15.山賊退治SO2
朝です。アンは何かを感じて、目を覚ましました。そして、だれもいないことに安堵します。アイリーとカレンは、朝早くから鍛錬に出かけています。
「いやはや、何だったのだろう。ただならぬ気配を感じたが・・」とつぶやくアンです。
その時、扉をノックする音が聞こえ、男の低い声がしました。
「アン、カレン、アイリー、起きているか!」
「どなたですか。」
「私は、冒険者ギルド、ブロフ支部のギルドマスター、エドガー・ヤングだ。」
「はい、なんでしょう。」
「朝からすまない。起きてギルドの会議室に来てくれ。」
ギルドマスターが直接尋ねてくるなんて普通じゃありません。
「何の会議ですか?」
「昨日、おまえらを襲った盗賊を討伐することになった。Dランク以上は全員参加だ。顔合わせと作戦会議をやる。」
「わかりました。アイリーとカレンが戻ったらすぐ行きます。」
アンがそう答えるとドアの外で音がしました。
「あーん、ウサギちゃんが・・ウグ」
「コリンナ。黙ってろ!用事はすんだ。」
「この気配だったか・・」
程なく、アイリーとカレンが帰ってきました。ランニングに行ってきたようです。
「ギルマスから呼び出しがあった。会議室に集合らしい。」
「何なんでしょうね。」
「盗賊退治らしい。僕たちが襲われそうになったんで、放って置けないという事になったんだろう。」
「なるほどねぇ。腕がなるわ!」
「カレンは平気なのか?今度は斬り合うことになるぞ。」
「そうよ。人殺しをするってことよね。日本じゃないわよ。」
「アイリーはあるの?」
「それがね。ないのよ。それに、弓士だから遠距離攻撃ばかりでしょ。アランは平気でしていたけど。」
「まあ、考えても仕方が無いわ。手足を狙って武器を持て無くすればいいのよ。」
「うーん。そうなんだけど。アランには『そんな甘いことをしているといつか死ぬことになるぞ。』と言われたわ。」
「確かに、人と魔物は違うからな。魔物はかなわぬ相手には襲いかからない。でも、人間はそうとばかりいかないからな。負けた振りをして逆襲してくるからな。」
「どこかのラノベでみたわね。どんな卑怯な手を使っても必ず勝とうする流派の話があったわね。」
「それ何?」
「大げさに騒いだり弱い振りをしたりして油断させるのよ。暗殺や隠蔽なんて常套手段の流派なの。」
「うわぁ、ひどいわね。」
「命を助けた相手から恨まれて執拗に狙われることも良くある話だからな。」
「アランは『逆恨みを受けるぐらいなら、命を絶っておけ。死んだら仕返しも何もできないだろう。』と言っていたわ。」
「うーん、一理あるなあ。」
「理想はとてもかなわないとか。やったら殺されると思わせておくのがいいのよね。」
「問題はその恐怖感を相手にどう埋め込むかだよ。絶対に殺さないと知られると逆にそこにつけ込まれるんだ。」
「例えば?」
「致命傷覚悟の特攻的な相打ち攻撃を仕掛けてくるんだ。それも手下を使ってな。」
「うぁ、ひどい!手下を使う?自分はピンピンしていて、手下を犠牲に相手に重傷を負わせたところを殺しに来るわけね。」
「そうだよ。集団戦の常識だ。だれかの盾になるというどころか、平気で捨て石になるという輩もいる。それには、捨て石も無駄であると示す必要がある。どこかで一刀両断してみせる非常さがあると見せないとだめなんだ。いつかは通らないといけない道だ。」
「アンはできるの?」
「・・たぶんできない。いままで魔物すら直接対峙してないからな。今回も直接手を下すのはカレンだろう。本当はカレンの前に立って守るのが役目なんだけど。チンピラ相手でも僕の方が大けがをしてしまうかもしれない。でも、それでもいいか。カレンが致命傷を免れて生き残れたら・・・う!」
そう言うとカレンがアンに抱きついてきました。
「・・大丈夫よ!アンは私が守る。」と叫ぶカレンでした。
「わあ、カレン何をするんだ。」
「・・・夫婦漫才はもういいわ。そうね。出たとこ勝負としましょう。」
「こんな話をしたけど、今度は集団戦だろ? そもそも前線にでられるかな。」
「あんたは、後衛の可能性が高いわね。野営メシの評判が高いはずだから、例えば炊き出しとか。」
「アンの昼メシなの。楽しみだわ。」
「まだ、決まってないから!僕も戦うから!」
「えー。アンの野営メシはないの?」
「おいおい、アンリーまで、そこでがっかりすることは無いだろう。」
「しかし、カレンとアイリーはの二つ名は解るけど。僕の二つ名はどうしてだろ。野営メシなんて、この前の護衛任務のときにアランやリオンぐらいしか食ってねぇだろ。」
「あら、ゴブリン退治の時に、大宴会したじゃない。」
「・・・・」
「あれか。盛大にやっていたわね。」
「・・・、と、ともかく、さあ、行くぞ!」
ここは、ギルドの会議室です。いろんなクランの代表者が集まっています。男臭く、暑苦しいです。まあ、まともな体臭のヤツはあまりいませんが・・その中で、匂い立つ花の香りごとくする固まりがあります。それは、カレンとアンの仲間です。アンはコリンナさんの膝の上で抱きかかえられるように座っています。コリンナさんは至福のひと時のようにニコニコしています。アンは嫌がったのですが、下品極まりない男どもに襲われたら大変ですと言うコリンナさんの主張にギルドマスターが負けたのです。男なんですけどねえ・・
「おい、あれを見ろよ。噂のあのクランも参加するみたいたぜ。」
「Dランクだからな。当然だろう。」
「あれは、『殲滅の槍使い』のカレン・ターラントだ。デスブラックウルフとブラッドレッドウルフを倒した槍使いだぞ。」
「え?あんな小娘が!」
「知らねぇのか。あの槍捌きは神業だったぞ。」
「見たのか?」
「見たよ。それだけじゃねぇ。『殲滅』の意味を知っているか。数百頭のホーンウルフの群れを殲滅したんだよ。ゴブリンの巣を殲滅したときは、アーチャー、メイジと言ったゴブリンも居たらしい。たちまち、Dランクに上がった天才だぞ。」
「あの『蒼炎の魔弓士』のアイリー・ベッカムも凄い。1キロ先のコインを射貫く技を持っている上に、火炎の魔矢を使い相手を火だるまにしてしまうらしい。」
「ひぇーー、今度の盗賊はかなりの大集団らしいが、あいつらがいれば安心だな。」
「ああ、あの盗賊団を追い返したらしいからな。」
「ところで、あの可愛い子はだれだ?」
「おお、あれか・・『野営メシと癒やしの女神』のアン・ノーベルだ!」
「愛らしくて、家事万端こなす、メイドの鏡だとか。嫁にすると最高らしいぜ。」
「可愛いなあ。最高だぜ。料理の天才らしいぜ。野営で、貴族の晩餐会並み御馳走を用意したとか。」
「あそこにいると言うことは、今回の野営のメシはアンが作るのか?」
「ヒェー、参加してよかった!うちのヤツの作る飯ときたら、あれが食い物かというものばかりだもの。それでも一応女なんだけどな。」
「おめらは、女がいるだけマシだよ。」
「今度の相手はあの強盗団だろ。命がいくつあってもたりねぇ。いやいや、参加していたが、アン様のご飯が頂けるなら、話は別だ。」
「おまえら、今頃遅いぜ。知らなかったのか。昨日、アンがギルドに移動届けを出すのを見てなかったのかよ。こうなると予想して、知り合いに声をかけたら、みんな参加するとよ。」
「ヒェー流石だな。耳が早い。」
(道理で、参加者が多いわけだ。こいつら、アンのメシが目当てか。これで、アンがメシを作らないとなったら暴動だな。)
「諸君!!よく集まってくれた。」
ギルドマターの声にざわめきが収まります。
「さて、今回の標的であるコアトル強盗団であるが、推定100人を超える大強盗団であることが判明した。コアトル山の麓の山城に集団で生活しているらしい。帝国軍人崩れの中心メンバーは練度高く手強い。危険なクエストとなるので心して戦ってほしい。終了後には、アン・ノーベルの野営メシが待っているぞ!」
「ウォーーーー!」
「やったぜ!」
「えー、僕はそれで呼ばれたの?」
「いや、そのなんだ。」
「また、後衛で飯炊きかあ。つまんないな。帰ろうかな。」
「何!アンは不参加か?」と騒ぎ出すクランリーダーです。
「おい!伝説の野営メシはどうなるんだ!」と言うものもいます。
(こりゃ不味い。本当に暴動が起こるぞ・・)
「いや待て、帰っては困る。おまえはクランのリーダーだろ。おまえが帰るとみんな帰っちまう。カレンの槍術やアイリーの魔矢に期待しているだ。」
「僕は?」
「あの、その、何だ。そ、そうだ。おまえは毒が使えるだろ。作戦によっては役に立つはずだ。」
「いいけど。それって、なんの作戦もなく呼んだんですが?」
「ははは、それは、これからだからな。」
「皆さん、このウサギちゃんを馬鹿にしてはいけないわ。なかなかの知恵者で、コブリンを殲滅する方法もウサギちゃんが考えたのよ。ウサギちゃんに作戦を考えてもらいましょう。」
「そ、そうだよ。おまえは参謀としての大事だから呼んだんだ!そうに決まっているじゃないか。」
「取って付けたように・・まあいいか。強盗団のことをもう少し詳しく教えてください。軍人崩れは何人なんです?」
「20名ほどらしい。弓士が10名ほどいたが、おまえ達が5名は使い物にならなくした。その他は食い詰めた農民だ。しかし、剣の修行や弓の練習もしているらしいから、武器は素人といえなくなっているな。しかし、そいつらは、修羅場はあんまり潜ってねえからな。いざとなると怖じ気付くだろうな。」
「それ使えそうですね。」
「アジトはどんなのですか。」
「高台にある半分崩れた砦跡だ。」
「高台かあ。地形図はありませんか?」
「チケイズ?地図ならあるが・・」
等高線の入った地形図なんてあるわけありません。
「砦から追い出して、ここの谷に追い込んだら、出口は3ヶ所だから分散できるのになあ。」
「どうやって、追い込むかしら。」とある女が尋ねました。
やや、妖艶な雰囲気をもつ女性です。
「君は・・・まあ、いいや。これだよ。」
そう言うとアンの右手から黒い煙が現れました。
「おお、毒煙か!」
みんなの目に期待と好奇心の色が広がります。
「いや、これは炭素、人畜無害の煙だよ。」
「タンソ?何だそれは!」
「煤、タダの黒煙だよ。」
「そんなので大丈夫か?」
「但し、これを混ぜる。」と言って左を出しました。
そこから異臭がします。
「ぐぁ!ゲホ、ゲホ、これは何だ!」
「亜硫酸ガスです。猛毒で呼吸器を犯します。」
「しかし、この匂いは、たまらんな。」
「それが、狙いなんです。たまらず、逃げ出すでしょう。」
「ふーん、おもしろいことをするのね。しかし、それだけじゃ、砦から出ないわね。」
「どうするんだ?」
「砦を崩したらいいのよ。」
「砦を崩す?!そんなの攻城兵器が無いと無理だ。」
「それができるのよ。」
その女は、ささっと砦の見取り図を書いて、ある1点を指し示します。
「2階のこの柱を破壊しなさい。この砦は3階が崩れて、その加重が2階のこの柱に掛かっているの。これを壊せば総崩れよ。」
「そうなんだ。しかし、どうやって、柱を壊すんだ。」
「アイリーの弓矢よ。1キロ先からでもできるでしょ?」
「弓矢を石の柱にあてて、壊れるのか?」
「魔矢なら可能でしょ?」
「可能だけど・・砦の中でしょ。どっから狙えばいいかは、現場に行かないとわからないわ。いくら魔矢でも見えないものは無理よ。」
「大丈夫、ここから狙いなさい。針の穴のような隙間だけど。覗き窓から柱がみえるはずよ。」
「ほんとなの?!やってみるわ。」
やっと、可能性が見え来ました。喜んで地図を眺めているとその女はかき消すように消えてしまったのです。
「え・・・・消えた。」
「いま女はだれだ?」
「おい、今のは誰なんだ。」
「おまえ、隣だったろ。さぁ、お前ところヤツじゃないのか。」
「しらねぇよ。」
「え?じゃあ誰なんだ?」
「怪しいヤツだな。」
「まあ、盗賊のスパイじゃなさそうだ。」
「それより、作戦には魔法使い役が必要なんですが、だれがやってくれませんか?黒煙と毒ガスは僕が背後から出すから、怪しげな魔法使いの振りをして欲しんだけれど。」
「私がやるわ。」というカレンです。
「それは、いいわ。アンとカレンのコンビなら息もあうんじゃないかしら。」
「背が高いからな。いいかも知れない。よし、決まった!」
「ああん、アン!凛々しくて、素敵だわ。」というコリンナさんです。
どこまでもアンを愛するコリンナさんでした。




