二人残っているぞ。しぶといなあ。」
「集中砲火を浴びせるぞ。」とアンが言います。
「やばいな。あの二人にはこちらのギミックがばれたかな。」
エドガーも心配げな顔になりました。のこりは、二人です。
(くそ!あの魔術師さえやれば・・しかし、ギルマスのエドガーがいるか。)
「おい、マーカス!魔術師をやれ!おれは、エドガーをやるぞ。」
「へい!」
マーカスがカレンに向かいます。アンが煙の弾丸を集中的にぶっつけますが効き目はありません。一方、ギルマスのエドガーにはダリル隊長向かってきました。
「けっ、何だ。目をつぶればなんてことない。こけおどしだ!」
「へへ、これだけ側にくれば、何もできまい。」
マーカスは剣を振り魔術師に向かいます。エドガーはカレンの実力を知っています。確か、人間相手は初めてのはずです。剣の戦いはほとんど経験がないのです。それ故、エドガーが護衛代わりに付いていたのです。エドガーにとっては誤算でした。この煙弾をものとせず突っ込んでくるものがいるとは!それも二人同時に!!
(そいつは強いぞ!くそ、守れねぇ。)
「しまった。カレン!!」とエドガーが叫びます。
しかし、カレンを助けることはできません。目の前には盗賊の頭首のダリルがいるのです。
「よそ見をしている暇はねぇぞ!」
そう言って、ダリルはエドガーへ上段から剣が振り下ろされます。エドガーはそれを剣で受けます。ガキーンという鋭い金属音が響きます。
ダリルがエドガーに斬りかかると同時にマーカスは黒い魔術師に斬りかかります。マーカスの剣は、鬼女の面を真二つにわり、頭に突き刺さったのですが・・・
(やった!)と勝利を確信したマーカスでした。
しかし、その剣はカギンという音がして、止められました。
「え?透明な小盾だぁ。いつのまに装備しやがった!」
驚く副長マーカスの足に矢がプスリとささりました。
「え?矢か。どこにいやがった!」
見ると青い髪の少女が藪に仁王立ちに矢を構えていました。それは藪に隠れていたアイリーでした。
(弓士か?あんなところに隠れていやがったのか・・)
「うぐ・・」
驚くマーカスの腹部にガラスの短槍が突き刺さります。
(え??槍だと!そ、そんな馬鹿な・・)
驚いたのはダリル隊長も同じでした。目の端でマーカスが魔術師に斬りかかり、魔術師を真二つしたと思ったら、逆に腹を刺されて倒れたのです。思わずダリル隊長の動きが止まります。そこへまた短槍が飛んできて肩に突き刺さったのでした。その隙をエドガーが逃すはずありません。一閃、ダリルの腹部より鮮血が吹き出しました。
「カレン、ありがとう。助かったよ。護衛するはずだったのにすまなかった。」
「いえいえ、大丈夫ですか。」
「この短槍はどっから出したんだ。」
「僕です!収納魔法を持っていますから・・」と言ってカレンの背中のアンが叫びます。
アンはカレンの背中に布でグルグルに巻き付けられているのでした。
「なるほど。そのガラスの小盾もそうか。」
「そうなんです。一撃で割れちゃったけど。」
そう言って割れてガラスの小盾をみせました。
ダリルとマーカスの二人は動けないように縛り上げられた後、アンが治癒魔法をしています。
「治癒魔法もできるのか?」
「生活魔法の天才ですからね。そのくらいはできます。」と胸を張るカレンです。
「完全治癒はできませんが、止血程度ならできますので」というアンです。
「わあ、砦は完全にくずれちゃったわね。」
「そうだ。砦の中にもいたんだ。カレン、手伝ってくれ。」
「おい、助けるのか?あいつら盗賊だぞ。人殺しなんだぞ。」と言うエドガーです。
「それでも、生かして、法による罰を与えるのが基本でしょう?」と笑って言うアンでした。
やむなく、エドガーと4人でがれきの整理を始めました。
「カレンもなかなかの力持ちだな。」
「レベルがねえ。魔物を結構な数やったもので・・」というカレンです。
「ホントにうらやましいよ。同じクランなのに僕には筋肉つかなくて魔力だけだなんて・・」とぼやくアンでした。
そうしていると、谷より沢山の盗賊達をつれて冒険者がやってきました。
「おお、アンだ!」
「アン、無事か。」
「アンも・・野営メシも無事だぞ!」
(心配はそっちか・・どうせ。)と舌打ちをするアンでした。
「おまえの作戦通りだったぜ。」
「谷を抜け出たところ、ぶん殴ってやったら簡単に捕まりやがった。」
「ほとんどは観念して武器を捨てていたな。」
「こちらは、盗賊の頭領を含む2人が突っ込んで来た。武器を持っていなかったから危ないところだった。」
「いや、それは大変だったな。」
「もう少し、護衛を残すべきだった。俺の判断ミスだ。」
「アン、野営メシはどうなった?」
「え・・」とアンが言います。
「ギルマス!野営メシは無いのか?話がちがうじゃねぇか。」
「まあ、まあ、わかった。・・アン、できるのか?」
「ええ、収納魔法で可能ですが・・」
「ギルマス!これは盗賊退治とは別料金ですよ。払えないというなら、私達はこれで帰りますから・」と言うカレンです。
「わかったよ。とほほ、経理にしかられるなあ。」
「じゃあ、やりますね。」
「アン、何をするの?」
「イノシシ肉があるから、豚天でもしようかと・・」
そう言って、アンはテーブルとイスを次々と取り出しました。その上にシーツをかけテーブルクロスとします。まず、キャベツを取り出し千切りにします。大鍋を取り出し魔動コンロにかけ、イノシシの骨と野菜でスープを煮込みます。ついで、たっぷりの衣を付けた豚肉を揚げてゆきます。塩と香辛料が良い味です。ぷーんといい匂いがして、上がってゆきます。それを、キャベツの上にのせるとパンを取り出しました。更にそして、ワインの樽を取り出しかけたところでカレンを呼びました。
「しまった。ワインはだめだよな。ブドウ果汁するか。」
「いいんじゃない。」
「一杯、1コインで売りつけたら。」
「それもいいな。現金払いにしましょう。」
スープに、パン、ワインのカップまで並べると、キャベツに乗せられた豚天がどっさり!冒険者のめが釘付けになります。
「さあ、どうぞ。ワインは別料金ですからね。一杯、1銀貨です。」
「おおおお!」
「すごいぞ!この山の中でテーブルクロスだぞ。」
「どこの貴族の豪邸だ!こんな格好で食って良いのか?」
「このうまそうな匂いの料理はなんだ。」
「おお、パンにスープだぞ。」
「パンがやわらくあたたかい。バターが塗ってある。ウソだろ!」
「この野菜は、キャベツか。生の野菜がどうして食えるんだ。」
「この料理はなんだ?」
「豚天です。」
「ブタテン?聞いたことのない料理だな。」
「豚肉を溶かした小麦粉をつけて揚げたものです。さあ、熱いうちにお食べください。」
「うぁ!あちちち。」
「馬鹿やろう。そこにあるフォークで食べるんだよ。マナーがなってないな。」
「おお、これか。おまえだってたいしたことないじゃねぇか。」
「うめぇな。」
「調味料は藻塩に醤油とソースもありますんでどれでも付けてください。醤油とソースは貴重なんであんまりかけないでね。」
(アン、醤油とソースなんてあったのか?)
(イベントリーにあった。昔、宴会用に課金で購入した残りだけど・・買ったけどだれも使うヤツはいなかつたからな。)
(ほんとに、おまえ何でも持っているな。)
アンは、ゲーム時代に宴会をやり、料理をして提供したことがあったのです。そのときは、フライパンに材料をぶち込み、料理スキルの発動で料理に変わる不思議仕様でした。醤油やソースまで買って用意したのですが、ゲームですから実際に食べることできせん。それを使ってみせるような酔狂なものはいませんでした。
「おお、うまい。この肉はなんだ。」
「イノシシ肉です。ワインはいかがですか。」
「いいな。こっちにもくれ!かわいい子に注いでもらうなんて最高だ。」
そう、にんまりと笑う冒険者でした。カレンとアイリーもなかなかかわいい子です。そんな女の子に注いでもらうワイン最高でした。飛ぶように銀貨が財布からでていっていましたが・・
「おや、もう、なくなったな。追加はないのか?」
「ギルマスにご相談ください。材料はまだありますけど。」
「わかったよ。いってくれ!」
「うしし、こりゃもうけだぁ。」と言うカレンです。
もともと、昼飯として始まった宴会は夜まで続いたのでした。




