14.ブロフの町へ
ブロフの町へは定期の駅馬車で帰ることにしました。ブロフの町へ帰る商隊があればその護衛任務に就くことも出来るのですが、そう都合良く依頼があるわけがありません。冒険者ならば歩いて帰るということもできるですが、資金はたっぷりあるで楽な相乗りの定期便で帰ることにしたのです。途中の村によることになりますが、グルーバー商会が行商をしつつ王都に向かっていたのとくらべるとずっと早いものでした。
アン達は、定期便の駅に向かいますがちょっと様子が変です。駅馬車の切符売り場は、雑貨売り店を兼ねています。店内のカウンターで切符が買えるのです。今、その切符売り場に人だかりできています。何か言い争っているようです
「え?定期便がでない?!」
「すみませんねぇ。御者が手配できないんですよ。」
「定期的にでるから定期便だろ。そんなの言い訳になるか!」
「そうは言ってもねぇ。御者をやる人がいないんですよ。」
「どうしてなんだ。」
「盗賊が現れたでしょ。あれで怖がって御者をするものがいないんですよ。」
「ギルドで冒険者に護衛を依頼すればいいじゃないか。」
「だめなんですよ。普通の低ランクの引き受け手がいないんですよ。今度の盗賊団結構大規模らしくて、高ランクの冒険者でないと守り切れないらしいんです。今、王都の衛士に頼む方向で動いていますが、時間がかかってね。」
「うぁあ。どうしよう。早く帰らないとやばいんだ。」
「あっちの高級駅馬車は、でるらしいですよ。」
「いくらだろう?」
「一人、金貨1枚らしいですよ。」
「なあに!普通、銀貨5枚だろう。」
「高ランクの冒険者にたのむらしいですよ。だから、料金が馬鹿高くなったんですよ。」
「うぁ、そりゃ乗れねぇな。」
カレンが切符窓口に聞きます。
「もしもし、駅馬車がでないってホントなの。」
「護衛と御者が手配できないんですよ。さっきも、説明しましたが、王都の衛士が来るまでお待ち願えませんか。」
「御者ならウチのアイリーができるけど。」
「ん?あんた達は例のウサギコンビじゃないですか!」
「え?そうだけど。」
「おお、この青髪の美人は、『蒼炎の魔弓士』のアイリーだせ。」
「えっ、こっちの褐色の美女は、『殲滅の槍使い』のカレンだあ!」
(え?そんなふたつ名が付いているの?!僕はなんだろう。)
アンが期待に胸を膨らませて、自分を指さします。
「良妻賢母、『野営メシと癒やしの女神』のアンもいるぞ。」
アンはずっこけました。
(何で女神なんだ!僕は男だあ。)
「確か、盗賊を撃退したとか!」
「おい、この3人に御者をしてもらおうぜ。」
「盗賊のやつらも、懲りているからな。こいつらがいたら手は出さねぇぞ。」
「そうだ。」
「そうだな。」
「どうかお願いします。あんたらが乗ってくれるだけで安心なんです。」
「えーー、そんな。」
「頼みます!御者をして下さい。えーい、私が3人分の駅馬車代は持ちますから!」
「それって、タダということ?」
「でもねぇ・・」
そのとき、太っちょのおじさんが出てきました。
「何の騒ぎだ。」
「あっ、すみません。会長、御者がいないのでだめだと言っているんですが・・」
「あんたが、商会長か。こいつら知っているか。盗賊を撃退した例の3人だ。こいつらが御者をやってくれると言っているんだ。安心して馬車を出せるぜ!」
「おーなるほど。この人達が例の3人ですか!わかりました。それならば可能かもしれませんな。」
「ラッキー、おーい。駅馬車がでるぞ!」
「ホントかよ。助かった。切符を売ってくれ!」
「おい、俺が先だ!」
「まだ、引き受けるときいってないのに・・会長、どうしましょう。」
「すみません。高ランクの冒険者並とはいいませんが、色をつけますんでお願いできませんか。」という会長さんです。
「うーん。そんなことを言ってもなあ。」
「1人金貨1枚でどうですか。」
「でも、盗賊がなあ。今回も、撃退したというより、必死で逃げただけだったからな。1人金貨1枚ぐらいで・・・うぐ」と言うアンですが・・
「乗った!」と、アンの口を押さえて言うカレンです。
「おい、ちょっと、待て!」とアンが否定しようとするのですが・・
こうして、アン達が御者をやることで定期便は出ることになったのです。
ここは、山の中です。剣を携えた数人の男が街道を見張っています。弓士も3名もいます。
「おっ、大きな商隊が来るぞ。すげぇ。なんという荷馬車の数だ。」
「あれにするか。」
「あれは、だめだ。ほら、黒い鎧をきて大剣を背負ったヤツがいるだろう。あれは、血まみれアクトスのクランだ。あんなのに手をだしたら、命がいくつあってもたりねぇ。」
「いいのがねぇな。」
「おい、駅馬車がくるぞ。あれは定期便だな。あれぐらいが手頃じゃねぇか。」
「ほんとだ。女が御者をしているぜ。こりゃ、いいカモじゃねぇか。」
「なかなかの美形だぞ。ヒヒ、その後は・・」
「今日はついているぞ。ウヒヒ」
「そうだな。よし・・・・ん?」
こうして下品な笑いをしていたのですが、近づくにつれて顔色が変わり、汗をかき始めました。
「どうした。何もしないのか。」
「し!だまってろ。」
「ありゃ、だめだ。あれは手をだしてはいけない。」
「ほんとだ。あれだけはいけねぇ。」
「気がつかれていないか?」
「一体、どうしたんだ。」
「おまえ、ウチの弓士のどうなったか知らないのか。」
「ひどい火傷をしていたな。」
「あいつらにやられたんだよ。」
「あの女3人組にか。」
「ホントかよ。」
「あつら、藪に隠れていた弓士をねらって、火の魔矢を撃ってきたんだ。」
「飛び出したところを、あの茶色いやつか。槍を投げてくる。それも魔法の槍だ。何十本と雨のように降らせてくる。」
「魔法剣士なのか。」
「そうらしい。」
「おまえら、知らねぇのか。あいつらは、ブロフの町で売り出し中の新人だ。1週間でDランクまで上り詰めた天才らしい。勇者じゃないかとのもっぱらのうわさだ。」
「ああ、褐色ヤツが荒野で数百匹のホーンウルフ殲滅した『殲滅の槍使い』のカレンというらしい。」
「あの青い髪の少女が、俺たちの弓士5人を火だるまにした『蒼炎の魔弓士』のアイリーだぞ。」
「知らずにエライやつに手をだしたもんだな。」
「そうなのか。ところで、あの小っこくてかわいらしいのはたれだ。」
「あれか。あれこそは、あいつら最大の武器だ。『野営メシと癒やしの女神』のアンだ。」
「・・・?」
「あいつの作る野営メシは絶品なんだ。何も無い荒野で貴族が食べるような絶品の料理をつくり胃袋をつかんでしまう。普段の野営メシの干し肉スープや麦がなんか食えなくなっちまう。アンのメシが食いてぇとつぶやくようになってしまうんだ。すげぇぞ。」
「・・・よくわからんが、すごいな。」
藪の中でこんな会話がされているのにも気がつくこと無くおだやかに駅馬車は進みます。ときおり、現れる魔物は、アイリーの魔矢で火だるまにされ、カレンの短槍で串刺しにします。そして、アンが解体してイベントリに収納してゆきます。
中継地点の村につきました。定期馬車はいくつかの村を中継地点にして、飼い葉を調達したり夜間の宿をとったり、食事をしたりしています。それほど大きな宿はないので、村はずれに馬車をとめ、冒険者や御者は、その周りで野営をすることになります。
駅馬車の乗客は、たいがい自衛手段の限られたいわゆる女子供と商人です。金のない冒険者は歩きか馬です。アン達のように乗客になろうとするものは珍しいのです。冒険者が護衛についた場合も馬で先導するのが普通でした。今回はその乗客に本物の御者がいます。馬車の管理と帰りの運転者必要ですから・・
あたりが、薄暗くってきた頃、アンが村から帰ってきました。カレンとアイリーは野営の準備をすませ、たき火を囲んでいます。その中には御者のシミオンもいます。
「アン、食料の調達できたの。今夜は何?」とカレンが聞きます。
「ああ、羊の乳が手に入ったぞ。」とアンがにんまりと笑ってこたえます。
「そう言えば、このあたりはヒツジが多かったわね。」とアイリーが納得顔です。
「それで、何するの。」と言うカレンによだれが・
「久しぶりにクリームシチューをやろうかと思っているんだ。」
「いいわね。ルーはどうするの。」と言うカレンです。
「小麦粉、バターと牛乳があれば十分だ。」とアンが答えます。
「え?そんなので作るの。」と驚くカレンです。
「ウチではそれと固形出汁で作るけど。こっちには固形出汁はないわね。」とアイリーが首をひねります。
「便利な調味料に毒されすぎだぞ。そんな骨を炊けばいいんだ。」
「あっそうか。でも大変でしょ。」というアイリーです。
「時間を短縮する魔法がいろいろあるんだよ。」
「クリームシチューって何ですか?」と御者のシミオンが不思議顔で聞きます。
「まあ、見ていて、異国の料理よ。」
アンはいつもの魔道具を取り出し、フライパンの上でバターを溶かし、小麦粉を入れて木のヘラで練ります。そして、ミルク加えつつゆっくりと薄め、そこに骨を煮出したブイヨンを加えて薄めます。炒めた肉、別にブイヨンで煮込んだ野菜と併せてシチューのできあがりです。
アンが取り出した椅子とテーブルにシミオンが驚く間に、テーブルの上に食器が並べられて、木のカップに水が注がれます。そして、パンがアンの炎でかるくあぶられて盛りつけられると、深皿によそられた良い匂いの白い液体!スプーンが並べつつアンがいいました。
「よし、できた。はい、パンといっしょに召し上がれ!
「これがクリームシチューですか。良い香りですね。」
「食べて見てよ。」
「わお、さすがはアンだ。」
「うまい。これはたまらないなあ。」
「こ、これは何ですか!この肉・・魚、いや、肉ですよね。」
「レッドボアですよ。よく煮込んでいるからとろけるようでしょう。」
「この野菜もうまい。これは乳で煮込むとこんな味になるとは・・凄いです。」
「はは、まだ、お代わりがあるからどんどん食べてください。」
「え?このパンは白いですね。」
「ああ、上質の小麦を使って焼いているからな。さらに、ミルクとかも入れている。こいつら、普通に売っているパンじゃだめなんだ。だから、パンも自分で焼いているだ。」
「皆さん、いつもこんなごちそうを食べているんですか。」
「ん・・普通よね。」
(こ、これが、これが・・『野営メシと癒やしの女神』のアンの力だったんだ。エライものを食っちまった。黄泉の国供物と言われるアンの野営メシを食っちまった!う、う、・・)
「何をぶつぶつ言っているんですか?ミシオンさん、大丈夫ですか!」
「う・・お代わり!」
「は、はい。ホントに大丈夫かな。」
こうして、シミオンも虜にしつつ、アン達はブロフの町へ帰って行きました。
荒野を進み、なじみの壁が見えてきました。ブロフの町です。あのジェィクとマシュの二人の門番が立っています。御者台からカレンが手を振って叫びました。
「おーい、レスリーさん!」
「お、カレンかあ!」
「帰ってきました。」
「無事だったか。」
駅馬車から降りて、町に入る手続きをします。手続きは本当の御者のシミオンさんです。
「シミオンか。どうだった?盗賊に襲われなかったか?最近、王都のあたりではデカい盗賊団がウロウロしているという噂だが・」
「なんともなかったですよ。たぶん、この人達のお陰でしょう。」と答えるシミオンさんです。
「どういうことだ。」
「この人達が、ヴェスターの近くで盗賊に襲われたとき、手痛い目に遭わせたので、手をださなかったのだと思います。」
「え?カレン達が盗賊をやっつけたのか。どうやったんだ。」
「ええ、アンの発案で、相手が矢を放ったら、それを小盾で防ぎ、矢が来た藪に向けて火炎の魔矢を放ったんです。火だるまになって、びっくりして飛びしてきたところをカレンが短槍を投げて足止めしていました。その隙に無事逃げだすことができました。」
「火炎の魔矢?弓士が潜んでいた藪を丸ごと燃やした訳だな。ははは、それは、傑作だったな。アイリー、おまえがやったのか。」
「ええ、魔矢はアンが用意してくれました。アンは魔矢を作れるんですよ。」
「ほんとか。それはすごいな。アンもやるもんだな。カレンもすごいぞ。よくやった!」
「それだけではないですよ。ブロフへの道すがら、魔物も出てきましたが、遠距離攻撃であっという間に退治してくれました。」
「ホーンウルフとか、ボアとかで、雑魚ばかりで、大した魔物は出てきませんでしたから。」
「ははは、角ウサギで死にかけたやつが、言うじゃねぇか。そいつが今や、罠をかけていた盗賊を撃退しのだから、大した物だ。偉いぞカレン!いやはや、将来が楽しみだぜ。もっと、強くなれよ。」
そう言って、笑顔でカレンの頭をくしゃくしゃとするレスリーさんでした。




